泥と汗に塗れた黄金が夢へいざなう   作:N2

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この話以降より、なるべく原作(史実)に沿った展開をしていく予定です。アプリからは乖離していく部分が出てくると思います。
改変も行っていきますが、メイクデビューから未勝利戦はレース場すらも変更する可能性も高いです。

こちらもお読み頂けると幸いです。
~夢の第二十二回有マ記念~ 規格外の速さで紅焔を纏う彼女が伝説を作る
https://syosetu.org/novel/278133/
マルゼンスキーがもし、大事を取って有マ記念の出走を回避しなかったらというお話になります。

何故シチーさんはダートを走ったのだ? 
チップトップ系だからかなぁとも考えますが、後にシチーさんの近親にダートの横綱、エスポワールシチーが出てくるので、何とも言えません。
母馬のイタリアンシチーはダートの新馬戦で一勝だけしていますが…… でも芝で走ることのほうが多かったですし。

アプリのイベントなどは取り入れたりしようかとも考えてます。

悲劇の世代、87年クラシック世代ですが、スターオー、シチー、マティ、メリーが言われます。しかし、サクラロータリーも十分に競争能力喪失という面で、その中に加えて欲しいと思ってます。
三冠確実と言われ、騎手や関係者からはサクラスターオーよりも評価が高かった。
三戦三勝で消えた悲運の名馬。早世する事がなかったのが幸いです。
拙作でも登場させようと考えております。

サクラスターオー→サクラエストレイヤオー(星つながりで)
メリーナイス→メリービューティー(シングレより)
サクラロータリー→サクラヴァンケル(ロータリーの別名、フェリクスヴァンケル発明)
マティリアル→イングレディエント(名称の類語)
サニースワロー→ルナスワロー(シングレより)
スダホーク→パインイーグル(馬主須田松夫氏の松と鷲より)

牝馬のマックスビューティ―→プリティマックス
同じく牝馬のタレンティドガール→ギフティドレディも登場させる可能性もあります。

空白の世代に見られがちですが、けっこうな名馬たちが存在していたとも思います。
タマモクロスとイナリワンも同期馬ですし。

猫とフトシは呼んでも来ない。なんていう愛されているからこそのウィットに富んだ言い回しは、今日び聞かないですねぇ。


第四話 夢への一歩

 沖野さんと呑んだ翌日の午後、卒業した者達や夢を後にした者、次年度に備えるウマ娘達はチームに所属、あるいは専属トレーナーが付いている者達は彼等の指示の下でトレーニングを行い始めている。

 無所属のウマ娘達は、授業内で講義及び練習する一般レース教養で学んだことを各々個人トレーニングし、選抜レースに臨んでいる。

 

 来月になれば新入生が六百人程度入学してくるが、一年目や二年目で挫折して去っていくウマ娘達も多い。結果として中央トレセンに在籍しているウマ娘達は、二千人前後で推移していくこととなる。

 三月の第三週目を利用して選抜レースを行っているので、俺はジュニアA組かB組のウマ娘をスカウトしようと、各コースを備えている運動場に向かおうとしていたら、前方でウマ娘達が騒がし気に話す内容が聞こえてきた。

 

 「ねぇ、さっきコースで言い争いしていたのってシチーさんだよね?」

 

 「揉めてた相手ってトレーナーさんだよね? 結構大きな声がしていたけど大丈夫かな?」

 

 不安そうに話すウマ娘達の内容がゴールドシチーに関する件だったので、どちらにしろコースに向かう予定でもある。

 気になる、様子を見に行こう。

 

 

 

 

 「何だよそれっ!? じゃぁ何か? アタシはトレーニングするなってか!」

 

 「いやいやいや、そうじゃないって…… ただ、筋肉をつけて今のプロポーションを崩したり、身体に傷のつくようなことはしないって話。それよりフォームをもっと磨いていこう! 綺麗に走ってこそでしょ、君は。泥臭いのは似合わないって。あっ、ウイニングライブの練習もしないとなぁ!」

 

 二人の付近で練習していたウマ娘達も何事かと気になっているようで注目している。

 

 「んで、そんなんで速くなれるわけ? レースに勝てるって?」

 

 ゴールドシチーの雰囲気がかなり険悪になっているのが、俺が見ている場所からでも把握できた。

 

 「あぁ、そういう事ね…… 大丈夫大丈夫、そこんところの出走レベルは俺が上手くチョイスするよ! 要は、勝てるレースだけ走ればいいんだからね。オッケー? 変に負けて君の名声に傷をつけるとか勿体ないからね。誰よりも颯爽と綺麗に走って勝つ! そしてゴールドシチーに皆が目を奪われる! プランは完璧だよ! ハハッ!」

 

 トレーニングはそこそこ、レース選定とレースメイクだけで勝てる?

 彼が言うことが本当なら、それだけでもゴールドシチーのポテンシャルはかなり高いということにはなるが……

 

 「ち、違う。何で!? 違うっ! アタシは、そんな風になりたかったわけじゃぁ! ねぇ、何で? アンタ言ったじゃん。アタシをトップのウマ娘にするって! ターフの上で一番輝かせてみせるって…… なのに、何でそんなやり方なんだよっ!」

 

 「えぇ? いやぁ、俺の気持ちは変わってないよ。だってさぁ、‶ゴールドシチー"なんだぜ? 君。皆が褒め称える美人でクール、そしてカッコいいモデルのさ!」

 

 「っ!? ア、アタシは……」

 

 「だぁいじょうぶだよ。全部俺に任せてくれれば! 君のイメージも輝かせ方も。ぜぇんぶ俺がきっちりプロデュースしてみせるから! モデルとしても走りでさえも、ゴールドシチーの綺麗さは損なわせないと約束するよ! ハハッ!」

 

 それは最早、企画屋かただのプロデューサーじゃないか。

 これだけ熱意のあるウマ娘に、メイクデビュー戦や条件レースをシステマティックに走らせて終らせるつもりなのか?

 

 「アタシはもっと走りに本気で――」

 

 「後は指示通りにやってくれればいい! それが君のためにもなる。トレーナーって、そういうものだろ?」

 

 中堅トレーナーがゴールドシチーの言葉を遮って言った言葉に、俺は反射的に口を挟んでしまう。

 

 「おい! いくら何でもそんなのはトレーナーじゃないだろ! 担当の要望や意見も聞かずに、どう目標を立てるつもりだ」

 

 年配に対する敬語を使うことすら忘れてしまったが、どうせやっかまれている身だ。どうとでもなるだろう。

 

 「え!? あ、アンタが、何で?」

 

 「あ!? 誰だ…… あぁ、何だ。仲良しサークルごっこで数年間遊んでいた若造かよ。部外者が勝手に口を挟んでくるなよな」

 

 若くして採用されると無駄にトレセン学園内で顔が売れるから困る。

 

 「レースも多種多様で各々目指す場所は異なるだろ。担当ウマ娘の意見も聞かずに、どう指導するつもりだよ」

 

 「偉そうに言うじゃないか。トレーナーがいちいち担当の意見に振り回されてどうする? あぁ、知ってるぜお前の事は。何でもぉ、芽の出ないウマ娘の将来のため、とかいって奔走して、上に点数稼いでいた小賢しい奴だろうが。こっちもウマ娘もビジネス何だよ!」

 

 ビジネスという言葉を聞いた瞬間、希望から突き放されたような表情でゴールドシチーは走り去っていった。

 

 「あ、おい! 何だよ…… わかってないな。モデルって言っても中身は我儘な子供じゃないか。せっかく俺が輝かせてやろうってのに」

 

 「お前それでも大人かよっ! アスリートに…… ウマ娘に大人のビジネスを押し付けるな!」

 

 感情に任せて三十代後半の中堅トレーナーの胸倉を掴んで叫んでしまった。

 

 「ぐっ…… 夢見てんじゃねぇよお前も。これはビジネスで、俺達はトレーナーを何十年も続けていくんだ。割り切れよ…… でないと、もたないぜ。ま、どっちにしろあんな気性難じゃ使えないな…… 離せよ。これから新入生も入ってくるから、俺は他を探すとするさ」

 

 ゴールドシチーを放ってはおけないと思った俺は、中堅トレーナーを突き飛ばして追いかけていった。

 

 

 

 

 三女神像の前、練習用ダンスステージ、屋内施設などを探し回ったが彼女はどこにも見つからない。

 

 「はぁ、はぁ、くそ…… そろそろ左膝が浮いてきて力が入んなくなってきたぞ」

 

 学園の階段を上りながら自身の身体の不甲斐なさに毒づきながらも屋上の扉を開け放つ。

 

 「ゴールドシチーいるか!」

 

 「う、うわっ!? 何々! ビビった~、ちょ、マジ何事? アンタ、シチーの追っかけ」

 

 驚きを表した声の方角を見ると、以前河川敷でゴールドシチーと仲良さそうにしていたトーセンジョーダンが、おっかなびっくりといった様子で俺と目が合った。

 

 「実は――」

 

 先ほどあった状況と事情を説明して、俺はゴールドシチーの居場所に心当たりが無いか聞いてみることにした。

 

 「……ふ~ん、それでシチーの事探してるんだ? でも、何か怪しくな~い?」

 

 「怪しい?」

 

 「アンタもその感じだとシチーをスカウトしたいっぽいけど、どーせ見た目がイイからっしょ? まぁ、ガチで見た目ヤバいくらいにいいけど。でもそれじゃ、あのマネジさんと変わらんってゆーかさぁ――」

 

 ゴールドシチーの追っかけのように思われているわけか。

 

 「――いちお~聞かせてよ。アンタは何でシチーにこだわるわけ?」

 

 「走る努力をしたいのに、周りがそれを否定する…… 求められていないからと自暴自棄になって走りたい気持ちを押し殺したら、絶対に後悔するからだ」

 

 ウマ娘にそれは、酷以外の何物でもないだろう。

 

 「でもシチーにはさ、皆がモデルとしてのシチーを求めてるじゃん。実際シチーは綺麗でカッコイイし…… っていうか、ちな、アンタは何かトレーナーとして考えているの?」

 

 「まだ、何も…… だが、求められた姿を模して、模したから更にそれを求められて、そうして走る事を諦めたゴールドシチーが、ウマ娘が望む姿だと思うのか? 君もウマ娘なのだから…… 中央のトレセンに来たんだからわかるだろう?」

 

 「え、ちょちょちょ、まっ!?」

 

 俺の剣幕に一歩身を引いてしまうトーセンジョーダンがいるが、何故か引き下がることが出来ない。

 

 「どちらにしろ、彼女の事を知らないと、どうしたいのかを知らないと…… 彼女にとってトレセンにいる意義すら失われてしまうぞ。卒業ではなく、ジュニアやシニア途中で早々に去っていくウマ娘達の姿を、君だって知らないわけじゃないだろうに」

 

 「そ、それは…… あたしも友達だし、シチーがトレセンからいなくなるのは嫌だけど…… でもあんたがそこまで言うのは、大袈裟っていうか~」

 

 「どんなに走りたくても、レースに出たくても…… 学園から、トレーナーから求められなければ、結局居場所はなくなるんだ。教えてくれ、ゴールドシチーの居場所の心当たりを」

 

 俺だって本当だったら、一年目二年目と行き場の失いそうなウマ娘達を十人でも二十人でもチームに加入させたかった。

 でもそれだと単にレースに出すだけで、勝つための指導なんか新人の俺では到底無理だった。五人でさえ四苦八苦しながらやっていたが、それでも勝たせてやることは出来なかったんだから。

 

 「あたし待ち? ってかにじり寄ってくんなし! ヤダ――」

 

 ヤバみ、マジ卍。

 

 「ごめん、悪いけどまだ膝が笑っている…… ここで行かれたら当てが無くなる。教えてもらうよ」

 

 トーセンジョーダンの動きを先読みして、バンっと屋上扉の横の壁に手を付きつつとうせんぼうを試みた。

 

 「あんたその左脚、震えてるし…… ってかこれって、あんた見た目若いけど、女生徒に大人が迫ってるヤバい絵面っぽいんですけど……」

 

 「……久々に走ったからね。君しか頼りがいないんだ。頼むよ」

 

 少し離れて頭を下げる。

 

 「もう…… あたしだってシチーがイキナシ居なくなったってんなら、河川敷ぐらいしか思い当たるところ無いし――」

 

 河川敷、この前のあそこか?

 

 「ありがとう!」

 

 あざまる水産!

 

 「あぁっ!? てか、あたしが言ったとかマジ言うなし! 聞いてるぅ? シチー怒るとガチで怖いんだからねぇ!」

 

 トーセンジョーダンの叫びを背に受けながら、震える膝で河川敷に急ぎ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 夕焼けが差し掛かる河川敷を見渡しながら歩いていると、ぼんやりと川面を眺めているゴールドシチーを見かけた。

 

 「やぁ、走っているわけじゃなさそうだね」

 

 重苦しくならないように普段通りを意識しながら声を掛ける。

 

 「ふぅ、またアンタなの? あのさ、いい加減ウザいよ。こんなとこまで何しに来たわけ?」

 

 刺々しさも無く、すっかり意気消沈してしまっているようだ。

 

 「君が走ることに対して、どう思っているのか聞きたいんだ。その他の君自身の事も」

 

 「……別に、思っていることなんかないよ。それに話せることなんか…… アタシにはね、何も無いんだよ。何も…… 見てくれだけの空っぽのお人形さん。それがアタシなの――」

 

 そう言いいながら、諦観が表情に浮かんだ姿が痛々しく見えてしまう。

 

 「――モデルの仕事、最初は楽しかったよ。求められる表情とか仕草とか、上手く出来れば褒められたし、誇らしくもあった。だから期待している通りに自分を作って、演出して。けどさ、ある日街中で自分がデカデカと出てる広告見て、ふと思ったわけ…… あれ? 誰だろーって。ガッチガチのイメージ通りに塗り固められてお綺麗に澄ましているアイツ、誰なんだろーってね……」

 

 「仕事として求められた姿を完璧に熟す。そう、悪い事ではないと思うけど」

 

 どういった仕事にせよ、要求されたことに対するクオリティを高く提供出来るのであれば、仕事として申し分ないと感じるが。

 

 「そうして出来たのが、アタシにはよくわからない姿…… 皆が求めたゴールドシチーなんだなぁって。ねぇ、ゴールドシチーって一体誰なんだろう? そんな風に考えたら無性に怖くなって、叫びだしたくなって、とにかくジッとしていられなくなって…… わけもわからずに走って、走って、滅茶苦茶に走って! そんでさ、見たんだよ。夕焼け」

 

 そう言って彼女は空を見上げて夕焼けを眺めている。おそらくはその時に見たという夕焼けと照らし合わせて、今とその時の思いを馳せているのだろう。

 

 「……何かをそこで見つけたのかい?」

 

 「見つけたというか、気付いたというか。全然知らない場所まで来ちゃっててさ。転びまくったから脚もどろどろ、お気に入りのワンピはボロボロ…… でも空は、わけわかんないくらい綺麗でさ。その時に思ったんだ。脚はくっそ痛ぇし、肺がぶっ潰れそうなぐらい苦しくて、でも…… あぁ、今、アタシはアタシなんだって。だからアタシはトレセン学園に来た。走りでアタシの証を皆の記憶に刻み込むために…… けど――」

 

 確固たる意志で宣言するゴールドシチーの表情に翳りが見え始める。

 ここで会話を途切れさせたくはないと考え、取り敢えず何でもいいから声を掛けようとしたが、折しもタイミング悪く車のクラクションの鳴る音が、俺とゴールドシチーの意識と視線を奪った。

 

 「シチー! よかった、ここにいたのね。電話、何度も鳴らしたけど気付かなかった? もう仕事に行く時間よ…… 何かあった? あのトレーナーさんと」

 

 運転席から勢いよく出てきた女性が、安堵と共にゴールドシチーに駆け寄ってきた。

 

 「マネージャー、あぁ、ごめん。ちょっと話し込んでて…… うわ、マジだ。履歴いっぱいだし…… あのトレーナー、まぁそんなとこ。てかごめん仕事ね。うん、行くよ。あ、けど一回学園に戻ってもいい? トレーニングコースの予約だけしなきゃ」

 

 「ねぇシチー。もういいんじゃない? 入学してからこの一年間、心も身体もボロボロにして、貴女は十分頑張ったわよ…… 疲れたでしょう?」

 

 「っ……」

 

 マネージャーさんの言葉にゴールドシチーは、涙を堪えるかの如く唇を嚙み締めた。その表情には疲労よりも悔しさが滲み出ている。

 

 「私は必ず貴女をトップモデルにまで導く。貴女は貴女が輝ける舞台を選ぶべきよ。向かない世界で、無駄に傷つくのはやめて欲しいの」

 

 「向かない世界、か…… はは、そうかもね。浮かれていい気分になって、結果はこれだし。もう諦めたほうがいいのかもね」

 

 それだとウマ娘としては、足掻いただけでスタートラインにすら立てていない。

 それは余りにも可哀想だ。

 

 「……まだだろう。向く向かないも、君はまだメイクデビューすら、君にとってターフの上で走ることは何なのか? その意義すらも見付けていない」

 

 「!? でも、だって! 結局、それすら出来ないアタシなんか――」

 

 走って負けて負け続けて、諦めるのはその後で十分だろう。

 

 「――何ですか貴方は? シチー早く車に乗って。そう時間に余裕は無いわよ。急ぐので、失礼します」

 

 撮影場所を言いながらゴールドシチーを後部座席に押し込み、マネージャーさんはサッと素早く運転席に乗り込まれてしまった。

 自分が発した言葉が宙ぶらりんのまま、俺は走り去る車を呆然と見ていることしか出来ない。

 

 「ん? 何だ、携帯…… ゴールドシチーのか?」

 

 車が去った付近の路上に携帯が落ちている。

 乗り込むときに感情的にさせてしまい、気付く暇がなかったのが原因だろうか。すまないと心の中で詫びながら拾い上げる。

 待受画面が目に入り、何気なく見てみると夕焼け空の写真が設定されていた。手が震えていたのか少々ぶれているが、とても綺麗な夕焼け空だ。

 

 「走って走って、自分になりたい、か…… 追いかけよう」

 

 幸いマネージャーさんも慌てていたのか撮影場所を口走っている。

 二年目からは自身のリフレッシュのために、休日によくぶらついている場所の一つだった。

 

 

 

 

 「この辺りの筈…… いた!」

 

 駅まで走ってから電車に飛び乗ったので、追い越したかとも考えたが、どうも道路事情は空いていたらしい。

 ちょうどゴールドシチーが、美容院にセレクトショップ、洒落たカフエが並ぶ建物の前にいて、マネージャーさんは先んじて中に入っていく所だった。

 

 「マネジ、すげーな。あのカメラマンさん、アタシでも知ってるめっちゃ有名人じゃん。かなり綺麗に撮ってもらえそう。やっぱ、アタシにはこっちの道がお似合いなのかな…… 贅沢な立場っていうのはわかっては――」

 

 「ゴールドシチー!」

 

 何かを呟きながら薄っすらと寂し気な表情を浮かべるゴールドシチーに大声で呼びかけた。

 

 「はっ!? え、ア、アンタ、何で? ここに……」

 

 「原点を…… 君が描いた自分、その先にある夢。その原点を届けに来たよ」

 

 「は? アタシの原点って、意味わかんないんだけど……」

 

 訝しみながらも戸惑うゴールドシチーに拾った彼女のスマホを差し出す。

 

 「落としていたぞ。夕焼け、君が走ろうと決意した光景だろ?」

 

 「あ!? ありがと…… って、はぁぁぁぁああああ! ちょ、アンタ! アタシのスマホ! それ、見たのかよ!?」

 

 素直に受け取ったかと思えば、急に驚きの声を上げられてこちらも吃驚してしまった。

 

 「中は見てないよ。まぁ、待受けは不可抗力で――」

 

 「もう! もう、原点でもなんでもない! ましてや夢なんて…… もういいっつぅの! 止めたんだから…… もう、諦めたんだからアタシは! こんな写真、消してやる…… もう! 消してやる消してやる、消してやる消して…… ぅぅ――」

 

 言葉の勢いとは裏腹にスマホを操る指先が、震えたまま動かなくなっている。

 目尻に涙を溜め必死に操作しようとスマホを睨みつけてはいるが、それでも指が動かないもどかしさに、頬を一筋の涙が零れ落ちていった。

 その姿から俺は、目を離すことが出来ない。

 

 「――何で、消せない…… 何で消せないのよぉ…… ぅぅ」

 

 俺はゴールドシチーをよく知らない。精々がトレセンで見かけたのと女性誌の表紙、街頭ポスターや中吊り広告で見た程度だ。

 だけど、これだけ感情を発露できる彼女をお人形さんだとはとても思わない。

 

 「消す必要はない。なりたい自分を捨てる必要はないさ」

 

 ゴールドシチーは、ハッとした表情でこちらを見てきた。

 

 「アンタ!? なんなのよ…… マジで! ムカツク、ウザい、カッコつけ、お人好し、ストーカー、盗み聞き、スマホ勝手に見た! デリカシーない、しつこい、ウザい、ウザい、ウザいっ!」

 

 「ス、スマホは拾った関係で…… 待受けだけだし……」

 

 ジュニアには見えない美女のウザい攻撃に、心が折れそうになるのを必死に奮い立たせる。

 

 「アウトだから! それに、話が聞きたいとか、自分を捨てんなとか! 勝手なことばっか言いやがって! アンタ、いったい何なの!?」

 

 「俺が最初に君の走りそのものに見惚れたんだ。俺は君がターフを駆ける姿をもっと見たい」

 

 あれ? 

 素直な気持ちを口に出したが、これだとただのいちファンのような気が……

 

 「ま、前もそうだけど、アンタ、なに口走ってるかわかってんの? ぁぁぁぁああああ! もうっ、うっぜぇぇぇえええ!――」

 

 うっ、俺の体力どころかライフがゼロになってしまいそうだ。

 

 「――だったらやってみろよ、アンタが! アタシのトレーナーになって、アタシの事を思いっきり走らせてよ! ただし、いっぺんでもアタシの事お人形扱いしたら、ガチでぶっ飛ばすから!」

 

 「勿論だ! 前にも言ったけど、選抜レースで泥と汗に塗れながらも貪欲に前を見る君に心奪われたんだ。逆に例えレースで負けても、いじけて諦めるなんか許さないからな!」

 

 ゴールドシチーの勢いにつられてこちらも勢いで言ってしまった。

 な、殴られないかな?

 

 「大声で惚れるとか何とか言うなし! てかアタシを舐めんなよ。走らせてくれるんなら、そんなことの一つや二つでこっちも諦めるつもりなんかねぇっつの」

 

 お互いに吐く息が強くなっており、剣幕で気付かなかったが周囲もこちらに注目している。そんな中、店舗内から出てきたマネージャーさんと目が合った。

 

 「シチー、お待たせ! あら、貴方は先ほどの…… どうしてここに?」

 

 疑わし気に見てくる妙齢の美女の視線が痛い。

 

 「あぁ…… いいよ。後で話すから。まずは仕事っしょ。ふぅ…… で、アンタはそこで待ってて。撮影が終わったら、心配性のマネジに紹介すっからさ。アタシの…… そう、アタシの専属トレーナーだって」

 

 怒り、哀しみ、諦め、戸惑い、色んな表情をゴールドシチーは昨日と今日で俺に見せてくれたが、初めて見せてくれたこの笑顔を忘れることは無いのだろうと感じてしまっていた。

 こうして俺は、ゴールドシチーの専属トレーナーに就任した。

 

 

 

 

 ゴールドシチーが撮影の仕事を終えて、寮に帰宅出来たのは22時前。

 映画演劇に関するような業務、軽易な仕事であれば20時、認められた地域であればトレセンでいうジュニアクラスでも21時までであれば仕事は可能ではあるが、そこからの帰宅や食事、打合せなどをマネージャーの車内で行うと、寮への帰宅が0時を回ることもある。

 モデルとはいっても売れてくれば、読者モデルとは異なりやはり特殊な仕事なのだろう。寧ろ今日の帰宅はゴールドシチーにとって早いほうと言えた。

 

 「おかえりなさいっス。大丈夫っスか? 何かトレーナーと揉めてたとか」

 

 「ごめん。いつも仕事の時は迷惑掛けて」

 

 律義に挨拶をしてくれるバンブーメモリーには、ゴールドシチーも精神的にかなり助かっているのは事実だった。

 

 「いっスよ。仕事も勉強も、一人でトレーニングも頑張っているのは知ってるっスから。それよりもトレーナーの件、どうなんスか?」

 

 ゴールドシチーのカップに人参ジュースを注いで渡しながら、再度バンブーメモリーは尋ねた。

 

 「ありがと。あぁ、その件は問題ないから。トレーナー変更したし」

 

 「変更? また急っスね」

 

 昨日決まったと思ったら、今日には変更である。

 ゴールドシチーがトレーナーと揉めていた件は、あれだけコースで派手にやっていたためそれなりに広まっていた。

 しかもその後、ゴールドシチーはコースに戻らずに仕事に向かったため、新しくトレーナーが就く余地がどこにあったのだろうと、バンブーメモリーが訝しむのも当然であった。

 

 「それがさぁ、アイツ、マジヤバくて! 見惚れたぁとか、心奪われたぁとか言って撮影場所まで追いかけてくんの。ストーカーかっての。ふふ」

 

 言葉の内容とは裏腹に、ゴールドシチーの表情はとても柔らかいものだ。

 

 「……あれっスか? ごちそう様ってやつっスかね。こっちの心配を返して欲しいっス」

 

 何とも嬉しそうな微笑みを浮かべているゴールドシチーを見ていると、犬も食わないやつなのだろうかと、バンブーメモリーはげんなりしてしまう。

 

 「ごめん。今度なんかお礼するから…… って、べ、別にそんなんじゃねーし! 勘違いはやめてくんない」

 

 「はいはい、トレーニング楽しみっスねぇ。おやすみなさいっス」

 

 そう言ってちょうど就寝準備が済んでいたバンブーメモリーは、ベッドに潜り込んでしまった。

 

 「おやすみ…… てかホントに違うんだから!」

 

 「うるさいっスゥゥ、zzZ」

 

 バンブーメモリーに軽くあしらわれてしまったゴールドシチーは、納得がいかない顔をしながらも予め許可をとってあるシャワー室で、本日の疲れと汗を流してから就寝したのであった。




パシャパシャ
「いいねぇ、もーちょい屈んで…… そうそう!」
パシャパシャ
「次はこう、少し肩、はだけて鎖骨を出すように! おぉ、それそれ! 出来るじゃなーい」
パシャパシャ
「乗ってるねぇシチーちゃん! え? ちょっと露出がって? 違うんだよ。もっとこう生の君を表現していかなくちゃ! 澄ました顔じゃない感情に乗った感じでね…… 少し寄せて、いいねぇ」
パシャパシャ
「じゃぁ、指でたわんだ服を引っ張って、そこで強調! 恥じらう顔が堪らないよ!」
パシャパシャ
「いいねいいね、さいっこうだねぇ! もうコンセプトにアクセント加えちゃおうか! お出かけ後の気だるげな女の子」
パシャパシャ
「デートを思い出しながら、ジャケットとストッキングを脱いでいくその一枚が欲しいねぇ! おぉ、キタコレ!」
パシャパシャ
――後日、今まではほとんどが女性ファンの中、男性ファンを増やしたとか何とか。

なんとか紀信さんかな?

バンブーちゃんを先輩にするか後輩にするか定まっていないのだ。
困ったなのだ。
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