ロドスの食堂は時間帯によって顔が変わる。
朝は仕事上がりのやつとこれから仕事のやつでカオスに、昼は文字通りピークで混雑して座る場所の取り合いに。
そして夜勤組が動き出すこの時間は、人がいないわけじゃないが落ち着いて喋るにはちょうど良い食堂の隙間時間だ。
「お、噂の傭兵さんだ」
「ちょうどいいところにきたね」
軽食でもと立ち寄ってどこに座ろうかと席を探していたところ、見慣れた二人に手を挙げられて呼び止められた。
行動予備隊A6の男連中であるスポットとミッドナイトの二人である。
どっちもにやにやとしていた笑みを隠そうともしない。いかにも面白い話を抱えてますって言わんばかりの顔つきだ。
「なんか言いたいことがありそうだな」
「まあまあ座りなよ。ほら、エイヤフィヤトラさんも一緒だ」
言われて視線を向ければ、二人の向かいにエフィがいた。カップを両手に包むように持っていて、俺を見て小さく会釈していた。
「こんばんはエインさん」
「なんだ、珍しい組み合わせだな」
「偶然だ偶然」
「そうそう、噂話が転がり込んできただけさ」
ろくでもない偶然だった。
逃げられそうもないな。トレーをテーブルに置き、逃げ場がないと悟ってエフィの横に座る。椅子が小さく鳴ると、それを合図にミッドナイトが口を開いた。
「聞いたよ、訓練室でえらい目に遭ったそうじゃないか」
「“スズランを預けるに値するか試された”なんて話が広がってるぞ、大変だなお前」
やっぱその話じゃねえか。予測していたからギャグ漫画のように飲みかけのコーヒーを吹き出すことはなかった。代わりに、苦みが数倍増した気がした。
情報の流れが速いことは良いことだが、そこに正確性が担保されていなければ噂される本人にとってはただの災害だろう。
「イングリッドと訓練した話がどこまで膨らんでんだ」
「五分で沈められて怒られたとか」
「俺を弱いことにしたい連中でもいんのかよ……」
「実際、どうだったんですか? その、イングリッドさんの実力って」
エフィの疑問は純粋だった。好奇心よりかは別の度合いが強い。
俺がどう戦って負けたかより、相手がどれほどだったのか知りたい、そんな声だった。
「ありゃやべぇな。並の奴なら気付いたら致命傷で負けだろうなぁ」
言いながら、この前の戦いを思い出す。
戦ううちにこちらの選択肢が削られていく感覚、フェイントのかけ方、力の流れ、攻撃の緩急、間合い。
率直に言えば、始める前からもう負け筋の見えているタイプの相手だった。嫌になるな本当。
「そんな相手に戦闘として成立させられた俺は強いって事か?」
「そうだねスポット、『お前たちじゃ瞬殺だ』ってエインウルズは言いたいらしい」
「そうは言ってねぇだろ」
軽口で返しながらも、内心では別の事を思っていた。
ありゃこっちを試してたからだろうな。本気のルールだったらもっと早く終わってただろうよ。
あと、向かい合って開始ならお前らでも少しはできると思うぞ? 非対称戦みたいなルールだったら知らんが。
「そんなに強かったんですか?」
「タダ者じゃねぇなとは会った時から思ってたけどな。ま、ドクターから来歴聞かされて納得したぜ」
「へぇー」
「隠されてるわけじゃないけど、知りたかったら勝手に調べてくれ」
脛に傷ってワケじゃないが、それでもペラペラと喋って良い話ではないだろう。興味深そうな男二人に釘を刺して、話に夢中で手を付けてなかった軽食を食べる。
今日は数種類の野菜と羽獣の肉を細かく切って炒めたものを挟んだサンドイッチと温かいコーヒーだ。サンドイッチはソースが良く合ってんな。
「で、スズランちゃんの様子は見に行ったのかい?」
「イングリッドと戦った後にすぐ話したぞ」
「どうだった?」
「お前の母親強すぎッて言ったら自慢げにされた」
「ふふ、お母さんを褒められて嬉しかったんですね」
むふーと腰に手を当ててうんうん頷くスズランを見せてやりたいくらいだった。
案外スズランも大きくなったら、母親の真似事で剣か刀を持ったりするのかもしれない。今はアーツをメインにしているが、身のこなしも悪くないし度胸もある、接近戦で切った張ったもできるだろう。
「あーしかし変な話の元がわかったよ」
「何がだ」
「母親に負けてすぐスズランちゃんの元に走る。これってほら、認められなくて謝りにいったみたいに思われても不思議じゃないっていうか」
「あのな、そもそもなんでそんな話が出てくるんだ。邪推が趣味の連中ばかりなのかロドスは」
ミッドナイトの言葉に息を吐く。
なるほど、そう見える連中もいるのか。
「お前の振る舞いもあるだろう」
「俺がなんかしたのか?」
「それ本気で言ってます?」
平坦な声が怖かった。わずかに肩が強張る。まるで先のイングリッドのような圧力を感じた。
「自分でできることなのに」
エフィの顔が俺の服装、姿勢、手元へと順繰りに見ているように僅かに角度を変えていく。
「お手伝いさんみたいなこと、スズランちゃんにさせてましたよね?」
「ははは……」
喉の奥が僅かに詰まる。今日着ていた服も、そう言えばスズランが洗濯して畳んでくれたものだったなと思い出した。
笑えば済ませられるかと思えばそんなこともなく。
「どうだったかな」
「前々から思ってましたけど、エインさんってロドス内じゃだらしなさ過ぎませんか? ここに来る前は全部自分でやってたんですよね?」
うっと痛いところを突かれる。そりゃあ自分の面倒は自分で見なきゃならなかったから当然だ。でもロドスにいると便利というか、気が抜けるというか。
まあ、有体に言うと面倒だと思える余裕ができるってことなんだよな。
傭兵として外であちこちを飛び回り仕事をしていたころはそんな余裕なかった。装備の点検、体調管理、情報収集、全て自分でこなさなければ失敗して死ぬ。
「ま、まあ当人が否定しているならこれ以上は下世話だね」
「そうだな、傭兵の名誉のためにもこの辺でやめとこう」
そんな俺とエフィのやり取りを見て、ミッドナイトとスポットが同時にトレーを持って席を立つ。こいつら、俺を置いていくつもりらしい。
「俺達は先に行く。そろそろ明日に向けて仮眠を取らないといけない」
「そうそう、あとは二人でごゆっくりどうぞ」
余計な含みを持たせた言い方だった。今の流れでごゆっくりできるか? なぁおい。
そんな心の問いかけも知らず、二人は背中を見せてそそくさと撤退していく。良い判断だよ畜生。
食堂のざわめきが一段階、はっきりと耳に入って来た。周囲を盗み見れば、『またやってるな』と興味深そうな視線がちらほら。見つからないようにこっそりしているが、バレバレだ。
食器の触れ合う音、誰かの会話、それらの間に俺とエフィの沈黙が浮かぶ。
「エインさん」
「はい」
驚くほど素直な声が自分から出た。
「自分でできること、ありますよね」
静かな声だった。責めるわけじゃなく、淡々と事実を確認するかのように、つまりは逃げ場のない声だった。
「スズランちゃんに甘えちゃだめですよ」
沈黙が一秒、二秒、俺は必死に反論を探していた。
戦場ならできない贅沢だった。遮蔽物とか距離とか相手の癖とか、それらを動きながら収集して即座に行動する。
だが今は違う。
相手はカップを持った少女で、武器は近距離から絶大な破壊力を振りまくものでもなく、遠距離から驚異的な一撃を放つものでもない。正論という言葉。ついでに狙いが正確なタイプの。
「そのだな、スズランがやりたがるんだよ。あいつ、世話焼きなんだよな俺に対して」
言ってて情けなくなってきた。スズランも正論で殴って来るから、言い返すことに苦労するし、大体徒労に終わるんだ。
「やりたがるという理由で任せるのは、大人として判断放棄してますよね?」
「…………」
即死判定だった。ぐうの音も出ない。
居心地が悪いのをごまかすように、椅子に深く座り直す。テーブルと一体になった硬い椅子は、そんなごまかしすら手伝ってくれない。
「洗濯だって」
「ちょっと待て、続くのか?」
「続きます」
「……ここで?」
ぐるりと食堂を見渡す。近い席にいるやつらは、もう盗み見るのを隠そうとしていなかった。なんだったらガン見してるやつまでいる始末だった。
「場所を仕切り直そうとして煙に巻くのがエインさんでしょ?」
「…………」
そんなつもりはあるかないかで言えば、まああった。使い過ぎて通用しなくなっていた。
「もう畳まないで放置するのは譲歩するとしても、最初の洗濯からスズランちゃんがやるのって間違ってますよね?」
「いやそれは」
「間違ってますよね?」
じいっと俺のほうに顔を向けるエフィ。微動だにしていない、真顔で、何か間違っていますかと、真摯に問いかけていた。
「間違ってます……」
思わず敬語で出た敗北宣言が、やけに通りの良い声で出た。
小さく頷いたエフィは、満足したかのように──
「部屋も」
「待て待て待て」
俺は慌ててエフィの言葉を遮った。
悪いのは俺でしたごめんなさい、そうですねこれからはしっかりやってくださいねエインさん。そんなやりとりで締めくくって終わるはずじゃなかったのか?
「これ……続くのか?」
「続きます」
さっき聞いたセリフだった。無限ループかこれ。
「部屋の片付けはだな、そんな物を買ってないから平気だ」
「お掃除は」
「掃除は、たぶん……」
「たぶん?」
エフィの眉がぴくりと動く。
「自分で見てない、ってことですよね?」
「……そうかもしれないな」
一つ、また一つと俺の尊厳が崩れ落ちていく気がした。
数多の戦場を潜り抜けたと自負する自分でも、年下の少女にここまで追い詰められたことはなかった。
「エインさん、生活面がこうだとちょっと……」
私、心配です。エフィはそう言った。だがまあ、俺にだって言い分はあるのだ。
「傭兵ってのは戦えればいいんだよ、生活力なんてのは最低限でいい」
「ロドスではそれ、通用しませんよ。ここは戦場じゃないんですから」
ごもっともな話だった。深く息を吐いて、硬い背もたれに全体重を預け天井を見上げる。
心なしか、照明はいつもより暗く天井が近い気がした。
「年下に説教されるのってきついな」
「説教じゃなくて、事実確認ですよエインさん」
俺が何も言わないでいると、エフィもそれ以上追撃しなかった。
「直せばいいだけですよ」
できたら苦労しねえよ、とは口に出さなかった。終わったはずの“事実確認”が再開されそうだったからだ。
少ししか飲んでいないコーヒーを飲み干そうとして口をつければ、冷めきっていて悲しかった。
歳ローグがくるらしい
ちなみにファントムローグはクリアコンプしたけどそれ以外はマジで欠片もやってないので終わってます
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