黎明の軌跡 Break the Nightmare 作:テッチー
「艦前方に新たな敵影! 気をつけて、アンちゃん!」
「お次は中型機か。いつまでも湧いてくる……!」
《カレイジャス》に群がっていた小型機は、ヴァリマールが前線に加わる前に掃討してくれた。しかしその後も敵機は延々と出現した。
リィンたちの援護をしたいが、これでは《ニーズヘッグ》に近づくこともままならない。
「ピクニック隊、参上~」
「さんじょー!」
ブリッジにナーディアとラピスが転移でやってきた。可愛らしいポーズを決める二人の後ろには、遅れてスウィンも現れる。
「ここはオレたちが手伝うから、アンタはノルドエリアの監視塔に行ってくれ。応援要請がかかってただろ」
「しかし手伝うと言っても、私がここを離れるわけには……いや、そうか」
アンゼリカはラピスを見て、すぐに理解したようだった。
「すまない、トワ。ジンさんは私の兄弟子にあたる。その彼を追い詰めているのが私のお師匠だ。やはりここは私が出向かねばならない」
「うん、力になってあげて」
「おお、マイプリティベイビー……」
「や、そういうのはいいってば、ちょっと」
トワをハグするアンゼリカ。彼女からしか摂取できない栄養があるらしく、ぐんぐんとアンゼリカのボルテージが上がっていく。
早くもドラゴンブースト状態になったアンゼリカは、メラメラとたぎってノルドへと加勢に向かった。
「それじゃあ、あとは任せて!」
ラピスがその演算機能をもって、カレイジャスの全システムと同期する。
トワの手元のコンソールモニターにリンク率が表示された。まもなくそれは100パーセントとなり、親指を立ててウィンクするラピスのイラストに差し代わる。作業完了ということらしい。
「ふっふーん! 派手にいっちゃうわ!」
システムを掌握された《カレイジャス》は、もはやラピスの手足だ。彼女の意思一つで大量の弾幕を張り、迫り来る敵機の数々を空中で爆散させていく。
トワが目を丸くした。
「す、すごい。これ私いるかな?」
「いるに決まってるでしょ! 指示役がいないと私はどうやって動いたらいいかわからないもの!」
なぜか得意気に胸を張るラピス。そういうことならば是非もない。
「光栄に思いなさい! この高貴なローゼンベルク人形に指示を出せるなんて――きゃああ!?」
艦に大きな衝撃。倒れかけたラピスを、とっさにスウィンが支える。
「なんだ、どうした!?」
「あうう……左舷後部に被弾しちゃた。そこから人形兵器が入ってきてる。近くの隔壁は下ろしたけど突破されそう……」
すぐにスウィンとナーディアが駆け出した。
「艦内に侵入してきた敵は、オレたちが残らず片付ける!」
「絶対にブリッジには来させないから、ラーちゃんとトワちゃんは艦のコントロールにだけ集中してね~」
「スウィン君もナーディアちゃんもありがとう! よろしくね!」
ブリッジから出ていく二人を見送ると、トワは正面に視線を戻した。メインスクリーンに映るのは、際限なく生み出されていく敵の姿。
地上も上空も戦いは激化している。最初はほぼリアルタイムだったシェラザードからの情報提供が、徐々に追いつかなくなってきていた。それだけ各地の状況が複雑になってきているのだろう。
それに最後の戦いが始まってから、天頂の黒い檻の侵食が早まっている気がする。このままでは先に世界が閉ざされてしまう。
私たちは守り切れるのか? ヴァンたちは間に合うのか?
《★第50話 霧の王★》
ヴァンたちは《ユグドラシル》の中を走る。
機械の塔だ。あちらこちらで歯車が噛み合い、塔全体がまるで一つの生物のように蠢いていた。
「あったぜ、ヴァン! 転移陣だ!」
アーロンが見つけたのは、少し先の床で光を滲ませる紋様だった。
それを踏むと、転移が発動する。ヴァンたちは一斉に違う階層へと移動させられた。
階段の類は発見できていない。この転移を利用しながら、《ユグドラシル》の上層を目指すのだ。
「あっ、また転移陣見つけましたっ」
「ま、待って! なんか陣の形が違うわよ?」
ジュディスの制止より早く、壁に記されていた紋様をフェリが触る。途端に照明が落ち、あたりが真っ暗闇になった。
「皆様、動かずに。《Xipha》の暗視モードを使います。ここからはわたくしが先導しますので」
このようなフェイクも多い。リゼットの誘導で一同はさらに進んだ。
「……敵の襲撃、ありませんね」
アニエスがぽつりとつぶやく。それはヴァンも気になっていた。
ここが敵の本丸なのは間違いない。機械人形やミストマータの手厚い歓迎は覚悟していたのに。
「
「え?」
しばらく進むと、急に明かりがついた。行き止まりだ。
「道なりにきたはずですが……あら?」
戸惑うリゼットは、その壁に新たな紋様が描かれていることに気づいた。
アーロンが鼻を鳴らす。
「こいつも転移陣とは違う感じだな。どうするよ、ヴァン?」
「他に仕掛けも見当たらねえ。触るしかねえだろ、ジュディスが」
「あたしぃ!?」
「所長殿が正しいと思うぜ。ここぞの時の判断はさすがとしか言いようがねえ」
「なに。俺たちが負うリスクを勘案すれば、当然の選択ってやつだ」
「なんであたしが負うリスクは度外視できるわけ!?」
揉める三人の横から進み出たベルガルドが、すっと手の平を紋様につけた。
「せ、
「違うし!」
「危険を負うは年長者の務めであろう」
その紋様が光ったかと思うと、すぐに薄れて消える。
すると壁が横にスライドして開いていった。トラップはなかったらしい。
その先は全面が灰色のスチール板で覆われた無機質で大きな部屋だった。大量の武器弾薬があちこちに詰まれ、しかも一つ一つがリボンでラッピングされている。
なんともアンバランスな光景の中で、二人の男が議論を交わしていた。
「ミサイルを花柄にデコレーションしたら、フィーは喜ぶだろうか?」
「それをやるなら、暗殺に使える毒花の種子をプレゼントするとかやな……元園芸部やし」
何やら物騒な話をしている。その後ろ姿には見覚えがあった。
「あっ、ゼノさんにレオニダスさん!」
一番にフェリが駆け出す。
「いけません、フェリ様!」
すぐさまリゼットがナイフを投げた。フェリの進行方向に張られていた糸を切断。爆発の炎が上がる。
「ワ、ワイヤートラップ!? お二人とも、わたしです。フェリです!」
ゆらりと振り向くゼノとレオニダス。
「なんや、自分ら。さてはフィーへのプレゼントを奪いに来たんやな」
「略奪者か、許せん」
彼らはカジノエリアで金貸しをやっていた《西風信用金庫》の二人だ。
〝幻影”の人間というわけでもなさそうで、しかし倒壊したカジノ跡地に姿もなく、気にはなっていたのだ。
ヴァンは言う。
「あいつら“囚われ”だ。ミストマータじゃねえ。大方ミシュラムエリア解放後に、また《王》に囚われたってとこだろ。ジョルジュ・ノームの例を見ても、《王》にはそんな能力があるらしいしな」
「でもどうしてゼノさんとレオニダスさんだけが……」
「さあな」
彼らは認識が歪められ、こちらを〝違う何か”として見ている。敵意が剥き出しだ。
突破していくしかない。
「おぬしはここで止まるな。時間がない」
ヴァンを制して前に出たのはベルガルドだった。
「ですが師父……」
「あれを見よ」
ゼノたちの奥に転移陣があった。おそらく先に進むための。
「相手は手練れと見受ける。バランスを鑑みて、フェリとアーロンに私のサポートを頼みたいが」
「妥当だな。やってやんぜ」
「今度こそお二人の目を覚まさせます!」
カルバードチームの三人が立ち向かう。
フェリが銃撃しながら場をかき乱す。その隙を狙ってアーロンがゼノと切り結び、ベルガルドはレオニダスと組み合った。
「仕方ねえ! 行くぞ、お前ら!」
時間がないのは事実。ここは任せる他ない。
ヴァンたちは張り巡らされたトラップを撃ち抜き、爆発の中を駆け抜ける。全速力でその先の転移陣に飛び乗った。
●
「がっ……!」
獅子心皇帝の像に叩きつけられたルーファスは、こらえきれずにうめき声を漏らした。
ヘイムダル区画、ドライケルス広場での戦い。へたり込んだまま見る視界には、ギリアス・オズボーンが自分に剣を突きつける姿があった。
『お前はもっと強かったと記憶しテいるが』
「……さて、それは誰の、いつの記憶でしょうか」
『本調子ではないようだな?』
「実は背中に少々火傷を負いまして。まだ治りきっていないのです」
その火傷は難儀なことに、《ロア=ヘルヘイム》でもきっちり再現されていたのだ。
あるいはこの傷はそう簡単に消すべきではないと、私が思ったせいかもしれない。
『ユミルにでも湯治に行ケばいい。テオがもてなしてくれよう』
「テオ殿には色々とお叱りを受けそうで、なかなか足が向かないのですよ。それにどうせ行くなら現実のユミルだ。幻影の湯など、やはりどこか味気がない」
そもそもこの世界の《鳳翼館》は、私が《パンタグリュエル》に引き上げている。
『生身で存分に戦えないのならば、騎神を呼べばよかろう』
オズボーンの遥か後方、ヴァンクール大通りでは巨人たちが戦いを繰り広げていた。
《ゴライアス》と組み合うオルディーネが力負けして、どこぞの建物にぶん投げられたところだった。瓦礫から這い出ようとしたオルディーネに、至近距離からの容赦ない砲撃が加えられる。
クロウが劣勢だ。
「リィン君もヴァリマールを呼んだというし、私もエル=プラドーを呼べるのでしょう。ですがそうなれば、あなたもイシュメルガを呼ぶのでは?」
『無論だ。困るかね』
「まさか。望むところではあります。ですがせっかくあなたと戦える機会だ。騎神の力を使うのは少々無粋に思えましてね」
『強がりは一人前か。だがお前が呼ばなくとも、私が呼ぶノは自由だな?』
「それは仰るとおりかと。呼べればですが」
『なに?』
ドライケルス広場を自在に舞う、無数の剣が顕現していた。
ルーファスが繰り出した《ブルドガングレイン》が、自らとオズボーンを包囲する。
「スウィン君たちの助力を断ったのでね。多少の気概は見せなくては、あとでナーディア君やラピスから怒られてしまう」
よろよろと立ち上がる。
「あなたのことは――」
『なんだ』
「いや、霧人形に言ったところで」
かつて父と呼び慕い、今でもそう思っている。
勝ちたいと願い続けてきた。あの鷹狩りの日から、ずっと。
●
居酒屋アーベントも、リノン総合商店も、メルダース工房もエルガー武器商店も、果ては遊撃士協会まで。
ロレントは壊滅状態だった。
棍一つでここまでの破壊ができるものなのか。エステルは瓦礫の上に立つ父カシウスのミストマータを見据えた。
「ヨシュア、レン。あたしに考えがあるわ。今から指示する場所に隠れて」
手短に策を伝えると、二人は戸惑っていた。
「それは……でも、いいの?」
「囮にするなら別の何かだって……」
「大丈夫」
そう言い切って、エステルは一人カシウスに立ち向かう。
八葉の系譜を引く棍捌きは、円の動きを極意としている。
カシウスはあらゆる攻撃と防御を途切れさせず、流れるように技を繰り出してきた。
その攻防の切り替えは鮮やかの一語に尽き、自分が攻めていると思った一秒後には、逆に攻められているという展開もざらなのだ。
『まだまだダな、エステル』
「父さんにすんなり勝てるなんて思ってないわよ!」
加えて本質を見通す〝観の目”も健在だ。下手な小細工は通じないし、かといって正攻法でも突破は困難。
カシウスの猛攻にかろうじて耐えながら、エステルは瓦礫の中を駆け回る。崩落したロレントを見るのは、あの日を思い出すから正直辛い。
カシウスに追いつかれた。
『ふんッ!』
「はっ!」
受けたカシウスの棍を《旋風輪》で弾く。数歩は下がってくれたが、相手の体勢は微塵にも崩れない。
『思ったより粘るな。だがもう終わらセてもらおう。何かを狙っているようだが、その準備が整う前に』
「父さんに悟られずに悪だくみが最後までできたことなんてないからね。だから今日がその記念すべき一回目よ」
『娘が父を出し抜こうなど百年早い。俺の記憶にあるお前はモっと素直だぞ』
「年頃の娘が父親に隠し事の一つもないわけないでしょうが!」
エステルの棍に鮮やかな桃色の光が宿る。カシウスの棍には燃えるような赤い光が灯った。
虚空に残光を残しながら、互いに目にも止まらぬ打突を連続させる。
エステルの《桜花無双撃》をいなすと、カシウスは高く飛び上がった。全身にまとった闘気が、さながら不死鳥の羽のごとく拡がる。
エステルは飛び退き、さらに場所を移動した。
『逃がさん!』
「逃げるつもりはないわ!」
空からカシウスの突撃。迎え撃つ全力のエステル。《鳳凰烈波》と《太極輪》の激突。衝撃の余波で、周囲の瓦礫が残らず吹っ飛ぶ。
威力はカシウスが上だった。
『終わリだ!』
「……いいの? このままあたしを倒しちゃって」
『っ!?』
その一言で、わずかに《鳳凰烈波》の勢いが削がれた。
エステルのすぐ背後の時計塔からヨシュアが飛び出した。分け身で三体に見せたヨシュアは、猛スピードでカシウスに肉薄する。
『そんなものではやられ――がはっ、な、なんだと……!?』
「ごめんね、パパ」
《Xipha》のステルスで姿を隠していたレンが、背後からカシウスに死神の鎌を突き立てていた。
さらに正面からヨシュアの《
「ごめんよ、父さん。現実世界ではいつかちゃんと真っ当なやり方で勝つから」
『そうカ……そういうことか……』
カシウスは黒い霧になって消えていく。
息も荒いまま、エステルが辺りを見回した。
「……父さんは他の何を壊しても、この時計塔にだけは攻撃しなかった。それはきっと母さんのことがあるから……」
「だから時計塔を背にして囮役に、か。……終わった後でなんだけど、その理屈は少し繋がらないかもしれない」
「どうして?」
「ミストマータは霧を払う者を排除することを最優先として行動するだろ。時計塔だけをかばうのは腑に落ちない」
「確かにそうかもだけど……」
「ノルドエリアで遭遇したレーヴェもそうだった。なぜか攻撃してこなかった」
「でも剣は握っていたんでしょ? 戦う気はあったんじゃないの?」
ミストマータは何かの矛盾を抱えている? だとしてそれは付け入る隙になるのか、それとも――
『カシウス先生のミストマータを倒したの!? すごいじゃない! 連戦で悪いんだけど、次は学校エリアのサポートに行ってちょうだい!』
その折、レンが本部に状況を報告していた。続くシェラザードからの指示は学校エリア。オーレリア・ルグィンが手を付けられないくらいに暴れているという。
「ほらほら、二人だけの世界に入ってないで。次行くわよ」
「別に二人の世界とかないし!? あ、待ちなさいよ!」
先にレンが転移し、エステルとヨシュアもその後を追った。
●
「なんだ、ここは。《ユグドラシル》の中……だよな」
ヴァンはその光景に足を止めた。
転移した先に広がっていたのは、自然あふれる森林地帯だった。明らかに外から見た塔の外縁部よりも大きい敷地面積だった。
足場も土で、空さえある。だがおそらく虚構だ。
本物の空が映っているのであれば、今まさに《ニーズヘッグ》との戦いが繰り広げられているはずなのだ。
「どういう塔なのよ、これは! 頭おかしくなりそうよ!」
不満を口にしながら、ジュディスは草木をかき分けて進む。
カトルもいささか疲れた様子で同意した。
「さっきまでの階層が、上下が逆さまのフロアや、あらゆる音が届かないフロア、真っ暗闇のフロアとかだったから……ちょっと戸惑うかな、さすがに」
ちぐはぐな景色。正常ではない感覚。
そんなものがパズルみたいに組み合わされ、統合されたような歯車の塔。
「皆様、あちらに妙な反応があります」
《Xipha》のサーチを走らせていたリゼットが、進路の先を指し示す。
そちらに進んでいくと、綺麗な泉があった。
ヴァンが警戒しながらのぞき込む。透き通る泉の底に紋様が揺らめいている。
「転移陣だ! あんなとこに――」
陣の形は竜を思わせる紋様だった。
その時、水面に光る文字が浮かび上がった。
㊶【囚われた人物たちから吸い取った思念は《バルドルの箱》に送られ、新たな夢のエリアを構築するエネルギー源となる。外敵から自身を守護するために、そのエネルギーを分け与えて生み出されたのが幻竜《ニーズヘッグ》である】
「なっ……?」
こんな時に、こんなところで情報開示だと?
要するに《ニーズヘッグ》は《バルドルの箱》を守るため、箱自身が生み出した存在ということか。そしてその力の源も、リィンたち“囚われ”から抽出されたものだという。
思念というのは、それほどまでに巨大なエネルギーなのか。
「下がって!」
カトルが叫んだ。
森の中から走ったビーム光がヴァンたちを狙う。
同時にFIOが障壁を展開。その攻撃を弾いた。
焼け崩れた幾本もの木々の向こうに、戦術殻を従えたジョルジュ・ノームの姿があった。
「あいつ、ここで来やがるか……!」
「ジョルジュ様!」
リゼットが呼び掛けるも、ジョルジュは反応を返さない。やはり“囚われ”だ。
「あの戦術殻、ナグルファルとかいう名前だったか。ごりごりのパワータイプらしい」
ジョルジュの戦法は前もってクロウから聞いていた。あいつは拘束して“夢の綻び”に連れ帰る必要がある。
「だったらスピードで封じるのが定石でしょ!」
ステラビュートがナグルファルの腕に絡み付いていた。
速攻でグリムキャッツに変身したジュディスが、近くの木の上から連接刃を巻き付かせたのだ。
「いや、でもきっついわ、これ!」
「FIOとXEROSもお願い!」
早くもパワー負けするジュディス。カトルは二機にナグルファル封じの指示を出す。
『型落チノクソ廃材品ガ! スクラップ直行便ジャ、ワレェ!』
『GYOOOW! GYAGYAGYA!』
「動きを止めるだけでいいからね!? ねえ!?」
殺意極まる導力ドローンたち。
リゼットが銃を構えながら、ヴァンの横に立った。
「戦術殻を無効化すれば、ジョルジュ様の拘束は可能かと。私たちだけでやります。ヴァン様とアニエス様は進んで下さい」
「待て、あいつ自身の戦闘力は高くない。《西風》の二人とは違う。全員でやったほうが確実だし、効率も――」
「抜けられた! 逃げて!」
焦るカトルの声。FIOたちを突破したジョルジュが、ヴァンたちに突進してきた。巨大なハンマーを担いでいる。
ナグルファルをトランスさせたのか。誰だよ、本人の戦闘力は高くないって言ったヤツは。俺か。
強大な圧と共に振り下ろされるハンマー。
「あとをお任せします!」
「お前っ!?」
「きゃっ!?」
リゼットがヴァンとアニエスを突き飛ばした。二人はそろって泉に落下する。
爆ぜた土くれの残骸も泉の中に降ってきた。もう引き返せない。
ヴァンは水中でアニエスを引き寄せると、底をめざして潜水した。
深い。息が続かない。水上から爆発音が響く。大きな岩が落ちてきた。あれに潰されたら終わりだ。
精一杯に手を伸ばす。指先が水底の転移陣をかすめ、光が二人を包んだ。
●
戦斧を大剣で弾き、飛んでくる矢を切り落とす。
デュバリィはアイネスとエンネア相手に、よく一人で立ち回ってくれていた。おかげでこちらはアリアンロードに専念していられる。
「サポートします! みなさん、こちらへ!」
ローエングリン城の最上層。いくつか立ち並ぶ柱の陰に隠れて、エリゼは《ラ・フォルテ》を駆動させた。赤い光が武器に宿り、範囲内の味方の攻撃力があがる。
「デュバリィさんもこちらに! 次は反応速度の上昇をかけますから!」
サポートアーツの範囲に入ったのは、アルフィンとセドリックだけだった。エリゼを一瞥すると、デュバリィはいつも通りに鼻を鳴らした。
「わたくしは味方というわけじゃありませんし? 何度も言いますが、利害の一致によるただの同行です。あなた方のフォローなんか受けませんわ」
「こ、この期に及んで……」
「構わないわ、エリゼ。やっちゃって!」
アルフィンに言われ、《クロノドライブ》を駆動させる。重ねてアルフィンが《ダークマター》を駆動。生成される重力球が強制的にデュバリィを引き寄せ、無理やりアーツの効果範囲内に入れた。
「ぎゃああ!? 味方に何しやがりますか!?」
「あ、ほら。味方って言いましたわ」
「きぃいぃ!」
神速のブースト。デュバリィは再びアイネスたちに突撃していく。
「僕たちも行くぞ、アルフィン!」
「了解、全力疾走するわ!」
セドリックは魔導剣を、アルフィンはムービングドライブを駆使しながら、アリアンロードに食い下がる。
しかし相手は強かった。卓越したランス捌きに阻まれ、まともに攻撃が通じない。勝ちの目がまるで見えない。このままでは時間稼ぎも危うい。
「使うしか……」
エリゼは自らの胸に手を添える。
ベルガルドの聖痕の再現を見て思いついた奥の手を今――
拳を握り固めたその時、《ARCUS》に全体通達が入る。それを聞いて、エリゼの心臓は跳ね上がった。
「“夢の綻び”が破られた……!?」
●
アークライド事務所に、霧が入り込んできている。
まずい。戦局が不利になってきているのか?
作戦本部に伝えに行こうとしたエレインは、《モンマルト》の入り口にオリヴァルトとクローゼが出てきていることに気づいた。
シェラザードについていなくていいのか?
いや、二人の前にもう一つ人影がある。黒い霧をまとう人影。
「ミストマータ……っ!?」
まさか。もう侵入されていた。誰だ。
派手な白マントに、羽飾りがあしらわれた趣味の悪い仮面。あの特徴的な格好は、遊撃士協会のデータベースにも載っていた。
「怪盗B――ブルブラン。結社の執行者!」
『おや。もう一人いたとは』
大げさに――まるで舞台役者のように芝居がかった動きで、ブルブランは駆けつけたエレインに振り返った。
『我が愛のライバル、そして愛しの姫君との再会に水を差スとは無粋極まりない。……と思ったが、これは見目麗しいご令嬢だ』
「ありがとう。私はあなたのことが好きになれそうにないけれど」
『見た目で判断するのはよくない。そんなことを言わレては傷ついてしまうよ、麗しの剣士殿』
「両殿下、状況のご説明を頂けますか?」
ブルブランは無視して、クローゼたちに訊く。
「状況はシンプルです。彼は突然《モンマルト》に現れました。そして私たちは彼を店の外にまで追いやって、今から交戦するところです」
「現実世界では僕たちもブルブランと縁があるのさ。厄介なことに執心されていてね」
「加勢します。ミストマータ一体にしか侵入されていないところを見るに、“夢の綻び”の防衛力はまだ健在のようです。押し返しましょう」
《幻夢の手記》に明言はないが、〝ミストマータは縁ある相手のいる場所に出現しやすい”という仮説は当たりかもしれない。
『三対一か。そレもまた一興』
跳躍したブルブランがトランプカードを投げてきた。避けたエレインの足元に突き刺さる。鋭利な刃物と大差ない。
「散開を!」
エレインの指示で三方に分かれる。
飛来する無数のトランプを、オリヴァルトが的確に撃ち落としていく。後方に下がったクローゼは《アクアブリード》を駆動させた。
うねる高速の水流をブルブランはかわしたが、死角から接近したエレインの斬撃が気障なマントを切り裂いた。さらに連撃で追い詰める。
『ほう……!』
「もらった!」
心臓の位置にあるであろう黄金の歯車を切っ先で狙う。
『いいのかね、私にばかり気を取ラれて』
ブルブランではない、もう一体の気配。まだ何かがいる。
視線をそらしたわずかな隙に小刀を投擲される。反射で回避。
「っ!?」
体が動かなくなる。ブルブランの投げた小刀は地面に刺さっていた。正確にはエレインの影にだ。
クローゼもオリヴァルトも影を刺され、同様に動きを封じられている。
『影縫いだよ。一手で簡単にチェックメイトさ。……さあ、とどめと行こうか。まずは我が宿敵から』
「オリビエ!」
事態を見ていたシェラザードが《モンマルト》から駆け出してくる。
「ダメだ、シェラ君! 戻れ!」
『指揮官、みーッけ』
もう一体がシェラザードの前に姿を現した。
シャーリィ・オルランドのミストマータだった。
クロスベル地区の東方人街で行方をくらまし、リーシャからの追跡からも逃れたとはエレインも聞いていた。
彼女も侵入していたのか、この“夢の綻び”に……!
「このっ!」
『食らうわけなイじゃん、そんなの』
遊撃士時代の鞭でシェラザードは牽制したが、シャーリィの《テスタ=ロッサ》の回転鋸によってズタズタに切り裂かれた。
腹をかばいながら後退したシェラザードは、しかし《モンマルト》の外壁に背が当たり、逃げ場を失くす。
「やめろ! 僕だ! 僕の方に来い!」
オリヴァルトが必死に束縛から抜け出そうとする。エレインもクローゼもだ。だが動けない。
『やめたまえ。奥方共々美しく散ればいい。心配せずとも、すぐに後を追わせてあゲようじゃないか』
「僕らの結婚を祝ってくれただろう! あのティアラを返してくれただろう……!」
『君たちが霧を晴らシさえしなければ、こんなことにはならなかった』
「ぐぅあああっ!」
顔中をゆがませて、手足を引きちぎらんばかりに吼えるオリヴァルト。こんな彼は見たことがない。それでも拘束は解けなかった。
オリヴァルトは悲痛な声で叫んだ。
「誰か……誰か止めてくれ!!」
振り下ろされる凶刃。
次の瞬間、火花が爆ぜた。《テスタ=ロッサ》を打ち払い、シェラザードを守った剣が青く輝く。
回転する鋸刃が不自然に止まっていた。グリップを持つシャーリィの腕ごと、その機構がビキビキと凍り付く。
「姉上に手を出すな……!」
その瞳に怒りをみなぎらせて、セドリックが立ちはだかった。
●
「なぜシェラザードさんを狙った」
セドリックは剣先をシャーリィに突き付ける。
『だってそっちの司令塔じゃん。それにセドリックの大切な人でしょ。壊そうとすればセドリックがくると思ったし、本気出してくレるとも思ったんだよね』
「そう、大切な人なんだ。よくも……あ」
『なに?』
僕、さっき“姉上”って言った。とっさのことで何も考えていなかった。今まであれだけ悩んでいたのに、本当に弾みで言ってしまった。エリゼさんの時といい、意外にも僕は勢いで口にするタイプらしい。
あ、恥ずかしい。後ろを振り返ってシェラザードさんの顔が見れない。
『ま、なんだってイいや。やろうよ』
彼女は凍り付いていた《テスタ=ロッサ》の氷を砕いた。再び動き出す回転刃。
もう一人、結社のブルブランもいた。
〝夢の綻び”に霧が入り込んでいるのか。
エレインさん、クローゼさん、兄上の三人は動きを封じられている。
僕がやらないと、みんなを守れない。
セドリックは魔導剣の二連撃――デュアルドライブでシャーリィを下がらせる。
「僕の後ろから絶対に動かないで下さい」
シェラザードに言い含め、セドリックは剣を縦に構えた。
刀身に幾重にも輝く線が浮き立つ。刃を覆う七色の光が眩く弾けた。
これが《フレスヴェルグ》のシングル、デュアルに続く最終駆動法――!
「チェインドライブ!!」
爆裂する一帯。《モンマルト》の窓ガラスが全て砕け散る。噴き上がる粉塵の中に、銀色の刃が閃いた。
『あはッ! 出してくれたんだ、こレだよ、これ!』
シャーリィには一度見せたことがあった。
分割された刀身が鋼のワイヤーに繋がれ、縦横無尽にひるがえり、予測不能の斬撃軌道を描く。
そう、《フレスヴェルグ》の真の姿は
『おや? すばらしい威力だが、扱えきれていなイようだ』
ブルブランがせせら笑う。その通りだった。この形態になると、制御が困難を極める。
『前のはまぐれだったのかな? ちょっと残念だケど仕方ないか』
シャーリィが《テスタ=ロッサ》を持ち上げた。
くそ、もう一度チェインドライブを――
『セドリック!』
「は、はい!」
シェラザードに一喝され、ビクッと背すじが伸びる。まるでアルフィンにそうするように、呼び捨てで呼ばれた。
「その形の剣の使い方はそうじゃない。意識するのは剣先と手元。特に小指を起点にして先端を操るイメージを持ちなさい。あとは体全体を連動させて、腕だけで振ろうとしちゃダメよ」
すっと優しげに、シェラザードの手のひらが、セドリックの手の甲に重ねられた。
「姉と呼んでくれて嬉しかった。私もあなたを大切な弟だと思ってる。それを望んでいいのなら、これからもそう呼んで欲しい」
「……呼びます。何度だって、いつまでも」
「ありがとう。守って、私とこの子を」
「約束します、姉上」
今一度、剣に光が満ちる。火、水、風、地、時、幻、空。分かたれた刃の一つ一つに別種の属性が宿る。
『楽シもうよ、セドリック!』
《デス・パレード》による乱射乱撃。《テスタ=ロッサ》を振り回し、シャーリィが突撃してきた。ブルブランも持ち得る全ての暗器を投げ放ってくる。
「チェインドライブ――セブンスブレイド!!」
七光の軌跡を引き、鳥のような自在さで宙を舞う《フレスヴェルグ》。
隆起した大地がブルブランを捕らえ、逃げようとした彼を重力球が包み、突き出す氷刃が胸を穿つ。
銀耀の煌めきと黒耀の歪みがシャーリィの五感を狂わせ、荒ぶ烈風が《テスタ=ロッサ》を奪い、降り落ちる爆炎がフィールドを蹂躙する。
魔導剣戦術の奥義、全七属性による広範囲殲滅斬撃がその威力を存分に振るった。
『……見事ですね』
黒き霧となってくずおれるシャーリィとブルブランの間に、アリアンロードが現れた。
「もう普通に入って来れるんですね、この場所に」
『あなた方も奮戦していますが、霧の拡大を止め切れるものではありません。所詮は一時の時間稼ぎでシかないのですよ』
「大挙してこないところを見るに、まだここに繋がる〝道”が狭いということでしょう。それにこちらの目的は最初から時間稼ぎですので」
『人数は問題ではあリません。私がここに来た以上、その時間稼ぎさえ終わる』
アルフィンとエリゼも転移で帰還してきた。
「ごめんなさい、セドリックさん。アリアンロードを抑えきれませんでした」
「シェラ姉様は無事なの!? セドリックったら一人で先行して!」
「姉上は無事だよ。ミストマータも二体倒した」
セドリックが姉上と言ったことに、アルフィンは虚を突かれた顔をした。
アリアンロードが右腕を掲げる。その手に光陣が浮き立った。
「この場所で騎神を……!? ならこちらも!」
「僕がやる。本当はエリゼさんは戦いたくないはずだ。その力で、リアンヌさんの似姿とは」
エリゼを制して、セドリックが歩み出た。
『まだ我が物顔でそれを使うのですか?』
「……リアンヌさんはそんなことを言わない。思いもしていない。彼女は精神はもっと高潔だ」
そのセリフは、きっと僕の心の底にあるものだ。
ミストマータが“囚われ”の思念から成っているのなら、当然僕の思念もアリアンロードの霧人形を形成する一部になっている。
僕が抱いていた卑屈さが、責める言葉の大元なんだろう。だから……!
『私から借り受けた力を――』
「託された力だ、これは!」
セドリックの拳にも光陣が浮かぶ。
「今日まで戦い抜いてきたのは僕の力だ! 戦うと決めたのも僕自身だ! 誰かに強制されたからじゃない。状況に流されたからでもない。守りたいものを守るために、僕は僕の意思で力を振るう!」
決意の宣言と同時に、強い輝きが立ち昇る。
「来い! アルグレオン!」
光の柱の中に顕現した巨大な騎士の影が翼を広げた。
すでにアリアンロードも騎神を召喚している。
黒銀のアルグレオンと白銀のアルグレオンが飛翔し、空中に鋭い閃光を交錯させた。
●
転移陣に乗る度に移動を繰り返し、《ユグドラシル》の頂上を目指す。
かなりの上層に来ていることは確かだが、外の様子を窺い知る手段はなかった。
「……ここはなんだか綺麗ですね」
機械や自然など、階層が変わるごとに異なる様相を見せ続けてきた〝黎明の樹”。
このフロアの構造はシンプルだった。汚れのない白くまっすぐな通路が伸び、行く先には小さな光の粒が舞っている。
床と壁は金属と土の中間のような材質で、不思議な温かみも感じられた。
なんだか落ち着く。しかし気は抜けない。またどこで誰が立ちはだかってくるかわからないのだ。
次は私が残る番。ヴァンさんを先に進ませなくてはならない。
「気負うなよ」
表情が硬かったのか、ヴァンが声をかけてくる。アニエスは精一杯に笑顔を作った。
「大丈夫です。となりにヴァンさんがいますから」
「そんなに持ち上げてくれんなよ」
「本心ですけどね」
通路を抜けると、開けた場所に出た。ドーム型の空間だ。その中央に一つの大きな樹がそびえ立っている。
枝葉は普通の植物だが、幹の半分より下は機械だ。その歪な大樹の枝に、キラキラした実が成っている。
「果実じゃない……? あれってもしかして」
「ああ、黄金の歯車だな」
ミストマータの心臓部。こんなところで作られていたのか。
この歯車に《ARCUS》のリンク機能を介して、〝囚われ”たちの思念が注がれ、影人形が生み出されていくのだろう。
《幻夢の手記》が光った。
㊲【
「っと、ここでミストマータの確定情報か」
「やはり《王》とは繋がっているみたいですね」
目的はわかる。あいつら自身が“世界を完結”させるとも言っていた。しかしどんな都合があって、俺たちの帰還を阻む。その理由が明記されていない。
残る条項はあと三つ。
その時、全身を浮遊感が包んだ。一瞬で上下の感覚がなくなる。
「強制転移か!? 俺から離れるな!」
「はい!」
アニエスはヴァンの腕をつかんだ。
足元に転移陣などない。この部屋自体が転移装置か。
光が視界を埋め、二人は違う場所に飛ばされた。
「っ、今度はどこに……」
「……いや、おそらく目的地だ」
目の前に巨大な扉があった。立派な装飾が施されている。一目でわかった。これは《王》の間だ。
後ろに引き返す道はなくなっていた。崖のように足場が崩れてしまっている。
「ヴァンさん」
「ああ」
二人で扉を開いた。ゆっくりと、重々しく。
動いた空気で前髪が揺れる。そこから見える光景からは、謁見の間のような印象を受けた。
足を踏み入れる。静謐な場所だった。
星々が煌めくような、広く高く黒い天井。どこか夜の空を連想させる。それを支えるのは幾本もの荘厳な柱。
ここが夢の終着点。
その最奥に玉座があった。ヴァンとアニエスは慎重に近づいていく。
「誰もいない……」
「待て、止まれ。何か落ちてる」
「え?」
足を止めたアニエスは、床に散らばるそれらに目を向けた。
ガラスの破片? いや、違う。鏡だ。割れた鏡が玉座の周りに散乱している。
――それは《幻夢の破鏡》
どこからか声が響いた。男性の低い声音だった。プログラムされた機械音声のようにも聞こえる。
――望鏡が砕けた成れの果て。お前たちを映す泉の瞳。
「私たちを見ていたということでしょうか……。でもどこにも姿が……」
「ああ、ないな。つまるところ《王》ってのは機械の存在。歯車で作られた世界を統合するシステム――なわけないよなあ!」
ヴァンは空席の《王》の座にスタンキャリバーを突き付けた。
「ヴァンさん、何を!?」
「ずっと考えていた。やっぱり《王》には意思がある。機械、システム、概念。そんなもんじゃねえ。一人の人間で、そいつこそが黒幕だ」
切っ先を向けたまま、彼は告げた。
「もうわかってる。出てこい。その黒幕はお前だ!」
何者かが身じろぎする気配があった。
玉座の裏から姿を見せた人物に、アニエスは言葉を失った。
「さすがはヴァンさん。ボイスチェンジャーまで使っていたのに」
《Xipha》を口元から外すと、レンがいつものおどけた口調で笑ってみせた。
「な、なんでレン先輩が!? ヨシュアさんとエステルさんと一緒にエリア防衛に当たってくれていたはずじゃ……!?」
「学校エリアに転移すると見せかけてこっちに来たのよ。二人は今頃、私を探しているんじゃない?」
「ど、どうして」
混乱している。思考がまとまらない。
そんなのおかしい。レン先輩は今までたくさん助けてくれた。レン先輩にしかない気づきも多かったし、彼女の言葉で指針が決まったこともある。
……レン先輩にしかない気づき? それは最初から知っていたから?
……彼女の言葉で指針が決まった? それは私たちを誘導していたから?
「どこで気づいたの? 私のことを」
先にレンが言った。
「《ユグドラシル》突入の直前だ。《幻夢の手記》を読み返していて違和感を覚えた」
「違和感? どこか変だったかしら?」
「《幻夢の手記》はこの異世界の絶対のルール。そいつが覆れば全てが成立しない。だからそこに嘘偽りの記述はない」
「そうね」
レンがこの場に現れた以上、彼女が裏で手を引いていたのは、もはや疑いようがない。
それでも。
それでもアニエスはそれを否定できる要素を探した。大好きな先輩が最後に立ちはだかるだなんて、どうしても認めたくなかった。
「ま、待って下さい。変ですよ。《幻夢の手記》に偽りはないんでしょう。なら条項の㉙番はどうなんです!? 主格者以外が《王》だって書いてますよ! レン先輩は学校エリアの主格者だったじゃないですか!」
「ならレンはあのエリアの主格者じゃねえってことだろ」
「でも、私たちは確かにレン先輩の望みを叶えて、霧を晴らして……」
「思い出せ、アニエス。本当にそうだったか?」
「だ、だって学院祭で盛り上げて欲しいっていうのはレン先輩が」
あの時の会話を思い出す。
生徒会長のユウナの案内で、《ブライト総合学院》の学院長室に案内されて、そこでレンから告げられて――
『――じゃあ、新任教師の皆さんにお願い事があるの』
『学院祭! あたしのクラスが絶対一位になりますから! がんばりましょうね』
『もう。せっかちな生徒会長ね。やる気があるのはいいことだけれど。でもまあ、そういうことよ』
言ってない。レンは学院祭だなんて一言も言っていない……!
「それとな。主格者のアイテムってのは主格者から譲渡されるもんだ。これも手記の㉑番に記述がある。たとえばルーファス。パンタグリュエルが墜落中だったにも関わらず、わざわざラピスから《ラタトスクの羅針盤》を取り戻して、俺に直接手渡した。じゃあ学校エリアでは誰が俺にアイテムをくれたんだ?」
「レ、レン先輩が」
あの時、レンが映画作品の一位のクラスを決めた。
そしてレンは彼女にそれを託した。
『――はい、おめでとう。良かったわね、生徒会長。これが賞状と賞品。賞品は学年主任の先生に渡してあげて』
『学年主任はヴァン教官ですよね。わかりました!』
銀のネームプレート――《ディースの証明》をヴァンに手渡したのは、ユウナだった。
「あ、あ……っ」
「そう、学校エリアの本当の主格者はユウナ・クロフォードだ。レンじゃない。お前はふりをしていただけだ。それと今、話にも出た㉙番。こいつが罠だった」
ヴァンは《幻夢の手記》を開いて見せた。
㉙“エリアの主格者以外に、《ロア=ヘルヘイム》そのものを生み出した統括主格者が存在する”
「ここは“《ロア=ヘルヘイム》そのものを生み出した統括主格者が存在する”だけでいい。わざわざ〝エリアの主格者以外に”と前置きするあたりがあざとい。主格者だった者は《王》の候補からは自然と外れるようになってる。確かに偽りは書いてねぇが、これだと思い込みが誘発される」
「ふぅん」
「だからお前が主格者を演じれば、少なくともそれ以上を疑われることはない」
ヴァンの一言一言がレンの正体を決定づけていく。
「……レン先輩はたくさん助言をしてくれました。ジョルジュさんに対してだって、“嘘をついていると思うから目を離さないように”って注意を――」
そう言って、自分で気づいた。
“彼から目を離さないで”と“私に目を向けないで”は、意味として同時に成立する。ジョルジュは隠れ蓑だった……?
アニエスはかぶりを振る。
「そうです、ミストマータは!? 学校エリアに出現したミストマータは、力尽きる前にレン先輩に襲いかかろうとしました!」
「聞くが、アニエス。それ以降のエリアでミストマータが主格者本人を狙って襲撃した例は一つでもあったか?」
「それは……ないですけど。じゃあどうしてレン先輩だけを」
「消滅する直前、あのミストマータがなんて言ったか覚えてるか?」
「えっと……“霧を晴らすな”と、“伝えなければ、あの方に”って」
「だから伝えに行こうとしたんだろ。最後の力を振り絞って。霧を晴らすのはコイツらだって、“あの方”に」
「ふふっ」
不意にレンが笑った。
「あの時は焦ったわ。ヴァンさんたちが倒してくれなければ、いきなりばれるところだったもの。強い忠誠心というのも考えものねえ」
「そ、そんな、本当にレン先輩が……」
「まだ信じられない? だったら改めて名乗っておきましょうか」
レンは玉座の前に立つ。その衣装が闇をまとうように形を変えた。支配者に相応しい漆黒のドレスへと。
「そう、この私こそが全ての黒幕。夢の異世界を統べる《ロア=ヘルヘイム》の女王、レン・ブライトよ」
――つづく――
《話末コラム①》【liar & liar】
『第26話 liar & liar』とは〝嘘つき二人”。一人はジョルジュ、もう一人は――
★https://syosetu.org/novel/278941/26.html
●
《話末コラム②》【ユウナ・クロフォード】
学校エリアの真の主格者はユウナだった。『破片の三』の一行目にある台詞が、彼女の望みである。
★https://syosetu.org/novel/278941/56.html
●
《話末コラム③》【夢のはじまり】
はじまりの物語。《虹の軌跡Ⅱ 夢にて夢みて》
★https://syosetu.org/novel/39862/75.html
●
《話末コラム④》【最終決戦 ―現状―】
・青文字は配置、役割変更
・赤文字は各エリアの状況
①【ユグドラシル突入班】 ―レンと遭遇―
★ヴァン、アニエス
②【ユグドラシル突入班】 ―ゼノ、レオニダス、ジョルジュと戦闘中―
★フェリ、アーロン、リゼット、カトル、ジュディス、ベルガルド
③【アークライド事務所防衛班(作戦総司令)】―指揮中断―
★シェラザード
④【アークライド事務所防衛班(シェラザード護衛)】―防衛中―
★オリヴァルト、クローディア
⑤【アークライド事務所防衛班(遊撃チーム)】―防衛中―
★エレイン、アルフィン、エリゼ(城エリアから帰還)
⑥【ニーズヘッグ陽動班(騎神、機甲兵チーム)】―空戦中―
★リィン(ヴァリマール)、アリサ、スカーレット
⑦【ニーズヘッグ陽動班(カレイジャス運用チーム)】―空戦中―
★トワ、スウィン、ナーディア、ラピス
⑧【街エリア防衛班(ヘイムダル区画)】―ヴァルカンと戦闘中―
★クロウ(オルディーネ)
⑨【街エリア防衛班(クロスベル区画)】―人形兵器と戦闘中―
★リーシャ、クレア
⑩【城エリア防衛班】―エンネス、アイネアと戦闘中―
★デュバリィ
⑪【ミシュラムエリア防衛班】―マリアベルと戦闘中(笑顔でディスり合い)―
★ヴィータ
⑫【街エリア防衛班(クロスベル市街)】―アリオス、ガイと戦闘中―
★ロイド、ランディ、エリィ、ティオ
⑬【学校エリア防衛班】―オーレリアと戦闘中―
★ユウナ、クルト、ミュゼ、アルティナ、アッシュ、エステル、ヨシュア
⑭【工房エリア防衛班】―エリカと戦闘中―
★ティータ、アガット
⑮【ノルドエリア防衛班・高原】―人形兵器と戦闘中―
★ミリアム、マキアス、ユーシス、シャロン
⑰【ノルドエリア防衛班・高原】―アインと戦闘中―
★ガイウス、ワジ、トヴァル
⑱【ノルドエリア防衛班・監視塔】―ヴァルター、キリカと戦闘中―
★ジン、アンゼリカ
⑲【街エリア(ドライケルス広場)】―オズボーンと戦闘中―
★ルーファス
⑳【レグラムエリア防衛班(聖女像付近)】―ヴィクターと戦闘中―
★ラウラ
㉑【レグラムエリア防衛班(町中)】―ルトガー戦闘中―
★フィー、サラ
㉒【レグラムエリア防衛班(教会付近)】―ガイラーと戦闘中―
★エマ
㉓【レグラムエリア防衛班(戦闘区域外)】―戦線離脱・回復中―
★エリオット、セリーヌ
㉔【街エリア防衛班(ヘイムダル区画)】―広域巡回中―
★ノエル
㉕【事務所エリア防衛班】―アリアンロード(アルグレオン)と戦闘中―
★セドリック(アルグレオン)
●
※アンケートを追加していますが、完結から一年近く経って掲載しているので、気づく方は少ないかもです。ただこの質問は連載中、とても気になったものでした↓
《王》はレンでした。初見で気づいていた方はいますか?
-
①レンだと見抜いていた
-
②レンが怪しいとは思っていた
-
③仲間の誰かが《王》だと思っていた
-
④仲間以外の何者かが《王》だと思っていた
-
⑤《王》など存在しないと思っていた
-
⑥その他