正面から、全力で。
なかよく喧嘩して、笑いあって。
共に歩むなら、足取りも軽く。
人を好きになるのは楽しくて、でも苦しい。それがなんとなく分かっていたから、気付きたくは無かった。私には新体操があって、それ以外を見る余裕なんて無いんだし。全てを捨ててでも勝ち続けなければ、
そして私たちの間には、千夏先輩が現れて。大喜は千夏先輩しか見ていない、私なんか相手にもしない。そうなってしまっても、それを覆そうとは思えなかった。それで良い、二人を応援しよう、とまで考えていた。
なのに、……なのに。あのバカは残酷なくらいに、優しい。千夏先輩以外にも、底抜けに優しい。それに触れてしまった私は、もう気持ちを隠せなくなってしまったんだ。
私は、大喜が好き。誰よりも、何よりも。
世界が変わった気さえする。頑張る理由はもう、周りの為じゃない。勿論親の面子なんかどうでもいい、私は大喜の為に強くなりたい。私を好きになってくれるように、私が私を許せるように。大喜に愛してもらえるなら、私は金メダルだって取ってみせる。不死身の身体と不屈の闘志、無敵の蝶野雛を見てほしい。
でも、どんなに強くなろうとも。どんなに新体操で勝ち進もうとも。
私は、あの人に敵わない。
鹿野千夏先輩、いま大喜が夢中な人。当人も大喜には好意的と言うか……、多分私と同じくらいには好き。そして、大喜の同居人。彼女がもし本気を出してしまったなら、一晩で全てが終わる。二人は「トクベツなカンケイ」になり、二度と離れることはない。私が割り込む隙なんて、何処にもなくなる。……それが今、一番恐ろしい。どんな相手にも怯まなかったこの私が、本気で恐れている。
戦えば勝ち目は無いかもしれない、でも絶対に負けたくない。逃げる私なんて、そんなの私じゃない。
「私、大喜が好きです」
放課後、帰りしなの先輩を捕まえて宣言する。本当ならそんな必要はない、先輩が本気を出す前に大喜を射止めてしまえば良い。でもそれじゃ不戦勝、そんなのはイヤだ。戦うなら真正面、正々堂々と斬り合うのが私の流儀だ。
「……そう。知ってるだろうけど、私もだよ」
凛とした声で返ってくる、言葉の太刀。お互い小細工は似合わない、抜き身でやり合うタイプだ。
「まあ、だからって喧嘩するのも嫌なんだけどね。修羅場で遅れを取った事なんか無いけど、さ」
戦えば勝てる、と言わんばかりの言い様だけど、不思議と嫌な感じはしない。確かに私より全てが上の人。だからこそ、挑み甲斐がある。どんなに格上だろうと、私は逃げない。特別な誰かには、一人しかなれないんだ。
正直この人を、嫌いにはなれない。尊敬できる立派な人だから。
それでも、勝たなければならない。きっと千夏先輩も同じように――。
「なんにしても、決めるのは大喜くんだよ。強引にどうにか、なんてのは良くないからね」
「ぇあ、そう、です……ね」
え、そんな事を言うのか。それはそうだけど、でも千夏先輩からそれを言い出すとは思わなかった。同居というアドバンテージを持っている以上、幾らでも手はある筈なのに。この人は強行手段に出なくても問題ない、と思っているんだろうか。助かるけど、どうにも解せない。さっきの闘志はなんだったんだ。
「私が今夜大喜くんに跨がって既成事実作って決着、じゃ蝶野さんも納得いかないでしょう?」
んぐ、と息を呑んでしまう。まあ、確かにそれは考えたし恐れているけど。そんな直接的な事を言わないでほしい。
「フェアに行かないとね、私は蝶野さんとも仲良くしたいし」
それは、私としてもそうだ。こんなメチャクチャな縁で出来た絆だけど、これはこれで大事なんだ。千夏先輩は私の、大事な友達だから。
「――それに、自分の
……そっちはそっちで、こういう風に思っていてくれたのか。これはなかなか、大変だな。もしこの人がなりふり構わず、それこそ大喜を蹂躙してでもモノにしようとするような性悪ビッチだったら、こっちも手段は選ばなくて良いんだけど。
まあ、良いや。賽は投げられ、ルビコンは渡った。
大喜がどちらを選ぼうと、その時に後悔しないように。全力で、ぶつかるだけだ。
いつか決着がつく日まで、私たちは仲良く喧嘩していこう。
硬く握手を交わし、そして背を向け歩き出す。
明日も明後日も、戦おう。私の全てを賭けて。