四葉と姉妹はお百度参りをしようと決めた。
しかし、外は雪が降りそうなぐらい寒い。
五つ子なら交代ですれば百回しなくてもいいよね?
そんな不謹慎な提案を実行するのであった。
四葉がカレンダーに×印をつけて、深いため息をついた。
風太郎の受験日まで、あと一週間と迫っている。
「なんだか緊張してきました~」
四葉のリボンまで片耳が折れている。
「あんたが緊張してどうすんのよ」
リビングで紅茶を優雅に飲みながらも、その手が震えているのは二女の二乃だ。
四葉と同じぐらい、いやそれ以上に緊張していて最近は食欲もない。
「同感」ぼそっと呟くようにうなずいたのは三女の三玖。
「一花お姉ちゃんとしては、末の妹も気になるけど」
少し余裕があるというか、肝が据わっているのが長女の一花。
それぞれの進路の決まっている4人はリビングでテーブルを囲っている。
家の中は床暖房でぬくぬくと暖かい。
「だぁ~。五月のことまで心配したら神経が持ちません!」
四葉が頭を抱える。学園祭以後、風太郎とは恋人になったものの、受験生の身分なのでその距離感に大きな進展はない。
「同感」と三玖がコーンスープのカップを両手で抱えながらうなずく。
「いや、そこは心配してあげなさいよ」
「それも同感」とまたうなずく。
4人が2階の五月の部屋の扉を見上げる。
あの中で五月は追い込みをかけている。
ただ、風太郎ほど心配でないのは、五月が食事の時間には顔を出し、元気にご飯を食べて笑顔をみせているからだった。
一方で、風太郎はもう学校にも来ていないし顔を見る機会が激減している。
「そ・・・そこでですよ」四葉が本題に入る。「お百度参りをみんなでしませんかねー?」
「この寒空でかしら?」二乃が確認する。
窓の外はどんよりと曇っている。
「夜から雪の予報・・・行くなら早めがいい」三玖が立ち上がった。キッチンに飲み終わったカップを片付けにいく。
風太郎のために何かしたいと思いながらも、何もできないことに歯がゆさを感じているのはみんな同じだった。
「まぁそうよね。でも、百回も参拝してたら雪になりそうだけど?」
二乃もカップを片付けて洗う。
「私もそこまではできないかなぁ。夜はちょっと仕事も入ってるし」
「5姉妹で分ければ・・・1人20回になりませんかね?」
「何よそれ」
「ずるはよくない」
「五月を連れて言ったら本末転倒でしょ。だから、1人・・・25回ね」
「うん!じゃあ、五月に声かけてくる」
「それ、お百度参りっていうのかしらね?」
二乃はなんならお百度参りを1人で最後までしようかと悩むが、とにかくいってから考えようと思った。
三玖はすでにコートを着て、マフラーを巻いている。
四葉は五月の部屋をノックしてから入った。
中はポテチの匂いがする。
「五月。わたしたち神社いってお参りしてくるけど、何かいる?」
「合格祈願のお守りならすでにもらっているけど?」
お守りが机の電灯のところに複数ぶら下がっていた。
「食べ物の差し入れとか」
「じゃあ・・・せっかくの神社だし、タコ焼き」
「たこ焼きですか・・・」
五月は目線をはずさずにずっと参考書を見ながら、ノートに文字を書いていた。
集中力もあり、素直な性格なので成績が急上昇している。
これ以上は邪魔をしないように、四葉が部屋を出た。
みんながすでにコートを着て準備を済ませて玄関で待っている。
四葉は部屋に走ってダッフルコートを取りに行った。
※※※
タクシーに乗って近くの神社にやってきた。
1月の下旬だが、ちらほらと人がいる。
「寒いわね・・・」二乃がコートの上から体をさすっている。
「むぅ・・・屋台はやっぱりありませんね・・・」四葉は困った。これじゃタコ焼きが買えない。
「五月に何を頼まれたのよ?」
「たこ焼きなんですが・・・」
「なら、帰りに駅前の金ダコのでいいんじゃないかな?」一花が助け舟を出す。
「おおっ、それは名案」
「むしろ、駅前の金ダコのことを言ってたんじゃないかしら?」
「たき火発見」四葉が境内の端っこでたき火をしているのを見つけた。
「じゃ、行きましょ」と、すぐにたき火に向かおうとする二乃を一花が手で止めた。
「まずは礼にそって、身を清めてからね」
鳥居の前で一礼をして、境内に入り、参道の端を歩きながら手水舎に向かった。
「手は洗わないとね・・・」
作法とはいえ、この寒い日に水は冷たそうだった。
柄杓に水をとって、順番に手を清めていく。
「ひぃ・・・」思わず声が漏れる冷たさ。
三玖は両手を濡れたまま困っているので、一花がハンカチを渡した。
「ありがと」
「慌ててでてくるから」
「今度から気を付ける」
「今度がない方がいいんだけどね」
「さて、やりますかー」四葉は張り切っている。こうして4姉妹ででかけるのは久しぶりだった。
「で、どうするのよ?」
「鳥居のある山門と、拝殿を往復するので・・・どうしましょうか?」
あまり考えていなかった。
「じゃあ、とりあえず鳥居に集合、前の人の参拝が終わったら次の人がスタート。参拝が済んだらたき火に集まろう。」
一花の提案にみんなが納得する。
とても寒いがたき火があればなんとかなりそうだ。
「あと、お百度参りの時は一礼だけでいいみたい」
三玖がスマホでお百度参りの作法を調べていた。
「OK。じゃ四葉からスタートで」
「はいさー」
というわけで、四葉から。
拝殿まで歩き一礼をする。
「上杉さんが合格しますように。・・・あと五月も合格しますように」
それから、たき火の方へ向かう。
たき火のところには巫女が1人いた。軽く会釈をする。
「こちらで温まってもいいでしょうか?」
「ええ。そのためのものですから」
「助かりました。この寒空でお百度参りとか無理かと思いました」
「そういう方が多いんですよ。この時期は」
「なるほど!」
一花が拝殿で一礼する。
「五月とフータロー君が合格しますように」
欲をかくなら他にも祈願したいことがあるが、別に慌てる必要はない。
参拝を終えて静かにたき火に向かう。一花は所作が綺麗だ。
巫女に軽く頭を下げて、「失礼します」と一声かけた。
「あー生き返るかも」たき火にあたって、指をさする。
「ほんとにー」
寒くてこわばっていた顔に笑顔が戻る。
二乃が拝殿で一礼した。
「フー君と五月が合格しますように。お・・落としたら許さないんだからねっ」
ツンデレをいれてみたが、神様には失礼だろうか。
ちょっと顔を赤らめて、2人の待つたき火に向かった。
「ふぅ・・・」手をかざすと温かい。
火の粉が少し舞っている。
「三玖が歩いているし、わたしが山門のところにいけばいいかな?」
「いや、いったん4人集まろう。それで1周目って数えれば間違えないし」
「・・・なるほど」
四葉はどうやって百回数えるか実は悩んでいた。
三玖が拝殿で静かに一礼をする。
「フータローが合格しますように。・・・合格、するよね?」
それから早足でたき火へ向かった。
「お疲れ~」と四葉が声をかける。
「うん。これなら大丈夫そう」
たき火に手をかざして暖をとる。少し楽しい。
「じゃ、1周目が終わったし、2周目行ってきます!」
「いってら~」
四葉が鳥居の方へ向かっていった。
※※※
こんな感じで周回を重ねていく4人。25周すればお百度参りが完了する。
10周目に入った時に、1時間が経過していた。午後3時を回る。
四葉が10回目の拝礼をする。
「上杉さん・・・じゃない。風太郎くんが合格しますように。それと五月もお願いします」
風太郎くんと心の中では呼んできた。ちゃんと呼べるようにここで練習も兼ねる。
四葉がたき火のところに来ると、二乃が鳥居へ歩き出す。
三玖と2人になる。
「なんか、こんな感じの話あったよね?」
「怪談。確か・・・暗い部屋で四隅に立って順番に周っていく話」
「壁沿いに歩いて前の人の肩を叩くんだっけ?」
「そうそう」
「何が怖いだろ?」
「さぁ?」
一花が10回目の拝礼。
「五月とフータロー君が合格しますように。四葉とフータロー君がいつまでも仲良く過ごせますように。それから、私にいい役がきますように。それから・・・」
煩悩が多いなぁと自分で思って反省する。
たき火に戻ると、三玖が鳥居の方へ歩いていく。
「お疲れー」
「ふぅ・・・たき火がありがたいねぇ」しみじみと言いながら手をかざす」
「一花。部屋の四隅を周る怪談覚えてる?」
「暗い部屋で肩をたたくやつ?」
「そうそう。あれに似てるなぁっと思って」
「あれは、4人なのに四隅の人の肩を叩くからヤバイって話だよね」
「ん?」
「5人じゃないと無理でしょ」
四葉が少し考える。
「あー、そっか」
二乃の10回目の拝礼。
「フー君が合格しますように。それから五月も合格させてあげて」
回数をこなすと一回ずつの真剣さが薄い気がする。
そんなことを思いながら、たき火へと急ぐ。日が傾いてからますます冷え込む。
「おつ~」四葉が明るく迎える。
「10回目よね」
「はい。けっこう時間かかりますねー」
「そうね。みんなでやって良かったわ」
2人が話をしている時に、一花が時刻を確認する。そろそろ仕事へ移動した方がいい頃だ。
三玖の10回目の拝礼。
「フータローと五月が合格しますように。絶対合格」
深く頭を下げる。毎回ちゃんと真剣にお祈りをする。
それから小走りでたき火に向かう。やっと10回。
「おつ~」「おつかれ~」3人が待っている。
三玖がたき火に手をかざす。歩いているので体はそこまで冷えなかったが指先はすぐに冷たくなる。
「いったん休憩しようか」一花が提案する。
「うん」と三姉妹はお姉ちゃんの意見に従う。
さっきから目線の先に、甘酒の看板が目についていた。
境内の横の販売所に甘酒が売っているようだった。
「ここは、お姉ちゃんがおごってあげよう」
「ごちになります!」と四葉は即答。
それぞれが甘酒を飲んでほっとする。
しゃべると白い吐息がもれて寒さを物語る。
「じゃ、悪いけど、私はこの辺で仕事に向かうけどいいかな?」
「もちろんです。ありがとう一花」
「そう、最後まで一緒だと思ったけど、残念ね」二乃はちょっと悔しそうだった。
「仕事ならしょうがない」三玖は納得する。
四葉のスマホが鳴った。
「フー君?」二乃が反応する。自分には連絡がこない。
「えっと、らいはちゃんです」
四葉はそのままラインを使ってやりとりをしている。
「じゃ、がんばってね!」と言って、一花がその場から名残惜しそうに去った。
「今何回だっけ?」
「40回」
「・・・そうよね。あと60回を3人だから・・・1人20回?」
「うん」三玖がうなずく。
「あまり減ってないわね」
「しょうがない」
「あっ、らいはちゃんも来るそうです」
「へぇ・・・フー君は?」
「受験生ですってば」
「・・・そうよね」二乃ががっかりする。
「・・・」三玖は思うところがあるが、こちらは態度には出さない。
紙コップをゴミ箱に捨てて、気を取り直す。
「さっ、再開しましょうか」
「うん」
「いくぞー!」と四葉はまだまだ元気だった。
※※※
さっきと同じ要領で周っていく。
1周終わるごとにたき火に集まる。効率が4人の時よりも悪くなっている。
日がだいぶ暮れ始めて、時刻は午後4時を過ぎた。
「次、20周目いってきます!」四葉が出発する。
「67回目」二乃も確認する。
「20周だから・・・終われば残りが30回だよね?」
三玖が不安になる。
「そうね。40足す30だから70。うん」二乃もちょっと不安だ。一花がいなくなってややこしくなっている。
四葉が20回目の拝礼をする。
「風太郎くんと五月が合格しますように」
それからたき火のところで三玖と入れ替わる。
巫女さんが「そろそろたき火を消す時間ですので、すみませんがよろしいでしょうか?」
と申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あっ、はい。ありがとうございました!」元気よく四葉が答える。
「お百度参りですか?」
「はい。ちょっと姉妹でずるしてますが」と四葉が照れながらいいわけをする。
「いえいえお気持ちが大事ですから」
そういって、たき火に水をかけて消していく。
四葉は手をかざすのをやめて、寂しそうに眺めていた。
二乃の20回目の拝礼。
「フー君が合格しますように。五月も何卒お願いします。でもフー君はたぶん平気なはずなので、その分五月をお願いします。だからってフー君の不合格は許さないだからねっ」
ツンデレも大変である。
いそいそとたき火に戻ろうとしたら、巫女さんが消火しているのが見えた。
「おつ~」と四葉の元気がない。
「お疲れ。たき火タイム終了かしら?」
「はい、申し訳ありません」と巫女さんが礼儀正しく頭を下げ戻っていった。。
「いえいえ、いままでありがとうございました」と二乃も頭下げる。
三玖も20回目の拝礼を済ませる。
「フータローと五月が合格しますように。風邪もひかないように」
合格も大事だけど、合格以外にも大事なことがあることに気が付く。
思いついた時にお祈りにまぜる。
たき火が消えているのはさっき様子を見ていて知っている。
「おつ~」「おつかれ」
「無念」
と。消えたあとに手をかざしてみるが、もう温かくはなかった。
「あっ、らいはちゃんがきた」
四葉は鳥居のところに、らいはをみつけて走っていく。
「四葉は元気だなぁ」二乃があきれている。けっこう疲れていた。
参拝を初めて2時間半以上が経過していた。疲れるのも仕方がない。
「二乃」と三玖が声をかける。ずいぶんと悩んだ。
「なにかしら?」
「わたし達は帰ろう」
「はい!?なんでよ」
「いいから」
「理由ぐらいきかせなさいよ」
「二乃は夕ご飯の支度もあるでしょ?それに・・・」
「そうね」時刻を確認する。家に帰って準備をすればいい時間になるはずだ。
「たぶん、あとからフータローがくる」
「なっ・・・」
「らいはちゃんを迎えにくる名目で四葉に会いに来るはず」
「・・・なら、待ってればいいじゃないの」
「四葉だって、会うのは久しぶりでしょ」
「・・・わかったわよ。でも、あと30回も残ってるわよ?」
「それはしょうがない」
それから鳥居に向かって合流した。
もうたき火のところに集まる理由がない。
「えっ、もう帰っちゃうんですかー?」
らいはが残念そうに言った。
「ごめんね。晩御飯の支度があるから。らいはちゃんも後でよかったら食べにおいで」
「はーい」
「じゃ、そういうわけで、あとは任せたわよ。四葉!」
「えっと・・・あと何回でしたっけ・・・?」
「30回」三玖が答える。内心はちょっと迷う。
風太郎と四葉の間を気遣ったのも事実だが、たき火が消えたことのショックがないかといえばウソになりそうだ。
コートとマフラーでは防寒対策が不十分だった気がする。手袋とカイロも欲しかった。
「よしわかった。がんばる」四葉はめげない。
「あたしにもやり方教えてください」らいはが言った。一緒にお百度参りをしてみたい。
「うん」
「じゃ、また後でね。タコ焼きはわたしが買って五月に贈っておくから」
「お願いします」四葉が手を振る。
三玖が名残惜しそうな二乃の腕を組んで階段を降りていった。
※※※
2人が帰った後、四葉はらいはに作法を教えていく。
まずは鳥居の前で一礼して、それから手を洗う。
「ひやぁ・・・」とらいはから言葉がもれる。水がさすように冷たい。
「鳥居と拝殿を往復するから、交代でやろうか?」
「交代でやってたんですか?」
「五つ子だからね。神様におおめにみてもらって」
「じゃあ、あたしと四葉さんも姉妹ってことで」
「・・・もう、照れるなぁー」
ちょっと間が開いてから理解する。
風太郎と付き合うことになって、一番喜んだのがらいはだった。
2人が鳥居に並んだ。
「じゃ、わたしからいくね。参道は端っこを歩くんだって」
「なんでですか?」
「真ん中は神様の通り道」
「なるほどー」
「わたしの参拝が終わったらスタートしてくれる?」
「はい」
「じゃ、行ってまいります!71回目」
「いってらしゃい!」
四葉が参道の横を歩いていく。周りが暗くなってきている。
少し早足になる。あまり遅くまでは心配をかける。
一礼。
「風太郎くんと五月が合格しますように」
参拝を終えて振り向くと、らいはが歩き始めている。
参道の途中でらいはとハイタッチする。
鳥居に到着して振り返れば、らいはがもう参拝を始めていた。
「むむむっ、けっこう大変かも?」
タイミングをみて、すぐにスタートする。休憩する時間はなさそうだ。
「72」
らいはは数字だけ確認する。偶数になる。
教えてもらった通り、一礼する。
「お兄ちゃんと五月さんが合格しますように」
参拝を終えて振り返ると、鳥居のところで四葉が手をふっている。
「73回目~」と声が聞こえる。
らいはが戻る途中で2人はハイタッチをする。
らいはそれから次は自分も数字を言おうと思った。
※※※
交代で出発する方法は、どちらも早足になって息が切れる。
時刻は5時を過ぎて、あたりはすっかり暗くなっている。
境内には拝殿ぐらいしか電灯がないので少し怖いぐらいだった。
販売所の電気もすでに消えてシャッターが降りていた。
四葉は鳥居のところでらいはを待った。
「次で最後ですよね」
「うん。わたしが99で、らいはちゃんが100ですね!」
「じゃあ、代わりましょうか」
「大丈夫。わからなくなるから」
「もう、ならないんじゃないかな・・・」
「そうだけど・・・99!」
四葉スタートする。
すぐに、らいはが「100!」と言ってついてくる。
目が慣れてきているとはいえ、暗くて少し怖い。
四葉が最後の参拝をすませる。
「風太郎くんと五月が合格しますように!」
声に出していった。
手を叩いて鈴を鳴らしたくなるが、そういう作法ではないので我慢する。
気分が高揚している。
その横でらいはが一礼をして深く頭を下げた。
「お兄ちゃんと四葉さんが結婚できますように」
「なんと!?」
それから手をパンパンッと叩く。さらに鈴を鳴らした。
神社にきて鈴を鳴らさないなんて我慢できない。
「いいなぁ」と四葉の本音がもれる。まだまだ子供っぽいところがある。
「ふふふっ」
「でも、それだと100回目にならないのでは?」
今更、作法もなにもあったもんじゃないと思うが、一応気になる。
「100回目をもう一度やったらいじゃないですか?今のは個人的な参拝です」
らいはがケロリとしている。
「ほら」と、後ろをさすと、鳥居の横に人が立っている。暗くてはっきりとは見えない。
四葉がじぃーと見る。見覚えのある人影。
歩いて近づくと、風太郎が立っていた。
「よぅ」と言って、手を上げている。
「ふぅ・・・上杉さんも来たんですね」
四葉が駆け寄っていく。らいははゆっくりと歩く。
「ちょっとな。気分転換」
2人が少し談笑しているのを、距離をとって見守る。
「あの・・・上杉さんも一緒にどうですか?」
「ん?どうした」
「お百度参り。あと一回なんです」
「そんなにしたの!?」
「ちょっとずるしましたけどねー」四葉は笑う。
その時、らいはが側にいないことに気が付いた。
振り返ると、少し離れたところに立っている。
「らいはちゃん」
「四葉さん、あたしは鳥居で待ってるんで100回目済ませてきてください」
「うん」
風太郎と四葉が暗い参道の端を歩いて手水舎に向かう。
風太郎の手に四葉が柄杓で水をかけ、ハンカチを渡した。
それから、2人は静かに拝礼をして心の中で合格祈願をした。
そんな2人の後ろ姿をらいはは遠目で見ていた。
「こりゃ、和式の挙式も悪くないな」と呟く。
もっと2人で一緒の時間を過ごせばいいのにと思いながらも、受験前でピリピリしているのもわかる。
受験が終わって風太郎が合格したら4月からは東京で距離が離れる。
合格から引っ越しまでの間はデートをするんだろうか?
そんなことを心配していて、実はあまり兄の受験については心配していなかった。
2人が並んで歩いてくる。
とても似合っている。
「四葉さん、お疲れ様でした。ありがとうございました」らいはは深く頭を下げた。
神様などよりもよほど頭が下がる思いだ。
四葉と出会ってから兄はずいぶんと変わった。
「いえいえ。らいはちゃんもありがとうねー」
四葉は明るい。もう疲れているだろうけど、それは表には出さない。
神社の階段を3人で降りていく。らいはが2人の真ん中を歩いている。
自然とそうなってしまう。
「お兄ちゃん。駅前のタコ焼き買ってもらっていい?」
「無駄使いはダメだぞ?」
「それ、お百度参りしたお兄ちゃん想いの妹にいう言葉かなぁ」
「お祈りはタダだが、タコ焼きはタダじゃないからなっ」
「ケチくさっ!」らいはが非難めいていった。
隣で四葉が笑っている。
「わたしが買ってあげますよー」
「いや、冗談だから、ちゃんと買うから」風太郎が慌てる。
「そうですか。今日の出費からすれば些細なものなのに」
「出費?」
「一回参拝するごとに、一万円の賽銭をいれましたから」
「なんと!?」「なんとぉ!?」兄妹で驚いている。
「いや。冗談ですってば。だいたいらいはちゃん一緒だったでしょ」
「・・・はい」
「ふぅ・・・」と風太郎からため息がもれる。
四葉が隣でケラケラと明るく笑っている。
「じゃ、あたしタコ焼き並んでくる!」そう言って、らいはは駅前まで走っていった。
「気をつけろよー」風太郎が声をかける。
「・・・まったく」
「気を利かせてくれているんですよ」
「ん?どういうことだ?」
「気を利かせてくれているんですよ」
と同じセリフを四葉がいった。大事なことだからね。
「ああ・・・そうだな」
ちょっと立ち止まって、左手を少し前に出した四葉を風太郎が眺める。
それから、そっと手を手にとった。
「慣れないな・・・」
「慣れてもらわないと困ります」
四葉も風太郎も耳まで赤い。
それから2人はゆっくりと駅に向かって歩いていく。
言葉数は少ない。
何かいっぱい話したいことがあった気がするのに、会ってみるとそうでもない。
大事なことがあった気がするのに、こうやって手をつなげばそれでいいような気がする。
それはそうだろう。2人が探していたのはこうやって合う口実なのだから。
風太郎のスマホが鳴った。
「もしもしお兄ちゃん?なんかねー、和風の生姜醤油味があるんだけど、普通のとどっちがいいかな?」
「ちょっとまってな」風太郎が四葉に尋ねる。「生姜醤油味があるみたいのだけど、どっちがいいかだってさ」
「ん~。それは迷いますねぇ・・・でも、お百度参りだし生姜醤油でしょうか」「OK」
風太郎がらいはに「生姜醤油で」と伝えた。
「了解。やっぱりお百度参りだから生姜醤油だよね~」らいはが笑っている。
「なんだよ、それ」
「どちらも、神社(ジンジャー)」
「おあとがよろしいな!」
そんな妹とのやりとりをみて、四葉はいつも隣で楽しそうに笑っている。
風太郎はそんな四葉に癒される。がんばろうってまた踏ん張れる。
空を見上げると雪がちらつき始めていた。
四葉の吐く息が白く、空気に舞って消えていく。
そんな口元を風太郎は見て、また少し照れた。
(了)