運命のヒモ男《ヒモ・ファタール》   作:ヤン・デ・レェ

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番外 晴天

泉の畔に暮らすアルトリア、モルガン、アマロ、それから時々マーリンとランスロットの一家。彼らの元に新しい家族が加わったのは、運命の分水嶺、あの日から約三年後の出来事であった。

 

アルトリアとモルガンの血を元に魔法で創造された大きな卵を、アマロが大切に大切に温めて孵した子供だった。ドラゴンの血の強さゆえか赤が燃えるように映える美しい金髪を持ち、また両方の母親の青い瞳に、父親の漆黒の瞳を一滴垂らしたような見事な碧色の瞳に恵まれて生まれてきた。

 

彼女の名前はモードレッド。アルトリアとモルガン、そしてアマロの愛娘であり、マーリンが魔法術の粋を集約した末に生んだ最高傑作であり、連綿と続くドラゴンの血が最も色濃く遺伝した、伝説的神秘の生命体である。

 

美しい容貌と気高い精神を持ち、そのままに伸び伸びと家族の愛に育まれた彼女は立派な青年に成長していった。

 

血から漲り、有り余る好奇心に任せて、ある日彼女は遠出をする。家のある泉からは遠く西へ西へ。

 

そして一休みするために立ち寄った西方の淀みで、彼女は一振りの剣を見つけたのだ。

 

 

 

 

岩に突き立つ剣。木々が撓り、淀みを囲んで呑み込むように生えている。草木は剣の真上だけぽっかりと空虚になっていて、頂点に達した太陽が齎す陽光を一矢として、その狭間から注いでいた。剣が一段と高い場所で聳えていた。剣に注ぐ光は、一直線に揺れ動き、なんと目撃者たるモードレッドにも、その運命を示唆するように注いだのである。

 

不思議な光に背を押されて彼女はその剣に触れたのだ。

 

瞬間、剣はビリビリと振動し、ドクンドクンと明滅しながら脈動した。

 

そして、岩を破砕して飛び上がると、モードレッドの意志とは関係なく、彼女はその剣を天に向けて掲げる格好になった。

 

須臾、沈黙の彼方から暗雲立ち込め、轟轟と風唸り、矢の如く凄まじい雨に手綱引かれて、爆雷のような稲光がモードレッドの直上で吼えた。

 

剣の意志。それを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

モードレッドは猛烈な雷と雨風の中で両親の話を思い出していた。彼女たちが出会い、結ばれるまでの物語を。魔法と剣と汗と泥と血の物語を。決して美しくはない物語を。この世界で生きる者の勇気の物語を。

 

そして、その物語を知っていたからこそ、両親を愛していたからこそ、モードレッドは吼えた。吼えることを理解し、そのままに、何時かアマロと交わった偉大なるドラゴンのように、その血の連綿たる威容を解き放ったのだ。

 

「お、オレは…オレはッ!!運命には囚われない!!オレの生はオレが決める!!オレは母上と父上と一緒に暮らすんだ!!天よ!!貴様の望むままにオレは王にはならねぇ!!オレをさっさと、放しやがれぇえええぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!!」

 

「るぅううぅううがあぁぁぁあぁぁぁッッ!!!グオォォォォォォンッッ!!!!!」

 

咆哮。のち、晴れ。

 

駆け抜ける紫電の閃光は天空にとぐろ巻く分厚い曇天を引き裂いた。天穿たれて天気雨来る。

 

さらさらと肌に残った汗を洗い流すように、清廉の雫がモードレッドの肌を伝った。湯気を全身から立ち上らせて、彼女はぐったりと、しかし爽快にも芝生の上に寝転んだ。

 

繁茂した青草の上に腰を落ち着けると、見上げれば月が出ていた。いけない。門限を過ぎている。

 

ひょこっと身を上げて、モードレッドは駆け足で泉の畔の家に向かって走り出した。

 

遺ったのは半ばまで砕け散った剣だけ。静かに、誰に引き込まれるのやら、淀みの中に沈んでいった。その様を誰も見る者はなく、また誰も知る事はないだろう。

 

 

 

 

 

泉の畔の家では、アルトリアが夕飯の準備をしていた。モルガンに習いながらではあったが、少しずつ家事スキルが上がっていた。今日は昨晩のシカ肉を焼いたものの残りをぶつ切りにし、貰い物の獣乳を使ったシチューに入れるようである。

 

モードレッドの帰宅に、二人の母親は息の揃ったお帰りの言葉を添えて、全く同じタイミングで振り返った。

 

「ただいまー!母上!父上!あのね、聞いてよっ!今日凄いことがあったんだよ!」

 

「おかえりなさいモードレッド…あと、母上ではなくママだと何度言ったら分かるのだ。」

 

「まぁまぁ、モルガンもそこまでにして…手を洗ってきなさい。お父さんはもう少ししたら泉での行水から帰ってくるから。あ…あと、私はお母さんだよ?」

 

「はーいモルガンママ、アルトリア母さん!じゃあ、オレも父さんと一緒に水浴びてくるねー!」

 

父の不在に気付いたモードレッドが泉まで行こうとすると、マーリン直伝で開花した魔法の才能を十全に活用したモルガンが娘のことをふわりと浮かせたまま注意し始めた。夫と一緒に水浴びなど、十年早いと言いたかった。泉が鼻血で真っ赤に染まってみろ、きっとマーリンには笑われるし、ランスロットは故郷が血まみれだと泡を吹くに違いない。

 

「まったくッ!アルトリアはあの子に甘い。あとそれはダメだ。パパが上がってからにしなさい。」

 

「そんなことありませんよ。あと、お父さんと一緒に入るのはダメ。ランスロットおじさんと入るのはもっとダメね?」

 

「ランスロットおじさんとは一緒に入りたくないよ!」

 

今は自分探し兼婚約者探しの旅に出ている、この場にはいない騎士に向かってひどい言い草である。因みにランスロットは泉の聖女がアマロに返しそこねた剣を掘り出し物だと勝手に持って行ってしまった。

 

さて、賑やかな夕飯時が近づいていた。暖炉で揺れる炎が温かい音と色、そして温度を家族の為に演出していた。

 

三人が着席するころ、四人目が行水から帰ってきたようだ。不器用故、釘の打ち間違いで建付けが悪い扉がぎゅむぎゅむっと鳴った。

 

三人が扉の方を向くと、扉の閉まる音と共に男がモードレッドを認めて言った。

 

「上がったよ~…あ、おかえりなさい。モードレッド。」

 

「ただいま!父さん…あ、あの、服、着たら?」

 

男は上裸だった。

 

 

温かい家の様子を万物を見通す宝玉で見守りながら、マーリンは思った。

 

「今度は僕も、ご招待願おうかな。それはさておき、そういえば僕たちの出会いの時も、君は裸だったっけ。」

 

懐かしい記憶に想いを馳せながら、膝の上のもこもことした白い獣を撫でていると、宝玉の中ではアマロも服を着て、四人が夕食を食べ始めたようだった。

 

香ばしいパンと肉の味がしっかりと利いたシチュー。その美味しそうな匂いと楽し気な様子につられて、間もなく尖塔を飛び出したマーリンが四人のお家で相伴に預かるのは遠くない未来のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









これにて本作は一旦の完結とさせていただきます。書き足りない部分は拙作『鈍として青く』へ引き継いで参ります。此処まで読んで下さり誠にありがとうございました。長くお付き合いいただきましたこと心より感謝申し上げます。
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