ハリーとソフィアが卒業して数年後の話。
二人は恋人同士。
ハリーはシリウスと一緒に暮らしている。
けれど今回シリウスは出てきません。空気読んで旅してます、多分。
ただハリーとソフィアがイチャイチャするだけの話です!
ソフィアは二十歳になっていた。
ハリー・ポッターがヴォルデモートを斃した後、魔法界全体が元通りになるまではかなり長い時間がかかった。──いや、まだ以前と同じように、とはいかないだろう。
まだ二年ほどしか経っていないのだ、闇祓いから逃れた残党死喰い人もいるというし、親しい者の死の痛みはまだ人々の心を苦しめている。過去のものにするには暫く時間がかかるだろう。
ソフィア自身、時折夜に悪夢にうなされてしまうこともある。守れなかった者たちの叫びが、今も耳に焼き付いて離れない──。
それでも、世界は修復していき、明るさが戻りつつある。
あれほど閑散としていたダイアゴン横丁も人に溢れ、以前のような活気を取り戻していて、ジョージが経営するウィーズリー・ウィザード・ウィーズは店内に客が入りきらないほど人で溢れていた。
ソフィアは食材がたくさん詰まった紙袋を抱えて姿眩ましをする。姿眩ましでの移動も慣れたもので、軽い足取りで石床を踏むと、すぐにマグルに見られていないかを確認した。
裏通りから表通りへと足早に向かう。
ロンドンは夏だった。石畳は昼の熱をまだ薄く抱え、バスの排気と屋台の甘い匂いが混ざって、乾いた風が頬を撫でていく。
遠くでサイレンが短く鳴り、観光客の笑い声とパブのグラスが触れ合う音が、夕暮れの光のなかでざわめきに溶けていた。
玄関まで続くすり減った石段を登り、片腕で紙袋を支えながらポケットから杖を出す。「ファイアボルト」と言いながらドア・ノッカーの蛇をトン、と軽く叩けばカチッと小さな金属音が響き、ソフィアはすぐにドアノブを回した。
玄関ホールの窓は全て分厚いカーテンで締め切られ、昼間であっても薄暗い。ソフィアは暗い中でも慣れた様子で静かに進み──そうでなければ厄介な魔女が飛び起きるからだ──ホールの一番奥の部屋に向かった。
その部屋は、玄関ホールと雰囲気が全く異なり、至って普通の──やや古風な雰囲気がある──リビングの形をしていた。
ダイニングテーブルに紙袋置くと、すぐに杖を振るい買ってきた食材や日用品を棚の中に片付けていく。
机の上に置かれたままの日刊預言者新聞の日付は昨日のもので、よく見れば部屋の中も、コートがソファに乱雑にかけられていたり、バタービールの瓶が出しっぱなしだったり、羊皮紙が散乱していたり──少々、いや、かなり散らかっていた。
「……もう。仕方ないわね」
呆れた声に、少しだけ笑いが混じる。杖を振ると、瓶が片づき、羊皮紙が整い、埃が払われた。
ある程度片付いた後、今度はキッチンの前に立ち、食材棚を開ける。──が、中は想定通りほとんど空っぽだった。「多めに食材を買ってきて良かった」と思いながら、慣れた手つきで料理を作っていく。
ダイニングテーブルに二人分の料理が並ぶ頃、ソフィアは壁掛け時計を見て、そのまま視線を二階へ移す。
夕方に近いが、きっとまだ眠っているのだろう。
ソフィアはエプロンを外して椅子に掛け、階段を上がった。扉の前で一度だけ呼吸を整え、トントン、と控えめにノックをした。
「ハリー?」と声をかけても、返事はない。ソフィアは息を殺して扉を押し開けた。
薄いレースのカーテン越しに、夏の夕方の陽がさしていた。明かりを点けなくても十分に見える部屋の中央で、ベッドの上の膨らみだけが、疲労のかたちみたいに静かだ。
ソフィアは足音を消して近づき、端にそっと腰を下ろす。きしり、と古い家具が抗議するように小さく鳴ったが、続く寝息は乱れない。
枕を抱えるようにして眠るハリーを見下ろし、ソフィアは思わず笑みを漏らした。目の下には薄い隈があり、髪はあちこち跳ねている。任務明けの疲れが、そのまま身体に貼りついているようだった。
かさついた頬を指先で撫でると、うっすらとした体温が返ってくる。額にかかる前髪を払い、そこに残る稲妻形の傷に、触れるか触れないかの距離で指を滑らせた。
傷跡を撫でていると、ハリーのまつ毛が微かに震え、眠りの底から掬い上げられるような、鼻にかかった声が漏れた。
「ん……うーん……」
もぞもぞ、と動いたハリーはそっと目を開ける。眩しそうに何度か瞬きをして、そのまま鼻をすんとひくつかせた。
「……良い匂いがする……」
眠りから覚めたばかりのまだ半分夢心地な掠れ声に、ソフィアは小さく笑うと身をかがめてハリーの目元にキスを落とした。
「おはようハリー。糖蜜パイを焼いたから、その匂いかしら?」
「ソフィア……」
ハリーはとろんとした目でソフィアを見上げ、右手を伸ばした。ソフィアがその手に擦り寄るように体を倒した時──。
「──きゃっ!」
左手が腰を掴み、乱暴ではないが逃がさないというような力でぐっと引き寄せられる。ソフィアはバランスを崩して小さく声を上げ、そのままハリーの胸元に顔を埋めた。寝起き特有の熱と、じんわりとした嫌じゃない汗の匂いが鼻を掠める。
ハリーは抱きしめたまま、髪に鼻先を擦り寄せた。深く息を吸い込む仕草が、触れるよりもずっと甘くて、ソフィアはくすぐったさに肩を揺らした。
「ううん、ソフィアの匂いだよ」
「もう……糖蜜パイの方が強い匂いでしょう?」
「ソフィアの匂いの方が、いい匂いだからね」
ハリーは笑いながら言うと、ソフィアの髪に、耳たぶに、頬に──息の合間をみつけ何度もキスを落とした。かさついた唇が触れるたび、くすぐったさにソフィアの肩がきゅっとすくむ。抗議の声は笑いに溶け、指先でハリーの胸元を軽く押したが、押し返す力はほとんどなかった。
そのうち、ハリーの手がそっと頬を包む。親指が頬骨をなぞるだけの優しい触れ方で、ふいに世界の音が静かになった。
緑色の瞳が、まだ眠気を残しながらも、確かな熱を宿してソフィアを見つめている。
ソフィアはゆっくりと目を閉じた。
唇への軽いキスを何度か交わすうちに、ソフィアもハリーの首に腕を回し、くしゃくしゃの髪を指で梳いた。短いキスが、触れるたびに少しずつ長くなる。
息が絡み、唇が柔らかく溶かされたころ、ハリーの舌が遠慮なく入り込んできて、ソフィアの喉から甘い吐息がこぼれた。胸の奥がきゅっと締まり、身体が勝手に彼を求めるように近づいてしまう。
ハリーはその反応に、堪えきれないように息を飲む。抱きしめる腕に力がこもり、腹の底がじんじんと熱を帯びていた。
「ソフィア……」
呼びかけは吐息にほどけ、ハリーはそのまま首筋に顔を埋めた。髪の間から肌へ、熱い呼吸が触れて、ぞくりと細かな震えが走る。
抱きしめる腕は優しいのに、撫でる手だけがせっかちで、服の端を探り当てると、ためらいなく指を滑り込ませた。
──その瞬間。
「ん、ハリー……だめよ」
ソフィアは震える息を押し殺しながら、そっとハリーの手を止めた。拒むというより、いったん落ち着かせるための触れ方だったが、まさか止められると思っていなかったのだろう。ハリーは顔を上げ、子どものように眉をひそめてソフィアを見た。
「どうして?」
「だって、料理が冷めちゃうわ」
「……それ、今言う?」
不服そうに言いながらも、声は拗ねた甘さを含んでいた。ハリーはソフィアの頬に短くキスを落とし、説得するみたいに言葉を重ねる。
「ソフィアの料理、すっごく美味しくて大好きだよ。……でも、後で温め直しても、絶対おいしい」
「……まあ、それは、そうね」
ソフィアが観念したように言うと、ハリーの表情がぱっと明るくなる。勝ち誇るというより、“許された”ことが嬉しい顔だ。
そして次の瞬間には、安心した手つきがまた悪戯に変わって、彼の指先が今度は足の間へ、確かめるように降りていく。
「んっ──ハリー、だめだって……」
「どうして?」
囁く声が耳に落ち、ソフィアの肩がびくりと跳ねた。ハリーは笑いながらも腕の力を強め、逃げ道を塞ぐように抱きしめる。
「まだ何かあるの? 僕と君がこうやって会うの、二週間ぶりなんだよ」
「……わかってるわ」
「触れたい。──愛しいソフィアに触れることより、大事なことなんてある?」
切々と訴える声は、熱に濁りながらも真剣だった。ソフィアは言い返せず、代わりに彼の胸元をぎゅっと掴んだ。
ハリーは闇祓いとして、ソフィアは呪い破りとして働いている。
英雄ハリー・ポッター。その名がまだ新聞の見出しに踊っていたとしても、闇祓いとしての彼は駆け出しだ。上司の指示ひとつで呼び出され、夜明け前に家を出て、泥と煤と緊張を纏って戻る日々を送っている。いや、戻れない日も多い。
ソフィアも同じだった。呪い破りの仕事に就き、ビルの部下して外国へ飛ぶ日々。エジプトへ長期滞在することも珍しくない。
だから二人の予定は、噛み合う方が奇跡だった。せっかく休みを合わせても、急な呼び出しで簡単に崩れる。
ソフィアも、ハリーと触れ合いたくないわけではない。
二週間ぶりに会えて嬉しいし、きっと抱かれるのだろうとも思っていた──それを期待している。
しかし、ソフィアは頬を赤く染め困ったように眉を下げる。
ハリーの腕の中で、もじもじと足を擦り合わせ、潤んだ目で上目遣いに見上げた。
「でも──その──」
「きみ、今、自分が犯罪的な目で見てるってこと、わかってる?」
「え? な、なんのことかわからないけど──」
ハリーは自分の忍耐に、ソフィアは感謝すべきだと真面目に思った。
ギリギリのところで理性が勝ち、ソフィアの服を剥ぎ取り組み敷いていないが、本心はもちろんそうしてソフィアの熱に早く包まれたいと叫んでいた。
だが、ハリーは過去ソフィアと愛し合いながらも恋人関係ではなく、夜も共に抱き合いながら寝ていたが性行為は全くない、という生殺しの期間を半年近く続けた過去を持つ。
我慢は、残念なことに得意な方だった。
それに、ソフィアを愛しているからこそ、本当に嫌がるのならしたくとも、しないと自分に言い聞かせるほどの理性はあった。
猛った自身を落ち着かせるのは簡単だ。彼女の父を思い出せばいいのだから。
今日お預けかぁ。できない日なら仕方ないし。とハリーが内心で嘆きながらソフィアの背中を撫でていると、ソフィアはその手の誘うような愛撫に──もちろんハリーは無意識である──小さく吐息を漏らしながら困ったようにハリーの胸元に頭を預けた。
「その──まだ、明るいから……」
「え。……明るい、だけ?」
「……」
ソフィアは視線を泳がせ、唇をきゅっと噛む。こくん、と小さく頷いた仕草が、あまりに可愛くて──ハリーの理性は一瞬で負けた。
「……了解」
返事は短いが、動きは早かった。
ハリーは枕の下に隠していた杖を素早く抜き取り、窓のほうへ軽く振った。
分厚いカーテンがするりと閉じ、夕暮れの橙色の光が断ち切られる。途端に部屋は、ふたりだけの薄闇に沈んだ。
「……っ」
ソフィアが驚く間もなく、ハリーは毛布を頭の上まで引き上げ、ソフィアごと引き寄せて潜り込む。布の内側は、外とは別世界のように暗く狭く、熱くて──息がすぐ隣にあった。
一気に暗くなると同時に、ハリーの匂いがソフィアを包む。汗と石鹸と、仕事帰りの少しの埃の匂い。その全部が、恋しい匂いだった。ソフィアは息を呑み、ハリーを見上げた。
暗い中で、微かな隙間の光を受けたハリーの目だけが、子どもみたいにきらきらと笑っていた。
「これで……いいかな?」
「……ほんと、困った人ね……」
照れ隠しの言葉とは裏腹に、ソフィアの指はもハリーの胸元を掴んでいた。
ソフィアは顔を上げ、ハリーの顎の下にそっとキスを落とした。触れるだけの短いキスだったが、それを合図として薄闇の空気が甘く揺れた。
***
「うん! すっごく美味しい!」
「良かった、新しいレシピだったけど……うん、美味しいわね」
数時間後。
すっかり遅い夕食になってしまったが、テーブルの上には再度温められた料理の湯気が立ち登り、糖蜜パイの甘い匂いがまだ部屋に残っていた。
窓の外はすでに夜で、遠くの通りの音も薄いカーテン越しに微かに届く。
ハリーは上機嫌にフォークを動かし、口の端に少しソースを付けたまま笑っている。ソフィアはそれを見て、くすくすと笑って指先で拭ってやった。
「子どもみたいね」
「そうかな? ソフィアの前だけだよ」
余すところなくハリーに堪能されたソフィアは、まだ身体の奥に残る熱と、肌のあちこちに落ち着かない余韻を抱えたまま椅子に腰かけていた。
髪は少し乱れ、頬もまだ赤い。それでも愛おしそうに目を細めるその姿は、しっかり満たされた証拠だろう。
対照的にハリーは、さっきまでの飢えが嘘のように機嫌がよく、バタービールを一口飲んでは「うん」と大きく頷く。
皿の触れ合う小さな音やカトラリーが陶器を叩く音が、ソフィアとハリーの食事の場を軽やかに彩っていく。
「ハリーは明日も休みよね?」
「うん。ソフィアもそうだったよね」
「ええ。ちょっとグリンゴッツに顔は出さなきゃなんだけど──大丈夫、少しの時間だけ。書類の提出だけだから、すぐに終わるわ」
「良かった!」
ハリーの声が、嬉しさで少し跳ねる。ソフィアは思わず笑って、彼の手元のパンをもう一つ皿に乗せた。
「明日、どこに行こうか」
「うーん、そうね……この前言ってたカフェは? ほら、シリウスおすすめの」
「いいね! そうしよう。楽しみだなぁ」
「ええ、とっても」
話題は次々と移っていく。エジプトの乾いた風の話、死喰い人の話、ロンドンの新しい店の話、ハーマイオニーとロンからの手紙の話──。
ソフィアが笑えばハリーも笑い、ハリーが眉をしかめればソフィアが指でその皺を伸ばしてやる。そんな小さなやり取りが、二週間の空白を丁寧に埋めていった。
食後の空気は、糖蜜パイの甘さをまだ引きずっていた。皿の上には最後の欠片さえ残らず、ハリーは満足そうに背もたれへ身体を預け、ソフィアはバタービールの泡を小さく指で弾いた。
時計の針は夜十時を指している。そろそろ片付けをしようかとソフィアが思った時、唐突にハリーが立ち上がった。
「じゃあ次は、デザートだね」
「え? 糖蜜パイは今、食べたでしょう? 足りなかった?」
「うん。全然足りなかった」
さらりと返されて、ソフィアが「そんなはずは」と言いかけた瞬間、ハリーは軽い足取りでソフィアの横に立つ。そのまま杖先も見せないくらいの手際で、杖を振ると、食器の類がふわりと宙に浮き──まとめてシンクへ吹っ飛んだ。
「えっ、ちょ……!」
驚いた顔をしたソフィアが立ち上がる前に、ハリーはその手を取って、するりと引き寄せる。
甘えるようにソフィアの腰を抱き寄せたハリーは、緑の目を悪戯っぽく細めていて──ソフィアは少し固まった。
「……ねえ」
覗き込む距離で、ハリーが小さく首を傾げる。
「僕だけのデザート、食べていい?」
「……え?」
きょとん、としたソフィアの表情が、ほんの一拍遅れて固まる。
ハリーがソフィアのこめかみにちゅっとキスを落としている内に意味を理解し──その瞬間、耳まで熱が駆け上がり、みるみる頬が赤くなっていく。
「さ、さっき……あんなに──たくさん食べたのに!?」
「足りないよ」
ハリーは語尾を跳ねさせながら悪びれもせずそういうと、ソフィアの瞼にそっとキスを落とした。
その仕草があまりに優しく、怒るタイミングも呆れるタイミングも失ったソフィアは唇をはくはくと動かすしかなかった。
「ハリー……でも、片付け、しないと……」
「そんなの後にしよう」
囁くように言って、ハリーはソフィアの腰のあたりをなだめるように撫でた。それだけで、ソフィアの心臓が一段跳ねる。
「そうだ。一緒にシャワー浴びる? この家の浴槽広いし」
「あなたって、本当に……」
困った人ね、が続きそうな声は最後まで言葉にならず、代わりに小さなため息が漏れ、ソフィアはハリーの肩口に頭を預ける。
ハリーはそれを許可だと解釈したらしく、嬉しそうに笑って、指を絡めた。
テーブルの上の蝋燭が、甘い匂いの残る空気の中でふわりと揺れる。
シンクには放置された食器が静かに収まり、部屋には、浴室に向かうふたりの足音と、楽しそうな笑い声だけが微かに残っていた。
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