*キャラ崩壊あり。特にファインがぶっ壊れ気味。♡の絵文字あり。
築数十年、年季の入りすぎた二階建てのボロアパートは部屋数だってそう多くはない。
一段のぼるたびにギイギイと不気味に軋む階段を上がり終えれば、俺の部屋はすぐそこ、目の前だ。
トレセン学園を卒業してからいろいろあって最終的にここへと流れ着いたが、不便な生活にも―――俺しかいない部屋へと帰ることにもだいぶ慣れた。
「…………」
帰宅後、いつもであればテキトーに食事を済ませ…あとは仕事で使うデータの整理をするなりなンなりしているが―――今日はそうもいかない。
いつもは気にも留めない郵便受けが今日は妙に気になった。
確信があったわけじゃない、ただ何か嫌な予感がした。そして悪い予感は結構当たるもンだ。
開けてみるとそこには見慣れないもンが入っていた。これは…何かのディスクか?
「…!」
そしておそるおそる手に取り、息をのんだ。
「ファイン…」
懐かしさに浸る間もなく随分と呼んでいないアイツの名前が力なく俺の口から漏れた。
俺の手中にあるソレには、アイツらしい丁寧な字体で『シャカールへ』とだけ書かれていた。
トレセンを卒業してから…ファインとは一度も会っていない。卒業して間もない頃、一度だけこちらからlineのメッセージを送ったが、既読になることはなくそのまま時間だけが過ぎた。
ファインと俺とでは住む場所が違う。分かりきっていたことだ。学園を出ればそれで終わり。そンなこと分かっていたはずだ。
「…ッ!」
はやる気持ちに身を任せて部屋へと転がり込んだ俺は部屋の電気を点けることさえ忘れてすぐにそれを再生した。
暗い部屋の中で、ディスプレイから放たれる青白い光が俺の顔を照らす。
「ファイン…!」
数秒の間があってようやく映し出された画面。
久しぶりに見るファインは本当にきれいだった。
ファインは学園にいた頃の面影を残しながらも格段に美しさを増していてより大人っぽく魅力的になっていた。
『えへへ、シャカール…ひさしぶりだね。元気にしてますか?』
画面越しに懐かしい声で俺の名を呼ぶファインは見るからに高そうなベッドに腰を掛け、その背後には宮殿のような豪華絢爛な風景が延々と続いている。
『なんだかこうしてカメラに向かって君に話しかけるの…新鮮で楽しい!』
クスクスと笑みを浮かべるアイツの姿は俺の知るファインモーションに違いなかった。
『…えーっと、コホン!たぶん君のことだろうから前置きはいいからさっさと本題を話せよって言うだろうね、どうしてこんなものを送り付けたのかって』
じっとカメラを覗き込むファインと目が合い、思わず俺は画面から目をそらしてしまった。
『…実はね、シャカールには謝らないといけないことが二つあるんだ』
謝らないといけないこと…?俺は画面に視線を戻した。
『一つは…シャカール。君がせっかく連絡をくれたのに無視をしてしまったこと。本当にごめんなさい』
そう言って頭を下げるアイツに俺はなンて声を掛ければいいか分からなかった。ファインはきっと卒業後に俺が送った俺のlineのことを言っているのだろう。
あンなの俺の気の迷いだ、我が儘だ…だからお前が謝る必要なンてどこにも…!
とは言え、これはビデオ通話ではない、すでに録られたものだ。現に話しているわけでもないのだから俺が何を言ったところでアイツには伝わらない。
だが…それでも。
それでも何か言わずにはいられない…そう思っていた時だ。
『…そしてもう一つ。あ、でもその前にシャカールに紹介するね!みんな来て~』
そう言ってニコリと笑うファインが手で合図するとどこからともなくワラワラと、俺の見知らぬ外国の映画に出てきそうな屈強な男たちが画面の端から湧いて出てきた。
『えへへ…シャカールに紹介するね!この人たちはね、私のすっごい大切な人たちなんだよ~?ね、みんな?』
筋骨隆々の逞しい男たちを左右に侍らせて笑っているファインの姿が俺の目の前で繰り広げられている。
俺の知らない、知りたくなかったファインの顔がそこには映し出されていた。
『…私ね、実はシャカールのこと早く断ち切りたかったんだ~』
絶対にアイツが言うはずがない言葉に時が止まる。
誰だ?誰が今俺に話しかけてきている?
『トレセン学園を卒業したらね?もうきっぱりシャカールのことは忘れようって思ってたの』
ファインの言葉はやまない。
目の前がかすむ。心臓がズキズキと痛い気がする…。
『でもなかなか忘れられなくて…!やっぱりシャカールとの思い出はそう簡単に消せなかったんだ~』
学園でのファインとの思い出が俺の脳裏を駆けては消えていく。
『だ・か・ら、ね?シャカールとの思い出を上書きしてもらう為にね?みんなに協力してもらうことにしたの!』
もうやめろ!やめてくれ…!!
『シャカールのこと忘れなきゃ忘れなきゃって私、頑張ったんだよ?』
ファインの声は上擦っていた。それこそ魅力を感じてしまうくらいに。
『でも無理だったんだ、無理だったんだよ』
見たことのないファインの笑みから目が離せない。周りの男たちもファインの笑みに呼応するように薄汚い笑みを浮かべている。
『私、もう我慢できなくなっちゃったの♡』
ファイン…。やめろ!本当にやめてくれ!
『えへへ、今からね?今からこの男の人たちにね?』
録画している場所が場所だけに。ファインが男たちに囲まれている状況が状況だけに。
そしてファインのもったいぶった言葉を前に俺は画面にかぶりつくくらい前のめりになっていた。
頼むからそれ以上言わないでくれ!!言うなファイン!!
『今からこの男の人たちにね~シャカールを迎えに行ってもらいたいと思います!』
………
……
ン????
『シャカールぅ~♡ごめんね♡本当にごめんね♡』
『私、シャカールが近くにいないこの現状がもう我慢できないの♡』
『一生懸命忘れようとしたよ?頑張ったよ?一生懸命断ち切ろうとしたよ?けど~♡無理でした~♡』
は?
『帰国してからも君のことを少しでも忘れられた日は一度たりともありませんでした~♡♡』
『君からのlineを舌を噛み切る思いで我慢したけど~♡母国の為にこの身を捧げようと頑張ったけど~♡♡ダメでした♡♡♡』
『これも全部シャカールのせいだからね♡♡』
『だ・か・ら!私の持ちうる権力を総動員しました♡♡』
『今更ながら…ここにシャカール奪取の精鋭部隊結成を宣言します♡♡』
『あ、もうシャカールの住んでるところは特定してるからね♡♡♡』
『これが届いている頃には、えへへ♡♡♡』
は、いや…な、何言ってンだ…???
何が起きているのかさっぱり分からず画面にくぎ付けになる俺にファインのキス顔がドアップになって映し出される。
「うおっ!?」
そして俺がそれに驚くのと同時に何やら表が騒がしい。アパートの階段をドタドタと駆け上がる音がしたかと思えば、俺の部屋のドアがすさまじい勢いで叩かれる。
「…エアシャカール様、いらっしゃいますよね?」
聞いたことのない低い声だった。言葉のイントネーションからして日本人ではないような気がする。
そして今にも打ち破られそうな扉に目を遣りながら画面から訴えてくるアイツの声を聞いた。
『シャカール、これでずっ~と一緒だよ♡♡♡♡』
………
……
…
その日、日本から一人のウマ娘が姿を消した。その行方は今も分かってはいない。
殿下「貴様~」