涙の隣にいる僕の名は〜キミがボクにすべてを与えてくれた~ 作:幽美 有明
僕の唇に触れた生暖かいそれは。涙の唇だった。
そう理解した時に僕の腕は涙を引きはがそうと力を込めていた。
でも、涙は僕から離れることなく。そのまま僕を抱きしめてきた。
少し身長の高い僕の首に手を伸ばし、背伸びをして。
涙が僕を抱きしめてキスをしている。
僕が、夢見た光景が今目の前にある。でも僕はそれを喜べずにいた。涙には先輩が居て、一刻も早く涙を引きはがさないといけないのに。どんなに力を込めても、涙は動かなかった。
どれくらいの時間、キスをされていたのか。
一瞬か、数秒か、数分か。
時間の感覚が分からず、いつしか撲の体からは力が抜けていた。
唇と唇が離れ、糸を引く。
抱きしめられ支えられていた僕は解放され、膝から崩れ落ちる。
そんな僕を、涙はまた支えてくれる。今度は幼子を抱きしめるかの如く、その胸に抱き寄せる。
「無意味だったなんて言わないで。その言葉は委員長を気付つけるから」
頭上から優しい声が聞こえてくる。抱き寄せられた胸から聞こえる鼓動が、安らぎを与えてくる。
「委員長は私を守ってくれた。私が家族を失った時。私より先に苦しみを味わっている委員長が、辛いことを隠して私を励ましてくれた。委員長の言葉が私に元気をくれた。委員長の生きざまが私を悲しみから立ち上がらせてくれた。あの時、委員長が居てくれたから、私は今ここにいるの」
駄々をこねる子供を。叱るような、諭すような。そんな声色が、崩れていく心を包み込む。
「今まで、委員長がしてきたことを否定しないで。自分が生きてきたことを否定しないで。無意味だなんて言わないで!」
涙の言葉が僕の心をつなぎ合わせる。
「謝らないといけないのは、本当は私の方だから。だから……」
頭の上に、暖かいような冷たいようなしずくが落ちてくる。『ぽたぽた』と落ちるそれを、止めなくては。勝手に手が動いた。口が動いた。顔を涙の胸から上げた。
「泣かないでよ。涙が泣く必要ないじゃないか」
指が、涙を拭う。
「ねぇ、涙。僕は生きてていいんだろうか」
「いいよ、わたしがいきててほしい」
涙が僕の生を認めてくれる。
「僕は涙の隣にいる資格があるんだろうか」
「わたしがとなりにいてほしい」
涙が隣にいていいと言ってくれる。
「僕は涙が好きでよかったのかな」
「わたしもすきだから」
互いの気持ちが同じことを知った。涙の好きが信愛であることを知り、僕の好きが信愛になる。
「涙、お願い聞いてもらってもいい?」
「な、に?」
ぐしゃぐしゃの涙の目を見つめて僕は言う。
「僕に名前を付けて欲しい。志保じゃない、私じゃない僕に」
「わたしで、いいの?」
「僕は涙がいいんだ」
涙は泣き止んで、はっきりとした口調で言う。
「名前、志保ちゃんが死ぬ前に二人で考えてたんだ。笑《えみ》。涙の私と一緒にある名前。ともに支えあう名前。笑《えみ》でどうかな?」
「笑、か。悪くない。僕はこれから笑だ。ありがと、涙」