思いはいつも、儘ならない。
そんなこんなで、心は揺れて。
狭間の話を、また一席。
咄嗟に通話を切ってしまい、沈黙したスマホを手にしたまま私は動けない。もうじき試合が始まると言うのに、胸の奥が焼けるように熱くて身体が引き裂かれそうだ。
これは、良くないやつだ。なんとか建て直さないといけない。そう思って目を閉じ、内側へと意識を向けていく。
心を研ぎ澄まし、自分を削り尖らせる。私には才能なんてものはない、あれもこれもどれも――全て差し出さなければ上へは行けないから。
余計なことを考える余裕なんか、どこにもない。
震える脚を押さえつけ、力尽くで我が身を制御する。大丈夫だ、いつだってこうしてきたんだから。
さっき花恋は、事も無げに言った。大喜くん来たけどどうする、と。
私の気持ちを知っている癖に、私の弱さを知っている癖に、あの女は本当に性悪だ。
私は少しずつ、大喜くんを好きになりつつある。そしてそれは、絶対に良い結果を産まない感情だ。
口を閉ざし瞳を光らせ、ただ歯を食いしばって戦ってきた私がそんな「逃げ道」を選んでしまったなら。全て、そう何もかも失う事になる。
ならば一切を捨てて愛に生きる、か? そんなのは悪趣味な冗談、若しくは最悪の現実逃避だ。
そもそも大喜くんは、蝶野さんが好きなんだから。二人は付き合っていて、入り込む隙なんか無い。そんなのは分かりきっているのに、大喜くんは残酷なくらいに優しくて純粋だ。
好きでもない私にまで気を遣ってくれる、天性の人たらし。蝶野さんだけ見ていれば良いのに、ああやって気を持たせる。そういう所が、彼の悪いところだ。
だから私は、期待してしまう。もし大喜くんが、ああなっていなかったら、と。
蝶野さんと付き合っている、というのは私の勘違い。大喜くんは、私が好き。私たちは、知らない間に両想いになっていた。絶対に有り得ないけど、でも。もしそうだったなら。
私たちはお互いに気持ちを向けあって、理解しあって。――愛し合うのかもしれない。私にはそういうの、よく分からないけど。
人を好きになる余裕なんか無いまま生きてきたけど、そんな私を好きになってくれる人がいるなら、そうなってみるのも良いかもしれない。
「……馬鹿馬鹿しいな、本当に」
こんな甘ったれた事ばかり考えてしまう自分が嫌いだ、大嫌いだ。都合の良い事ばかり考えて、周りを振り回して。
大喜くんにとっての幸福は、蝶野さんと結ばれる事だ。そこに私が介在してはいけない。
大喜くんは私の背中を押してくれた恩人なんだ、だからこそ私は身を引かなければならない。
震えはいつのまにか止まり、胸の痛みも感じなくなっている。どうやら多少は落ち着いてきたようだ。
さっきは話さなくて良かった、これ以上集中を乱されたらそれこそプレーに影響してしまう。私にはバスケだけあればいい。
そう自分に言い聞かせながら花恋に謝罪のLINEを飛ばし、そのままスマホの電源を落とす。
これで良い、後は終わってからゆっくり謝ろう。向こうだって針生くんの試合を観に行ってるんだ、邪魔しちゃ悪い。
私ももうすぐ試合開始だ、そろそろ行かなければ。
勝つしかない、勝たなければならない。その為に日本に残ったんだ、他を考える必要はない。
でも、もし。もしも、大喜くんが――。
「まったく、未練だな私は」
堂々巡りの考えを振り払うように、ただ前だけを見据える。
いっそ告白して、はっきりと振られてしまおうかな。そうすれば諦めもつくだろう。
でもそれはそれで気まずいか、猪股家に居づらくなるし。まだ当面同居は続けるわけだし、その辺は考えないといけない。とは言え、このままでは私がもたない。
ああ、そうだ。この先勝ち続けたら、全国制覇したなら、やってみようかな。
それはそれで面白そうだ、勝つ理由にもなる。
渚たちと共に通路を歩きながら、決意を胸にみなぎらせていく。
さぁ、勝ちに行こう。
夏の終わりは、すぐそこだ。
#39sideBでも良かったかも知れませんね。