注意事項
「 」→現在。
『 』→過去。
「宵に輝くは月。月は太陽を狂わせ、その煌めきをも奪う。それは永久に消えることのない光。燦々と降り注ぐ陽光とは違い、月は夜の世界を永遠に支配する」
「貴様…何者だ?」
朧の表情が強張っていく。輝夜は、そんな男の様子を見てクスリと笑いながらゆっくり地上に降り立つ。
「お面を被ったごっこ遊びもこれでお仕舞いね。まさか興味本位で頭に被ったお面がピッタリと顔に張り付くだなんてーー」
江戸城を隠密で散歩していた最中に、何気なく入った部屋で発見した虚○を連想させる仮面。輝夜は面白半分で被って、自力で外せなくなっていたが(完全に自業自得)、天照院奈落との戦いで面に亀裂が入り、ようやく外す事が出来た。
輝夜は、その仮面を地面に投げ捨てて朧に向き直る。
「はぁー…。蒸し暑かったわ。でもこれで一安心ね。えーと、私が何者かって話よね。私は月の姫。別に怪しい者じゃないからそんな怖い顔をなさらないで」
「その言葉を信用する者が何処にいる…!」
毒針を輝夜目掛けて投げ飛ばす。
だが、輝夜に当たる寸前にそれはピタリと止まり、そのまま地面にぽとり落ちた。
「……! ならば!」
地面蹴り勢いそのままに輝夜に向かって飛び掛かり、仕込み錫杖で斬りかかる。右へと重心をずらして避ける動作を目視した朧は、そのまま回し蹴りを繰り出す。しかしーー 輝夜は、それを見向きもせずに紙一重で躱した。
まるで、予め攻撃を予測していたかのように。
朧は驚愕の表情を一瞬浮かべるが、すぐに冷静さを取り戻すと、そのまま連続で攻撃を仕掛ける。だが、輝夜はそれを悉く避け続けた。
(おかしい…何かがおかしい…! )
朧は、攻撃しながら思考を巡らせる。
(この女……俺の攻撃をまるで先読みしているかのように避けている……! だが、俺はまだ本気を出してはいない!)
そしてーー 輝夜の首を目掛けて仕込み錫杖を振り下ろすが、その攻撃は虚しく空を切る。
輝夜は、いつの間にか朧の背後に回り込んでいたのだ。
(馬鹿な!?この俺が背後を取られただと…!? )
朧は、素早く身体を回転させて輝夜と向き合う。そして再度、毒針を投擲した。然し、やはりそれは輝夜へ命中すること無く、空中でピタリと止まり地面へと落下する。
「天が遣いをあまり見くびらぬことだ」
輝夜の右脚に仕込み錫杖の刃が突き刺さる。朧は毒針が当たらない事はさっきの経験から学んでいた。どういう理屈は不明だが、投げた毒針が空中で止まり、そのまま地面に落下するという不可解な現象。
あの瞬間移動にも似た回避法は、輝夜が何か特別な能力を使っているからに違いない。
そう結論付けた朧は、敢えて毒針を餌にして輝夜の右脚を刺したのだ。
「………くっ」
痛みからか、先程の不敵な笑みが僅かに曇った。
(終わりだ!)
トドメと云わんばかりに朧は、輝夜の顔目掛けて気功波を放つ。
柱の一部を壊しながら吹き飛んで行く輝夜。
「油断したな、月の姫。貴様がどれだけ強かろうと所詮は人間。天に仇なす大罪人を裁くは天が宿命」
輝夜が吹き飛んで行った方向に向かってそう呟く朧。壁に激突した衝撃で舞った土煙が晴れていく。
だが、そこに彼女の姿は無かった。
「…なっ!? 」
「久しく本当の殺し合いをその身で味わったわ。ずっと弾幕勝負ばかりだったから、とっても新鮮ね」
空中に浮かび上がり、朧を見下ろす輝夜。
「貴様…あれだけまともに俺の発勁を受けておきながら何故直ぐに起き上がれる?」
「痛みが全くない訳じゃないわ。今でも身体中が悲鳴を上げているもの。正直言って辛いわ」
「ならば何故……?」
「そうね。私って打たれ強いからかしら?」
「そんなもので片付けられるか!」
再び攻撃を仕掛ける朧。認める訳には行かない。天照院奈落の首領にして八咫烏として長年、天に歯向かう対立勢力を闇に葬ってきた自分が、得体の知れないこの女に遅れを取っているなどと。
「老若男女も、善人も悪人も関係ない。地上で生活する地上の民達は皆等しく私からすれば尊い存在。故に、攻撃しなきゃ行けないのは心苦しくもあるの。大人しく引き下がっては貰えないかしら?」
輝夜は、朧に対して諭すような口調でそう告げる。それはまるで駄々を捏ねる子供をあやすかのような物言いだった。だがーー その態度が、余計に男の逆鱗に触れる。
「莫迦にしているのか? 月の姫よ。自分達の置かれた状況すら理解せず、そんな世迷言をほざくとは。やはり貴様も天に仇なす大罪人の一人だ。此処で粛清せねばなるまい」
輝夜は、朧が怒りで顔を歪める様子を見て思わず溜息をつく。そして、彼女はそのままゆっくりと口を開いた。
「リーダ格の貴方を説得すれば、上手く纏まりそうな気がしたのだけれど……残念だわ。これ以上は話しても無駄なようね」
輝夜の背後に青や黄、緑など無数の光球が出現する。朧は、その圧倒的な力を前に思わず後退った。そして、輝夜は光球を一斉に朧に向かって放った。
「くっ……!」
朧は、それらを寸前で回避していくがーー
「っ!?」
光球の一つが男の頬を掠める。その箇所から僅かに血が滲み出た。そして、輝夜が放った光球は、そのまま天照院奈落の構成員達をも次々に吹き飛ばしていく。
(何という威力……!)
朧は、輝夜の放った光球の一撃をまともに食らった。
「ぐはっ……!」
そして、そのまま壁に激突する。全身から力が抜け落ち、その場に崩れ落ちた。
「ぐーやん…主は一体…なにもーー」
「こんにちはー。お巡りさんでーす。こんな夜遅くに貴方達は何をしてるのです?悪いけど、免許証見せて貰えます?」
城内へと続く門をぶち壊して見回り組がなだれ込んで来る。そして、朧や天照院奈落の構成員達が地面に突っ伏しているのを見て驚いた表情を見せた。
「…って、あれ…?もしかしなくても、もう終わっちゃってます?」
「…がはっ!…月の姫。まさかこれ程までに強大な力を隠し持っているとは…。先代にも勝るとも劣らぬ力……。いや、先代をも凌ぐやもしれん……。急ぎ殿を船で安全な場所へと送り届けねば……」
朧は、よろめきながら立ち上がり、そのまま城内へと消えていく。
「派手にやられた様ですね坂田さん」
「へっ。野蛮人と手を組むたァ流石は計算高いエリート様はやる事が違ぇぜ。おい、動けるかヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。生憎と体に針が突き刺さっていてまともに動けん。恐らく何らかのツボを突いたのだろうな…。それにしても、タイガーマスク殿がまさかあの様な美しい女子だったとは」
「空飛べるわ、変な能力使うわ、光り輝いた変な玉を無数に生み出すし本当に人間なのかアイツは?」
「話し合いの最中に申し訳ありませんが、注射要ります? このまま使えないゴミになって頂くのも構いませんが、貴方達にはまだやるべき事が有るでしょう」
異三郎が注射器をブラブラさせながら桂と銀時に歩み寄る。
江戸城を騒がせた一国傾城はもうすぐ佳境へと差し掛かろうとしていた。
◇◆◇◆◇◆
懐かしい気配を感じた。遠い昔、村の者達に迫害され続けていた私に手を差し伸べてくれた唯一の人物。
私に生きる意味と、名前を授けた恩人。
私に剣と学を教えてくれた恩師。
そして、私と同種の存在…。
彼女との出会いが私の全ての始まりだった。それまでの私は生きながらもずっと死んでいて、目的もなくただずっとそこにいるだけの屍。
『名前は何がいいかしらねぇ。『ポチ』なんてどうかしら?』
『…僕は犬ではありません。ですが、貴女がくれる名前ならば、どんなものでも僕は嬉しい…です…』
『うーん…あっ。
『うつろ…?うつろ…。僕はそれでも構いませんよ』
『ふふっ。初めて笑ってくれたわね。会ってからずっと暗い顔してばかりだから心配してたのよ?』
見るものを魅了するその容姿。柔らかく微笑むその姿。何者も寄せ付けない圧倒的な力。全てにおいて彼女は私の上位互換だった。私にはない多くのものを持つ彼女。私がずっと憧れていた存在……それが彼女だった。
「貴様が重い腰を上げるとはな。一体どういう風の吹き回しだ?此度の江戸城の騒動は我々が仲裁に入ろうと思っていたのだが?」
「私が同行するのは天照院奈落の先代首領として。天導衆としての私ではありません。貴方達の邪魔は一切するつもりはありませんよ」
「フン。相変わらず何を考えておるか分からん男だ」
「私ほど分かりやすい人間もいないと自負しているのですけどね」
虚は、小さく肩を竦める。
「間もなく江戸城に到着致します」
部下の声と共に、大きくそびえ立つ江戸城が彼らの目に映る。飛行船が徐々に下へと降下し、城の最上階へと着陸した。
「虚…?どうして貴方まで此処に…」
信女の表情から、虚が此処にいる事が想定外である事は見て取れた。
「久しぶりですね。骸」
「ええ、そうね」
「主の知り合いか?」
「昔の縁よ」
虚と骸が向かい合う。二人の間に妙な緊迫感が流れ始めた。
「見廻組よ。そなたらにも言い分はあろうが…。この争い、一旦我らに預けよ。今成すべき事は政道を正すことより、この争いを沈めることであろう」
「その必要はござらん」
会話に割り込むように、信女と月詠の背後から徳川茂茂が姿を現す。
「わざわざ御足労頂いた所悪いが、これは我々の国で起きた問題。我々で処するが筋というもの」
「……ご自分の尻はご自分で拭われると?我々は貴殿の意を汲んでの提案なのだが…」
「その者らが護り通そうとしたものを私は知っている。例え国賊と蔑まれようと、例え国中を敵に回そうと…。己が信念という法、己が魂という主君の為、彼等は戦ったのです。為政者が作り上げた都合のいい法ではない。幾ら汚名を着せられようと、その心は何者にも汚せるものではない。私がそれを罪と定め、彼等を裁くとあらば…」
茂茂の傍らで待機していた真選組や見廻組が茂茂に剣を向ける。それ即ち天に逆らう大罪。彼等が逆賊である事を意味していた。
「暗愚な私に剣を向けた我が軍は全て罪人でござる。これを全て裁いてはこの国が滅ぶことになりましょう。彼等に一切の罪はござらぬ。全ての咎は彼等の主君足り得なかった将軍家」
「茂茂!貴様ァァァァァ!!」
「伯父上。貴方を止められなかった私も、責を負う覚悟はできております」
茂茂が懐から解官詔書を取り出し地面に投げ捨てる。
「共に一緒に地獄へ参りましょう」
「し、茂茂!まさか貴様!将軍を辞する気か!?」
「お引き通りを。ここは…侍の国でござる」
◆◇◆◇◆◇◆◇
江戸城の屋根の上で茂茂と天導衆のやり取りを眺めてる者がいた。見晴らしのいい場所で座り込んで両足をばたつかせたその者は、ふと気配を感じて背後を振り返った。
「ああ…これは夢、ではないのですよね。どれほどこの時を待ち望んでいた事か。我が師よ」
「あら?永遠を操っているから私の気配は完全に感じ取れない筈なんだけれど…。驚いたわ。まさか私の気配を察知できるだなんて」
「それは、私が貴方の唯一の弟子だからですよ」
被り笠と烏の仮面を外しながら、その男は輝夜に歩み寄る。
「その顔…。天照院奈落のリーダ格の人が『虚』って言っていたからもしかしてと思ってたけど、やっぱり私の予想通りだったみたい。久しぶりね、虚」
ゆっくりと立ち上がった輝夜が、虚へと歩み寄ると優しく微笑む。そんな彼女を見た虚は、瞳を閉じて頭を下げる。
「ずっと…ずっと貴女を探していました。貴女が忽然と僕の前から姿を消してから、五百年もの間ずっと……」
「…ごめんなさい。あの時は月からの使者の件もあったから……」
幾年も人に殺され続けた虚は心が壊れ、精神状態も正常ではなかった。そんな彼に寄り添い、ずっと側にいた輝夜は、何時しか彼の心の拠り所となっていた。
だが、輝夜は禁忌とされる「蓬莱の薬」を飲んで不老不死となり、地上への流刑とされた身。月からの使者が自分を再び月へと引き戻す為に地上へとやって来るのは時間の問題だった。
「関係ない貴方を巻き込みたくなかったの。ごめんなさい……」
輝夜は、申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪する。そんな彼女を見た虚は、頭を左右に振りながら口を開いた。
「私を思っての行動だとは理解してはいます。でも、それでも……私は貴女の側にいたかった」
死ねない苦しみ。消えて無くなりたいという願望。初めは彼女ならば自分を殺してくれるのでないか、という淡い期待があった。
だが、輝夜から名前を。剣を。学を授かる内に、いつしか虚の心には一つの感情が芽生えていた。
生きる楽しさを。
「どれだけ血溜まりの中にいても、地獄に身を投じても、貴女と過ごした時間だけは忘れることは出来なかった。僕と共に来てください。貴女の傍にいることが、僕の生きる理由です」
「残念だけど、そのお願いは聞き入れられないわ」
「…何故ですか?」
「私はこの世界の住人じゃない。何れ有るべき場所に戻らなければならないの。表と裏のパワーバランスを保つ為にも」
輝夜の言葉を聞いた虚の表情が曇り始める。やっと見つけた自分の恩師を再び手放さければならない?そんな現実が虚には受け入れられなかった。
向こうが離れて行こうとするなら、無理矢理にでも自分の傍に置こう。
虚は、そう決意した。
「ならば……貴女を無理矢理にでも連れ去るまでです」
腰に差した刀を抜刀する虚。
「私をバラバラにして連れ去る気なのかしら? 初めて出会った時はピュアな子供だと思っていたけれど、随分物騒なことを言うようになったわねぇ」
「そうさせたのは貴女では?」
「あら、私のせいにするつもりなの? そうねぇ…私が出す五つの難題をクリア出来たのなら、貴方の言う事をなんでも聞いてあげましょう」
「難題を解くよりも、貴女の
殺気が刀身に纏わりつく。完全に輝夜を殺すつもりだった。暫く見ない間に、弟子はかなり拗らせてしまったようだ。
12話目にしてやっと再会する二人。