銀時と朧の戦いは苛烈さを増していた。
互いに肉弾戦を繰り返しながら、隙を見つけては刀を振るい、斬撃を飛ばす。互いが互いに必殺の一撃を叩き込もうとした瞬間に時が止まったかのように膠着状態と化す。その繰り返し。
「さっきまでの勢いはどうした、天のパシリ様よォ」
「貴様…一度見ただけで俺の技を…」
毒針を銀時に突き刺そうとする朧だが、それを銀時が木刀で弾き飛ばす。
そしてそのまま朧の腹部に蹴りを叩き込んだ。
「ぐぅ…!?」
空中へと吹き飛ばされた朧に、追撃を喰らわせようと木刀を上段に構えて飛び上がる銀時。だが、朧は木刀を持つ右腕を気功術で弾き飛ばした。
「莫迦め!経穴を突くのは針だけではないわァ!」
(くっ…!右腕が動かねェ…)
空中で右腕を動かそうとしても、動かない。相手の経穴を突くのに反応が遅れたのが原因だ。だが、そこは何度も強敵と戦い、ボロボロになりながらも勝利してきた白夜叉。即座に左腕で木刀を持ち直し、そのまま朧の右腕に木刀を突き刺した。
「ぐあ!?」
「へっ!これで……テメェの右腕は使いモンにならねぇだろ」
「その程度で勝った気になるな、白夜叉ァ!」
銀時の体を両足で挟み込むと、そのまま地面に叩き付けた。ガタッ!と大きな音を立てて屋根が崩れ落ちる。
「…うっ!?」
落下しながら毒針を銀時に放つ朧。体中に毒針が突き刺さり、銀時は痛みのあまり呻いた。
(俺は…俺はまだ終わっちゃいねェ…)
走馬灯の様に、松下村塾で過ごした日々が頭に浮かんで来る。そして、松陽の笑顔と最期の言葉が。
『銀時、後のことは頼みましたよ。なァに、心配はないよ。私は必ず皆の元へと戻りますから。だからそれまで、仲間を…皆を護ってあげて下さいね。約束ですよ』
(約束…。俺は……まだ何も終わっちゃいねぇ!)
首筋に迫る白金の刃。だが、銀時はまだ諦めていなかった。
「先生ェェェェェェェ!!」
落下していく木刀を左手で掴むと、勢いよく振りかぶった。
バキィ!
銀時と木刀と朧の刀が砕ける。バラバラに砕けた木刀の一部を掴んだ銀時は、そのまま朧の左肩に狙いを定めるが、それよりも早く、朧は右脚で砕け散った刀の破片を銀時の左腕に蹴り込んで突き刺した。
「終わりだ!白夜叉ァァァ!」
右手に気を集めて銀時に放つ。絶対絶命。お互いもうとっくに限界をとうに超えていた。
(…くそ!視界が歪んてきやがった……。血を流し過ぎたかねェ。神楽…。新八…)
頭に血が回らない、そんな状態で朧の攻撃を受ければ致命傷は避けられないだろう。
「…うっ…!」
空間に違和感が走る。
朧の攻撃を受ける寸前に、輝夜が銀時の盾となって朧の攻撃を受け止めたのだ。
「…なっ!?」
「…お前…何で俺を庇ってんだよ!」
「惚けてないで……今の内に……早く!」
自分の身などどうでもいいとばかりな輝夜の態度に銀時は苛立ちを覚えた。浮世離れした月のお姫様。自由気ままに他人を振り回しながら、そのクセして自分の命より他人の身の心配をする。
それが、銀時が輝夜に感じていた偽らざる本音だった。
「先生によろしくな」
「貴様らァァァァァ!」
木刀を地面に突き刺して、朧の体を固定。そのまま朧の顔面を鷲掴みにして、銀時は落下していく。
ガシャァァァン!!
凄まじい破砕音。そして、粉々に砕けた瓦礫の破片が宙を舞う。朧は先程銀時が投げた木刀の串刺しとなり、銀時は落下した反動で屋根の上を転がった。
「が……あ……。そう…だ…。かぐ…やは…?」
身を呈して自分を庇った輝夜。あんな華奢な身体で攻撃を受け止めたのだ。いくら浮世離れしたお姫様とはいえ、無傷でいられる筈がない。
銀時は霞む視界の中に人影を捉えた。それは、丁度、頭から地面へ落下していく輝夜の姿だった。
◇◆◇◆◇◆
約60メートルの高さから地面に落下した輝夜。全身打撲、骨折、出血多量。体を強く打った事により、内臓にも致命的なダメージを負っている。既に輝夜の目に光は無く、呼吸も止まっていた。
だが、彼女の口元は笑っていた。後悔は無い。満足感すらある。自分が命を投げ出してまで護りたいと思った存在を護れたのだから。
狂気とも取れるその行動の根底にあったのは、自分の命なんかよりも誰かの生命の方がよっぽど大事だという純粋過ぎる想いだった。
「神楽ちゃん!早く銀さんの元へ急ごう!」
「ちょっと待つネ新八!誰か倒れてるアル!…え…ぐ、ぐーやん…? な、なな…何でぐーやんが…!?」
「神楽ちゃん?一体どうし……う、嘘…だ…」
新八の視線の先には、血溜まりに倒れる輝夜の姿。右腕は曲がっちゃいけない方向へ折れ曲がれ、左脚は逆を向き、額が割れて血を流していた。
「うっぶっ…! おっ……おぇぇ! ハァーッ!ハァーッ!」
新八は胃の中の物を吐き出した。神楽も、目の前の光景が信じられず、ただ呆然としていた。
「見んじゃねェ」
「お、沖田…さん…?何で此処に…?」
二人の前に現れたのは真選組の一番隊隊長、沖田総悟だった。
「お前らガキ共の様子が気になって来ただけだ。死体なんざウンザリする程見慣れてるが、てめぇらガキ共は別だろィ。知り合いの死に顔なんざロクに見たこともねぇだろうしなァ。見ねぇ方がいいぜ。そのまま目ェ瞑ってな」
「な、何言ってるんですか!早く輝夜さんを助けないと!」
「そ、そうネ!早く救急車呼ぶネ!」
「受け入れたくねェのは分かるが、そいつは無理だ。この高さから落ちたんだ。生きている訳ねェだろ」
「嫌アル!イヤアル!ぐーやんが死んだなんて絶対信じないネ!」
「僕だって認めたくないですよ!でも……でも……!」
頭では分かっているのだ。でも、それを心が拒絶する。まだ輝夜は助かるんじゃないか?そんな淡い希望に縋りながら新八は叫び続ける。神楽も目尻には涙が浮かび上がり、今にも零れ落ちそうだった。
「この場は俺に任せて、早く万事屋の旦那の所に行ってやんな。てめぇらを待ってる筈だぜ」
「で、でも……」
「いいからとっとと行けってんだ!二度も言わせんじゃねェ!」
沖田の気迫に圧倒され、二人は顔を伏せてそのまま城内へと駆けて行く。その後ろ姿を見送りながら、沖田は輝夜の元へと歩み寄ってしゃがみ込んだ。
「あんた…商店街の呉服店の強盗事件の時の…。そうか、アイツらの知り合いだったんだな。すまねェな、助けてやれなくて」
沖田の謝罪の言葉に、輝夜が答える事は無かった。血溜まりに倒れる輝夜を見ながら、沖田は目を閉じて手を合わせる。
一度局長の近藤に報告をするために立ち上がった沖田は、輝夜の事を振り返ること無くその場を後にした。
「…どうなってんでィ…。 何で死体が消えてやがんだ…?」
「おい、総悟。血溜まりはあれど、肝心の女の姿が見当たらんぞ」
「ですが、近藤さん。本当に女は死んでたんでさァ」
「じゃあ何か?死体が勝手に一人でに歩いて現場から消えたとでも言いてェのか?不老不死やゾンビじゃあるまいしよ。証拠を見られるとマズいと思った下手人が片付けたって可能性が高そうだが…。どうもきな臭ェな」
「ちょいと辺りを見てきやす」
数分後。局長の近藤と副長の土方を連れて戻って来た沖田は目を見開いて驚いた。血溜まりに倒れていた女の死体が、血溜まりごと跡形もなく消えていたからだ。
まるで、そこには
「いったた…。あの高さから落ちたらそりゃ死ぬか。それよりも、銀さんの救援に間に合ってほっとしたわ。神楽ちゃん達を泣かせてしまったのは、胸が締めつけられるくらい心苦しかったけど…。確か、銀さんの元へ行くって云ってたわね。屋根の上から様子を伺ってみましょうか」
輝夜「死んだ死んだ詐欺で困らせてごめんなさい」(謝罪会見)