【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
ダンスシーンに関して、この作品
■バーヴァン・シー、お前が笑ってくれるなら
【https://syosetu.org/novel/263921/】
の第一話に、深くリスペクトを込めました。
3/27 挿絵追加
0.
──ちくしょう。
という気持ちは、ベリル・ガットには不思議と湧いてこなかった。
ウッドワスの軍と混じり、トリスタンと共に控えた後陣。
そこからちょっと身を隠して、前線を俯瞰していた。
ゴローが降臨してからは、目の前で、あれよあれよと奇跡じみたことが起きて、あっという間。
既に、勝敗は決した。
ウッドワスは撤退を決め、牙の氏族たちはそれに従っている。
遠巻きに見ても、しぶしぶながら。
牙の戦士たちが、ぞろぞろとロンディニウムから立ち去っていく。
ウッドワスは健在だ。
傷ひとつ負っていない。
それを、ただ眺めながら、
ああ、まあ、ダンナならそうするよな。
ああ、まあ、そうなるよな。
とベリル・ガットは納得に息を漏らした。
ゴローの介入があった時点で、空から降臨するあの男を見た時点で、こうなることは予想できた。
あの男、ちょっと大袈裟なぐらい、ウッドワスのこと好きだろう。
ああいう、ちょっと頭の足りない、古臭いヤツも、ダンナは好きだもんな。
本人は搦め手ハメ技わからん殺しの塊みたいな気性のくせに、正々堂々としたヤツ、大好きだろう。
憧れってヤツなのか、わからねえなあ、オレには。
最初、あの話を聞いたときはぶったまげたんだぜ?
グロスターの中でとはいえ、あのウッドワスと、真っ向から殴り合った人間がいるって話。
とんでもねえやつなのは、それだけでわかってたよ、オレには。
とんでもねえバカなのは、わかってたんだよ、オレには。
隣でトリスタンが、なんとも言えない顔してやがる。
イラつき、ムカつき、焦りに嫉妬。
ああ、でも、これは安堵もあるな。
なんだ、おまえさん。結構表情豊かじゃないか、レディ?
そんな小難しいカオ、作れたんだな。
もう、魂は腐り落ちる手前なのによ。
それとも、これもダンナのおかげかい?
全能の神の加護ってヤツかい?
モルガンのコミュ障っぷりからして、アイツの影響じゃあねえだろうしよ。
しかし、ああ、くそ。
くやしくはねえけど、アテが外れちまったぜ。
計画の
まあ、いいけどよ。
サブプランはちゃあんと立ててる。
ってか、もう仕込み終わってるしな。
こう見えて、オレ、策士の側だからな。
後備えはしっかりしてんのさ。
いや、この場合先んじてるから、ゴノセンってやつか?
どっちでもいいか。
どのみち、ダンナかモルガンがチート使ってんなら、一発でバレてアウトなんだから、かわりゃしねえよな。
ギリギリの綱渡りってヤツだ。
まあ、オレの人生、ずっとそんな感じだけどな。
勘弁願うって思いながら、それにちょっと興奮するのも事実だ。
たまらねえぜ。
「ちょっと! ねぇ! 何笑ってんのよレッドベリル! ウッドワス無傷じゃん!!」
おっと、お姫様が痺れを切らしちまったな。
まあ、計画丸潰れになっちまったのに、オレがニヤニヤ笑ってたら不安にもなるか。
けどよ、カンベンしてくれよな。
大事な本命の計画は、ちゃあんとその通りに進んでるぜ?
もっとも──その計画書。
そのリストに、
1.
不安であった。
ソワソワしていた。
バーゲストは、椅子に座ったり、立ってウロウロしたり、また座ったりを繰り返していた。
既に、ロンディニウムでの話は届いている。
円卓軍は勝った。牙たちは負けた。
だが、ウッドワスは健在であり、パーシヴァルも健在であり、牙の戦士たちもまた、その大部分は無事であると。
ウッドワスは、オックスフォードまで自軍を見届けた後、『異邦人』と共にキャメロットに向かったのだと言う。
モルガンに対し、裁定を求めたのだ。
ウッドワスが負けたこと。
それが、謹慎を破って戦地に赴いたゴローのしわざであることに疑いはない。
バーゲストはそれを承知で彼を見届けた。
だが、それをモルガンがどう思うのか、バーゲストには検討がつかなかった。
ウッドワスが生き延びたことを責めるであろうか。
すくなくとも、褒めはしないだろうとは思う。
結果的には女王軍は『予言の子』に敗北したのだから。
その上で、ウッドワスを健在させたまま撤退まで追い込んだ。
これは、ふたつの鐘を鳴らしたことと併せて、『予言の子』の勢力が、妖精國に置いて確かな正義を手に入れたことを意味するだろう。
で、あるならば、モルガンには面白いことではないだろう。
少なくとも、表向きには。
モルガンの力は偉大で、強大である。
妖精國二千年を護り続けた実績は、誰もが知るところである。
妖精國において、比肩しうるもののない魔術師である。
それでも、ゴローが素直に処刑されるのかと、そもそも殺せるのだろうかという疑問がある。
だが、処刑だけが重罪を償う術ではない。
彼が、帰ってこないこと。
つまり、この國から追放されることは、十分あり得る話だ。
『庭』か、『棺』か。
モルガンの魔術はただ強いだけではない。
それが、バーゲストには怖かった。
──寂しい。
ひとりとは、こんなにもさびしいものだったのか。
さひしさとは、それまで、たびたび狭くも感じることもあった領主館を、こんなにも狭く感じさせるのか。
こんなにも、夜が長いものだと思わせるのか。
テーブルの周りをウロウロして、またストンと椅子に座る。
その時──扉が開かれた。
がちゃりと、バーゲストの優れた妖精の耳は、玄関の開く音を聞き取った。
駆け出した。
はしたなく。
玄関口、そこに、大きな男が立っていた。
少ししょぼくれた顔で、困ったような顔で、だが、バーゲストを確認すると、にこりと笑った。
「ただいま」
おかえりなさいませ。
バーゲストは微笑み返した。
さみしさがどこかに吹き飛んでいた。
彼女の心の内海に、しんみりと、温かな波が立っていた。
2.
「いや、もう。めっちゃくちゃ怒られちまったよねぇ」
ゴローはたはは、と苦笑いを浮かべた。
テーブルから引き出し、向かい合って並べた椅子に座り、紅茶を片手にふたりは話をしていた。
ゴローは、ウッドワスに連れられる形でキャメロットに入り、そのままモルガンの前まで赴いたのだと言う。
そこで、怒号を上げるでもなく、淡々とした──それでいてものすごい剣幕のモルガンに、心臓に釘を打たれるようにつらつらと罪科を述べられたのだと言う。
「要所要所でウッドワスがかばってくれたンだけどねぇ、さすがのモルガンもカンカンだったから、火に油だったねぇ……」
ウッドワスも、全身の毛を奮い立たせててよ。
もう、顔もまともにあげらんないの。
俺?
俺なんかもう、かえってモルガンの目を睨み返してたね。
俺も、これで結構天邪鬼なモンでよ。
睨まれると、睨み返したくなっちゃうモンさ。
負けるモンか! ってね。
ああ、でも、ワルいことしたなぁ。
いや、どう考えても、上から下まで俺がワルいンだけどね、うん。
「何はともあれ、貴方が無事でよかったですわ……」
こらこら、モルガンの騎士としては、その発言はどうかと思うぞい。
うん……そうだねぇ、今のは、聞かなかったコトにしとくよ。
コリコリと太い指で頭をかきながら、ゴローが笑う。
それを見て、バーゲストもふふ、と笑う。
というより……
バーゲストはある意味、困っていた。
どうしよう、と思ってしまうぐらい。
微笑みが収まらないのだ。
頬肉が緩んでいる。
力が入らないのではなく、自然とその形に力が入って、そのカタチになってしまう。
話しているだけで、体の内側から、ぽうぽうと熱が生まれているのを感じていた。
「それで、陛下はなんと?」
「いや、とりあえず俺には謹慎続行だとさ。んで、ウッドワスは前線に立つこと自体禁じられたよ」
つまり、ウッドワスは『予言の子』との戦争から、完全に外されてしまったと言うことか。
モルガンは、本当になにを考えているのか。
せっかく五体満足に生き延びたのだから、再びのチャンスを与えることはできるだろう。
なにより、それはウッドワスのためにもならない。
敗戦の将のまま、挽回の機会も与えられないというのは、戦士にとって屈辱の極みのはずだ。
ウッドワスの戦力、軍隊。
いよいよ本格化する『予言の子』との戦争には、欠かせないものだと思うのだが……
そもそも、これが罰なのだとしても、今年の末には『大厄災』で今の妖精國の妖精は全て滅ぶのだとも、モルガンは言っていた。
モルガンが『全て』という以上、それは六氏族の長も例外ではないのだろう。
つまり、仮にモルガンがここでウッドワスを使い潰したとして、生き延びたとして、いずれ死ぬことには変わりないのではないか?
だとするなら、戦士として、いち戦力として、ウッドワスには最期まで戦場で戦ってもらう方が合理的ではないのか?
相反する言動。
これが、王の法に則ったものだと言うことなのか。
ゴローは『王は民の気持ちがわからない』ことは、『民が王の気持ちをわからない』ことと、常にセットだと語っていた。
なるほど、たしかに。
モルガンが何を考えているのか、まるでわからない。
王の視座から見る世界は、いち騎士の見る世界とは、いち国民の見る世界とはまるで違うのだろう。
だが、それはそれとして、だ。
バーゲストには、モルガンが言う『妖精を救う気がない』という事実が到底看過できない。
だから、カルデアのものたち、汎人類史のものたちの話も聞くべきだと思っていた。
特に、『異邦の魔術師』の実直さは目を見張るものがある。
誠意を持って話せば、こちらの意を無碍にはしないだろう。
そう。
だから、
「ゴロー」
と名を呼んだ。
なんだい?
とゴローは答えた。
何気ないやりとりだが、妙に勿体ぶっていて、次の言葉を紡ぐ前に、バーゲストはぷっ、と吹き出してしまった。
「なんでェなんでェ! ヒトがまじめに聞き返してるってェのに」
「ご、ごめんなさい。なんだか、とっても……」
「心が、あったけぇかい?」
「……ええ。心がとてもあったかくて、つい、口からこぼれてしまいましたわ」
じゃあ、しょうがないねぇ。
からころと、ゴローは笑った。
それで、とバーゲスト。
「ゴロー、私と一緒に、
言葉に疑問を乗せるゴローに、バーゲストは説明した。
ゴローは段々と、マイったねぇ、と顔をしかめていった。
「俺ァ、そういう怪しい集会、ニガテなンだよなァ……」
「
「謹慎ってンなら、俺ァさっき倍の謹慎食らったばっかナンだぜ?」
「チケットは二枚ありますわ。歴史ある集いに客人として招かれているのですもの。ましてやグロスターですわ。陛下のお言葉といえど、及ぶところではありません」
それに、
と、バーゲストは少しもじもじと口を揉んだ。
ええい、とゴローの目を見据えて言った。
「舞踏会には、殿方の
「──マイったねぇ。ここまでいい女に、そこまで言わせちゃァよ……断るなんて無粋なマネは、男が廃るわな」
でも、俺、
とゴロー。
「服なんて、持ってねェぞ」
「そこは問題ありませんわ。伯爵のツテで、貴方のサイズに合う礼服を、いくつか取り寄せていますので……」
「じ、準備いいのね……もしかして、ずっと前から……」
バーゲストは、ばしん!
とゴローの胸を叩いた。
「ああ、わかったわかった。聞かねェから。やめろって、やめて! 叩かないで! いてェから、久しぶりにいてェって!?」
ばしん! ばしん!
とバーゲストは顔を伏せたまま、叩き続けた。
3.
グロスター。
ムリアンのオークション会場の隣。
大広間であった。
妖精國に名だたる上級妖精が一堂に会する。
皆、色艶やかな化粧を施して、キラキラに着飾って、気合の入った自分を持ち込むのである。
その場は、もはや華やかを通り越して少々ケバケバしいが、グロスターという街の気風には良く似合う空間となっていた。
アルトリア・キャスターと、カルデアのマスター。
その付き添いとして、千子村正とレオナルド・ダ・ヴィンチは会場の空気に色々と感心していた。
料理が豪華である。
オークションの時より、もっともっと内装が派手である。
それでありながら、ホールの端の端、月明かりが吹き抜ける厳粛な空間は、中の騒がしさ相反する、神秘的で、刹那的な情景を描き出している。
さながら、一枚の絵画のようなハイライト。
決して煩雑に終わらない、ムリアンの美意識を感じさせる、見事な造形であった。
それは、芸術家としてのダ・ヴィンチや、刀鍛冶として極みにある村正をして、褒め言葉に「悔しいが……」、と前置かせるほどであった。
おおっ、とホールが湧く。
視線の先で、妖精たちが道を作っている。
作られた道を、ひときわ華やかな妖精たちが歩いている。
オーロラ、コーラル、謎の美少女。
歩いているだけで、会場の目線を独占するソールズベリーの美の化身たちであった。
その奥から、彼女たちとは違うカタチの、大きな美しさが現れる。
黒いドレスを身に纏った、バーゲストであった。
だが、彼らの目を引いたのは彼女だけではない。
彼らにより大きな驚愕をもたらしたのは、その斜め前を歩く、大きな──太い男であった。
4.
「妖精騎士勢揃いときやがったか。まぁ、モルガンがこれねぇ以上、そりゃそうだわな」
「うん。でも、ベリルやトリスタンたちがいるのはわかってたけど、バーゲストまでくるなんてね」
カルデア一行は、コーラルや謎の美少女──ランスロットといくらかの会話を交わしたのち、テラスにて待つという妖精騎士の元へ向かっていた。
ダ・ヴィンチとコーラルが、ランスロットと村正がそれぞれ一悶着あったが、話し合いの通じた前者と違い、ランスロットは言いたいことだけ言って去った。
本来はこのまま一も二もなく鐘を鳴らしに行くべきなのだろうが、カルデアのマスターとダ・ヴィンチがテラスで待つという妖精騎士との密会を優先したのだった。
と、なればアルトリアが着いていくし、村正もついてくる。
結局、全員で向かっていたのだった。
テラス。
ホールの屋根よりも、月が大きく近く見える。
月明かりが不自然なほどに降り注ぐ場所であった。
寒色の全景。
大きな柱が天幕を支えている、簡素で厳かな作りである。
そこに、大きな影が、ふたつ。
ひとりは、バーゲスト。
もうひとりは、その奥に、ゴローであった。
「なっ! てめぇ!!」
「おまえ、ロンディニウムの……!」
ゴローの姿を見た村正が、あからさまに嫌そうに顔を歪めた。
アルトリアも同様だ。
村正の脳裏に、ランスロットとの会話に次いで、苦い思い出がまた蘇る。
意気揚々と暗殺に出向いた先で、村正はゴローにいいように組み伏せられ、その挙句、ランスロットにタコ殴りにされてしまったのだから。
そして、アルトリアからすれば、ゴローはロンデニィウムでの攻防で、ウッドワスを討ち損ねた原因である。
だが、カルデアのマスターとアルトリア、そしてダ・ヴィンチは、かしこまった表情のバーゲストに意識を向ける。
「バーゲスト!」
「よく、警戒心もなく敵の誘いに乗って来られるものだ……」
かっこっ、と歩み寄る。
ヒールを履いているため、硬い足音だった。
その大きな上背が、さらに高い。
近くで見上げる。アルトリアが首を逸らした。
「ドレス、似合ってるね」
カルデアのマスターからの、屈託のない言葉であった。
素直すぎる言葉であった。
バーゲストは当然です、と返した。
まじめな会話であった。
こんばんは、とダ・ヴィンチが言った。
それは、バーゲストのみならず、後方のゴローにも向けられた声であった。
ひらひらと、ゴローが手を振った。
手首から先の力を抜いている、テキトウな動きであった。
「そちらの彼も、ウェールズの森で見たね」
そして、この間のロンディニウムでも。
やっぱり、妖精國側の存在だよね。
きみの同伴者かい?
どうやら、人間に見えるけど……
少し迷いがある言葉であった。
まぁ、ゴローの
彼は、ヒールを履いて上背が伸びたバーゲストよりも、さらに頭半分ほど上背がある。
身体に纏う肉が、到底ヒトのそれとは思えぬほど太い。
肉の太さで言うなら、ギリシャのオリオンといい勝負である。
「紹介してくれるかな? バーゲスト」
その存在は、明らかに妖精國生まれの人間ではない。
『予言の子』にとって、カルデアにとって、不気味極まる存在である。
あるいはスプリガンのように、
いや、そうとも思えなかった。
「牧場で、見てましたよね?」
カルデアのマスターが言った。
ゴローが片目を見開いて、彼を見た。
少し、驚きを浮かべていた。
へぇ、と関心したように言った。
「気づいてたのかい、やるねぇ」
少ないやりとりである。
だが、只者ではないことと、敵意がないことが容易に伝わってくる。
だが、そのやりとりに、もっとも驚いていたのはバーゲストであった。
ダ・ヴィンチが、バーゲストに尋ねた。
何があったのか。
バーゲストは答えた。
マンチェスターにて謹慎の身にあること。
恥を忍んで舞踏会に出たこと。
特に、『異邦の魔術師』と話がしたかったこと。
敵意がないことを言葉で、真摯に証明してみせた。
ありがとう。と述べたあと、こちらの番だね、とダ・ヴィンチがカルデアのこれまでと、ブリテンにおける立場をかいつまんだ話す。
それはつまり、汎人類史の異聞帯に対するスタイルである。
つまるところ、『世界』と『世界』の生存競争。
ここまでは、ゴローから聞いた話と合致する。
その上で、『住民』と『住民』の話は別なのだと、新しい意見もあった。
汎人類史で暮らす妖精がいることも、言質が取れた。
そして、ここからは認識の相違点。
カルデアの主張は、モルガンには妖精國を救う気がない、というもの。
もっというと、妖精たちを護る気がないと言い切ったこと。
たしかに、それはモルガンの言葉とも一致する。
かくいうバーゲストは、その言葉を看過できないゆえに、今ここにいるのだ。
──お前たちを救わぬ。
──お前たちを赦さぬ。
それは、モルガンが玉座で言葉を発する際に、決まり事のように宣言することでもある。
だが、先日のウッドワスへの裁定。
合理性に欠けるように見える言動の数々。
何より、自分たちは、なぜ、モルガンが妖精を護らないのか。
モルガンが、妖精の何を許すことができないのか、知らないのだった。
そこに気づけたのは、ゴローといたからだ。
この一年、彼の一言一句には多くの学びがあった。
かつての私なら、「そうだろう」と素直に頷いていたことだろう。
この密会は、そこについて、なんらかのヒントを掴むためでもあった。
「悪いが……そこに関しては、私と貴方たちの間で認識の差異があるようだ」
「まぁ、仕方ないさ。キミはモルガンの騎士だものね。受け入れ難いのはわかってる」
言葉が煮詰まり始めていた。
そこに、ぽん、と軽い音。
手を叩き合わせた音だった。
それが、重苦しい空気をぱりんと割った。
皆の視線が音源に集まる──
ゴローであった。
「とりあえず、いっかい、マンチェスターに来なよ」
全員の意識が集まったのを確認して、ゴローは言った。
「ここじゃア、重々しいハナシはするべきじゃないね。風の氏族たちもワンサカいるンだ。どこで聞き耳立てられるか、わかったモンじゃないねぇ」
「そういや、まだおまえさんのことを聞いてなかったな……」
村正が言う。
ざり、と足先を向ける。敵意を少し混ぜていた。
ゴローは堂々と、差し向けられた視線を受け止める。
ゴローは軽く、俺はある意味、おまえさんたちと、同じだよ。と言った。
「これ以上のハナシぁ、ここでするにゃアどのみち重くなりすぎら。腰を落ち着けて、どっしりみっちり、やろうじゃないの」
「私としては、キミの存在がなんなのか、輪郭ぐらいは掴んでおきたいんだけどな」
苦笑いを浮かべるダ・ヴィンチに、チッチッチッとゴローは指を振る。
「ダ・ヴィンチ。謎解きはページを捲る楽しみの先だよ。出題と答えをほぼ同時に書くようなミステリは、『アクロイド殺人』的なそれで、あるこたァあるが──あいにくと俺ァ、アガサ・クリスティー女史ほどアタマが良くねぇモンでね」
だから、何事もややこしいのはいかんと思ってる。
おまえさんがた、バーゲストを見た時驚いたよねぇ。
ってえこたァ、バーゲストに会うために、妖精舞踏会にきたわけじゃねェんでしょ?
だったら、この話はここで切り上げても、問題ないよねぇ。
バーゲストには敵意なし。
いつかマンチェスターで話そう。
その二点が解っただけでも、思わぬ収穫じゃアないのかい?
「──すごいな、キミは」
ダ・ヴィンチが言葉を挟んだ。
「すっと出てきて、あっという間に話を掌握して、まとめてしまった。私たちはキミが何者かまだよくわからないのに、その言葉にさもありなんと納得しかけてる」
ありがとよ。
レオナルド・ダ・ヴィンチに知性的な面で褒められるたァ、末代までの誉れだねぇ。
もっとも、俺ァお前さんが、マジであのレオナルド・ダ・ヴィンチだってことには、納得というか……理解できてねンだけどさ。
「ひっどいなあ! たしかに私は万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが『
「余計に、その……理解できン。彼、あんなイカついツラのくせに、女体化願望があったってェ事実がよ……いや、それを否定したいわけじゃなくてねぇ。ちょっと、俺の知る彼とお前さんという現物が、ぜんっぜん重ならねェのよな」
──生前のダ・ヴィンチを知っているのか。
しかし、生じた疑念は口に出さず。
その場はそのまま解散という形となった。
5.
そして、テラスにはふたり。
彼らと、月明かりだけの世界。
中には入らないのですか?
とバーゲストが聞くと、ゴローはかぶりを振った。
おまえさんは、行ってもいいんだよ。
ガウェインではなくとも、おまえさんは妖精たちの羨望の的でしょ?
いるだけで場が華やかになるモンな。
バーゲストはかぶりを振った。
そっか、とゴローは言った。
互いに、目線は合わせない。
ゴローは月を眺めている。
高い柵も、彼の大きさからすれば、ちょうどいい手すりであった。
そこに、肘を置いている。
バーゲストもまた、同じく。
──ねぇ、
バーゲストが言った。
──踊りませんこと?
つつ、とバーゲストの手がゴローの腕に伸びた。
うん、いやァ……
彼にしてはもの珍しく、歯に詰まった言葉であった。
俺、踊れねンだよね。
恥ずかしそうに、言った。
少し、顔をバーゲストから見えぬように傾けて。
しかし、後ろから見る耳が真っ赤であった。
──ぷっ、
とバーゲストは笑った。
──貴方、全能者なのに。ダンス、できないんですね。
必要なかったからねぇ、俺たちの戦いには。
バーゲストは、ゴローの腕に、自らの腕を強引に差し込んだ。
おいおいと焦るゴローに、静かに、任せて、と言った。
──では、私がリードして差し上げますわ。
…………お手柔らかにね。
観念したように身体を向き合わせて、ゴローは微笑んだ。
広間から音楽が聴こえてくる。
煌びやかなカタチを持っている。
鮮やかに彩られている。
さながらオーケストラであった。
しかし、彼らは、自由であった。
月明かりの下で、たどたどしくステップを踏む。
音楽になど、合わせない。
合わせるのは、心の音である。
お互いの心音、お互いの呼吸。
それが寄り添いあって、共にステップを踏むならば、それはダンスなのだ。
お上手ですわ。
というと、
そうかねぇ?
と答える。
短い会話。
それで、十分だった。
手が触れ合う。
──お互いに、腰に手を回した。
身体が触れ合う。
──正面から、向き合ったカタチであった。
影が重なる。
──ふたりとも、その瞬間足を止めていた。
それで、十分であった。
6.
歓声が聞こえる。
となりの会場からだ。
オークション会場。
喧騒に近かった。
紳士淑女のそれとは言い難い、慌ただしく暴力的なそれであった。
妖精騎士トリスタンが、『予言の子』に敗れた。
二度目だ。
ベリル・ガットの補佐もあった。
万全に魔術の準備もして、それで負けた。
吸血鬼バーヴァン・シー。
ボロクズのような端女の、下級妖精。
彼女は衆人に白い目で見られ、罵詈雑言の中、ふらふらと会場を立ち去った。
それを、ゴローは見ていた。
いや、こうなることを、知っていた。
背後にベリル・ガットがいる。
彼の背中に向けて、ベリルは言った。
「ダンナ。
ああ、なんてこった。
と唖然とした顔を作る。
ゴローは淡々と、言った。
──そっか、じゃア、万事予定通りだねぇ。
と。
その顔に、いつも通りの、太い笑みを浮かべながら。
挿絵にコーヒーこぼしてる……笑