序章 

振り返れば、まぼろしの如きの日々であった。もし、その日々を真実とするならば今、現在の彼自身がまぼろしとしか思えぬ日々であった。
わが国が世界の列強を相手に国力を尽くして戦った歴史がともすれば、若い世代の知識から薄れようとしている今日、彼はあえてそんな日々を描き返してみようと思い立った。
8月ー 蝉時雨の時ともなれば、彼の脳裏にはあの終戦の日を迎えるまでの長く激しかった3年に及ぶ戦いの日々の思い出がふつふつ蘇ってくる。
今は戦友たちの顔と飛行機乗りたる彼とともにあの時代を戦い抜いた愛機の雄姿。どれひとつとして忘れるわけにはいかない骨肉を分けた分身の様に思える機体たちである。その操縦席に座り、操縦桿を握り、ある時は勝利に酔いしれ。
ある時は敗北の屈辱に歯噛みした熱血の日々ー
当時を偲ぶよりのよすがとして彼の手元には大学ノートに書き記した陣中日誌が残されている。
西暦1942年、沖田進次郎が初陣の年であった。