進撃の迷宮譚   作:でけぇ害虫

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歓楽街編はでけぇ害虫(繁殖しか頭にない)、エルディア王(繁栄しか頭にない)、ジャン(ミカサ一筋だがそれはそれとして女に弱い)成分多めでお送りいたします。
エレンとライナーはオレがおいてきた……修行はしたがハッキリいってこの章のノリにはついていけない。



第三章 崩れゆく逸楽の都
18.暗躍する美神


 嘘だろ団長……信じてたのに……!

 約束したじゃねぇか……娼館デビューする時は一緒だって……!

 

「そんな約束した覚えないよ!?」

 

 俺の号哭に対し、ベル団長の反応はつれないものだった。

 そんな忘れたのかよ。夕日の下で交わした男の誓いをよォ。

 

「ジャックって結構アレだよな。すました顔してるけど割と男の子(俺達)側だよな」

「マセガキ……」

 

 おうコラ聞こえてるぞヴェルフにリリ。

 特にリリ。誰がマセガキだ誰が。言っとくがこの中では俺が一番精神的に歳上なんだぞ。何の自慢にもならないけど。

 

 さて、流石の俺も【剣姫】一筋のベル団長が大人のお店で遊び呆けていたと本気で考えているわけではない。どうせヴェルフ達とはぐれた後、(カモ)を狙う歓楽街の娼婦達の誘惑から逃げ回っていたに違いない。先の戦争遊戯(ウォーゲーム)ですっかり顔が売れてしまったし、きっと引っ張りだこだったことだろう。

 

 中でも歓楽街を実質的に支配している【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)はその多くがLv.3だと聞く。生まれついての戦闘民族であるアマゾネスが更に恩恵の力で強化されていると考えれば、同じLv.3でもランクアップしてまだ間もないベル団長では分が悪かろう。

 彼女らはその高い戦闘力でのこのこ歓楽街にやって来た(カモ)をとっ捕まえ、精も根も有金も全て残らず搾り取るらしい。ふらやま……もとい恐ろしい話である。

 

 何故そんな詳しいかって? そりゃイシュタル・ファミリアの眷属本人に聞いたからさ。引っ越し作業の休憩中にストリートのカフェで茶をしばいてたところ、同じくオフだった一人の戦闘娼婦(バーベラ)の目に留まり勧誘されたのだ。

 

 娼婦として。

 

 俺は男だ!! とベタなツッコミが口から出そうになったが、よく考えなくとも俺の見た目はほぼ女子のそれなので何も言えなかった。も、もう少し大きくなれば男らしくなるし。

 とはいえ十二歳を娼婦に勧誘するのはどうなのよ。そういうの良くないとジャック君思うわけ。

 何とか誤解を解いたあと、大爆笑するその戦闘娼婦(バーベラ)から上述した歓楽街の内情について教えて貰ったというわけだ。

 

 怖いねぇ、恐ろしいねぇ。あそこじゃ少し腕に覚えがある程度の冒険者なんぞ歩く財布でしかない。その証拠に、俺に話し掛けてきた戦闘娼婦(バーベラ)の実力もかなりのものだった。どこか野性的で、だが洗練された身のこなし。そして肌に感じる強力な恩恵(ファルナ)の気配。少なくとも彼女は巨人化しない素の俺のままでは苦戦必至の実力を具えているように見えた。あの美貌と力があればそこらの男なんぞイチコロだろうよ。

 

「食べ頃(暗喩)になったら食ってやる(直喩)からウチに来な」と『女主の神娼殿(べーレト・バビリ)』の割引券(クーポン)と名刺を貰ったので、俺はそれを大切に財布の奥底にしまっておいた。けしからん、全くもってけしからん。

 あ? クソ童貞? 何とでも言うがいい。女で痛い目を見るのも冒険者の醍醐味だろうがよォ(偏見)

 

 痛い目を見るのが前提の童貞の悲しき思考(サガ)は取り敢えず脇に退ける。問題はベル団長がそんな所に足を踏み入れることになったそもそもの原因、(ミコト)が人目を忍ぶように歓楽街に向かった理由についてである。

 残念ながらその場では詳しい理由までは教えて貰えなかった。まあ、同じファミリアの仲間とはいえ個人の事情まで根掘り葉掘り聞くのも違うよな。親しき仲にも礼儀あり。人に言いたくない事の一つや二つ、誰にだってあるだろう。

 

 取り敢えず、本当に困ったら相談するよう言っておいた。団長には言いにくくとも、お飾りの副団長になら言えることもあるだろう。ダイジョーブだって、二進(にっち)三進(さっち)も行かなくなったら巨人の力(ぼうりょく)に訴えれば良いのだから。

 何事も暴力で解決するのが一番だ。(ミコト)、暴力はいいぞ!

 

 そう言ったらガチでドン引かれてしまった。場を和ませるちょっとしたエルディアジョークだったのに……

 

 と、その時は有耶無耶で終わってしまった話題だったが、後日その事情が明らかになった。何でもベル団長が歓楽街で偶然出会った狐人(ルナール)の少女こそ、まさに(ミコト)の探していた人物であったらしい。

 すごい偶然もあったものだ……これ前も同じこと言ったな? まあ、ベル団長の強運は今に始まったことではない。

 

 件の狐人(ルナール)……サンジョウノ・春姫(ハルヒメ)という少女は、(ミコト)と故郷を同じくする友人同士であったらしい。

 親なき孤児(みなしご)である(ミコト)達と異なり春姫(ハルヒメ)さんは貴族の生まれで大きな身分の差があったが、それでも彼女達は友誼を交わし、短い間ながら幼少期を共に過ごした間柄なのだという。

 

 そんな彼女が、何の因果か娼婦としてオラリオにいる。(ミコト)としてはどうにかして春姫(ハルヒメ)さんをその境遇から救ってあげたいのだそうだ。

 

 ……すまん、いざとなったら巨人の力で何とかなるとかホラ吹いたが、流石にイシュタル・ファミリアと事を構えるのは無謀を通り越して自殺行為だ。

 敵がイシュタル・ファミリアだけなら別に大した問題ではない。俺の記憶が間違っていなければ、あそこの最大戦力はLv.5が一人だけだったはずだ。他に第一級冒険者はおらず、他はLv.3〜Lv.4の構成員が大半を占める。それなら俺が巨人化すれば容易く蹴散らせるだろう。

 

 故に問題はイシュタル・ファミリアそのものではなく、その影響力だ。何せあそこは歓楽街を牛耳る実質的支配者。そのイシュタル・ファミリアが潰れたとなれば、歓楽街の運営に大きな支障を来すことになるだろう。

 するとどうなるか。荒くれ者の冒険者に、遊び好きの男神達。無数に存在する歓楽街の利用者達はあり余る欲望を発散する場を失い、その怒りの矛先はその原因を生み出した我々の派閥に向かう。

 そうなれば事はイシュタル・ファミリアとヘスティア・ファミリアだけの問題では済まない。イシュタル・ファミリアと、その恩恵を受ける全ての派閥との戦いになることだろう。それと比べればアポロン・ファミリアとの戦争などお飯事(ままごと)に等しい。どれ程の派閥が敵になるか未知数だし、何より生じる経済的損失はとてもではないがヘスティア・ファミリアの財力でどうにかなるようなものではあるまい。

 

 だが、俺は見た。リリに諌められ、ヴェルフに背中を押され、神様に負担は掛けられないと俯いたベル団長の、その瞳。

 到底納得できはしないと、深紅(ルベライト)の瞳の奥でじりじりと燻る火種を。確かに俺は目撃したのだった。

 

 ……()()()が来れば、俺も決断せねばならないだろう。派閥に殉じる覚悟を。そのために己の夢を投げ捨てる覚悟を。

 立ちはだかるのは無形の悪意ではない。質量を持った現実だ。先の戦争遊戯(ウォーゲーム)では我々こそが正義だったが、今回こちらに大義はない。合法的に身請けできるならそれで良いが、もしそれが不可能であった場合、我々は歓楽街の秩序を脅かす“悪”として立ち上がらねばならないだろう。

 

 だが、俺の知る『進撃の巨人』は、果たして不条理の壁を前に足を止めるのか?

 いいや否だ。それがどれだけ高く困難な壁であろうと、そしてその先に待つのが不可避の破滅だとしても。俺が知る世界一格好良い死に急ぎ野郎は、絶対に自分の信じた正義(じゆう)を曲げたりはしないのだから。

 

 まあ、何のかんの言ったが相手は戦闘娼婦(バーベラ)でもない非戦闘員の娼婦だ。もしかしたら案外簡単に身請けできるかもしれない。俺達だって好き好んでアポロン・ファミリアの真似事をしたいわけではない。合法的に引き抜けるならそれに越したことはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャック・イェーガーを手中に収めるぞ」

 

 イシュタル・ファミリアの本拠(ホーム)女主の神娼殿(べーレト・バビリ)』の大広間にて、居並ぶ眷属達を前に主神たる女神はそう告げた。

 美しい女神だった。艶かしい褐色の肌を惜しげもなく晒し、華やかな薄布の衣と煌びやかな装身具で飾り立てられた肢体には濃密な色香が漂う。

 彼女こそメソポタミア神話にその名も高き『天の女主人(イナンナ)』。創世の三柱に匹敵する信仰を集めた王権の支配者にして、全ての娼婦の守護者たる愛と美の化身。

 

 美神イシュタル。歓楽街を統べる逸楽の宮殿の主は唖然とする戦闘娼婦(バーベラ)達を睥睨し、黄金の煙管(キセル)を片手に不敵に微笑んだ。

 

「……いや、いや。それはマジで言ってるんスか、イシュタル様」

「なんだサミラ、この私が寝惚けているとでも言いたいのか」

「いえ滅相もない!!」

 

 思わず反論ともとれる言葉を口にしてしまったアマゾネスに、妖しい光を湛えた金色の眼光が突き刺さる。

 サミラと呼ばれた灰髪のアマゾネスは焦ったようにブンブンと首を横に振り後退った。

 だが、この場に集う眷属達の思いは概ね同じだった。彼女達も大多数のオラリオ市民と同様、先の戦争遊戯(ウォーゲーム)の一部始終を目撃していた故に。

 

「……リスクが高すぎるんじゃないか? イシュタル様もシュリーム城塞での奴の暴れ様は見ただろう。あれを(さら)うとなると相当な労力が必要だよ」

 

 眷属達を代表し、腰まで伸びる美しい黒髪のアマゾネスがそう口にする。

 彼女の名はアイシャ・ベルカ。【麗傑(アンティアネイラ)】の二つ名を神々より授けられた女傑であり、ランクアップも間近と囁かれるLv.3の実力者である。

 

 オラリオ中のLv.3の中でも上から数えた方が早い確かな実力を有する彼女をして、ジャック・イェーガーを相手にするとなれば二の足を踏む。

 際限などないと言わんばかりに次から次へと湧出する巨人の群れ。幾度となく急所を貫かれ致死量の血を流そうとも問題なく戦闘を続行する驚異の不死身性。巨大化した腕から繰り出される剛力に、触れた相手を問答無用で結晶化させる未知のスキルないし魔法。いずれもオラリオ史上類を見ないほど特異で、何より強力な力である。

 

 当然、オラリオ中のあらゆる神がジャックという稀少(レア)な人間を欲した。にもかかわらず今のところ表立って勧誘を行おうとした者がいないのは、誰もがアポロンの二の舞になるのを恐れたからだ。

 ジャックが何よりも恐れられたのは、力そのものではなく敵対した相手への容赦のなさに起因する。十二歳という幼さでありながら、彼は同じ人間に対する殺傷行為に些かの躊躇もなかった。それがどれだけ異質なことかは、暴力を生業とする冒険者であればこそよく理解できた。

 

 とはいえ、だからといって素直に勧誘を諦めるようなお行儀の良い神などオラリオにはいない。多くの神々が水面下で牽制し合い、あわよくば他を出し抜いて自派閥に引き抜こうと画策しているのが実情だった。

 それはイシュタルも例外ではない。その外見と、何より敵に対する残虐性をこそ気に入った彼女は、こっそり自分の眷属を勧誘のため遣いに出していたのである。

 その遣いこそが他ならぬアイシャだったのだが──

 

「まさか性別を勘違いしていたとは思わなかったぞ。よもや娼婦として勧誘するとは……お前がそんな間抜けだったとは、この美神の目をもってしても見抜けなかったわ」

「あ、あの顔で男は詐欺だろう! 普通女だと思うじゃないか!」

「名前で気付け?」

 

 そう、アイシャはジャックを女と勘違いし、未来の戦闘娼婦(バーベラ)候補として勧誘しようとしてしまったのである。

 幸い相手の不興を買うようなことにはならなかったが、第一印象で大きく躓いたのは確かである。アイシャは取り繕うように一部の太客にしか配っていない割引券(クーポン)を渡し、ついでにちゃっかり自分の名刺を押し付けて逃げ帰って来たのだった。

 

「まあいい。それで、反応はどうだった?」

「満更でもなさそうだったね。まだ若いが色を知らないってわけでもなさそうだ」

 

 受け取った割引券と名刺を丁重に懐にしまい込むジャックの姿を思い起こす。目のやり場に困るように瞳を揺らしつつも、その視線はチラチラとアイシャの曝け出された胸の谷間や剥き出しの太腿に向いていた。

 それでも敵となれば容赦はしないのだろう、という負の信頼があった。それだけ戦争遊戯(ウォーゲーム)でジャックが見せた敵への残虐性は苛烈なものだったのだ。

 

「女を使って誑し込めれば手っ取り早いが……ヒュアキントスをやり込めた頭の回りからしてそう簡単にはいかないだろう。それにあそこの主神は確か処女神だったろう? そもそもどうやって歓楽街(ここ)に誘い込むんだい?」

「主神が純潔だからと言って眷属までそうだとは限らんさ。それが男なら尚のことね。誘惑するでも力尽くでも何だっていい、手段は問わない。ジャック・イェーガーを私の前に連れて来な。そうすれば後は『魅了』でどうとでもなる」

 

 美の女神が有する『魅了』の権能はあらゆる知性体に対し特攻とも呼べるほどの効力を発揮する。それが人間の男ともなればもはや抗拒不能な呪いとなって身も心も縛り付けるだろう。

 例外があるとするなら既に別の女神による魅了を受けた者だけだが、それとて魅了の上書きという手段がある。そしてイシュタルほど強力な神性を有する女神などそう多くはない以上、大抵の魅了はイシュタルの魅了で上書きしてしまえるだろう。

 

「……わかんねぇなぁ。イシュタル様はどうしてそこまでジャック・イェーガーに固執するんだい? アタイはションベン臭いガキは好みじゃないんだけどねぇ」

 

 ゲゲゲゲ、と不気味な笑い声が上がる。

 戦闘娼婦(バーベラ)達が揃って顔を顰める中、大儀そうに床に座り込んでいた声の主はのっそりと身体を起こす。

 それは異形の戦闘娼婦(バーベラ)だった。立ち上がったその体躯は2M(メドル)を超え、異様に巨大な頭部と胴部を具える。だが肥大した胴体に比して手足は短く、一見してその体型は人のものには思えない。耳まで裂けた口と赤子の頭ほどもある巨大な眼球がその異形に拍車をかけていた。

 

 美神の眷属らしく見目麗しい娼婦で構成されたイシュタル・ファミリアの戦闘娼婦(バーベラ)達。彼女はその中でも際立った異物であり、だが紛れもない派閥の中核をなす人物である。

 名をフリュネ・ジャミール。二つ名は【男殺し(アンドロクトノス)】。彼女こそがイシュタル・ファミリアの“最強”、Lv.5の第一級冒険者であった。

 

「大事な『儀式』が近いんだろぉ? そんなガキにかかずらっている余裕があるのかい?」

「ふん、私とてガキは趣味ではないさ。だが見目は悪くない。私の見立てではあと三年もあれば食べ頃に……って、そういう話をしているんじゃない」

 

 不遜な態度を隠そうともしないフリュネに対し、イシュタルはあくまで寛容だった。

 確かにフリュネは強いが、ただ強いからという理由だけで重用しているわけではない。イシュタルは多産を司る性愛の女神であり、遍く娼婦の守護神でもある。彼女が自らの眷属に娼婦たることを求めるのはその神性に由来する。そして娼婦である以上、どれだけその容姿が醜かろうとフリュネはイシュタルの眷属であり庇護対象なのだ。

 娼婦であるが故にイシュタルは醜さを理由にフリュネを粗雑に扱うことはせず、レベルも低くまだ弱かった頃から他の眷属と変わらぬ態度で接してきた。そうしたら勝手に強くなっていた。それが事の真相である。

 

 とはいえ、主神を主神とも思わぬその態度には多少思うところもある。イシュタルは意趣返しとばかりに僅かな魅了の神力を宿した一瞥でフリュネを黙らせると、怯んだ彼女にジャックを狙う理由について語った。

 

「理由は単純明快、強いからだ。しかも奴はまだLv.2にランクアップしたばかり、その力には伸び代がある。ならばまだ弱い内に手篭めにし、自分好みの強者に育て上げるのよ」

「け、けどよぉ。強いっつってもそれは“Lv.2としては”だろう? 強いには強いが、レベルを覆す程の規格外じゃねぇって、イシュタル様も言ってたじゃねぇか」

 

 フリュネが言った通り、ジャックの力は特異だが明確な格上をも圧倒できる程のものではないとイシュタルは結論付けていた。

 その根拠はヒュアキントスとの戦いをベル・クラネルに任せたことにあった。もしジャックの力が格上(Lv.3)を上回るほど圧倒的であるのならジャック自身が戦えばそれで済む。にもかかわらずジャックは雑魚の掃討に終始し、肝心の大将戦はベルに任せていた。ベルが倒されてしまえば自陣の敗北が決定してしまうのにである。

 普通に考えて敗北のリスクを負ってまで将同士の決闘に拘る理由などない。ならばジャックではヒュアキントスには勝てない何らかの理由があると考えるのが自然だ。

 

「あの『鎧の巨人』も『翼の巨人』もヒュアキントスより強そうに見えたが、しかしその二体がやったことはただ馬鹿みたいに城壁を破壊して回ったこととベル・クラネルを塔まで運んだことだけだ。思うに、強力な巨人は至極単純な命令しか聞かないんじゃないか? 恐らくレベルとスキルの練度が足りず細かな命令を下すことができない……だから肝心の対冒険者戦は有象無象の巨人に任せ、強力な二体の巨人は見せ札として撹乱に専念させた」

「そして普通の巨人は強いには強いが、Lv.3ならば問題なく対処できる程度の強さに見えた。あの再生能力と圧倒的な物量は脅威以外の何物でもないが……単体で見ればそこまで特筆する程の化け物ではない」

「その通りだアイシャ。そしてお前がそう思うということは、ヒュアキントスにとってもそうなのだろう。だから大将戦は純粋に格闘戦に秀でたベル・クラネルに任せた。それが私の見解だが、どうだ?」

「ゲゲゲゲ、アタイも同感だ。再生能力と巨腕のパワーで誤魔化しちゃいたが、あのガキ自身の戦闘能力は大したことねぇだろ。たかがLv.2の平団員からあれだけ攻撃を食らいまくってる時点でお察しだ。再生能力にだって限りがあるだろうによぉ」

 

 一見するとジャックはアポロン・ファミリア相手に終始一方的だったように思えたが、詳細に分析すればこのように様々なことが見えてくる。それこそが衆人環視に晒される戦争遊戯(ウォーゲーム)の恐ろしい点であり、醍醐味なのだ。

 だが、ここまでは既に過去に話し合った内容である。これは認識の擦り合わせであり、フリュネが抱いた疑問の答えにはなっていない。「勿体ぶるなよ」と口元を歪める彼女を他所にゆっくり煙草を()んだイシュタルは、紫煙を吐きながらジャックを狙う理由を口にした。

 

「聞いて驚け。ジャック・イェーガーは迷宮(ダンジョン)であの『頂天』と刃を交え、これを退けたそうだ」

 

 シン、と再び大広間に沈黙が降りる。

 一同の顔に浮かぶのは困惑だった。まず己の耳を疑い、他の戦闘娼婦(バーベラ)達と互いに顔を見合わせる。そして次に自分達の主神の正気を疑った。

 

「はは、そんな顔をするな。私だって最初にこれを聞いた時は耳を疑ったさ。だが、どうもこれは真実らしいぞ」

「……ちなみに、それは戦争遊戯(ウォーゲーム)の前かい? それとも後か?」

「前、つまりLv.1の身でありながらLv.7の“最強”を退けたということだ」

「いやあり得ないだろ! 相手はあの【猛者(おうじゃ)】なんだぞ!? フリュネなんてゴミクズみたいに捻り潰す化け物をLv.1が撃退した!? ぜってーあり得ねー!」

「サミラ、お前あとで屋上」

「ピィ」

 

 額に青筋を浮かべたフリュネに睨まれ顔を青褪めさせるサミラ。

 だが彼女が言うことは正しい。Lv.7とは、『頂天』とはそれ程までに逸脱した存在なのだ。伊達にオラリオ最強などと呼ばれてはいない。オラリオに存在する全てのLv.5が徒党を組んだところで太刀打ちできるかも怪しい、比類なき英雄にして人の形をした怪物。それが【猛者(おうじゃ)】オッタルという男なのだ。

 

「……情報の出処は?」

「ヘルメスだ。あの胡散臭い伝令神さ」

「あの胡散臭い神か……ガセを掴まされた可能性はないのかい?」

「今回ばかりは本当だろう。この美の女神(わたし)(しとね)で聞き出したんだ。同じ神とて、男神がこのイシュタルに(とこ)で逆らえる道理はない。……アイシャ、それはお前が一番よく知っているだろう?」

「……ッ」

 

 嫣然と微笑むイシュタルの眼差しを受けたアイシャの脳髄に甘い痺れが走る。同時に全身を恐怖が這い回り、どうしようもなく身体が震えて止まらない。

 自分が自分でなくなる恐ろしさ。自分でない何者かに心を囚われる恐ろしさ。何より、その恐怖を恐怖と感じられないことこそが最も恐ろしい。

 それこそが美の女神の畏れ。地に降り零落した今の姿だからこそこの程度で済んでいるが、本来の神としての形を露わにすれば、その姿を目にしただけで人間など立ち所に心を失うだろう。過去にイシュタルの魅了を受けたアイシャはそれを嫌というほど思い知らされている。故に彼女はイシュタルの言葉を何の疑いもなく信じた。ヘルメスは洗いざらい、ジャックについて知る全てをイシュタルに語ったのだろうと。

 

 無機物有機物問わず万物を『魅了』する恐るべき神威。暴力的なまでの“美”という概念の集合体。そんな美の女神の中でも一等強大な神格を有するのがイシュタルという神だ。ヘルメスとてオリュンポス十二神の一角に数えられる有数の神だが、流石に相手が悪い。人間のように骨抜きにされることこそないだろうが、褥で嘘を通せるほど理性を残していたとは思えなかった。

 

「オッタルでも対処できない程の物量で圧倒したのか、あるいはまた別の奥の手でもあったのか……いずれにせよ先の仮説は覆されたというわけだ。オッタルと戦える力があるのにヒュアキントスとの直接対決を避けたのは、何かしら力を使えぬ理由でもあったか……あるいは派閥の長に花を持たせたのかな。だとすればアポロン・ファミリアは哀れだな。初めから負けの決まった戦いほど惨めなものはない」

「……けど、そうだとすればますますジャック・イェーガーを攫うのは困難になるよ。最悪フリュネを出せばどうとでもなると思っていたが、話を聞く限りそう上手くはいかなそうだ。万が一にもうちの最高戦力を潰されてもらっては困る」

「となると力尽くは無理だな。やはり誘惑して誘い込むしかなさそうだ。人選は……」

「ならファミリアいちの美貌を持つアタイの出番だね」

「お前は座ってろフリュネ」

 

 キメ顔で立ち上がったフリュネを黙らせたイシュタルは、しばし集まった戦闘娼婦(バーベラ)一同を見回す。一部の年下趣味の娼婦達が元気良く挙手するのを華麗に黙殺すると、「やはりお前が適任か」と呟きアイシャに視線を戻した。

 

「面識もあるし、お前ならば近付くのも容易かろう。お前に任せる」

「新進気鋭の有望株だ。私としても役得だし願ったりだが……本当にやるのかい? 『儀式』が近いこの時期に火種を呼び込むのは避けるべきだと思うけど」

「だからこそ、だ。『殺生石』の力があってもどうにもならないと思われていた化け物への切り札足り得るんだ、みすみすこれを逃す道理はない」

 

 カンッ、と灰吹きの縁に火皿を叩き付け灰を落とし、立ち上がったイシュタルは改めて居並ぶ眷属達を睥睨する。

 応じて居住まいを正した眷属達が注視する中、逸楽の宮殿の主は声高に告げた。

 

「聞いていた通り、【巨人の王(ギガンテス)】は私の眷属(モノ)にする。巨人の力と『殺生石』の力、この二つを手中に収めた暁にはいよいよ戦争だ」

 

 金星、戦争、愛欲を司る地母神としてメソポタミアでも最高峰の神性を有するイシュタル。その神格において比肩する者は天界でも限られ、極めて多岐に渡る権能はその位を絶対のものとしていた。

 だが唯一、神としての格においても、そして美の女神としての実力においても自身と同等──あるいは凌駕しかねない存在が一柱だけ存在した。

 

 戦死者の館(ヴァルハラ)の女主人にして、生と死、愛情と戦争、豊穣と呪歌を司る愛欲と美の化身。

 豊穣神フレイヤ。彼女こそ天界において幾度となくイシュタルの立場を脅かし、また地上においては明確に格上の主神としてオラリオに君臨する終生の宿敵であった。

 

 イシュタルとフレイヤ。この二柱は驚く程に神としての属性が近似している。共に豊穣、愛、戦を司る地母神であり、神話の主神に匹敵する権能の主であるという点でも共通していた。

 何もかもが似通う両者だったが、大きく異なる点が一つあった。それはフレイヤと比べてイシュタルはより戦神としての属性に傾いており、極めて野心家な一面を有していたことである。『戦闘と戦役の女君』と呼ばれたこともあるほど戦神としてのイシュタルは美しく苛烈であり、また残忍な野心家であった。

 

 そんなイシュタルが、フレイヤの二番手に甘んじることを許容できるわけがない。

 いや、ファミリアとして(おく)れを取るだけならまだ許容できた。だがイシュタルという女神のアイデンティティ……美の女神としての格においてフレイヤの後塵を拝することは、彼女にとって他の何よりも許せないことだったのだ。

 

 イシュタルはフレイヤを許せない。オラリオで一番の美神などと持て囃され、白亜の塔(バベル)の天辺で全てを見下ろすあの女の全てが厭わしい。

 故に引き摺り落とす。そのための『儀式』の準備は整いつつあり、対『頂天』の最後のピースも今や手の届く所にある。

 

「機は熟しつつある──【フレイヤ・ファミリア】を潰すぞ。備えろよ、お前達!」

 

 応! と悍婦達の吠え声が広間を揺らす。その気炎万丈たる様に満足げに頷いたイシュタルは、煙管に火を付け美味そうに紫煙を(くゆ)らせた。

 

 

 

 

 

「ところでさぁイシュタル様ー」

「何だサミラ。せっかく余韻に浸っていたというのに」

「いやさっきからずっと考えてたんだよ。【巨人の王(ギガンテス)】はどうやって【猛者(おうじゃ)】を撃退したんだろって」

「ほう」

 

 まさにその力をこそ欲し、また警戒しているが故に手段を誘拐から誘惑に切り替えたばかりである。その力の正体の手掛かりになるのであれば何だって欲しい。言ってみろ、とイシュタルは目線で続きを促した。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)であいつ、片腕を巨大化させてたじゃん」

「ああ、パワーは凄まじいが小回りが利かず本人の【敏捷】にも無視できない負荷(マイナス)が掛かるとかでフリュネやアイシャからは酷評されていた技だな」

「あれさ、もし巨大化できるのが腕だけじゃなかったとしたらどうだろうって、ふと思ったんだよ」

「ほう?」

「もし全身が腕と同じように巨大化できるんだったら、【猛者(おうじゃ)】とも戦えるんじゃねぇかなって」

「ふむ……面白い考えだが、それはないだろう」

 

 イシュタルはサミラの仮説をあっさり否定する。

 実のところ、イシュタルも同様の考えに至ったことがある。しかし神としての経験からその仮説は候補から外していたのだった。

 

「巨人を生み出す力と巨人に変身する力、この二つは全く方向性の異なる力だ。前者は無から有を生み出す……言うなればゼロを一にする能力だ。これは極めて稀少な力で、神々(われわれ)の中でも創造神かそれに連なる位の高い神にしか扱えぬ破格の権能になる。

 対する後者は既にあるものを全く別のものに変生させる力……即ち一を十に変える能力だな。こちらは逆に神ならば大抵の者が苦もなく扱うが、人間にとってはそう容易く扱えるような力ではない」

 

 創造と変生。この二つは全く異なる概念の力であり、これを両立させることは不可能である。神ならばいざ知らず、少なくとも人の子に許された領域の力ではない、とイシュタルは語る。

 ちなみにこの時点で既にサミラは宇宙猫状態で(ぼうぜんとして)目を回していたが、それに気付かずイシュタルは得意げに自説を語っていく。

 

「とりわけ無から有を生み出す創造の力は特異なものだ。人の身で神の奇跡を再現する『神秘』の精髄、その最たるものであると言っていい。だからこそそれを可能とする奴はオラリオの神々にとって注目の的なのさ。

 そして、それこそがお前の立てた仮説を否定する理由になる。常軌を逸した創造の力が既にあるのに、全く別の変生の力までも有しているというのは流石にあり得ん。仮にそれが可能だとしても、変生の力は極めて小規模なものに留まるだろう」

 

「何せ巨大化した奴の腕は10M(メドル)近くあった。そのサイズの腕の巨体ということは、全身巨大化すれば軽く20M(メドル)は超える計算になる。

 神としての経験から断言しよう。それ程の大規模な変生など人の子には不可能だ。精霊にだってそこまでの権限を与えたことはないのだからな」

 

 人を豚や狼に変えるのとはわけが違うのだ。

 20M(メドル)超えの巨人に変身する? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。まだ一年以内にLv.5になるという方が現実味があるだろう。

 

「うー……イシュタル様話なげーよぉ。要するにどういうことなんだよ?」

「奴が巨人に変身するようなことはあり得ないから安心しろ、ということだ。そんなことが可能なのはお伽噺(とぎばなし)の中だけだ。我々の恩恵(ファルナ)はファンタジーやメルヘンではないのだからな」

 




これが年内最後の投稿になります。くぅ疲(ry
一度はエタりかけた拙作を応援して下さっている読者の皆様には感謝の言葉もありません。今後も不定期投稿ながら続けていく所存ですので、来年もまたよろしくお願い致します。
それでは皆様、良いお年を。
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帰還に失敗した堕ちた英雄がオラリオに行くのは間違っているだろうか?(作者:匿名希望)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

嘗て日本に住んでいて別の世界に家族とともに英雄召喚された少年が、国を滅ぼした堕ちた英雄となり元の世界に帰ろうとして失敗して白髪赤眼の英雄候補と出会った…………とさ


総合評価:19595/評価:8.45/連載:51話/更新日時:2023年11月06日(月) 00:39 小説情報

【本編完結】原作に関わりたくない系オリ主(笑) IN ダンまち(作者:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次))(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

ダンまちを読みハマった。▼だから二次小説を書きたい。▼だがしかし原作のベル君ハーレムに至るエピソードは至高。▼どれも涙なしに読めない。▼そこにオリ主をブチこんでヒロインを奪うのは邪悪。▼ならばどうすればいいのか……。▼その答えがこの作品である。▼地雷要素を盛り込み、茶化せばきっと許される。▼そんな作者の浅い考えの結晶がこれである。▼タイトル詐欺っていいよね▼…


総合評価:20464/評価:8.46/完結:30話/更新日時:2020年03月14日(土) 11:30 小説情報

ダンジョン潜って5年、地上に出たら色々変わってました。(作者:一般通過社会人)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

ダンジョンで5年過ごした主人公がやらかす、ドタバタコメディ!(なお周りは曇る模様。)


総合評価:1315/評価:6.79/連載:14話/更新日時:2026年05月24日(日) 10:11 小説情報

クソの役にも立たないチート能力もらって転生した(作者:とやる)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

チート能力はゴミ。おれは強くはないし、高尚な信念があるわけでもない。▼痛いのは嫌だし、苦しいのもしんどいのも願い下げだ。▼でも、そんなおれにも……譲れないものがある。▼だから、おれはーー。▼役に立たないチート能力を貰ったダンまちを知らない耳フェチのオリ主が、ひとりの妖精と出会うお話。▼1発ネタです。▼注意事項▼・【ディオニュソス・ファミリア】の結成時期が違い…


総合評価:24911/評価:9.11/短編:3話/更新日時:2019年04月20日(土) 14:25 小説情報

小さな巨人の転生小人族(作者:桃です)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

レジ系の特典を貰った転生者が小人族(パルゥム)になって暗躍する話。


総合評価:569/評価:7/連載:3話/更新日時:2026年02月11日(水) 12:50 小説情報


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