創世の賢者【最古の賢者の弟子の旅の記録】   作:春風駘蕩

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07:ラルフィント共和国立魔術学園

 世界に七つある大陸の一つ、グラナダ。

 三番目に大きなこの大陸の北東部分に、ラルフィント共和国―――師とシオンが現在滞在している国がある。

 

 嘗てはガルド王国という名であり、20年前の革命により国内の構造が大きく変化した。

 絶対王政を敷いていて、最後の王が非常に残忍で強欲な性格であり、女や金や酒を弱気立場の者達から奪い取っては、ゲラゲラと悍ましく笑うような男であった。

 そんな暴君に支配され、餓えて苦しむ民が続出したために、反乱の炎が猛烈な勢いで燃え上がったのだ。

 

 他国からの反乱軍への援助もあり、長きに渡る戦いの末に王と王と同類であった臣下達を討ち取り、反乱軍の中で最も信頼が厚かった者が代表となった。

 その後共和制を敷き、王国であった頃よりも遥かに豊かな国が作られている。

 

 そんな国は今や、魔術国家と呼ばれていた。

 反乱に加わったとある高名な魔女の尽力により、現在の技術発展の源である魔術を研究する機関が発足し、多くの生徒を貧富や人種の差なく受け入れる学院が設立された。

 多くの魔術師を輩出し、人類の技術の発展に多大な功績を与えている施設。

 

 それが、レイヴェル国立魔術学院である。

 

 

 

 そんな世界的に重要な施設に、アザミとシオンはやって来ていた。

 嘗ての王国の城を校舎として利用し、広大な敷地を魔術の研鑽・研究に費やしているその場所の正門を潜り、入り口を目指す。

 

 そして、城の正面玄関を通ると、魔女とその弟子は美しい黄金の光に照らされる。

 複雑な模様があしらわれた絨毯が敷き詰められた広大な空間を、巨大なシャンデリアが照らす、初めて見た者はハッと息を呑むような空間。

 壁にも彫刻や装飾がなされ、建物そのものが芸術品のような存在感を放っていた。

 

 左右に螺旋階段が控えるホールの中心では、巨大な受付台の向こうにいる長い耳を持った金髪の男性が、判子とペンを持って書類と対面していた。

 眼鏡をかけた、生真面目そうな彼―――森人(エルフ)の前に、アザミが訪れる。

 

「…! これはこれは……アザミ・レイヴェル女史。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「堅苦しいのは結構よ、楽にしなさい」

 

 森人の受付係は、近付いてくるアザミの姿に気付くと慌てて腰を上げ、きっちりとした会釈を見せる。

 アザミはそれを手を振って制し、やや面倒臭そうな表情で受付係と相対する。

 

「もし……公認魔術士試験の受験に来た者なのだけど、受付はここで間違い?」

「は、はい。こちらに記帳をお願いします」

 

 受付係に渡された帳簿に、アザミは懐から取り出したペンでさらさらと名を書く。

 続いて他の記入欄にも記入し、書き漏らしがない事を確認してから、帳簿を受付係に返した。

 

「はい、確認いたしました。レイヴェル様は外部の師でありますので、お弟子様の試験会場は左手奥の場所になります。受験者はそちらのお嬢様でお間違いないですか?」

「ええ、そう―――」

 

 受付係の確認に、アザミが頷く。

 

 魔術師とは、資格職である。

 刺客を得るには、専門の教育機関で授業を受け、年に二度行われる試験に合格する。あるいは、資格を持つ実力者に弟子入りし、一定以上の技術と知識を得てから試験を受ける必要がある。

 

 シオンは後者であった。優れた魔術師であるアザミに弟子入りし、試験を受ける資格を得た。

 記述試験や実技試験、試験監督との面接を経て、技量面も人格面も認められることで、初めて魔術師としての第一歩を踏み出せるのだ。

 

 既に何人か、魔術士試験の受験希望者が集まっていて、新たにやってきたアザミ達を見てひそひそと何か小声で囁き合っている。それだけ、アザミという魔術師が名を知られているからだ。

 

 無駄に目立つ自身に鼻を鳴らしつつ、シオンに記帳を促そうと振り向く、が。

 そこに控えていたシオンが、ガクガクブルブルと尋常ではないほどの震え、真っ青な顔で虚空を凝視している姿に、アザミはつい半目になってしまった。

 

「あば、あばばばばばばば…!」

「……何をやってるのよあんたは」

 

 目の焦点も合っていない、緊張のあまり凄まじく情けない様を晒している弟子に、魔女は心底呆れた目を向けため息をこぼす。

 何かの病気を患っているようにしか見えない猫人の少女に、受付係は思わず困惑の眼差しを向ける。

 

「あの……お嬢様は大丈夫なんですか?」

「いつもの事よ……でかい口を叩いておきながら、いざ本番が近づくと緊張でまともじゃいられなくなる。そういう子なの」

「は、はぁ……」

 

 それで試験に挑む気なのか、と受付係の彼は訝しむが、魔女に対してそう尋ねるのも気が引けて、結局何も言わずに席に戻る。

 

 周囲にいる他の受験者達からも視線を集めながら、アザミが無理矢理シオンを前に出す。

 受付係に差し出された帳簿を預かり、シオンの手にペンと一緒に持たせ、自分で記名するように促した。

 

「ほら、さっさと書きなさい。私もこの後仕事があるんだから」

「わ、わわわわかってる……うん、よし」

 

 ぐいぐいと背中を押され、シオンは何度も深呼吸をし、手の震えを抑え込む。

 ややガタガタになってしまったが、どうにか自分の名前を帳簿に書き込み、受付係に返す。

 

「……はい、承りました。午前の部の試験開始はもうしばらく後ですので、お嬢様は左手奥の扉から入って、試験会場前でお待ちください。後に担当の者が呼び出しを行います」

「わ、わかっ……りました」

 

 普段の言葉遣いになりそうだったのを無理矢理直し、シオンはぐっと胸を張る。

 受付係に言われた通り、螺旋階段より左に見える扉に向かって歩き出そうとして、その前に再度師の方に振り向いた。

 

「……師匠はいつまで講義を?」

「昼までね。あんたの方が時間としては後だろうから、適当に時間を潰して待っているわ」

「ん、わかった」

 

 いつ待ち合わせるか、それを確認したシオンは、今度こそ試験会場に向かって歩き出す。

 小柄で華奢な背中が遠くなっていく様を見送り、アザミは静かに佇む。そこに、受付係の男が小声で語りかけてきた。

 

「あの……失礼ですが、彼女がレイヴェル様のお弟子様なんですよね」

「ええ、そうよ」

「それにしては何といいますか、幼過ぎるような……ああ、すみません」

 

 試験を前に怯えたり、敬語に慣れない様子を見せたりと、見た目よりも幼い印象を受けた彼。

 師としては面白くないことを言ってしまったかと慌てる受付係に、アザミは然して気にした様子もなく、むしろ同意した様子で何度も頷いた。

 

「まぁ、ね。もう少し一人で頑張ってほしかったんだけど、あの子の依存は思っていたよりも強くてね……」

 

 奥の扉の向こうに見えなくなってしまった弟子を想い、肩を竦めるアザミ。手のかかる弟子がちゃんとやれるのかと、送り出しても尚心配で仕方がないらしい。

 同意し慰めるべきか、どう対応すべきか悩む受付係だったが、アザミが不意に振り向いてきたことで、咄嗟にピンと背筋を伸ばす。

 

「私の講義は、何時からだったかしら?」

「は……10時からですね。第一講義室にて行います。こちらも担当の者がご案内いたしますので、それまでご自由にお過ごしください」

「そう…わかったわ」

 

 フッ、と息をつき、アザミは受付を離れると、壁に背中を預けて言われた通りに時間を待つ。

 

 すると、そこらにいた受験者や学院の職員達が、ちらちらと横目を向けてくる。

 魔術師として、知らない者がいない名声と実力を持つ魔女に、関わりを持つべきか邪魔をしないでおくべきか、彼らは自身の欲と外聞を天秤にかけていた。

 

「……まったく、鬱陶しいったらありゃしないわ。報酬は弾んでもらわないと、割に合わないわね」

 

 自分をここへ呼んだ人物の顔を思い浮かべ、深いため息をこぼしてから、アザミは目を閉じ沈黙した。

 

 

          ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 長い長い通路を、シオンは歩く。

 左右からは広大な庭園が――現在では魔術の練習に使う校庭として扱われている――覗ける、大きく開けた、天井も異様に高い通路を進む。

 

 どこを見ても圧倒される、贅の限りを尽くした建築に、シオンは始終目を奪われていた。

 試験前の緊張も、知らない間に薄れていた。

 

「成程……昔は王城だったっていうのは本当なのか。それにしても広いな…」

 

 かれこれ数十分は歩いているシオンは、思わずそうこぼす。

 広ければ広いほど研究や学びの役に立ちそうだとは思うが、その分移動が困難なのだなと、少しずれた感想をこぼす。この学院に通う生徒達は、この距離には慣れているのだろうか。

 

 あちこちに目を奪われながら、シオンはまた逸り始めた胸の鼓動をどうにか抑える。

 

「落ち着け、落ち着け私……練習通りにやればいい、学んだ通りにやればいい、お前は師匠の弟子だ、焦る事は何にもない」

 

 うん、と頷き、深呼吸を何度も繰り返し、煩く騒ぐ心臓を落ち着かせる。

 自分に何度も言い聞かせ、同時に試験に向けて自分の気分を高めていると、視界にとあるものが映る。

 

「……ここが、試験会場か」

 

 ほぼ真上まで見上げてようやく頂点が見えるほどに大きな、左右に宗教画を模したものらしき彫刻が施された扉。

 全開にされたその先の部屋には、既にシオンと同じ受験者達がちらほら集まっているのが見えた。

 

 シオンとあまり変わらない年頃の少年少女もいれば、ずっと年上の者もいる。参考書を片手にぶつぶつ呟いている者もいれば、御守りを手にぶるぶると震えている者もいる。

 皆、この日のために何年も勉強と修業を続けてきた同志で、同時に敵といえる者達だ。

 

「さて、行くか」

 

 シオンは小さく呟き、己を鼓舞し、力強い足取りで彼らの元へと進み出ていった。

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