努々夢見る事なかれ、なんて言っても見るときは見ます。
儘ならないし記憶にも残るかどうか。
でも夢は夢、見れば楽しいから。
願わくば、よい夢を。

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アオき夢見し

「――……!?」

 夢から覚めたその瞬間、自分が信じられなかった。思わず蹴り上げた掛け布団がベッドから床に落ちたのも、気にする余裕がない。何故、何が、どうして。

「なんで千夏先輩と、キスなんか……!?」

 夢の中で私は、千夏先輩の部屋にいた。何かを話していたようだけど、細かい事は思い出せない。夢なんて、いつもそうだ。なのにその後に起きたことだけが、鮮やかに焼き付いている。

 ふとした拍子に訪れた沈黙、それがなんだか気恥ずかしくて。笑ってごまかそうとした私の唇は、千夏先輩の唇で塞がれてしまった。困惑して、でも嬉しくて。まるで、恋人同士みたいに私たちは抱き締めあって。

 先輩の唇がどんなだったか、それは記憶にない。キスなんてしたこと無いし。でも抱き締められて抱き返したあの感触は、あの胸の高鳴りは、あまりにもリアル過ぎた。

 私が好きなのは、大喜だ。千夏先輩じゃない。その筈だけど。

 もしかしたら、もしかするのかもしれない。

 

「まあ、今は別に普通だろ。地上波でBLドラマが流れる時代だぞ」

 何を悩んでいるのか分からない、という顔をする匡。なんか腹立つ、メガネに指紋着けるぞこんにゃろう。

 そうじゃない、そうじゃないんだよ。別にジェンダーとかLGBTとかの話がしたいわけじゃない。

「よりによって、さ。なんであの人なんだろうなって」

 千夏先輩は尊敬できる立派な人だし、美人だし人気もある。ただ私にとって、ライバルでもあるのだ。大喜に好かれ、一緒に住んでいる強敵。あの人に勝たなければ、私は大喜を諦める事になる。だからあの人とキスするなんて、有り得ない。

「……上司や先輩にキスされる夢は、周囲から期待される暗示らしいぞ。そっちじゃないのか」

「それはそれで、あんまりいい気分じゃないかな」

 期待なんか背負い疲れている、それならまだ百合に目覚める方が良い。いや私ノンケですけど。

 そう言えば匡も匡で、大喜が好きっぽいんだよね。これも一応ライバルだと思うべきだろうか。

 まあ、良いけど。

 

 正直言うと、千夏先輩との距離を測りかねているのかもしれない。大喜を取り合う恋のライバルではあれど、仲良くもなりたい。嫌いになれないくらい好い人だけど、だからって譲る気はない。何度も繰り返す二律背反は、私の本心だから。友達として、そばにいて欲しいと思う。

 もし大喜がいなかったら、私たちはどうなっているんだろう。争う理由はないけれど、近付く理由も多分ない。学年も部活もなにもかも違う私たちは、お互い存在さえ知らないままだったかもしれない。

 大喜がいて、だから千夏先輩と逢えた。でも大喜がいるから、私たちは友達になれない。堂々巡りの矛盾は、何処までも終わらない。

 習慣になりつつある整体の合間、そんなことを倩と考えてみたり。 

 要するに私は、友達が欲しいんだろう。やましい気持ちはなく、ただ誰かと繋がりたい。その相手として千夏先輩が適当だった、という事か。

 まったく、私らしくもないな。

 クリニックを出て夕焼けの街を歩きながら、まだ消えない夢の残滓を心に想い描く。

 あの瞬間の私は、どんな顔をしていたんだろうか。千夏先輩の視点で見てみたいものだ。キスを求める顔なのか、それとも無邪気な顔だったりするんだろうか。

 いつか大喜と、若しくは他の誰かと、私はそういう事をするんだろう。キスとか、それ以上の事とか。興味はあるけれど、少しだけ怖い。その時になったら私は、一体何を思うんだろうか。

 なってみなければ分からないことなんだろうから、これ以上は悩まない。

 ――と。

「蝶野さん、今帰り?」

 なんというタイミングか、部活帰りらしい千夏先輩がそこにいた。お互いに帰りはこの商店街を通るし、同じクリニックにかかっているから偶然会うのは珍しくもないんだけど。今はちょっと、心臓に悪い。

 やはりこの人、綺麗だ。茜色の夕陽に照らされて尚、それに負けない輝きを放っている気がする。そしてその唇に、視線が惹き付けられてしまう。これはやっぱり、宜しくないな。

「ぇあ、はい。さっきメンテして貰ったんで」

 適当に応えて早く切り上げよう、そう思った矢先。

 千夏先輩は微笑んだままショートステップでこっちに近づいて、私を抱えるように抱き留めて。

 そのまま――キス、してきた。

 呆気に取られる所か完全に固まり、でもどこかで冷静に現状を分析している私がいる。ああ、そうか。()()()()()()()()()。でも一瞬のような永遠のような、そんなキスが終わって顔同士が離れると、急速に動揺が襲ってきた。

 いや。いやいや。いやいやいやいや。なんだこれ。

「今朝蝶野さんとキスする夢見てさ、ホントにしてみたらどんな気持ちかなーって思って」

 千夏先輩と夢がシンクロしたのは不可思議だけど、そこはまだ良い。なんで公衆の面前でこんなことを。

「キスって初めてだけど、結構良いもんだねー」

 またしようね、と笑って手を振り去っていく千夏先輩を、ただ呆然と見詰める。

 なんだあれは、私と同じ人間なのか。あれは女子高生の皮を被った化け物なんじゃないか。

 しかし、参った。キスって、あんなにもスゴいのか。

 気持ちが揺れていく奇妙な感触を味わいつつ、再び歩き出す。 

 今夜の私は、どんな夢をみるんだろうか。

 今度こそ大喜とキスするのか、それとも千夏先輩と更に先へ行ってしまうのか。

 どうしようかな、どっちにしても楽しそうでいけないな。

 まぁ、良いか。

 なんにせよ、後で考えれば良い。それが一番だから。


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