このたびも、原作者である社畜のきなこ餅さまの寛大なご厚意を持って、今作も発表させて頂きます。
新春スペシャルと銘打っていますが、だいぶ時期を外れてしまっていますけれど正月特番みたいなノリで楽しんで頂ければ嬉しいです。

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藤兵衛、箱根夢日記の巻

 儂が草鞋の紐を締め直している横で、新右衛門が編み笠の奥から周囲を見回している。

 

「なんぞ珍しいものでも見つけたのかえ?」

 

 尋ねると、慌てて背筋を伸ばす新右衛門。

 

「い、いえ。…大旦那様の御供で、かような見知らぬ土地まで連れてこられようとは…」

 

 儂の護衛を自他ともに認める新右衛門である。

 なるほど、土地勘のない地域では、護衛としての不安があるのかも知れぬ。

 だが、儂の見たところ、新右衛門の中の好奇心が隠しきれていない。

 写真などが未発明なこの時代。

 景勝地へ赴いたり、歴史的な建築物を目にするのが最大の贅沢であり娯楽じゃからのう。

 

 しかし、一口に旅行とはいっても、儂の転生前の現代日本のように交通網も発達しておらず、移動は基本的に徒歩。

 『一生に一度はお伊勢参り』ということで旅行も庶民のものとなり一大ブームとなっていた。

 なので街道の整備こそされていたが、辛いものは辛い。

 なんせ前世では新幹線で東京から一時間足らずの距離を、箱根越えで6日くらい歩くんだってばよ。

 さすがに1日の徒歩10時間移動はしんどいわー。

 それはこちらの世界では当たり前で、いい加減馴れたとは思ったけれど、ついつい現代日本と比較してしまうのは仕方のないことじゃて。

 

 とまあ、そんな感じでヒーヒーいいながら辿り着いたは掛川藩。

 思ったよりスムーズに取引を締結し、ついでに特産品『夜のウナギ焼き菓子』製造の段取りもつけた儂は、悠々と江戸へと引き返そうとしているところ。

 

 かの有名な駿府城を横目に掛川宿を進む。

 その昔、ここいらでは虎眼流とかいうマジ〇チの剣術集団が跋扈していたらしいが、今や長閑なもの。

 そやつらが関わったとされるかの有名な駿河御前試合は、それはそれは凄惨だったとか。

 

 その際の当主であらせられた駿河大納言徳川忠長卿は、驕児とか暴君とか暗君とか噂されたようだけど、詳細は儂も知らぬ。

 でも、忠長卿の忘れ形見は、江戸でぶいぶい言わせているんだよね…。

 

 

 そんな感慨を抱きつつ、箱根八里へと踏み込めば儂の足は軽い。

 こちらへ来るときは駆け足だったが、何も無為に幾つもの宿を通り過ぎてきたわけではなかった。

 

 懐から帳面を出す。

 そこには泊まった宿と娘御の名前が記載されておる。

 つまるところ、行きは下見で、帰り道ではじっくりと味わいながら江戸へと戻ろうという寸法なわけ。

 

 この時代では通用しないんだろうけど、ショートケーキの苺は一番最後に食べる主義なんじゃねよね、儂。

 しかしてこの帳面は、まさに儂の夢日記(ドリームノート)と言えるだろう。

 

「…なるほど、そのために大旦那様は拙速に取引を纏められたと」

 

 ジト目で新右衛門が見てきた。その背後にはおさよの幻影が浮かぶ。

 

 ―――でも、これは仕事だから! 商売の一環だから!

 

 よし、言い訳終了! 閉廷! 解散! 

 

 うしろめたさを振り切り、儂はさっそく一軒目の宿を指さす。

 

「ほれ、新右衛門! ちと早いが投宿して祝杯を挙げるぞ!」

 

 

 

 

 

 この時代の宿場町は、行き交う人々で大層賑わっている。

 そして、そんな客目当てで立ち並ぶ店の数も相当なものじゃ。

 一つの宿場町に複数の旅籠が当たり前で、その倍の数に相当する木賃宿もある。

 ちなみに飯がつくのが旅籠で、素泊まりが木賃。

 むろん、木賃宿でも不自由しないほど飯屋や居酒屋が軒を並べており、それなりの娯楽が提供されておる。

 

 そんなこんなで道々の宿場町で酒池肉林を堪能し、行きの倍も時間をかけて辿り着いたのは箱根宿。

 儂らが投宿したのは、宿場町の外れにある小さな旅籠。

 宿の名は『小栗屋(こくりや)』。こういう鄙びた外観の店の下働きの女衆は、得てして垢ぬけていないことが多い。場合によっては飯炊きの女子が客の夜の相手もすることもあるのだが、この店ではしていなかった。

 つまり容姿を売りにしていない、純粋な宿と言える。

 となれば逆に、現代日本価値観の儂にとってはドストライクな女子がいるわけで。

 

 

「あ~、おこんさんはいるかえ?」

 

 暖簾をくぐって儂が挨拶すると、襷掛けの袖を降ろしながら二十半ばと思しき女性が出てくる。

 

「あら! これは藤平屋の旦那様! 本当にまた来てくだすったんですか!」

 

「そりゃあもちろん。約束したじゃろ?」

 

 笑う儂に、おこんはにこやかな笑顔を返してくれた。

 ほっそりと尖り君の顎に、すっきりと通った鼻梁。

 切れながの細い目が、実にシャープな輪郭にフィットしている。

 

 儂の目から見るとすこぶる付きの美人なんじゃが、この時代では残念な容姿らしい。

 こんな別嬪が「狐顔」って揶揄される江戸時代って、これはもうわっかんねえなあ…。

 

「あ、棟平屋のおじちゃん!」

 

 遅れて、裏から子供も駆け寄ってきた。

 

「おお、権太。おまえも元気じゃったか?」

 

 儂は懐から独楽と菓子を入れた袋を取り出して渡してやる。

 

「あらあら、すみません」

 

 はしゃぐ権太の頭に手を置いて、未亡人のおこんは笑う。

 続いて奥から出てきた若い娘は()()()()()()

 この旅籠は、この美人三姉妹(儂目線)が経営している小さな旅籠なのである。

 

「ほら、おいねちゃん、おつねちゃん。お客人の足を洗うのを手伝って!」

 

 おこんの声に、二人の娘は「は~い!」とタライを持ってやってくる。

 草鞋と脚絆を脱ぐのを手伝って貰い、タライの水で足を洗った。

 仮初にも若い娘に足を洗われて、新右衛門も満更ではない様子。

 

「本日は、既にお客様が一組いらっしゃっているので、棟平屋さん方は離れにご案内しますがよろしいですか?」

 

 実に色っぽい流し目でおこんに言われ、儂は一二もなく頷く。

 後家さん特有の色気がたまらんし、来るときに泊まった際にはさんざん綺麗だと褒めておいたからのう。

 これは、今晩あたりは期待できるかも知れん。ぐふふ。

 

「それではお寛ぎのあと、温泉で汗を流してくださいませ。夕食は、腕によりをかけますから」

 

 艶やかに微笑むおこんに、背筋がゾクゾクする。

 案内された離れの部屋は、古びてはいたが立派な造作。

 なかなかに侘びた掛け軸を眺めるのもそこそこ、旅支度を解いた儂はさっそく新右衛門を温泉へと誘う。

 さすがの新右衛門も旅の疲れがあったようで、素直に替えの褌を抱えて儂の後についてきた。

 

 小栗屋の温泉は、建物の裏手にある露天風呂。

 宿の大きさに反して広く、ゆっくりと手足を伸ばして寛ぐことが出来るのが、儂がこの宿を選んだ理由の一つ。

 洗い場で新右衛門に背中を流して貰い、さっそく湯の中へと身を投じる。

 

「あ~…」

 

 思わず感嘆の声が出た。

 全身の筋肉がほぐれ、疲労が湯の中へと溶けていくよう。

 箱根の山は天下の嶮と歌われるのも遥か時代を下って明治の頃。

 それでも、この宿場までの道のりは決して楽なものではない。

 何でも日本で最高峰の位置にある宿場町だとか。幕府も維持には相当な苦労をしていると聞く。 

 

 しっかし湯治とは良くいったもので、こうやって日がな温泉へと浸かり続ければ、生半な病気も治ってしまいそうじゃ。

 

 額の上に手拭いを載せて、ゆっくりと肩まで浸れば、ふわっと冷たい風が顔を撫でて行くのも堪らない。

 本当にいつまでも入っていたくなるくらい、湯の塩梅が良かった。

 

 時に、湯面にお盆を浮かべて、そこからお銚子と御猪口で酒を飲んだりしているシーンを目にしたことがあるかも知れんけれど、あれはお勧めしない。

 温泉で血行が良くなっているから、酔いが回るのが早いんだよね。

 飲酒したあとの入浴は駄目、絶対。

 

 閑話休題。

 

 そんな風に新右衛門と肩を並べて温泉を堪能している時だった。

 ゆらりと白い湯気が揺れ、人影が動く。

 先客かのう?

 動きに応じて湯面がさざめけば、湯気の奥から声を掛けられた。

 

「おや? そこにいるのは棟平屋さんではありませんか?」

 

 湯気の向うから現れた人物に、儂は反射的に呟いていた。

 

「あ、服部さん」

 

 服部!? と隣の新右衛門が身動ぎするが、儂が口にしたのは伊賀の頭領の方ではない。

 リーガルでハイな弁護士へと仕えていた方じゃ。

 

 それくらい恰幅がよくダンディな口髭を蓄えた人物は―――野生の三郷亮太朗だった。

 

 

 

 

 湯気の向うで好々爺といった笑顔を浮かべる彼に、新右衛門が警戒を解いて安堵した声を上げる。

 

「なんと。越後のちりめん問屋のご隠居様ではありませんか。奇遇ですな」

 

 されどこの副将軍、シティーボーイでも、泣き虫もでない。

 う、頭が…。

 

 一瞬認識が混乱したが、儂は目前の現実を受け入れる。

 

「これはこれはご無沙汰しております、光右衛門殿」

 

「いえ、こちらこそ。お元気でしたか、藤兵衛殿」

 

 儂に挨拶を返してくれるは、言わずもがな水戸光圀こと水戸黄門である。

 

 …会うたびに顔つきや身体付きが変わって見えるのは気のせいじゃ。

 「あなた、以前は助さんじゃなかったですかねえ?」と思わず言ってしまいそうになってしまったのも、きっと気の迷いだろう。

 

「光右衛門殿もこの宿に?」

 

「ええ。なかなかに良いお宿ですな」

 

 のんびりと答える黄門さまの奥には、よくよく見れば当代の助さん格さんの姿も見受けられた。

 しかし、儂はもうその声を聞いていない。

 熱いお湯に入っているにも関わず、背筋どころか全身が冷たくなっている。

 

「…どうされました、大旦那様?」

 

 あげく新右衛門に心配される体たらく。

 

「は、ははは、少々湯あたりしてしまったかものう」

 

 この機会とばかりに、軽い挨拶を残して儂は温泉から上がる。

 あとは身体も拭くのもそこそこに、離れの部屋まで一直線。

 訝し気に見てくる新右衛門の目には、儂の顔は完全に青ざめていたことだろう。

 

 

 …やべえ、やべえよ。

 これって、儂が宿の女将に手を出そうとしたところを取り押さえられて、「この紋所が目に入らぬか!!」ってされる流れじゃろ、絶対!?

 

 

 

 

  

 

 

 

 トントンと障子の桟が叩かれる。しばらくしてからトントントンと三度。

 

「…合言葉は?」

 

 儂の質問に、

 

「『由美かおるはサイボーグ』」

 

「よし、入れ」

 

 障子を開けると滑り込むように座敷へと入ってきたのは、厠帰りの新右衛門。

 されど、なんとも不可思議な表情を浮かべて儂に尋ねてくる。

 

「由美かおるというのは人名だとはわかりますが、さいぼーぐとは何のことです?」

 

「深い意味なぞない。合言葉はそれくらいでちょうど良いんじゃ」

 

 廊下に顔だけを出し、すばやく左右を見回してから儂は障子を閉じる。すかさずつっかえ棒を置いてようやく一息。

 黄門様ご一行と別れた儂は、その足で離れへと戻る。

『頭が高い、控えおろう!』の一撃を避けるために、ひたすら思案した。

 結論。ここは徹底的に関わらないのが吉じゃ。雉も鳴かずば撃たれまいというじゃろ?

 なので、先ほど黄門様自ら夕食で一献という誘いも仮病で断り、儂は離れの座敷へと絶賛籠城中。

 

 何やら新右衛門が困惑したような視線を向けてくるも、黄門様ご一行の戦闘力を知っている儂としては努々油断など出来ようはずもない。

 こうやっている間にも、わずかな障子の隙間から風車が飛びこんできたり、挙句、床や壁とかぶち抜いてゴリマッチョな忍者が出てくんだからな!?

 それに加えて助格コンビも相当な手練れ。

 いかな新右衛門もさすがに手に余る連中じゃ。

 

「とまれ、儂はとことん無害な湯治客と化す。しばらくは体調不良で部屋で療養している設定でいくぞ」

 

「はあ…」

 

 儂の奇矯を知る新右衛門も、設定? と露骨に首を捻っている様子。

 だがしかし、間もなく居住まいを糺すと、ピンと背筋を伸ばして言ってくれる。

 

「大旦那様におきましては、心安らかにお過ごしあれ」

 

「うむ。頼むぞ」

 

 警戒モードの新右衛門に、儂は早々に出した布団を引っ被る。

 どうかさっさと黄門様一行と別れられますように!

 

 部屋に運んでもらった夕飯の味もろくろく分からず、こんな早くから眠れるかいと思って布団にくるまっていたが、やはり儂は疲れていたらしい。一応、露天風呂に入って身体をほぐしたこともあったのだろう。

 

 夢も見ないでぐっすりと眠り、目を開ければ既に夜は明けていた。

 障子を開ければ、朝の空気に温泉の匂いが混じる。

 座敷に新右衛門の姿はなかった。

 人の気配におそるおそる母屋へと足を運べば、既におこんたちが忙しく立ち働いている。

 

「あら、棟平屋の旦那さま。おはようございます」

 

「う、うむ。おはよう。ところで、儂らの他に泊まっていたもう一組の連中は…?」

 

「ああ、先ほど出立なされましたよ」

 

 何気なく尋ねはしたが、思いもよらぬ朗報じゃ。

 ひゃっほい! と小躍りしたい気分を押さえ、ルンルンで離れに戻れば、色を無くした新右衛門が儂を見つけて胸を撫でおろしている。

 

「すみませぬ、小用で席を外してしまいました…」

 

「なあに、構わぬ構わぬ」

 

 申しわけなさそうな新右衛門の背中をバンバンと叩き、儂は上機嫌に言った。

 

「どおれ、さっそく朝風呂としゃれこむぞ!」

 

 

 

 

 

 

 心行くまで朝風呂を堪能し離れに戻ってくれば、何やら母屋が騒がしい。

 

「なんじゃろ?」

 

 黄門さまのプレッシャーから解放された儂は、新右衛門を伴い母屋の方へ。

 こそっと廊下の影から土間の方を伺うと、あからさまにチンピラと思われる風体の輩が数人。

 迫られたおこんら三姉妹が、上がり框の当たりで肩を震わせている。

 

「だからよ! こちとらがここまで譲歩してやってるんだぜぇ!?」

 

「で、ですから! 何度言われましても…!」

 

「こんな萎びた店はとっとと畳んじまってよ。せっかく大黒屋さんが買い上げてくださるってんだ!」

 

 チンピラの一人が柱を蹴飛ばす。

 ひっ! と短い悲鳴を上げるおこんら三姉妹。

 

 うん、絵に描いたような地上げ屋さんじゃないですかやだー。

 これこそまさに黄門様案件じゃ…って、あれ? 

 ひょっとして儂が黄門様と昨晩酒盛りしなかったから、早朝に出立しちゃったみたいで…あれ?

 

 むう。どうやら儂がある意味フラグを圧し折ってしまった予感。

 

「おい、いい加減、こっちが下出に出ているうちに、権利書の一切を持ってきな!」

 

「ご、ごめん被ります!」

 

 おこんが甲高い声を上げる。

 

「そう意地を張りなさんな。店を畳んで、余所の土地でゆっくり暮らせばいいじゃねえか」

 

「そんなご無体なことを言わないで下さい」

 

「まだ小さなガキもいるようだし、どう考えてもそっちの方が利口ってもんだろ?」

 

 そう凄まれ、おこんはギュッと権太の小さな身体を抱きしめている。

 ここまでくれば、さすがの儂も見過ごせん。思わず廊下から身を乗り出していた。

 

「おこんさん、お客さんかな?」

 

「棟平屋の旦那様…!」

 

 おこんらが揃ってこちらを見てきた。怯え切った顔つきに心が痛む。

 

「なんだぁ!? 爺は引っ込んでろ!」

 

「引っ込むも何も儂はこの店の客。泊り先で尋常じゃない声がすれば、気になって顔を出してしまうは道理でして」

 

「てめえにゃ関係の話よ。こちとらきちんと証文を持ってきているんだぜ?」

 

 リーダー格らしきチンピラは、紙キレをひらひらと振るって、

 

「こんな辺鄙な場所にあるボロ宿一つで、80両もの借金を棒引きして片を付けてやろうってんだ!

 ありがたがりさえすれ、邪険に扱われる謂れはねえってことよ!」

 

「そ、そんな! 借りたお金は40両だったはず…!」

 

 たまらず叫ぶおこんに、儂も話が見えてくる。

 借金に暴利を重ねて、相手から根こそぎ奪う算段か。

 高笑いするリーダーに、土間のカゴなどを蹴飛ばして威嚇してくるチンピラども。

 黄門様ご一行がいれば、あっさりと助さん格さんに追い払われていたに違いない。

 

 無論、儂にも新右衛門がいる。

 だが、ここは儂なりの手法で、黄門様不在のフラグをおっ立てた責任を取ることにするか。

 

「左様ですか。でしたらちょうど良うございました」

 

「…は? 何がちょうどいいってんだ、爺ィ!」

 

 凄んで来るチンピラと、正面から涼しい顔で見返す。

 こう見えて、数々の悪人スレイヤーの正義の刃を逃れて来た身じゃぞ?

 場末のチンピラ如きでビビッておれんわ!

 

 そこに折よく新右衛門が戻ってくる。

 こんな状況を想定して離れに走らせておった新右衛門の手に持っているのは、儂の胴巻き。

 

「いやさ、この宿は大層居心地の良い宿でしてな。気に入ったので、儂が買い上げようかと思っていたところですよ」

 

「酔っ払っているのか!? そんな都合の良いふざけた話なんぞ…!」

 

 激昂するチンピラたちの前に、儂は胴巻きから出した金子をずいと置く。

 綺麗に重ねられた小判は全部で20枚。

 

「取り合えず、手付けとして20両。お納めください。生憎、手持ちはそれしかございませんが、残りはおっつけ支払わせて頂きますとも」

 

「な、な、な…!」

 

 絶句するリーダー格に、手下のチンピラの一人が小判を数えて、

 

「頭! これは本物ですぜ!」

 

「…………」

 

 リーダー格が、ジロリと儂を見る。

 儂も精々力を込めて見返してやる。

 

「酔狂な野郎だな。てめえ名は?」

 

「江戸で商いをしております、棟平屋の主、藤兵衛でございます」

 

「棟平屋か。そのつらァ覚えたぜ!」

 

 言い捨てて、頭と呼ばれた男は踵を返す。

 暖簾をくぐる彼奴に続き、残りのチンピラたちも足早に小栗屋を出ていく。

 

「旦那様…」

 

 青ざめた顔のままで儂を見てくるおこん。

 広げられた金子を集めて仕舞いながら、儂はゆっくりと笑顔を浮かべて見せる。

 

「おこんさん、詳しい話を聞かせて貰えますかの?」

 

 本来なら、これは黄門様の役割のはず。

 じゃが、これも成り行きじゃ。仕方あるまいて。

 

 

 

 

 

 

 おこんの話してくれた内容は、良くある話だった。

 宿の修繕に金を借りたのは、近くで複数の旅籠を営む大黒屋。

 同じ宿場町の同業者じゃないですか、と揉み手をする大黒屋から借りた金は40両。

 ある時払いの催促なし、との話だったが美味い話には裏がある。

 いつの間にやら法外な利子を記した証文と一緒に、チンピラを使っての督促からの嫌がらせ。

 挙句、宿と土地の一切合切と相殺するように迫ってきているという。

 

「なるほどのう…」

 

 母屋の奥の座敷にて。

 聞き終えて、儂は唸る。

 話に聞くに、大黒屋は絵に描いたような悪徳高利貸じゃ。

 じゃが、先ほどのチンピラたちは儂の差し出した手付金を受け取らなかった。

 すると、純粋に金目当てではない?

 

 おこんら三姉妹の身柄が欲しくて無茶な要求をしている、という推測も成り立つ。

 もっとも、この世界での美人基準としては、三人ともかなり残念な容姿のはず。

 儂みたいな特殊な審美眼の持主でもなければそこまではしないだろう。

 

「時におこんさん。この宿に骨董品や貴重な所蔵品なんぞありますかいの?」

 

「いえ、特にこれといったものは…」

 

「ふむ」

 

 となれば、純粋に土地狙いか? じゃが、そうなるとなんぞ理由が。

 

「差し出がましいかと思いますが、代官所に訴えてみてはいかがでしょう?」

 

 新右衛門の提案。

 しかし、おこんは悲し気に首を振る。

 

「当代の三原町の御代官さまは、大黒屋と昵懇の間柄らしく…」

 

 なんと! こちらも絵に描いたような悪代官ときたか。

 むうう。さすがにこれは儂の手に余る。

 やはり、ここは黄門様にご出馬を願いますか!

 

 心の中で、熱すぎる掌返しじゃと思う。

 されどこれくらい心のフットワークが軽くなければ、生き馬の目を抜く江戸では生きていけんのじゃよ!

 

 我ながら誰に言い訳しているのかという疑問もそこそこ、儂は新右衛門に頼み事をする。

 

「新右衛門、おぬし、今からひとっ走り、光右衛門様ご一行のあとを追いかけてくれんか?」

 

「は? 光右衛門殿がいかが致したのですか?」

 

 かの人が先の副将軍とは知らぬ新右衛門としては当然の反応。

 

「なに、この宿のことで藤兵衛が相談がある、と伝えて貰えれば、全て了解して下さるはずじゃ」

 

 未だ釈然としない風の新右衛門だったが、儂の頼みを早々無碍にする男ではない。

 

「承りました。しかし、ご一行はどちらに…」

 

「ふむ。儂らが来る道中では行き会わなかったのだから、おそらく街道を下っていかれたのだろう」

 

「されば、さっそく」

 

「頼む」

 

 ということで、新右衛門はそそくさと旅支度を整えて小栗屋を発った。

 きゃつの足なら、一両日中に黄門様ご一行と戻ってくるだろう。

 残されたのは儂とおこんたちということで、若干の不安もあったが、まあ、今日の今日にいきなり大黒屋が怒鳴り込んでくることもあるまいて―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――なんて思っていた時期が、儂にもありました。

 

 新右衛門を見送って、間もなく夕暮れ。

 …あれ? ひょっとして、今晩は宿に儂とおこんたちだけ?

 予想外の棚ぼた的展開に、儂の心臓もドキドキ。

 その時、おいねとおつねが心配そうな顔で店の周りを走り回っている姿が。

 どうしたのか訊ねたところ、権太の姿が見えないとのこと。 

 どこぞに遊びに行ったのでは? と鷹揚に構えていた儂も、日がとっぷりと暮れても戻ってこないことにさすがに不安になる。

 すると、宿の外から土間へと投げ文。

 慌てておこんが開いてみたら、なんと権太を誘拐したとの内容。

 無事に帰して欲しければ、女将一人で権利書の一切を持って、山道外れの神社まですぐに持ってこい。

 顔を青ざめさせるおこんに、儂も一緒に行こうと提案。

 権利書を渡しても、あとで黄門様の弥七かお銀か飛び猿に奪還して貰えば済む。

 身元も確かな第三者の儂の付き添いであれば、相手もそうそう無茶をすまいて。

 

 まずは権太の身柄の安全第一。

 そんな感じでノコノコと神社に行った儂とおこんじゃったが、いきなり現れた例のチンピラたちに麻袋を被せられた。

 そのまま縛り上げられ、二人してどこぞに運ばれる。

 放り出されたのは良くある屋敷の中庭の玉砂利の上。

 麻袋から出された儂とおこんの前で、座敷で酒を酌み交わすは、例の悪代官と大黒屋か?

 

「かあちゃん!」

 

「権太!」

 

 チンピラの一人に捕まっていた権太が解放。そのまま走ってきておこんへと縋りつく。

 

「へへ、今生の別れだ。ゆっくりと親子の絆ってのを味わいな」

 

 不穏なことを抜かすチンピラのリーダーはともかく。

 座敷の代官らしき男が、朱塗りの杯を置いて儂を睨みつける。

 

「棟平屋の藤兵衛といったか? なにゆえ小栗屋に目を付けた?」

  

「いい(しつ)えの露天風呂だと思ったからですよ」

 

 ここで逆らっても益はない。素直に答える儂。

 

「それに、女将も娘も美人ですしの」

 

 はあ? と一斉に首を傾げるチンピラども。

 なるほどイカモノ喰いか、などと気味悪そうにいう連中もいるが無視じゃ無視!

 

「旦那…」

 

 青ざめた顔をうっすらと赤くしておこん。

 大丈夫じゃよ、と安心させるように笑いかけ、儂は御代官を睨み返す。

 

「では、そちらは何故小栗屋に執着しておられるのですかな?」

 

「差し出がましいことを口にするなッ!」

 

 激昂したのは大黒屋。

 

「まあ良い。冥土の土産に教えてやろう―――」

 

 そういって御代官が口にしたのは、かつて名うての盗賊がとある古民家の床下に大金を隠したとの話。

 そしてその古民家を改修し、旅籠にしたのが今の小栗屋であるという。

 

「わ、わたしたちの宿にそんなものが…」

 

 震え声を出すおこんに、

 

「だからとっと大黒屋さんの出した条件で店を明け渡しておきゃ良かったんだよ」

 

 チンピラのリーダーがせせら笑う。

 

「さよう。欲をかくから、身代どころか命まで失うことになる」

 

 ニヤリと笑い合う悪徳代官と大黒屋。

 もはや言葉もなく権太を抱きしめたまま震えるおこんを横に、儂的には安心フラグがビンビンに立っていた。

 

 だって、悪党どもが聞かれてもないのに自分たちの悪行をベラベラ説明しだすのは、クライマックス直前のあるあるじゃん?

 

「ここまで聞かれては生かしておく道理もないわ。

 どおれ、まずは子供の方からか? それとも母親の方から先に三途の川を渡ってもらおうか!」

 

 御代官と大黒屋が揃ってゲスい笑顔を見せる。

 同じような表情で凄むリーダーに、ひっ! と短く悲鳴を上げてますます身を寄せ合うおこん親子を庇うように、儂は一歩前に踏み出る。

 

「か弱い女子供を手にかけるなら、まずは儂から斬りなさいッ!」

 

 多少ビビッてないと言えばウソになるが、これは儂の本心じゃ。

 

「ほほう。見ず知らずの親子のために、てめえの命を張るってか? くう、泣かせるねぇ!」

 

 わざとらしく浪花節のような物言いをするリーダーじゃが、その粋がりはいつまで続くかな?

 間もなく黄門様ご一行が雪崩こんできて、おまえたちは残らず成敗されるんじゃなからな!

 そん時に後悔してもおそいんだから! ふふん!

 

 わざとらしく鼻を鳴らす儂に、リーダーが近づいてくる。

 懐から匕首を取り出すと、鞘から抜いた。

 白刃を振りかぶる様子を、儂は別の期待を持って睨みつける。

 

 ほれ! 今すぐ、風車か猿の根付が飛んでくるんじゃからな!?

 

 ガツン!

 

 ―――あれ?

 

 大して痛みがなかったが、目の前が真っ赤になる。

 熱を持った額からドクドクと溢れだした血が、着物の胸元まで染めていく。

 

 …匕首の柄で殴られた?

 

 そう理解してボーゼンとする儂の目の前で、チンピラリーダーは匕首の刃を舐めながら笑う。

 

「だからって楽に死ねると思うなよ? 次は耳か? それとも鼻を削いでやろうか…!?」

 

 ちょっとまって! なにそのルール無用の残虐ファイト!?

 こんなの、儂が知っている明るいナショナル劇場と違う!!

 

 完全に泡を喰って腰を抜かす儂。

 その時、中庭に響き渡った声は、まさに天の助けじゃ。

 

「そこまでです!」

 

 振り返れば、助さん格さんに先導されて、威風堂々と立つ黄門様のお姿が。

 

 た、助かった…!!

 

 心底ほっとする儂。

 そんな儂を見て、黄門様の顔が真っ赤に染まる。

 あ、今の儂、血まみれだから? でも大丈夫、見た目より酷くはないですじゃ…!

 

 そんな風に伝えようとした儂の声は、黄門様の怒りの声にかき消された。

 

 

「助さん、格さん! 黙ってみてなさい!」

 

 

 !?

 

 

「はッ」

 

 

 いや、おまえらも、はッ、じゃねーよ!!! 止めろよ!

 

 目を見張る儂の前に躍り出た黄門様の腰には、いつの間にか大小が差し込まれていた。

 スラリと太刀を引き抜くと、襲ってきたチンピラを一刀のもとに豪快に斬り上げる黄門様。 

 

 

「…関り無きものは去れ! さもなくば、斬る!」

 

 

 ゆーてあんた、もういきなり先制攻撃かましとるわ!

 

 儂のツッコミも追いつかない速度で、脇差も引き抜かれていた。

 かくして二刀流となった黄門様から迸る、堂々たる里見ボイス。

 

 

「俺の名前は印籠替わりだ。迷わず地獄へ落ちるがよい!」

 

 

 えぇ…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大旦那様! 大旦那様!」

 

 ぐらんぐらんと肩を揺さぶられて目が覚めた。

 

「…新右衛門か!? 長七郎殿はどうした?!」

 

 思わず叫ぶ儂に、長七郎? と首を捻る新右衛門。

 

「そ、それと、おこんと権太はどこに…? 小栗屋はどうなったのじゃ!?」

 

 慌てて周囲を見回す儂に、新右衛門は困ったような表情で言う。

 

「やはり大旦那様はまだ酔っていらっしゃるのですか?」

 

 

 

 新右衛門が語るところによれば、儂は宿場町の飯屋で、いくらか酒を過ごしすぎてしまったらしい。

 泥酔した儂を背負って店をあとにした新右衛門。

 だが、途中で儂が小便したいと目を覚ます。

 さすがに一人で静かにさせろ! と喚いた儂は、近くの茂みの中へ。

 ところが、待っていても戻ってこない儂を心配した新右衛門が駆けつけてみれば、この広場みたいな場所で昏倒していたという。

 

「…夢を見たんじゃ」

 

 儂は素直に新右衛門を見る。

 

「夢にしては、妙に生々しいというかのう…。まるで、そう、狐に摘ままれたようじゃ…」

 

 しみじみと語って聞かせると、あれ? 新右衛門。おまえ少し顔色悪くない? どうした?

 

「…大旦那様。それはあながち間違いではないやも知れませんぞ」

 

 新右衛門の指さす先。

 そこには、壊れかけた稲荷像。

 そして、その足元のあたりが微かに濡れているように見える。

 

 …ひょっとして、儂、やっちゃった?

 

 

「ひぃいい! 申し訳ありませぬ。申し訳ありませぬ…!!」

 

 稲荷像に向かって平身低頭。

 この時代の神仏に粗相をすると、ガチで罰が当たるわ!

 

 お供え替わりに手持ちのお菓子や独楽といったおもちゃを供えて…あれ? 儂が掛川で買った独楽がもう供えてある?

 まさか酔っ払ってお供えしてから小便ひっかけたの儂?

 

 なんだかずーんと肩が重くなった気がする。

 酔いも全てふっとんで、鬱々とした気持ちで宿泊先を探せば、今日はなぜかどこも満室だと。

 さっそく罰が当たったか、と更に気を落ち込ませていたら、相部屋でよろしければ、という店が一軒。

 

 もう夜も遅いし、止むを得ん。

 そう思って投宿した相部屋には男が一人。

 

「ごめんくださいよ」

 

「いえ、大丈夫ですよ。こちらもいささか気ままな一人旅に飽いて、話し相手が欲しかったとこでさあ」

 

 なかなか気の良い男のようじゃ。

 礼替わりに酒を奢りつつ、先ほどの罰当たり行為を忘れようと飲み直して、行灯の明かりで良く良くみたこの男は―――野生の森屋風夫だった。

 

「…どうしやした、旦那?」

 

 訝し気な目で見てくるモルダー、もとい風間氏に、儂の心中も察して欲しい。

 よもや「あんた、榊原主計頭に助命された元義賊じゃないでしょうねえ?」なんて訊けるわけもない。

 もしくは、神田明神の近くに住むコイン投げがめっちゃ上手い親分さん?

 

「どうしました、大旦那様?」

 

 新右衛門も訊いてくるが、儂は曖昧に微笑むだけじゃ。

 いくらなんでも、罰が当たるにせよ、こんなの勘弁して欲しい。

 

 そんな儂の心の叫びと裏腹に、森屋氏と新右衛門は意気投合。

 挙句、

 

「そうですか、旦那さま方も江戸にお戻りになるんですか! なら、帰りの道中、おいらもご一緒と願えませんか?

 なぁに、袖振り合うも多少の縁というでしょう!」

 

 もはや断る気力も湧いて来ぬ。

 加えて、こんな正体不明の人物を引き連れたまま、宿場町湯けむり美女探訪なんぞ出来るほど、儂も度胸は良くない。

 全くの無念を抱えて、儂はほとんど一気に箱根街道を突っ切り、江戸へと帰ったのだった。

 

 

 

 

 江戸に帰り着いて早々、屋敷の一画に小さな稲荷を設けて、せっせと詣でるようにした。

 すると、肩の重さはスッと消え、ついで「夜のうなぎ焼き菓子」もそこそこのヒット商品となった。

 おまけでちょっぴり儂のモノも回春したような気がする。

 

 

 

 

 

 なお、この森屋風夫は、暴れ九庵だった模様。

 


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