大江戸騒動記~棟平屋の軌跡~の三次創作になります。
原作者である社畜のきなこ餅様のご厚意により、公開させて頂きます。
今回は歴史上の人物が出てきており、多分に独自解釈がなされております。また、時系列的に明らかに矛盾しているところが多々ありますが、そこはやはり『時代劇』ということでどうか、どうか…。

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藤兵衛、馴染みの絵師に謎の武士と酒盛りをするの巻

 

 

 

 

 

 

「どうか一族郎党ともども、今後とも息災でありますように」

 

 二拝二拍手をしたあとにそう強く強く祈り、最後に深々と一拝。

 

「どうれ、これでようやくお参りは済んだの。のう、新右衛門?」

 

 儂こと棟平藤兵衛の声に、斜め後方に控えた新右衛門が頷く。

 振り返った王子稲荷神社はすごい人混み。それもそのはず、今日は初午祭りである。

 

 転生してきて分かったことじゃが、江戸っ子のお祭り好きは尋常ではない。それこそ毎月毎週、どこぞで必ず縁日が立ち上がり、お祭りが行われている感じ。

 境内からずらっと物売りの屋台や茶店が並んでいる。

 芸を披露したりする者、辻商いみたいな連中もたくさんいて、多くの人が足を止めて見入っていた。

 

「さあ、皆さん、御立合い御立合い。こちらのタコの吸い出しは、そんじゃそこらのものとはちょいと違って…」

 

 人の輪の奥から、辻商いのセールストークが聞こえる。

 

「タコといえば、そうそう、そういえば、あやつの所に向かう途中じゃったわ」

 

 儂がポンと手を叩いて当初の目的を思い出していると、すぐ横で新右衛門が言ってくる。

 

「そもそも大旦那様が急に稲荷を参詣しようと寄り道をされたわけで」

 

「すまんすまん。じゃが人生にはもそっと余裕が必要じゃよ?」

 

 渋い顔つきになっている新右衛門の気持ちは分からんでもない。

 儂の護衛を務める以上、あまり人混みの中にいるのは避けたいのじゃろう。懐中のものにも気をつけんといけんしな。

 

 それでも儂は屋台をつぶさに眺めて行く。

 食い物系が多いが、縁起物や植物、手製の工芸品を売っている店も多い。

 売れなきゃ飯が食えないわけだから、それぞれが工夫を凝らしている。

 儂をしてあっと驚くものを見かけることもあるし、新たな商売のタネは意外とこんなところに転がっているもんじゃ。

 

 しかし残念。特に真新しいものはなく、儂が最後に足を止めたのは境内の隅にほど近い、何とも愛らしい姉と弟の小さな小さな出店。

 初午祭りということで、木彫りの馬がいくつか売り台に並べられておる。不揃いだがどれも丁寧に彫られていて、つぶらな瞳がなんとも愛らしい。

 ふむ。これは藤太郎への土産にちょうど良いかも知れんな。

 

「どれ。これを一つおくれ」

 

「ありがとうございます!」

 

 顔を輝かせる姉らしき少女は、かなりの美少女じゃった。

 もっともこれは儂基準じゃから、現在の江戸基準では残念な容姿ということになる。

 まあ、もそっと大きくなってからが楽しみじゃて。

 

 代金を払い、木彫りの馬を受け取って袂に仕舞い込み、少し離れた茶屋で新右衛門と一休み。

 腰を落ち着けて茶と名物の団子を味わっていると、例の姉弟の店が良く見える。

 どうやら儂が買ったのを皮切りに、ちらほらと売れている様子。

 

 うんうん、良かったのう、などと思っていたら、急に怒声が轟いた。

 

「おまえら! 誰に断ってここに店を出してやがるんだッ!?」

 

 見れば、揃いの羽織りを着たチンピラどもがワラワラと。

 

「わ、わたしたちはきちんとこの神社の宮司さんから許可を貰って…!!」

 

「ああ? ここいらは鳴神一家の仕切りって決まってンだよ!」

 

 鳴神一家。つまりは香具師の元締めか。

 縁日とか祭りの屋台ってのはそもそも地元ヤクザのシノギじゃからね。

 

「挨拶もなしに勝手に店を立てるなんざふてえ話だ。とっととショバ代を払いやがれ。な?」

 

 厳つい男どもの恫喝に、姉弟は震えあがっている。行き交う人も遠巻きにするだけで止めようとはしない。

 そして儂も、こと商売に関しては口を出せん。

 明らかにあの姉弟がルール違反をしているならば、理はチンピラどもにある。

 されど。

 

「そ、そんなお金なんて…!!」

 

 姉が震える声で答える。

 

「おらあッ!」

 

 チンピラの一人が売り台をひっくり返し。

 

「へッ! だったらてめえの身でも売っぱらって払ってもらおうか! ひでえ不細工だが、飯炊きくらいには使ってもらえるだろ!」

 

 リーダー格らしい男が、姉の顔を無造作に掴んで悲鳴を上げさせている。

 

「―――新右衛門」

 

「はッ」

 

 すくっと新右衛門は立ち上がる。

 コキコキッっと首を鳴らしながらリーダー格に近づくと、

 

「なんだてめえは!? …ってあだだだだだッ!?」

 

 目にも止まらぬ動きで男の手首を捻り上げている。

 自由になった姉が弟を抱えて後ろに下がると、そこからは新右衛門無双じゃ。

 襲い掛かってくるチンピラどもの攻撃を躱し、まさにちぎっては投げちぎっては投げ。

 まだ全然本気じゃないのは分かるんだけど、アイツ、CQCにさらに磨きがかかってね?

 

 されど、チンピラ二人の腕を同時に捻り上げた時じゃった。

 背後から、別のチンピラたちが三人まとめて新右衛門に躍りかかる。

 

「危ない!」

 

 と、さすがに儂も肝が冷えた瞬間。

 体格の良い男が割って入り、その三人のチンピラを投げ飛ばす。その手際の鮮やかなことよ。

 

「たった一人に寄ってたかってとは、おまえらそれでも本当に男か!?」

 

 実に渋い声の大喝に、チンピラどもは明らかにひるむ。

 

「…くッ! てめえら覚えてやがれ!」

 

 一番最初に新右衛門にワンパンを貰ったリーダー格が捨て台詞を残して逃亡。

 残ったチンピラたちも覚束ない足取りで逃げ出せば、遠巻きにしていた参拝客から新右衛門と体格の良い男に拍手と歓声が上がった。

 

 その声を背に、儂は姉と弟たちに近づいて話しかける。

 

「やれやれ、これで分かっただろう。地回りのヤクザどもに、筋も通さず楯突いちゃいけないよ?」

 

「…は、はい」

 

 涙目で抱き合う二人に、儂は笑いかける。

 

「どちらにしろ、もうここいらで商売はせんほうがいいじゃろうて。どれ」

 

 散らばった馬細工を拾い上げて、それから儂は近場の棟平屋系列の店の場所を教える。

 

「これを持ってその店へとお行き。儂の指示だと言えば、番頭が全部買い上げてくれるじゃろ」

 

 姉が茫然と見上げてきた。

 

「…旦那さまは、なんでわたしたちにこんな…」

 

「なあに、儂は子供を苛める大人が大嫌いなだけじゃよ」

 

 この姉弟たちのことはこれで良し。

 

 振り返れば、新右衛門がやや憮然とした顔で佇んでいる。

 その隣には助けに入ってくれた例の男。身形からしてお武家さまらしいのだが。

 

「義を見てせざるは勇無きなりと思ったが、少々差し出がましかったかな?」

 

 朗らかに笑う偉丈夫に、いえいえこちらこそ助かりました、と儂は頭を下げようとして凍り付く。

 

 

 

 

 この偉丈夫―――野生の谷橋秀樹だった。

 

 

 

 

 

 ゴクリ、と鳴ったのは、儂が唾を飲み込んだ音。

 

 やべえやべえよ…。

 ぶっちゃけ桃太郎か金四郎か平四郎か清三郎か。

 それが問題じゃ。

 それによっては悪人スレイヤーからジェノサイダーまで範囲が広すぎる。

 

 戦慄する儂の内心を知ってか知らずか。

 

「では、拙者はこれで」

 

 身を翻そうとする偉丈夫を、儂は咄嗟に呼び止めていた。

 

「御礼というわけではありませんが、そこいらで一献差し上げたいのですがいかがでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、正体不明のお武家様と並んで神社の境内を出る。

 背後に付き従う新右衛門があからさまに不満な顔つきをしていたが、儂にも言い分があるんじゃよ!

 

 ここで迂闊に別れて、あとになってからお白洲とかに引き出されてさ、『あ、あんたはあの時の…!?』なんて再会と展開は絶対にノゥッ! 

 まあ儂は儂でそんな後ろ暗いことはしてないつもりだけど。きっと。多分。メイビー。

 

 それに、さっきからこのお武家さまに名前を尋ねても『名無しの権兵衛でいいだろう?』ってはぐらかされるんじゃもの。

 仕方ないから心の中ではヒデキ(仮)と呼ばせてもらおう。 

 

 こうなれば酒を飲ませて酔っ払わせて素性を確かめるとともに、知人な関係になってしまおうという魂胆である。

 友人になれればなおベターじゃ。

 

「さあて、どこの飲み屋にしよかのう?」

 

 ここいら界隈で、懇意にしている店は結構ある。例の隠れ家的な料理屋で一杯と洒落こむのも悪くない。いっそ二ツ目橋の軍鶏鍋屋の五鉄まで足を延ばして…。

 

 そんな風に少しだけウキウキしている儂の耳元に、新右衛門の灰汁を煮詰めたかのような苦い声が。

 

「大旦那様。当初の目的を思い出されては…」

 

 おお、そういえばそうじゃった。

 そもそも儂はこれから知人を尋ねに行く途中じゃった。

 

 どうも最近忘れっぽくていかん。そろそろ齢かのう…? なんて考えていた儂に、天啓が閃く。

 

 こらから行く先にいるあやつも、いっぱしの有名人。

 いっそそいつも巻き込んで酒宴をすれば、一石二鳥じゃね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人伝に聞いて歩いて到着したのは、墨田川沿いの一軒家じゃった。

 外観はまさにあばら家って感じで、幽霊が出ると言われても違和感はない。

 

「…こんなところに誰ぞ住んでいるのか?」

 

 大人しくついてきたヒデキ(仮)もさすがに不審そうに太い眉をよせている。

 

「いるんですよ、物好きなヤツがね」

 

 笑って儂は立てつけの悪い引き戸を開ける。

 

「お邪魔するよ」

 

 そう声を掛ければ、正面の座敷のコタツに足を突っ込んだまま、ぼさぼさの総髪の男が怒鳴り返してくる。

 

「ああっ!? 米代なら竈のとこの巾着から勝手にもってきやがれ! こちとら忙しいんだよ!」

 

 卓上の手は、絵筆を握ったまま止まらない。

 儂以外が唖然とする中、総髪の男は髪を振り乱しながら顔をあげ、こちらを見た。

 

「って、おう! 藤兵衛じゃねえか!」

 

 歯を剥き出しにして笑みを向けてくる男に、儂も泰然と笑い返す。

 

「久しぶりじゃの、北斎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葛飾北斎。

 いま江戸でも指折りの浮世絵師であり、希代の変人である。

 

「相変わらずの住まいじゃの」

 

 六畳ほどの座敷は、中心にコタツを据えて周囲はゴミで埋め尽くされていた。

 新右衛門に謎のお武家様も目を見張っているのだが、これは転生者である儂とやや価値観が異なる部分があると思う。

 

 というのも、江戸ってすごいリサイクル社会なのね。

 着物は大抵古着屋から買うし、新しい服はよっぽどの時じゃなきゃ作らない。

 その古着だって、最終的には雑巾とかにして擦り切れるまで使うし、あんまりゴミを出すって考えがないみたいなのよ。

 なのに北斎の家はまさにゴミ屋敷って感じなもんだから、汚いとかいうよりむしろゴミが大量にあることに驚いている感じ?

 

 なので儂としては汚いな、ちゃんとゴミは捨てろよ? と思うくらいであまり嫌悪感はない。むしろちょっぴり感慨深かったり。

 転生前の記憶で、ネットゲームにクソハマりしていた友人の部屋がちょうどこんな感じじゃったもの。

 それに、北斎はボトラーじゃないから多少はね?

 

「まあ上がれ上がれ」

 

 勧められて、儂は遠慮なく上がり込む。

 

「どっこらせ」

 

 コタツの対面に腰を下ろし、新右衛門に持たせておいた土産を渡す。

 

「ほれ。大福餅を持ってきてやったぞ」

 

「かっちけねえ」

 

 大喜びで大福を頬張る北斎は相変わらず甘党じゃのー。

 

「おー、そういえば以前おまえから頼まれていた絵札が出来ているぞ?」

 

 ごそごそと横の紙束の山を漁り、北斎は卓上に五枚のカードを広げる。

 

「この五つが組み合わさって一枚の立ち絵になるってぇ発想はすげえな。『封印されし目くそ鼻くそ』だっけか?」

 

「封印されしエクゾディア、な」

 

 ふむ。だいぶ和風にアレンジされているが、なかなかにカッコいいデザインにまとまったの。

 

「新右衛門、どう見る?」

 

「拙者には鳥居強右衛門の旗指物のように見受けられますが…」

 

「なるほど。似ているやも知れぬな」

 

 ヒデキ(仮)も熱心に頷く。

 

 せっかく自慢したのに、この反応に儂傷心。

 うーん、やっぱりこの時代の感性にはちと早いのかも知れんの。

 新右衛門なんか、一緒にデュエルしようぜ! っていくらルールを教えても理解できんみたいだし。

 こんど吉原の太夫と遊ぶときまで仕舞っておくとするか。

 

 カードを紙入れに大事に仕舞い、これまた新右衛門に持たせておいた貧乏徳利と折詰を卓上へと載せた。

 どちらもここへ出向く途中の居酒屋で買い求めてきたもの。

 

「なんだあ宴会でもしようってのか? おいらァ下戸だぜ?」

 

「そんなことわかっとるわ。儂らが飲むからおまえは食えばいい。どうせ、常日頃ろくなもんを口にしとらんじゃろ?」

 

 しかし、本当に皿とか食器も何もない家じゃのー。

 箸は居酒屋から貰ったものでいいとして、お、茶碗はあった。文字通り茶碗酒といくか。

 

「新右衛門は分かるが、こっちの旦那はなんなんでぇ?」

 

 おそるおそるコタツにつく儂以外の二人を眺め、北斎はあごをしゃくる。

 

「ああ、こちらのお武家さまは」

 

「権兵衛だ。そう呼んでくれ」

 

 ちっ。流れ的に口を滑らせるかと思ったけれど、このヒデキ(仮)、手強い。

 

「へえ、藤兵衛と権兵衛ってか? くはははっ!」

 

 北斎が笑う。相変わらず笑い処のツボが分からんやつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんなこんなでなし崩し的に酒宴が始まった。

 

「まずは一献。権兵衛殿」

 

 大福と厚揚げの煮しめを交互に頬張る北斎を横目に、儂はヒデキ(仮)の茶碗に酒を注ぐ。

 

「かたじけない。…しかして、藤兵衛殿。こちらの御仁は本当に…?」

 

 うん、言いたいことは分かる。巷で大人気の絵師がこんな素っ頓狂な性格をしていることなぞ知る人は少ないからの。

 なにせ衣・食・住の全てに無頓着な生活破綻者じゃもん。

 そのくせ気に入らない仕事は10両積まれても引き受けない偏屈者で、掃除するのが面倒じゃからとゴミがいっぱいになるたびに転居を繰り返す面倒臭がりでもある。

 今日も儂がわざわざ人伝に尋ねまくってこの家を探し求めたのも、その奇矯に由来している。

 

 反面、芸術家としては一流なことはいうまでもない。好奇心は人の十倍はあろうか。

 儂がダメ元で依頼したカードの執筆で、漠然とこんなデザインで~、と指示したら喰いつきが凄かった。ガチのマジで丸三日質問攻めにあって、家に帰れなかったくらいじゃもの。

 

 齢が近いこともあってか、爾来、なんだかんだと付き合いを重ねて現在に至る。

 友人というと口幅ったいけれど、実に面白い男じゃと思う。

 

「あ? おいらが葛飾北斎と思えねえってのか、権兵衛さんよ?」

 

 そう凄まれて口籠るヒデキ(仮)こと権兵衛殿。

 

「ふん…」

 

 と鼻を鳴らし、北斎が卓上に広げたのは、かの有名な『蛸と海女』。

 されど微妙に構図と構成が違うその春画を目の当たりにし、ゴクリと喉を鳴らしたのは新右衛門と権兵衛殿も一緒。

 両名とも、いきなり完全無修正のエロ本を見せられたみたいなもんじゃろうからなあ。

 

「藤兵衛、てめえに言われた通り第二弾ってヤツを描いてみたんだが、どうだ?」

 

「ふむ。素晴らしい出来だと思うぞ?」

 

 口にした台詞はお世辞ではない。しかし、元現代人である儂として全く興奮出来ないのはしょうがないところ。

 この時代とは美的感覚や価値観が違うから仕方ないね。

 つーか、こんな絵面の二次元嫁とか嫌だなあ…。

 

 それでも、江戸時代としてはインパクトのあり過ぎる絵だったに違いない。

 特に背景に海女と蛸の台詞を書いたところあたりとか。

 

 北斎はとにかく斬新で過去の価値観に縛られることはない。

 なので儂に全く絵心がないのが悔やまれる。

 仮に儂に美樹本晴彦やうたたねひろゆきばりの画力があれば、北斎の助力を得て、江戸っ子男子啓蒙作戦は大躍進を遂げていたことだろう。

 

 まあ、無い物ねだりをしても仕方ないか。

 なので、儂の知っている現代知識を適当に提供して、監修をさせてもらっている。

 

「ところで藤兵衛よ。ここの海女の台詞なんだが。女ってのは実際に『らめぇ』とか『りゅううう』なんて言うのか?」

 

「あー、言うよ。結構言う言う」

 

「それとよ、おいらの描く新しい四十八手図に『だいしゅきほおるど』ってのを追加しろって言ってたよな」

 

「うむ。そうしておけば遥か未来の惨事は回避できるやも知れんと思ってな」

 

「なんだそりゃァ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 夢を見た。

 夢じゃなきゃこんなこと実際にあり得ないなんて思っても、夢で見ているときは違和感を覚えない。そんな夢。

 そんな儂の前には、ガチャガチャがある。百円を何枚か投入して、レバーを回してカプセルが出てくるあれじゃ。

 しかし、そのデカさは尋常じゃない。

 カプセルの排出口が儂の背丈より大きいことから、その大きさは想像できるだろうか。

 

 そしてその巨大過ぎるガチャガチャには、商品のサンプルの写真などはない。

 代わりの無地の紙に、でかでかとこう書いてあった。

 

 

 『ヒデキガチャ』

 

 

 普通に考えれば胡散臭いことこの上ないのだが、もちろん夢の中の儂は当然のようにレバーを回している。

 ガチャコン! と大きな音とともに、排出口から巨大なカプセルが転がり出てくる。

 ころころと転がったカプセルは、儂の数メートル前で停止。

 パカっと呆気ないほどカプセルが開き、そこから出て来たヒデキは――――。

 

 

 

 

 

 

 なんじゃ、YMCAって! そりゃヒデキ違いじゃろ!? 踊るな!

 

 だいたいYMCAってなんぞ知っているのか!? ヤングマン・キリスト・アソシエーションって、キリスト教青年会のことじゃぞ?

 

 つか、切支丹じゃねーか! 切支丹と伴天連は追放じゃー…!!

 

 

 

 

 

 

 

 カッ儂は目を見開く。

 目が覚めてすぐになんぞ腹が重苦しいと思ったら、ヒデキ(仮)が儂の腹を枕にいびきをかいていた。

 

 …ったく、なんちゅう夢を見たんじゃ。

 原因はまったくこのヒデキ(仮)にあると思うんじゃけど、あれだけ飲ませてもとうとう権兵衛のまま口を割らなかったのう、この御仁。

 

 未だ正体は不明のままだが、儂と北斎の艶談義には熱心に聞き入っていたし、北斎秘蔵の春画のラフも食い入るように眺めていたからの。

 新右衛門と同じでむっつり助兵衛ってヤツで、一応弱みは握った感じ?

 

 ちなみに、がっつり助兵衛、しっかり助兵衛というのは、儂こと棟平藤兵衛の異名ぞ。

 

「う、む…。大旦那様。お目覚めですか」

 

 新右衛門も上体を起こせば、

 

「ぬう? こ、これは失礼したっ」

 

 儂の腹に頭を預けていた権兵衛殿も身体を起こした。

 

「おう、いま何時分だ?」

 

 左手で顔を擦りながら北斎も目を覚ました様子。

 でも、右手が自動手記みたいに勝手に絵を描いているのは怖いからやめれ。

 

「どうやら明けて、五つ(午前9時頃)というところでしょうか」

 

 遠く寺の鐘の音を聞き分ける新右衛門イヤーは地獄耳。

 

「これはとんだ長居をしてしまったな。拙者はここいらでお暇させてもらおう。いや、世話になった。楽しかったぞ」

 

 腰に大小を差し込んで権兵衛殿が立ち上がる。

 

「それじゃあ新右衛門、儂らも帰るとするか」

 

 一応、先日は泊りがけになるかも、と言いおいての外出だったが、さすがに昼過ぎまでには戻らんと家のものも心配するだろう。

 同時に、この権兵衛殿と帰りを一緒にして、住んでいる場所を突き止めて正体を突き止めたいという思惑もあったり。

 

「そいじゃ、おいらもちょいと散歩にでもいくかね」

 

 なんと北斎までコタツから出てきたのには驚いた。

 

「偶にゃあ外の空気も吸わねえと、尻に根っこが生えちまわあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男四人で雁首を揃え、墨田川を離れてぶらぶらと歩く。

 

「…なぜ拙者について来るのだ?」

 

「いえいえ、たまさか帰り道がこっちなのですよ」

 

 桜田門を横目に進み、半蔵門も通り過ぎる。

 そこから更にてくてくと歩けば、牛込―――現代でいうところの新宿辺りかの。

 するとほどなく立派な一戸建てが見えた。どうやらそこが権兵衛殿の住処らしい。

 儂はさりげなく表札の名を読み取る。

 

 『中山』。…知らんのう。儂の知るヒデキとは結びつかんぞ。

 

 儂が首を捻りつつ、権兵衛殿が邸宅の入口に立った時じゃった。

 敷地の中から、女中らしきものが転がり出てくる。

 

「旦那さま! ああ、ようございました!」

 

「なんだ、どうした?」

 

「今朝、菅野様がこれを…!」

 

「菅野殿がっ!?」

 

 何やらしたためられた手紙を受け取り、権兵衛殿はバサッと広げる。

 それに素早く視線を走らせたと思ったら、上げられた顔は完全に色が変わっていた。

 

「…しまったっ!」

 

 短く吐き捨てるように言うと、血相を変えて走り出す。

 

 儂をして、さっぱり状況が読めん。

 読めんからこそ、儂は権兵衛殿の後を追う。

 儂が走れば新右衛門もついてくる。

 北斎まで面白そうに走ってきているのにはびっくりじゃ。

 

 そして権兵衛殿というとよほどの一大事らしい。一心不乱に走る様子は、背後を振り返って儂らがついてきているのを確かめる余裕もないほど。

 

 そのまま息を咳切らせて走り続け、大久保を抜けたあたりじゃった。

 突っ走る権兵衛殿行く手に、わらわらと男衆の姿が。

 その先頭にいる男に、儂は見覚えがあった。

 

「一晩中江戸を探し回ってようやっと見つけたぞ、てめえら…!!」

 

 先日、王子稲荷で新右衛門と権兵衛殿に懲らしめられたチンピラどものリーダー格。確か鳴神一家といったか?

 いくらヤクザは舐められたら終わりといっても、縄張りは違うし、執念深すぎじゃろう!?

 

 チンピラ集団は、明らかに昨日より数が多い。おまけに全員が獲物をもって完全武装。

 

「ええいっ! どけどけいっ! 拙者には貴様らに掻かずりあっている暇はないのだッ!」

 

 権兵衛殿の大喝にチンピラたちは明らかに怯んだが、数を頼りに態勢を立て直す。

 

「うるせえッ! 昨日の恥をかかされたケジメはしっかりとつけさせてもらうぜぇ…!」

 

 懐から取り出した匕首にじっとりと舌を這わせるリーダー格。

 次の瞬間、その横っ面に、新右衛門のジャンピングニーパットが炸裂した。

 着地する寸前、横蹴りで別のチンピラも蹴り飛ばし、その反動で対面のチンピラへも体当たりをかましている。そこには先日の油断はない。

 

 間髪入れず儂は叫ぶ。

 

「権兵衛殿! ここは新右衛門にお任せを!」

 

「すまぬ! 恩に着るっ!」

 

 言いおいて、権兵衛殿は全力疾走。

 まあ、今のデストロイモードの新右衛門なら大丈夫じゃろ。そう思って後を追いかけようとしたら、別のチンピラに絡まれてしまった。

 

 「おっと、そこの爺ィまで逃がさねえぜ!」

 

 爺ィなんて呼ばれる齢じゃないもん! まだ若いもん!

 そう言い返せればカッコよかったが、あいにく儂の戦闘能力は限りなくゼロ。

 新右衛門は他の連中で手一杯で、あれ? これって儂はドキドキするほど大ピンチじゃね?

 

 そう思って冷や汗を流していると、いきなり目前のチンピラが悲鳴を上げた。

 いつの間にかチンピラの背後に来た北斎がその肩あたりを掴んでいるんじゃけれど、チンピラの痛がりようが尋常ではない。

 

「なあ、藤兵衛。こいつらは悪党ってやつか?」

 

「そ、そうじゃ。年端も行かぬ子供たちをいびるロクでなしどもじゃよ」

 

「そうか。なら遠慮はいらねえなあ」

 

 北斎はニヤリと笑い。

 

「…ひぎゃあああああああああああッ!?」

 

 チンピラの更なる絶叫が響き渡る。

 

「どおれ、ここは新右衛門とおいらに任せておきなっ!」

 

「頼むぞッ!」

 

 急いで権兵衛殿を追いかけるべく走り出す。

 一度だけ振り向いたら、なんかチンピラどもが手足をブラブラさせて地面に転がって延々と悲鳴を上げていた。

 

 あとで聞いた話なんじゃが、北斎のやつ、人体を描くには構造も熟知しておかないと! と江戸の有名な整骨師のもとで修業を積み、骨子術とかまで身に着けていたらしい。

 念仏の鉄かよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく権兵衛殿の足が止まる。

 息も絶え絶えに追いついた儂の視界に入る石碑には、「高田馬場」と刻まれていた。

 

「…間に合った」

 

 わずかに乱れた呼吸を整え直しながら権兵衛殿が呟く。

 どうやら目的地はここらしい。

 

 ぜーぜー言いながら見れば、馬場の中は物々しい雰囲気じゃ。  

 侍同士がたすき掛けに額に白い布まで巻いている。

 

「と、藤兵衛殿! たすきを持ってはおらんか!?」

 

 不意に権兵衛殿が叫ぶ。

 

「たすき、ですか」

 

 まあ、帯とかでも代用できなくない。

 しかしこの権兵衛殿はかなり体格もよく、儂のしている止め帯では明らかに寸足らず。

 だからといって、代用になるものなぞ…って、あ。

 

「…一応、似たように使えるものはございますが」

 

「構わん! 一時で良い、貸してくれ!」

 

「しかし、これはあくまでたすきではないのですじゃ。それでもよろしいですかの?」

 

「構わんと言っておる! 武士に二言はない!」

 

 そこまで言われてしまえば是非もない。

 儂は袂の奥からとっておきを取り出す。

 

 ―――それは、艶事において様々な異名を欲しいままにする儂のエチケット。

 一晩で複数の店や妾を渡り歩く際の必需品。

 

 果たして、儂が差し出したものに、権兵衛殿は目を見張る。

 

「ふんどし…だと…?」

 

「一応、新品の尾州木綿ですが」

 

「ぶ、武士に二言はないと言っただろう!?」

 

 ふんどしを引っ手繰り、ビリリと破って結んで長さを補い、たすき掛けを始める権兵衛殿。

 一人でするときは布の片方を口に加えて押さえなければならないので、少し涙目になっているのがちょっと可愛い。

 

「…助かったぞ、藤兵衛殿。この礼は、まだ後ほど」

 

 そういって颯爽と馬場の中へと足を踏み入れた権兵衛殿の背中は、惚れ惚れするほど男らしいものじゃった。

 しているたすきは儂のふんどしだけどな。

 

 そして間もなく、馬場の中で凄惨な決闘が開始された。

 この期に及んでようやっと儂は権兵衛殿の正体に気づく。

 

 中山武庸こと中山安兵衛。

 のちの堀部安兵衛で、この決闘はかの有名な高田馬場の決闘だったのじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒデキ(仮)こと権兵衛こと後の堀部安兵衛殿は、決闘相手の三人を豪快にぶった斬り、見事勝ちを納めた。

 この決闘が大変な評判を呼び、堀部家に請われて養子入りしたのが堀部家としての安兵衛の始まりだという。

 実に様々な講談や芝居の題材になった決闘じゃが、新右衛門や北斎が叩きのめしたチンピラまで何故か斬ったことになってカウントされ、18人斬りとか喧伝されたのはさすがに盛りすぎじゃろ?

 

 それと、色々と落ち着いてから礼がてら安兵衛殿が儂の店にやってきて、新品のふんどしを返してくれた。

 こっちは講談のネタにならないまま、永遠に歴史の闇の中へと葬り去られることを祈る。

 ちなみに、たすきにした元のふんどしの行方を尋ねたら、家宝にして額縁に入れてしまっておくとのこと。

 いや、もうほんと勘弁してください…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんで、それらも落ち着いてしばらくしたのち。

 

 

 奥の座敷で色々と打ち合わせをしていた儂だが、なんとも店先が騒がしい。

 

「どうしたんじゃ?」

 

 暖簾をかき分けて顔を出すと、如何にも浪人という風情の男が上がり框に腰を下ろしている。

 儂に気づくと、総髪をざんばらに括った頭で振り返り、野性的な笑みを向けてきた。

 

「おう、おぬしがここの主人か! どうだ? 俺を用心棒としてやとわんか?」

 

 ―――野生の薬師叶司だった。

 

 …ま、まあ、秀樹も出たしね? と、唖然とする儂の隣で、新右衛門はそっと耳打ち。

 

「かなりの腕前かと」

 

 うん。知っている。

 黒い着流しに黒い袴。腰に吊るした刀は、実戦刀の同田貫。

 

「おっと、名乗るのが遅れたな。俺の名は久慈慎之介という」

 

 やっぱり千石さんじゃないですかやだー。

 いや、決してこの人は悪い人じゃないのよ?

 むしろ筋は通すし熱血漢な人よ?

 

 でもこういう展開って、結局は雇い主の方が悪事を働いていることに気づいて表替えって、三匹ともどもなだれ込んできてKILL! してくる流れじゃん!?

 

 儂としてはそんな悪事を働いているつもりはないけれど、逆に儂が無念にも殺されて、その敵討ちに三匹がKILL! な展開も良くあるパターン。

 

 ゴクリと、儂は唾を飲み込む。

 ここは関り合わない方が勝ちじゃ。

 されど、どうやって断ったものか。

 

「どうだ、主人? これほどの大店であれば、用心棒も多いに越したことはないのではないか?」

 

 ん? ん? とこちらを見てくる千石さんに覚悟を決めた。

 

 儂は、にっこりとしてこう言ってやったさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Shall we ダンス?」 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 


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