「それで、今日は何か用でもあったのかい?」
「へ?」
用?それはもちろん豆腐先輩の―――あ、違うわ。
「別に用って程の事はないよ、土産も渡したし。後は息抜きに皆の歌でも聞きたいとは思ってたけど……」
ぶっちゃけ先輩のおかげでその必要もなくなってしまった。
「ああ、そうだそうだ。ちょっと力を貸して欲しいんだけど」
「オレ達でよければ協力するよ!」
「おおそれは心強い。……あれレン少年じゃないか。ミクと一緒じゃないのか?」
「え?いや今日はまだ見てないけど」
アイツ、やっぱり俺から逃げたのか……?今度ネギでも使ってみるか。いや特上寿司の方がいいかも。
「まあいいや。カイト達には人探しを手伝ってほしい」
「人探し?ああもしかしてまふゆちゃんの?」
「イエス。『25時、ナイトコードで。』の残りのメンバー、
「それで一歌ちゃん達にも聞いてたんだね」
見てたの?ヤダ、恥ずかし。
「“セ
「犯罪を犯してるみたいで気が引けるなぁ……」
言うなよ、俺だって同じ気持ちなんだから。
「あとミクとメイコにも伝えておいてくれ。嫌がったらアップルパイはやらないって言えばなんとかなるだろ」
そのために買ってきたんだ、しっかり働いてもらわなくちゃ。クックック。
「アーハッハッハ!」
「わっるい顔してるよホント」
「元々だ。生まれつきだ」
なんてことを言うんだ。そんな子に育てた憶えはありません。
「よしそういう訳で、今後ともよろしくみんな。頼りにしてるぜ」
さて、今後の方針もあらかた決まった。
妹様たちにはもう干渉しない方がいいだろう。部外者が口を挟める段階をとうに超えている。それどころか悪化しかねない。女子の問題を男風情がどうこう出来るはずもなし。
司たちに関しては心配する必要性がなかったな。俺ってば結局なにもしてないし。
アイドル少女たちは……うん、宮女の人間に関わることがまず無理。いや、まふゆを経由すればあるいは……?まずは面識を持つところからだな。
冬弥くんたちは、まあ大丈夫だとは思うんだけどあのキャロットボーイがなぁ。後はこはね嬢にも頑張ってほしい。よし、この辺を円滑にすることに努めよう。
まふゆは……はい、頑張ります。豆腐先輩の言葉を胸に刻み、決して俯かず、前を見て励んでいきます。先輩、ありがとう。
「我ながらグダグダだな」
もはや笑えてくる。
「いやもう笑うしかない。なあ、まふゆ?」
「……なにが?」
なんでもいいさ、笑えや笑え。わっはっは。
今いる此処はまふゆの部屋。こう言っちゃなんだが物が少なく片付いている。故に……めっちゃ落ち着くぅ~。
「説明もなく話し始めるのが春樹の悪い癖だね」
「俺は美点だと思っている」
だからその理解できないモノを見るような目はやめていただきたい。
「でもよまふゆ。笑顔は大事だぜぇ?ほら、なんか論文もあっただろ。免疫力が上がるとかストレス解消とか」
「……なら問題ないね。私、普段は笑顔だから」
「───確かに」
いやでもそれってアリなのか?作り笑いってカウントされんの?逆にストレス溜まってそう。
「それで最近はどうだ?なにか楽しい事とかなかったのか?友達と遊びに行くとか彼氏ができたとか……彼氏なんてお兄ちゃん許しませんからねッ!!」
「鬱陶しい……」
おっと、この辺で止めておこう。慎むべし、慎むべし。
「でもよぉ、勉強もいいけど人生楽しんだ者勝ちだぜぇ?三年間しかない高校生活も残り二年。青春しないと」
「───昔、青春は悪って言ってなかった?」
……言った。確かに言った。いやでもあれは俺の台詞じゃないっていうか、ヒッキーセンパイのありがたいお言葉っていうか、ね?
「よ、よーし!俺ちょっとコンビニ行ってくるわ!なんか欲しい物とかある!?」
「いらない。いってらっしゃい」
いってきまーすっ!
拝啓、親愛なる豆腐先輩。僕もう心が折れそうっす。
コンビニっていいよね、二十四時間三百六十五日営業してるし。
「なにより野菜ジュースが必ず置いてあるのがいい。もはや確定演出」
だからコンビニって好き。だが自動販売機、お前は駄目だ。野菜ジュースの入った自販機が少なすぎる。どうもこの国は俺に対して優しくない。
「───ん?こ、これは……!」
その時目に飛び込んできた『新商品!』の文字。どうやらウサギをモチーフにした大福らしい。
「よっしゃ、まふゆに買ってったろ」
中々にリアルなウサギではないか。ちょっとリアルすぎて俺はいらない。技術力が高すぎるのも問題だ。
大福を買い物かごに入れレジへと向かう。
「おかいけぇー1,100円になりあーす」
「……ぴったり?」
「ちょうどっスねー」
すげ。奇跡だ奇跡。ちょっとこの感動を誰かと共有したい。
「ありあっしたー」
野菜ジュース10本、大福一個。計1,100円。この手にかかる重みは幸せの重みだ。
でもあの店員がいるときはこのコンビニを使うのはやめよう。あの喋り方腹立つ。
もう完全に日が落ちている。目の前真っ暗お先真っ暗……という程でもないけれど。現代は昼も夜も明るいのだ。眩しすぎて目がチカチカする。
─── 辛くなったら上を見上げろ。
思い出すのは先輩の言葉。……上、か。
なんとなく空を見上げる。だが周りの光が強すぎて星はまったく見えない。
「残念」
『す、すみませんっ。私急いでるんですっ…!』
『ちょっとお茶飲むだけだからさ!ね、いいっしょ?』
『そうそう。オレ達がお金だすからさ!ねっ』
「……あん?」
声の聞こえた方を見てみると、そこでは二人の男性が一人の少女を囲うという少々犯罪くさい光景があった。これは恐らくあれだ、ナンパというやつだ。
チィッ!誰だこんな往来のド真ん中でナンパしてる野郎はァ!俺の見てない所でしろ、シベリアとか!
まず前提として俺は正義の味方などではない。ましてやそれに対する憧れも特にあるわけでもない。故に常であれば一つ、相手に聞こえるよう盛大に舌打ちをして去るのだが、今回はちょっと指向を変えてみようと思う。
すなわち───
「ちょっとちょっとお兄さん方、人が嫌がる事しちゃいけませんってお母さんに教わりませんでした?」
─── 介入だァ!
「……はあ?誰だよアンタ。今いいとこなんだからさ、邪魔しないでよ」
何故介入したのか。女の子がかわいそうだったから?違う。ではこのお兄さん達にむかついたから?ないとは言い切れないが、それも違う。
すべては俺の勇姿を見せるため。豆腐先輩、見ていてください!男・朝比奈春樹いきます!
「おい、なんかニヤついてるぞコイツ」
「頭のヤバい奴かもしれねぇ。どうする、正直関わりたくないぞ」
「お兄さん方」
「「(ビクッ)」」
なに今の反応。まあいいや。
「いいですかお兄さん方。いくらモテないからって一人の少女を二人がかりでナンパって、それはないですわ。成功する筈がないでしょう。現実をみなさい」
「まてまてまてまて、何なのコイツ!?初対面だよね!?辛辣すぎない!?」
「オレらがモテないとか勝手に決めつけてんじゃねぇよ!」
「モテる男はナンパなんてしない!!」
「言い切った!?」
なにを当たり前の事をいっているのか。モテるのにナンパする奴はクズだ、人間とは認めない。故にクズかモテないかの2択になるのだ。クズ呼ばわりしなかっただけ感謝してもらいたい。
「おい、もう行こうぜ……」
「まあまあ、帰る前にこの子とついでに俺にも謝ってくださいよ。ほらほら」
「なんでだよ!?しつこいぞ!?」
あっ。
肩を掴んだ俺の腕を振りほどこうとしたのだろう彼の腕が顔に当たった。
「「「「……………。」」」」
場を沈黙が支配する。先に動き出したのは俺だった。
「グワーッ!骨が折れたーッ!慰謝料を、慰謝料を貰わないと死ぬゥーッ!」
「いや嘘つけ!図々しすぎるだろ!」
正直まったく痛くはないがここで引いたら負けたみたいでなんか悔しい。地獄まで付き合ってもらおうかぁ…!
「えっ、ほ、骨が折れたんですか!?ま、待っててください!すぐ救急車を…!」
えっ?
まずい、この少女はどうやらかなり素直な子のようだ。あっスマホ取り出した!止めないと!
「ごめん大丈夫だから!本当は骨なんて折れてないから!僕が悪かったですごめんなさい!」
「ウ、ウソなんですか……?」
ウソなんですはい。誠に申し訳ございません。
いつの間にか男たちはいなくなっていた。逃げたな奴ら。……なんか前にもこんなことがあった気がする。
「えっと、でも助けてくれたんです……よね?ありがとうございます」
「い、いえいえ、お礼なんていりませんよ。ええ」
ぶっちゃけ助けようとしたわけじゃないので。なんか罪悪感が……。
「たしか、杏ちゃんや東雲くんと同じ学校の人ですよね?」
「───なんで知ってる」
俺は何でも知っている系お兄さんを自称している。そう自称なのだ、だってかっこいいし。
だが俺は彼女を知らない。会ったことはないはずだ。灰色のトレーナーとデニム素材のスカート、その上から大きめのピンク色のブルゾンを着るというファッション。なんか見たことのある服装だ。こんな美少女と会えば忘れるはずがないのだが……。
いや待て、彼女はなんて言った?『杏ちゃんや東雲くん』と言ったな。ならばあの二人に近い人間、なおかつ神山高校に通っていない人間ということになる。……誰だ?
「どこかで会ったことありましたっけ」
「あ、えっと憶えてませんよねっ。この間のイベントで杏ちゃん――白石さんと『vivid』ってチームで歌いました、小豆沢こはねといいますっ」
「ああなんだ、小豆沢さんか。………小豆沢さん!?えっ、本当に小豆沢さん!?め、眼鏡は!?女の子の命に等しき髪は!?」
ど、どうしてこんな……まさか東雲少年にひどい事言われたショックでグレたのか!?あのキャロットボーイ、今度会ったら説教だな。
「任せてくれ小豆沢さん!奴にはキツイお仕置きを用意しておくから!」
「え、ええ!?」
任せてくれ!奴の弱点は知り尽くしている!だが教育上よろしくないので冬弥くんのいない時にしなければ。
「あわわ、あわわわわっ……」
おっと、なんかあわあわしてる。まるで小動物みたい……いやホント何があった?
男子三日会わざれば刮目して見よ、というがどうも男に限った話ではないらしい。
「というかよく考えなくても俺たち話すの初めてじゃん。挨拶が遅れて申し訳ない」
さてどうするか。これ以上おかしな人だと思われたくない。できれば常識ある紳士だと思われたい。……よし。
「朝比奈春樹といいます。一応冬弥くんたちの先輩でね、この間のイベントではアクシデントがあったけどそれでもいい歌でした。こうして話せて嬉しいな。よろしくね」
「ヒッ…!」
……よし死のう。
何がよくなかったんだ。態度の急変がダメだったか?
「……キモくてごめんなさい。死んで詫びますごめんなさい」
こはね嬢に背を向け歩き出す。苦しまずに死にたいな……よし類のところに行こう。彼ならなんかいい感じの装置を作ってくれるだろう。
「あ……ま、待ってください!」
無理です。もう僕のHPはレッドゾーンです。
「待ってくださいっ!」
「───グエェッ」
首に感じる圧迫感。どうしてみんな人の襟を引っ張るのか。本当に死んじゃったらどうするんだ。
「あ。ご、ごめんなさい!とっさについ……!」
「い、いやこっちこそすみません。いやもうホント、すみません……」
なんかもう申し訳ない。なんで俺ここにいるんだろ。
「あの、それでなにか?」
「あっえっと……わ、私この間のライブでは急なトラブルでパニックになってしまって、まだまだ歌も上手くないしお遊びだと思われても仕方ないですけど……だけど私は杏ちゃんの夢を、杏ちゃんと一緒に追いかけてみたいんです!」
「?はあ……なるほど?」
「そ、それで次の土曜日───明後日またライブをやるので、私たちがどれだけ本気か見てもらいたいんです!正直不安はありますし人前で歌うのは怖いですけど……」
その瞳には確かに、“もう迷わない”という覚悟があって───
「杏ちゃんと一緒に、『RAD WEEKEND』を超えるために。私、もう逃げないって決めたんです……!」
───少女は、“小豆沢こはね”はハッキリとそう言った。
「??あっはい。応援してます。頑張ってください」
でも明後日は行けないんだよな……いや応援はしてるよ?
ところでなんだか話が噛み合ってない様な気がする。なんだろうこの違和感。
「あ……ありがとうございます!お時間を取らせてすみませんでした!」
そう言い残し、こはね嬢は走って行った。そんなに走ると転ばないか心配だ。
「けどやっぱり違和感があるな……」
こはね嬢が言っていたことを思い返してみる。
『まだまだ歌も上手くないしお遊びだと思われても仕方ないですけど……だけど私は杏ちゃんの夢を、杏ちゃんと一緒に追いかけてみたいんです!』
……ふむ。
『私たちがどれだけ本気か見てもらいたいんです!』
……ん?
『私、もう逃げないって決めたんです……!』
………。まさか。
いやまさかとは思うが、俺もライブの妨害した奴の仲間だと思われてる?あのモブAの仲間だと思われてる?心外なんですけど!
「ちょっと待って小豆沢さーん!誤解だから!俺まったくの無実だからー!」
【悲報】どうやら某、ライブを妨害した一味だと思われてる模様。
◇
「ただいままふゆー。略してただいまふゆー」
「……お帰り。遅かったね」
「いろいろあったのさ……」
そして心に傷を負ったのさ……。
「母さん達はまだなのか。ならば好都合。はいまふゆ、お土産」
「……ウサギ?」
「の形をした大福。どうせこの後も勉強なんだろ?夜食代わりにでもお食べ」
大福をジッと見つめるまふゆ。気に入ったのだろうか。このリアルすぎるウサギが。
─── お前はただ寄り添ってやればいいんだ。
寄り添う。寄り添う、か。……ふむ。
「ほらまふゆ。勉強は一旦休憩にして休もうぜ。適度に休憩を取った方が頭に入るらしいぞ」
「いい。放っておいて」
……ハア?ちょっとお兄ちゃんプッチンしそうだよぉ。
いやいや落ち着け俺。そうだまずは環境作りからだ。こんな必要最低限の物しか置いてないから勉強しかすることがないんだ。そうに違いない。
まずはスマホを操作してテレビニュースを流す。この時間大したものはやってないけどないよりはマシだろう。なぜこの部屋にはテレビがないんだ。
次に買ってきた飲み物をすべて机に並べる。全部野菜ジュースだけど。ハッハッハ。壮観なり!
後は……そうだなゲームでも持ってくるか?というかこの水槽何なんだろう。魚入ってないし、何の意味が……いや妹の数少ない趣味だ。否定はしない。とりあえずスルー。
「よっしゃ。これでどうだまふゆぅ」
「……なにが?」
あれちょっとピリピリしてる?まあいいか知らんふり知らんふり。俺は全力でお兄ちゃんを遂行する。
「ほらほら、ずっと机に向かってたらつかれるだ――ろっ!」
いまだ勉強を続けるまふゆを抱きしめ、持ち上げる。こうでもしないと止めそうにないし。
「………」
「急におとなしくなったな……」
お前は猫か?だが好都合。まふゆをカーペットの敷いてある場所まで運ぶ。おほっ野菜ジュースがいっぱい!
「それにしても……大きくなったなぁ」
子供の成長は早いものだ。この間まであんなに小さかったのに。ミニマムだったのに。
「同じ日に生まれてるのに何言ってるの」
「アッハハハ」
まふゆをクッションの上に座らせる。そして俺はその横へ。
「ほらまふゆ、野菜ジュース持って。カンパーイ!」
「……………………乾杯」
何かスゴク間が空いたけど良しとしよう。ガッハッハうめぇ。
「……そんなに美味しいの?」
「ゲロウマ」
おっと汚い言葉を使ってしまった。反省反省。
「なんか他愛もない話しようぜ。まふゆは将来どんな仕事がしたいんだ?」
「……お母さん達が医者がいいっていうから多分そうする」
「ほーん。で、
「え?」
む、何をそんな驚く。質問してるのは俺なんだけど。
「いやだから、母さん達の話じゃなくまふゆは何をしたいのかなって」
「わたしの……したいこと……」
「そうそう」
「……わからない。そんなの思い出せない」
「じゃあ、ゆっくり思い出していこうや。焦る必要なんてないしな。ゆっくり自分のペースでやるのが一番だ、うん」
焦ったって得しないしなあ。やっぱりマイペースが一番ですわ。
『四国沖で発生した台風3号はその後北東へ進み、東海沖で温帯低気圧に変わりました』
スマホで流しているニュースが聞こえる。あの台風消滅したのか。
「そういう春樹は何かないの?」
「ん、俺?俺はそうだなぁ……あまり思い浮かばないな。まあゆっくり探していくさ」
結局うまいことなんて一つも言えなかったがこういうのでいいんだと思う。ただ寄り添う。それは簡単なようでちょっぴり難しいけれど、他の誰でもなく俺にしかできない事なのだ。
いつの日か……まふゆに寄り添ってくれる、まふゆを理解してくれる人たちが現れる。俺はそれまでのつなぎ役。
『つづいて……昨今SNSなどを中心にその人気が上昇してきている声優、“サクラ”さんについて紹介していきます』
『彼、あるいは彼女についての情報はあまりに少なく、年齢はおろか性別さえも不明。電撃的な速度でデビューし一躍時の人となりました』
『老若男女の“声”を自在に操り他者の声ですら再現できてしまうそのあまりにも高度な声帯模写技術から通称“七色の声”とも呼ばれ――』
テレビからなかなか興味深いニュースが流れてくるが聞き流し、まふゆと肩を寄せ合う。
静寂が室内を支配している。たまには、こんな日があってもいいのかもしれない。