よわよわ吸血鬼はこじらせたコミュ障のせいで勘違いされ続ける   作:宮野 遥

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亡霊少女(後編)

(友達が!! できた!!!)

 

 アストリッドはウッキウキであった。

 普段通りの無表情なれど、拳を突き上げて全力で喜びを表現している。それもそのはず、彼女を苦しめていた二千年の孤独から遂に解放されたのだ。

 

 ロリーナが城に来てから数日。彼女は幸せの絶頂にいた。

 

(誘ってよかった。あの時のわたし、超天才……!)

 

 爆上がりする自己肯定感。かつてない興奮がさめやらない。

 ロリーナと会話し始めた当初はおっかなびっくりであったのだが、どうやら来た目的が自分の討伐ではないとわかってからはもう仲良くなることしか頭になかった。何せここはマイホーム。かつて人間の国を訪れた時とは違って、囲んでボコられるようなことは起きようがないからだ。仮に失敗したとしてもリスクがない、完璧な判断だった。

 

(……初対面の相手を同居に誘って成功。わたし、もしかしなくても……、友達作りの達人?)

 

 どこまでも調子に乗るアストリッド。

 もちろん実際は精神が限界だったロリーナがチョロすぎただけである。いや、弱っている相手にうまくつけ込んだという点では達人と呼べるかもしれないが。

 

(それに……本当は弱いこともわかってくれた。ロリーナは最高の親友)

 

 思い返してご機嫌になる。

 実は彼女にとってはこれこそが一番大きかった。強いと誤解されたままコミュニケーションをとるのは非常に苦痛であったのだ。怯え警戒する相手と話すのは常にピリピリとした緊張感があり、更にはバレた時にどうなるか考えただけでも胃が痛くなる。そこから解放されたのは本当に喜ばしいことだった。

 実際には、弱いというのが失敗からの謙遜だと思われていることなど、アストリッドは露ほども想像していない。

 

(でも、どうしてロリーナは魔王に追われてた……?)

 

 改めて考えてみると不可解な話だ。正直なところ、アストリッドから見て彼女がそれほど特別な存在であるようには思えなかった。着ていた服から考えると生前は貴族のお嬢様だったりしたのかもしれないが、今はただのか弱い幽霊である。わざわざ追っ手を何人も放つような理由が見当たらない。

 ただ殺すことを楽しんでいただけで特に意味はないと言われればそれまでなのだが。

 

(……まあ、どうせアルキス死んでるし、どうでもいい)

 

 雑に結論付けて考えるのをやめる。

 

 そんなことよりも今はロリーナと話したい。鼻歌を口ずさみながらスキップで城の中を駆けていく。ロリーナのお気に入りの場所は図書室と中庭だ。どちらかに行けば会えるはず。

 

 まずは図書室へと歩を進めていると――、目的地から轟音が鳴り響いてきた。

 

「――っ!? ロリーナ、大丈夫?」

 

 慌てて部屋の中に入り、彼女の安否を確認する。

 

「あ、アストリッド様。すみません、うるさかったですよね」

「……何があった?」

 

 ロリーナは傷一つなく立っていた。図書室も散らかっているような様子はない。何者かに襲撃されたのではと思っていたが杞憂だったようだ。しかし、それはそれで何が起こったというのか。

 

「新しい魔法を使ってみようとしたら、失敗して暴発しちゃったんです」

 

 照れたように笑うロリーナ。見れば彼女は片手に魔導書を持っている。どうやら図書室に来ていたのは魔法の知識を得るためだったらしい。

 暴発したというのに本棚に被害が及んだ様子がないのは、恐らく使った魔法が術者自身に作用するタイプのものだったからだろう。良識ある彼女が攻撃魔法等の周囲に影響を与えるものを室内で使うとは思えないので当然だとは思うが、そ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)はアストリッドにはどうでもよかった。

 

「……ま、魔法……、使えるの…………?」

「はい、簡単なものなら。なんとなく試してみたら成功したんです。生前は魔導師だったのかもしれません」

 

 ロリーナは少し誇らしげに語る。その言葉を聞いて、アストリッドの顔色は真っ青になっていった。

 

(魔法を使える幽霊(ゴースト)って、魔力量どうなって……)

 

 通常、幽霊は魔力を使った行動はできない。これは存在の維持に魔力の大半を費やしてしまうためである。その上で魔法を発動なんてできるのは一握りの優れた魔導師のみだ。

 

 それだけでも十分驚異的だというのに、アストリッドはもう一つおかしなことに気が付く。

 

(……そういえば、本、ずっと持って……。読んでる……。幽霊が……?)

 

 今までは特に気に留めていなかったこと。ロリーナが普通に本を手にして読んでいるという事実は、冷静に考えてみるとありえないことであった。

 ――幽霊は実体を持っておらず、物質に触ることができない。それは本来常識なのだ。

 

 一応、魔力を使えば一時的に実体化できるので、その間だけなら触れられるが……。一瞬ならともかく長時間の実体化には極めて莫大な量の魔力が必要となる。本を読むなど以ての外だ。

 そんなことを可能にするほど馬鹿げた魔力量。それは正しく――

 

(魔王、級……)

 

 最上級の素質を持っているに他ならない。

 もちろんアルキスに殺されている以上、あくまで魔王級の魔力を持っているだけで実力が伴っているわけではないのだろうが、それにしても異常である。

 

 というか、よくよく考えてみれば魔王の手下達に五年も追われ続けて無事な奴が普通の幽霊なわけがない。それはまあ、アルキスに目を付けられもするだろう。散々アルキス配下を怪物と言っていたが、ロリーナの方がよっぽど化け物であった。

 

「…………?」

 

 急に青ざめたアストリッドを見て首を傾げるロリーナ。以前ならば可愛らしく思えたであろうその動作も、真実を知った今となっては猛獣が獲物の様子を窺っているようにしか見えない。

 

(こっ、ころされ…………っ。……ち、ちがう、ロリーナは友達……。そんなことしない……っ)

 

 思わず疑ってしまいそうになるも、彼女の穏やかな人柄を思い出す。そう、いくら象とミジンコほどの力の差があるとはいえ優しいロリーナがアストリッドに対して横暴に振舞うなどありえない。

 しかし、本当に全く危険はないのだろうか。もし何かのはずみで喧嘩になったら、衝動のまま八つ裂きにされるのではないか。そんな想像が頭から離れない。

 

(わ、わたし、本当は弱いこと教えちゃった……)

 

 ロリーナは既にアストリッドの真の実力を知っている。自分は強いから戦っても無駄だとハッタリをかますのももはや不可能だ。

 

(……おわった)

 

 絶望し天を仰ぎ見るアストリッド。いつにもまして表情が死んでいる。

 そんな彼女の内心を全く察していないロリーナは、きょとんとしながら口を開いた。

 

「アストリッド様はこの魔法ご存じですか? コツが全然つかめなくて……」

 

 そう言って彼女は魔導書のとあるページを開いて見せてくる。アストリッドはそれが目に入った瞬間自分の脳が理解を拒むのを感じた。

 

(……これ、大魔法の一つ……)

 

 気が遠くなる。なぜよりにもよってそれを習得しようとしてしまったのか。

 

 『大魔法』とは、一撃で都市を一つ滅ぼす広域殲滅魔法や時間を巻き戻す魔法など、規格外の効果を持つ魔法の総称である。あまりにも強力すぎるため禁忌に指定されていることも多く、中でも上位の魔法の危険度は魔王をも超えるといわれるほど。

 とはいっても、そんなふざけた魔法を扱えるのは魔王や勇者、稀代の大魔導師くらいなもの。本来素人に毛が生えた程度の魔導師が使えるようになるなんて心配する必要ないのだが……。

 

 アストリッドは目の前の少女を見る。

 

(使えそう……)

 

 使えそうだった。

 

 ただでさえ化け物染みた才能を持つロリーナがそんな凶悪な魔法を覚えたらどうなってしまうのか。想像するだけで震えてくる。

 

「この魔法、どうしても詠唱がうまくいかないんです。何度か繰り返してみたんですけど、いつも同じ結果になってしまって――」

「し、しなくていい」

 

 そんな練習しなくていい。思わずアストリッドは口に出してしまった。慌てて誤魔化すように言葉を続ける。

 

「……それより、他にはどんな魔法を使える?」

「とりあえず、本棚のこの段にある魔導書はすべて」

 

 そう言って彼女が指したところにあったのは入門から中級くらいのレベルのもの。数日で習得できるような量ではないが、彼女の才能からしてみれば可愛いものだ。流石に物騒な魔法ばかりを覚えているわけではないらしい。むしろ何故そこから一足飛びに大魔法にいってしまったのか。

 呆れながらも、魔力を扱うことのできないアストリッドは少しだけ彼女のことが羨ましく感じた。

 

「何か、できるようになっておいた方がいい魔法ってありますか?」

 

 尋ねられ、考える。アストリッドは特段魔法に詳しいわけではない。正確には魔導書はいくつも読み込んでいるので知識自体はあるのだが、その魔法がどの局面でどう有効なのか、実践的なことをまるで知らないのだ。

 アストリッドでも有用性がわかり、尚且つ欲しているもの。そうなるとやはり……、魔王やら英雄やらから逃走するのに使えそうな魔法になるだろうか。それならば心当たりがある。

 

 記憶を探り、本棚から目的の魔導書を取り出して開いた。

 

「これ、とか……?」

「『ディメンジョン・ゲート』、ですか」

 

 離れた空間同士を繋げ、一瞬で移動することができる魔法だ。どこまで遠くへ行けるかは術者の魔力依存だが、ロリーナならば使いこなすことができるだろう。

 何より、『英雄』とやらに狙われた際の強力な逃走手段となりえる。とてもほしい。

 それに、逃げる用としてだけではなく日々の生活でも便利使いできそうな性能をしている。かなり高位の魔法なので会得するのは難しいかもしれないが、その分リターンは大きい。寝室から一歩で風呂に行くことだってできる。なかなかいいチョイスではないだろうか。アストリッドは自画自賛する。

 

「わかりました。練習してみますね」

 

 ロリーナもその利便性を認めたのだろう。頷いて魔導書を受け取った。

 

 

 

 翌日、アストリッドはベッドの上で体を起こし、伸びをした。あくびをしながら目をこする。時計を見るともう昼過ぎだ。

 昨日はあの後随分と話し込んで夜更かしをした。まさかロリーナがアルキスの部下から逃げるためにあんなスゴ技を開発していたとは。つい興奮して歓声を上げてしまった。

 

 ロリーナが来てから毎日が楽しい。ここまで充実している日々は初めてだ。感謝の気持ちが溢れてくると同時に、彼女のことを怖がってしまったことを申し訳なく感じる。

 冷静に考えてみれば、恐れる必要なんて何一つない。むしろ彼女は味方なのだから強くなることは頼もしく、歓迎するべきだろう。

 

(もっとたくさん、話したい……)

 

 まるで恋する乙女のように、頬を赤らめて上機嫌で廊下を歩いて図書室へ向かうアストリッド。

 ――すると突然、爆発音が聞こえてきた。

 

「ろ、ロリーナっ!?」

 

 デジャヴを感じながら急いで見に入る。

 果たしてロリーナは、やはり昨日と同じように何事もなく、けれど前とは違い晴れやかな笑顔をしていた。

 

「アストリッド様! わかりました、そういうことだったんですね!」

「…………?」

 

 何がそういうことなのか。状況がさっぱりわからずにアストリッドは混乱する。

 

「この魔導書に書いてある詠唱が間違っていたなんて。詠唱をし(・)な(・)く(・)て(・)い(・)い(・)と教えてもらっていなかったら、一生気づかなかったかもしれません」

「???」

 

 そんなことを教えた覚えはない。いや、確かにしなくていいとは言ったが、それは詠唱ではなく大魔法の練習に向けてだ。意味が全く違う。

 唖然とするアストリッドと対照的に楽しそうなロリーナ。

 

「とはいえ、無詠唱だとさすがに完全な発動までは持っていけませんから、正しい詠唱を研究する必要がありそうです」

 

 やりがいのあることを見つけたと言わんばかりにワクワクした様子。その姿を見ていると気が抜けてくる。

 まあ、大魔法も好きに覚えてもらって構わない。あの時は反射的に止めてしまったが、もしも英雄が襲撃してきた際に抵抗する手段が増えるのはいいことだ。死んだ目でロリーナを見つめながら思う。

 

 

「ロリーナ、気分転換、しない?」

 

 しばらく彼女の実験に付き合ってから、アストリッドは提案した。

 そろそろ集中力も切れてきたであろうロリーナへの気遣いだ。別に魔法に夢中なロリーナの興味を自分に引き戻したいなんて考えているわけではない。

 

「いいですよ。何をしますか?」

 

 聞かれて返答に詰まる。二千年ものの引きこもりである彼女には、何が気分転換になるかの知識が備わっていなかった。

 

「……散歩、とか」

 

 かつて読んだ小説の中で登場人物がそうしていたのを思い出して口に出す。ロリーナは了承し、森を歩くことになった。が、ここでアストリッドはあることに気が付いた。

 

(わたし、自分で城から出るの、何百年振り……?)

 

 なにも二千年間全く外出をしなかったというわけではない。数日間別の場所を訪れることもあった。けれど、最後に自分の意思で外に行ったのがいつかと問われれば、即答できない程度には昔である。

 

 何しろアストリッドは恐怖の大魔王だと思われている状態。どうせ誰かと会ったとしてもまともなコミュニケーションなど望めないので、出かける意味を感じられないのだ。

 つい先日夜天会議(ティーパーティー)に拉致されたがあれは事故みたいなものだし、屋内への転移だったのであまり外に出たという感覚がない。

 

 実はアストリッドは、今城の周りの森がどうなっているかすらよくわかっていない。ロリーナから少し様子は聞いたが、彼女もいろいろと追い詰められた状態での来訪だったはずなので、どこまで正確か怪しいものだ。

 

(……魔物がうようよいたらどうしよう)

 

 森の中が安全かどうかが疑わしく思えてきた。あの森は古の賢者の魔法がかけられており、瘴気によって基本的に生物は寄り付けないようになっている。しかし、その魔法がいつの間にか解けていないとも限らない。実は化け物共が住み着いているのではないか、不穏な想像が頭をよぎる。

 

(散歩、何を持っていくべき……?)

 

 危険があるとして、それに対抗するための手段。真っ先に思いつくのは武器だが、アストリッドが武装したところでたかが知れている。

 そもそも頼りになる天才魔導師ロリーナがいるのだから、恐らく戦力面では問題はないだろう。

 

 扱えないような道具を持って行っても無駄であるし、求められるのは簡単に使えてかつ危険に対して汎用性が高いもの。

 

(……! 回復用のポーション)

 

 あらゆる怪我や病気に対して有効なあれさえあれば、吸血鬼の再生能力を上回るようなダメージを負ってしまっても生き延びられる。使った経験こそないが、飲むだけなのだから練習するまでもない。

 そうと決まれば話は早い。アストリッドは保管庫へと取りに行った。

 

 

 ◇

 

 

「アストリッド様、どこ行ったんだろう……」

 

 困惑するロリーナ。散歩に誘ってきたアストリッドは、用意するものがあると言ってどこかに消えてしまった。服でも着替えに行ったのだろうか。部屋の片づけをしながら想像する。

 

 この城で暮らすようになってから、毎日が楽しいことばかりだ。命が脅かされることはなく、自分のやりたいことをやれる。一週間前までは、自分が笑っている姿なんて考えもしなかった。

 あまりにも幸せで、アストリッドには本当に感謝していた。

 

 けれど、だからこそ焦りが出てくる。

 

(足りないなぁ、私の実力)

 

 最高の環境にいるからこそ見えてくる自分の不甲斐なさに歯噛みする。

 

 そう、ロリーナは強くなろうとしていた。お世話になっているアストリッドに、守られるだけでなく共に戦い守れるように。彼女がまた、仲間を失わなくてもいいように。

 しかし、その目標は遥か遠い。

 

 もちろん、少し前までただ怪物から逃げることしかできなかった自分が、たった数日間で一端の魔導師になれたことは偉業だとはわかっている。だがそれは、

 

(成長してるんじゃなくて、元の自分に近づいてるだけ、だよね)

 

 強くなってはいるが、ただ生前にできていたことを再現しているにすぎない。未だ記憶が曖昧なれど、そのことは強く自覚していた。

 きっとこのままいけば、すぐに優秀な魔導師になれはするのだろう。しかしそこで頭打ちだ。生前に越えられなかった壁があって、きっとそれは今でも越えられない。

 

 時間はある。それはわかっている。余程のことがなければアストリッドの守るこの城が危険にさらされることなんてない。だが、彼女は当たり前だと思っていた日常は簡単に崩れ去ってしまうことを、感覚的に知っている。

 

 優秀なだけでは駄目だ。あのアルキスを小物扱いするようなアストリッドが、それでも仲間を守り切れなかったような、強大な敵。それは確かに存在するのだ。彼女の隣に並び立つには、もっと桁外れの力を手に入れなければ。

 

 とはいえ、実力をつけるために手を出した強力な魔法も大した成果が上がっていない。アストリッドにヒントをもらったのにもかかわらず、まだ完成度は四割にすら届いていないのだ。しかもそこから進展する気配はゼロ。何をやっても届かない気すらする。

 ましてや、その魔法を完全に身に着けたところでアストリッドの背は遠いのだ。もはや変な笑いすら出てくる。

 

(考えすぎ、なのかな……)

 

 アストリッドが気分転換を提案してくるくらいだ。明るく振舞うようにはしていたが、きっと随分と追い詰められているように見えたのだろう。

 

「ふー。切り替え、切り替え」

 

 自らの頬を叩き、思考をリセットする。せっかく散歩に誘ってくれたのだ。暗い考えを引きずるなんてナンセンス。

 そもそも、まだここに来て一週間も経っていないのだ。普通に考えれば焦るような段階ではない。今は限界だと思っていても、存外簡単に壁なんて越えられるかもしれない。

 

 アストリッドにすすめられたディメンジョン・ゲートは無事に習得することができた。今はそれだけでも良しとしよう。

 

(でも、ディメンジョン・ゲート、か……。やっぱりあれって、もしも何かあったときに、私だけでも逃げられるように、ってことだよね……)

 

 確かにあの空間魔法は非常に強力かつ便利ではあるが、相応に魔力を消費する。そうそう連発できるような代物ではない。あまり積極的に多用する魔法ではない以上、あえて覚えさせる理由は有事の際の逃走用くらいだろう。

 大事に想ってくれていることを実感しつつも、戦力としては頼りにされていないことを悔しく思う。彼女にとってロリーナは、守られる存在でしか――

 

(……って、違う違う。今はちゃんと気分転換しないと)

 

 首を振って、暗く傾きかけた思考を引き戻す。

 考え事をしているうちに、とりあえず一旦の片づけは終わった。アストリッドが戻ってくるまで手持無沙汰だ。

 

(それにしても、どうして散歩なんだろう。アストリッド様、あんまり家から出るの好きじゃないって言ってたのに)

 

 あまり自分のことを語りたがらない彼女だが、そのことは教えてくれた。

 

(えーっと、確か、『意味がない』から外に出ないんだっけ。……あれ? じゃあ今回の散歩は何か意味があるってこと?)

 

 少し引っ掛かりを覚える。ロリーナのため、というなら意味はもちろんあるだろうが、気分転換ならば散歩以外の手段はいくらでも存在する。わざわざ苦手なことをする理由にはならない。

 アストリッドが自ら出かけなければならない事情。……考えれば考えるほど怪しく思えてくる。何か裏があるのでは。

 

(いやいや、深読みしすぎだよね。アストリッド様は善意で言ってくれたんだから)

 

 思考を打ち切る。流石に突飛な発想が過ぎるだろう。

 

 自分で自分を笑っていると、アストリッドが戻ってきた。見ると彼女は袋を手に持っている。あれが散歩のために用意したものなのだろう。

 

「その袋、何を入れてるんですか?」

「……ポーション」

「…………えっ」

 

 返ってきたのはあまりにも予想外な答え。なんとなく嫌な予感がしつつも、恐る恐る続けて質問する。

 

「……あの、どうしてそんなものを?」

「――――必要かも、しれないから」

 

(裏ある! 絶対裏あるよねこれっ!?)

 

 確信し、焦るロリーナ。なぜ散歩をするだけで回復薬が必要になるのか理解に苦しむ。

 まさか、この近くにアストリッドを傷つけられるほどの敵がいるというのか。戦々恐々とするロリーナ。一体これから何に連れていかれるのだ。

 

 急速に行く意欲がなくなりつつも、大恩あるアストリッドの言葉には逆らえない。ほどなくして二人は城を出て、外を歩き始めた。

 

 

 森の中を歩いて五分ほど。今のところは不穏な気配は何もない。ロリーナはほっと胸をなでおろしていた。

 きっと杞憂だったのだろう。アストリッドが過剰に心配性なだけなのだと、精神衛生上思い込むことにした。

 

 ロリーナはふと辺りを見まわし、疑問に感じていたことを思い出す。

 

「そういえば、この森って一日中暗いですよね。どうしてなんでしょうか」

「……吸血鬼(ヴァンパイア)は太陽の光を浴びると燃えるから、日光を遮る魔法がかかってる」

 

 かなり切実な理由だった。納得すると同時に驚きの感情が浮かんでくる。これほどの広範囲に機能する強力な魔法を使える人がいただなんて。術者はやはりアストリッドなのだろうか。尊敬の念を抱く。

 それに、幽霊も日の光が弱点なのは同じだ。偶然ながら都合がいい。

 

 

 他愛もない会話を続けながら歩いていると、突然どこからか妙な匂いが漂ってきた。

 ロリーナは顔をしかめる。金属が発するそれに近いが、なぜか不快で生理的嫌悪感を抱く。どこかで嗅いだことがあるような。そう……、これは、

 

 ――血(・)の(・)匂(・)い(・)だ。

 

「っ! ライト!」

 

 咄嗟に魔法で明かりを灯す。幽霊も吸血鬼も夜目は利くが、明るい方が認識しやすいのは確かだ。

 

「……ぁ、誰か、倒れて……!」

 

 異臭の発生元を見ると、そこには血塗れの獣人(ワービースト)が横たわっていた。

 

「大丈夫ですか!」

 

 急ぎ安否を確認する。抱き起すと胸がかすかに動いているのがわかった。息はあるようだ。

 しかし、見るからにかなりの重症。ロリーナの覚えている回復魔法で処置できるレベルを大きく超えている。一体どうすれば。

 

 そうだ、アストリッドの方が有事の際の対応は慣れているはず。指示を仰ぐべきだ。

 そう考え彼女の方を向き、――そして彼女が手(・)に(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)も(・)の(・)を見る。

 

(――ッ! まさか……!)

 

 信じられない可能性に思い当たる。ありえない、がそうとしか考えられない。

 

「……ポーションは、このために……!?」

「………………」

 

 沈黙は雄弁に肯定を語っていた。不自然な散歩の提案に不自然な持ち物。すべてはこれを見越してのことだったというのか。

 

 心臓が早鐘を打つ。自分の理解を飛び越えた何かが起こっている。

 

 

 ――予感がした。何か大きなものが波のように揺れ動いて、多くを巻き込みながら始まっていくような、不思議な予感が。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「喰らいやがれ――! 烈・覇断!!」

 

 大剣を用いて繰り出される必殺の一撃。その一振りは、落雷のような轟音とともに敵軍の兵士を千人単位で消し飛ばした。確かな手応えを感じる。だが、

 

(――チッ。何人殺しても新しく湧きやがる。一体どうなってんだ、コイツらは……!)

 

 まるで敵の数が減るような気配はない。夥しい数の敵兵士は、空を埋め尽くすかのように無尽蔵に浮かんでいる。

 

 

 アルフォード王国北西部にて。〝深紅き咆哮(レッド・ファング)〟ロクサス・アルフォードは正体不明の軍勢と対峙していた。

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