遊郭の戦い後。目を覚ました炭治郎に義勇が会いに行く話。
(注:炭治郎が怪我から回復していない場面の描写があります。)
重力がゆっくりと炭治郎の体にのしかかってくる。うっすらと開けた目は暗闇を捉えていた。自分の荒い呼吸音が耳に響く。最初に自覚したのは酷い気分の悪さだった。少し遅れて体中の痛みがゆっくりと増していき、それに続いて全身の倦怠感が炭治郎を襲う。
ぼんやりと暗闇を見つめていた目は徐々に慣れていき、頭の上にぶら下がっているガラスの容器を見つめる。中の液体がぽた...ぽた...と、一定のリズムで落ちていく。強い薬品の匂いがした。
夜は感覚が研ぎ澄まされてしまうのか、日中は感じなかった小さな痛みも、夜になると思い出したかのようにズキズキと炭治郎を襲う。
これぐらいの事、我慢しなければ。大した事じゃない。夜が明けたら、きっとこの痛みは引いていく筈だ...
炭治郎は心の中でそう呟くと、そっと目を閉じて、痛みと辛さをやり過ごす。首を少しのけ反らせ、はぁ...と大きく息を吐いた。
炭治郎の熱い吐息が暗闇に溶ける。
----
蝶屋敷の門の前で義勇は佇む。特に用もないのに入っていいものだろうか...と考えながらこの場所に突っ立って、かなりの時が経過する。
「誰かと思ったら...」
不意に門の上から声がした。その声の主は、ふわり...と門の屋根から舞い降りると義勇の目の前に着地する。
「冨岡さん。どうされたんですか?」
「.....。」
「どこかお怪我を?」
「いや...。」
「?」
「.....。」
しのぶは義勇の顔を覗き込むと「もしもし?」と問いかける。すると、義勇の薄い唇が開いた。
「炭治郎が...意識を取り戻したと聞いた。」
しのぶはキョトンとした顔からフッと笑みを漏らすと「お見舞いに来たんですか?」と言いながら、義勇を門の中に招き入れた。
蝶屋敷の廊下を歩きながら、しのぶは炭治郎の様子を義勇に話す。
「一昨日の昼間に目を覚ましたんですよ、炭治郎君。寝ている間に怪我の方はかなり良くなったんですけど、体調がまだ戻らなくて...」
しのぶの後をついて行くといつの間にか炊事場までたどり着いた。「はい。」と、しのぶは水の入った桶と手拭いを義勇に渡す。
「.....?」
「そろそろ熱が上がってきていると思いますので、先に行って額の汗を拭ってあげて下さい。私は薬を調合してから行きますので。」
そういうとしのぶは「そこの角を曲がって一番奥の個室が炭治郎君のお部屋ですよ。」と言い、別の部屋へと入って行ってしまった。
義勇は廊下の角を曲がり、一番奥の個室の扉をそっと開いた。
義勇は小さな灯りを灯すと部屋の中に入る。部屋の真ん中に寝台が一つ。左右に立てられた支柱からガラスの瓶が逆さまにぶら下り、そこから伸びる管はベッドで横たわっている体へと続いている。その光景に義勇は一瞬だけドキリ..とした。
そこに横たわる体は、何かに耐えるかのように息を詰めてはうめき声と共に息を吐き出し、荒い呼吸を繰り返していた。
義勇は寝台脇の机に桶を置くと、炭治郎の頬をペチペチと優しく叩いた。
「炭治郎、分かるか?」
触れた頬がかなり熱をもっていた。そのまま額や首筋にも手を当ててみると、酷く発熱しているのが分かる。あまりに酷い熱に義勇は少し焦った。大量の汗をかいて、酷く辛そうだ。これは大丈夫なのだろうか...とそう思った。
炭治郎はまだ眠りの中にいるのか、義勇が触れても反応がない。それなのに痛みに耐えるかのように呼吸を抑えようとしていた。かき乱されたシーツがどれだけもがき苦しんでいたかを物語っている。
義勇は桶の水に手拭いを浸して軽く絞ると、炭治郎の額と頬、首元から鎖骨の辺りまで、汗を拭う。ぬるくなった手拭いを再び水に浸すと、今度は熱を逃していくように優しく額や頬に手拭いを当てていく。手拭いはすぐに温くなりその都度水に浸しては炭治郎の熱を逃していった。
あの時...命乞いするほど弱かった炭治郎が、鬼と戦って仲間を守れるまでに成長した。義勇はそれを嬉しく思うのと共に、こうやって命の境を彷徨わせるような過酷な運命を背負わせてしまった事に、居た堪れない気持ちになる。本当にこれでよかったのだろうか...。
義勇は炭治郎の痩せた体を見つめる。そして、荒い呼吸を繰り返す炭治郎の傷にそっと触れた。
---
「いたい...」
「キツい...」
「コワイ...」
「だれか...たすけて... 」
炭治郎はもがく。体がキツくて仕方なかった。その現実から逃げたくて、浅い眠りの世界に逃げ込んだのに、
「たすけて...」
夢の中で助けを乞う。
不意に、頬に冷たい感触が来た。額や首筋にも、ひんやりとして気持ちがいい。それは暫く続き、辛さが徐々に薄らいで行く感じがした。
強い薬品の匂いに混ざって、誰かの匂いがした。それはよく知っている匂い。凛とした静寂を思わせるような...あの匂い。不思議な事に、少しの焦りと不安の匂いが入り混じっている。
---
「.......ゅ..ぅ....さ.....ん...?」
酷く弱々しい、掠れた声が炭治郎の唇からこぼれ落ちる。その声に、義勇はハッとした。気がつくと、炭治郎の荒い呼吸はだいぶ落ち着いている。そしてうっすらと目を開けていた。
「気がついたか...」
炭治郎が目を覚ました事に、義勇はホッと胸を撫で下ろした。
後ろでコンコンコンと壁を叩く音がした。
「入りますよ?」
しのぶは盆を持って部屋に入ってきた。
「冨岡さん、炭治郎君を冷やして下さっていたんですね。とても助かります。」
義勇はしのぶに今さっきまで自分がいた場所を譲ると後ろに下がり、壁に寄りかかった。
「炭治郎君、わかりますか?」
そういいながらしのぶは炭治郎の顔を覗き込む。炭治郎は虚な目をしていたが、しっかりコクリ..と頷いた。
しのぶはニコリと笑顔を返すと持っていた盆を桶の隣に置いた。盆の上には体温計と湯呑みに入った白湯、紙に包まれた薬が数個置いてある。
しのぶは体温計を手に取ると「はい、あーん。」といいながら炭治郎の口元に持っていく。炭治郎はしのぶに言われるがまま、少し口を開いた。体温計のひんやりとした感触が炭治郎の舌に触れる。
しのぶは炭治郎の首筋に手を添えたあと、今度は下瞼をそっと引っ張って何かを確認し、はぁ...とため息をついた。そして薬の入った紙を開き、白湯の中にサラサラ..と入れ、匙でくるくるとかき回した。
「それは?」
義勇は思わず口を出す。
「薬湯です。解熱剤と鎮痛剤の。今の炭治郎君が飲めるかどうか、分かりませんけど...」
しのぶは二つ目の薬の紙を開いて白湯に混ぜながら答えた。そして炭治郎の口から体温計を取ると水銀の位置を確認する。
「39度ですか...。やはりだいぶ熱が上がってきましたね。」
炭治郎の口元に匙を持っていく。
「これを飲めば、少し楽になりますよ。頑張って飲めますか?」
炭治郎がしのぶを見つめながらコクリと頷く。しのぶはニコリと笑顔を作ると、薬湯を匙で少しずつ炭治郎に飲ませた。口の中に含んだ薬湯を炭治郎が時間をかけてゆっくりとを飲み込んでいく。
「うん。昨日よりはだいぶ飲み込めるようになりましたね。」
しのぶはそう励ましながら、炭治郎がむせ込まないように注意しつつ湯呑みに入っていた薬湯を全て飲ませる事ができた。
これだけ飲めれば、熱も痛みもだいぶ落ち着くはずだ...としのぶは安堵した。湯呑みと匙を盆の上に乗せる。薬湯を飲み切った炭治郎は疲れたのか、ウトウト..と眠ろうとしていた。しのぶは「よかった...」と小さく呟きながら、炭治郎の頭をそっと撫でる。
「これで少しは落ち着くと思います。昨日は、2、3口飲み込んだだけで、受け付けなくなってしまいましたから...」
後ろの壁にもたれて、その光景を見守っていた義勇はしのぶの言葉に安心したのか、ふぅ...と一つため息をついた。
解熱剤と鎮痛剤の効果が出れば、あれほど苦しむ事は無いはずだ。先程の炭治郎の様子を思い返しながら、義勇はそう思った。
「私は他の子達の様子をみてきますが、冨岡さんはどうされますか?」
「.....俺は...もう少し、ここにいる。」
しのぶは一瞬驚いたかのように目を見開いたが、すぐにふっと微笑むと、炭治郎の部屋を後にした。
いつも他人のことに無関心な冨岡義勇が、ここまで人の心配をしているのをしのぶは初めて見た。洋燈の灯る廊下を歩きながら「いい変化ですね、冨岡さん。」と一人呟いた。
しのぶが部屋を出て行ったあと、義勇は炭治郎のそばに近寄り、浅い眠りに入った炭治郎を見つめる。もう薬が効いてきたのか、辛そうな様子はない。
先ほどしのぶがしていたように、義勇もそっと炭治郎の頭に手を添える。そしてぎこちない手つきで優しく炭治郎の頭を撫でた。
---
炭治郎は体のキツさも、熱も少しずつほどけていく様な感じを、夢うつつに感じていた。
不意に頭を撫でられている様な感覚がした。少し不器用な慣れない手つきのそれはどこか心地よく、ずっとそばにいて欲しいと、そう思った。たとえそれが夢でも...。
---
アオイは早歩きで屋敷の廊下を歩く。大部屋にいる隊士達を叩き起こして食事を配膳した後、個室の炭治郎の元へと向かう。
「今日はやる事が沢山だ。炭治郎さんに重湯と薬湯、食べれそうだったらお粥を食べてもらい、栄養を取らせる。しのぶ様が炭治郎さんは貧血があると言っていた。戦いで血を流しすぎた後、ずっと眠っていて点滴からしか栄誉が取れていないからだ。ちゃんとした食事を沢山取ってもらわないといけない。そして、体を慣らす為にも離床する時間を少しずつ増やす。そこまで出来たら午後はお風呂に入れて、包帯も変えて....」
アオイは今日の予定を頭の中で確認する。そして廊下の一番奥の扉を勢いよく開けた。
目の前の光景にアオイの時が止まる...。一拍遅れて、アオイは声にならない叫び声をあげた。そこには床に座り込み炭治郎の寝台に突っ伏して、眠っている水柱がいた。アオイはこの光景に、思わず後ろにジリジリと後ずさる。すると、ふわりと背中に何かが触れた。
「あら?冨岡さん、まだいらしたんですね。」
「し...しのぶ様!」
しのぶはアオイの唇の前に人差し指を立てる。
「しーッ。もう少し、寝かせてあげましょうか。」
顔を真っ赤にしてアワアワとしていたアオイはしのぶの言葉に「...はい...」と素直に返事をした。
しのぶはフフッと微笑みながら次の部屋にいる隊士たちの様子を見に行った。
一人残されたアオイはドキドキしたまま寝台の二人を見つめる。どちらも良く眠っていた。
蝶屋敷は今日も忙しい。アオイは気合いを入れるかの様に自分の両頬を手でパンッと叩くと、次の仕事に向かった。
終
このサイトでは初投稿でした。この小説はpixivにも投稿している作品です。若干表現は変えております。最後まで読んでくださりありがとうございました。