ピアノ教師になりたかった加奈は夢を絶たれ、親の勧めで結婚する。姑のトミは実の母親よりも波長が合い、加奈はトミを母以上に慕う。しかし、身内の横領で家は財産を奪われ、夫は病死し、トミには認知症の症状が現れ始めた。加奈はトミを懸命に介護するが、しだいに金銭面で追い詰められ、ついには食べ物さえ買う金がなくなり、トミとの心中を決意する。

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桜は散りそこなった

 義母のトミはこんなに軽かったのかと、加奈は背にかかる負荷のあまりの小ささにむしろ驚いて「ありゃ」と声を漏らした。だらりと力なく垂れた腕は枯れ木のように細い。ふくよかだったトミのあまりの衰容ぶりにいまさら気がついた加奈は、背負う義母に顔だけ振り向かせて白い息を吐いた。

「ごめんねえ、もうすぐ終わりますけん」

 終わる、という自分の言葉に、身震いした。密着している義母にもその震えが伝わっただろうから、加奈は脅えを覚られないようわざと大げさに手をすりながら「寒いねえ」と糊塗(こと)した。

 松山城を頂く城山が、夜空よりも濃い影のかたまりとなって寝息をたてている。旅行好きなトミがかつて訪れたという姫路城を「わたしら城山見て育ったけん、地べたにお城があるんがなんかおかしかったわ」と笑っていたのが鮮やかに思い出された。

 城山の北を横断する平和通りの、ある一角で足を止める。家族ぐるみで付き合いのあった新村家と、氷を引く(のこぎり)手鉤(てかぎ)を仕立ててもらっていた菅井金物店に挟まれた、住宅街にぽっかりとあいた穴のようなコインパーキングを、加奈は感慨深く眺めた。

「覚えとる? ここ()家建っとったんよ、お義母さん。こうして見たら(せま)見えるね。ここ()慎二郎さんの軽トラと、冷凍室があって、あの奥らへんがお風呂で。雨漏りには泣かされたねえ……」

 背後から放屁の音がした。最初に一回、それから長く続いた。

「出ました? どこかで替えましょうね、最後くらいきれいなままにしとかんとね」

 返事をしないトミをおぶって、加奈は近くの公園のトイレに入った。個室で義母を立たせ、ズボンを脱がせると、案の定、湯気が立つような大便の臭いが鼻をついた。加奈はコートを脱いで床に敷いた。

「ちょっと狭いけどここに寝てくださいねえ」

 赤ん坊のように仰向けになったトミのやせ細った足をひらかせ、脱糞で汚れたオムツを外し、トイレットペーパーでお尻と太ももを拭く。新しいオムツを穿かせようとしたところで、トミが出し抜けに放尿した。失禁が加奈にもかかった。

「ああ、ああ、よう出ましたねえ」

 トミの下の世話に追われた十年だった。それももう終わりと思えば、小便をかけられても笑ってやり過ごすことができた。

 ふたたびトミを背負う。義母は始終、口をくっちゃくっちゃといわせるほかはなんら外界へ反応を見せなかった。

 日本最古の温泉街と名高い道後も、さすがに寝静まっていて、路面電車の軌道も明日の働きを夢見て眠りに就いているようだった。だが、加奈とトミにはもう明日はないのだ。

 腰を曲げた姿勢を続けていたので、いったん休憩しようと、義母をひっくり返さないよう気をつけながら背筋を伸ばした。そうして墨色の空を仰いでいると、(かす)かにまたたく星々のひとつが、出し抜けに、すい、と流れて、たちまち滑り落ちるような青い流れ星になった。

 そのとき、加奈は、強い祈りの衝動を覚えた。あの星が消える前に、祈らなければ。けれども、願いがはっきりとした言葉になる前に流れ星は燃え尽き、もとの静謐が戻った。捧げ損ねた、ほんの一言の祈りの文句だけが胸中に残されて、加奈はそれを持て余した。

 その願いとは、こうであった。

(もし来世があるなら、どうか人間には生まれ変わりませんように。お金で悩まされるのはもうたくさんです)

 

  ◇

 

 加奈と夫の慎二郎は見合い結婚だった。結婚していなければ成人と認めてもらえないのは、山深い加奈の在所でも、そんな在所からすれば目もくらむような都会の松山でも変わらなかった。

 もともと、短大で器楽を学んだ加奈はピアノの教師として独り立ちするつもりだった。進学からして難題だった。母である。女学校しか出ていない母は、娘が自分以上の学歴を得て収入を稼ぐようになることが我慢ならないらしかった。だからまず大学への進学は望めなかった。「おなごは学問なんかせいでさっさと結婚したらええんよ」というのが母の口癖だった。母からすれば、もし加奈が高校ならまだしも大学まで出て、男の扶養に頼らない自由な人生を生きることができたなら、自分が家に入らざるをえなかったのは女だからではなく、周囲の反対を跳ねのけてまで進学する意気地が自分になかったからだということが証明されてしまう。まして娘に負けたのだからよけいに惨めさが際立つ。それを察した加奈が短大なら大卒にはならないと必死に説き伏せ、ようやく許可をとりつけた。

 受験当日の朝も、万が一があってはならないからと、母が風邪薬の錠剤を寄越してきた。母の愛を未だ信じたい加奈だった。受験という大一番になって、これまで進学に難色を示してきた母が、ようやく親として気遣ってくれたのが加奈にはうれしかった。だが、見ている前で()めという母の目つきに違和感を覚えた。まむしのように目が三角になっていた。加奈はいわれるまま服用するふりをして、舌の裏に隠した。家を出てから吐き出した。泡だらけの唾液にまみれた錠剤の外形は、帰宅後に薬箱をこっそり漁って見つけた睡眠薬とそっくりだった。

 夢叶って教鞭をとる身となり、単車で出勤していた三十歳の朝、国道で信号無視のダンプに轢かれた。転倒した加奈の右手の上を、ダンプの巨大なタイヤがゆっくり踏み潰していった。右手は親指以外の四本が粉砕骨折していた。ピアノなど数年は望むべくもなかった。見舞いにきた母の顔には「ザマアミロ」と書かれてあった。

 職を失った三十路近い女の腰をどうにか落ち着けさせるために両親は見合いを勧めた。むしろ母にとっては本懐だったからことさら熱心だった。

 慎二郎の両親もまた、この三十路を過ぎてまだ嫁の来手がない次男の相手を探していた。二人はそうして出会った。

 加奈は松山に嫁いだ。慎二郎の家は氷屋を営んでいた。彼の父親が、満州から引き揚げ船で帰ってきて、大空襲でいちめん焼け野原だった――トミによると建物がなさすぎて広島のきのこ雲が見えたらしい――松山で始めた商売が氷だった。冷蔵庫で氷は必需品だったから食いっぱぐれないと考えたのだ。だが電気冷蔵庫の登場で、加奈が嫁入りするだいぶ前から、慎二郎が二代目を務める伊吹氷商店の取引先は個人宅から歓楽街のスナックに移り変わっていた。

 嫁いで最初の夕飯時、義母が食卓を手料理で埋め尽くして加奈を歓迎した。だが皿のひとつに鶏の照り焼きがあった。

「すみません、わたし鶏はだめで……」

「なんでな」

「実家の畑に鶏小屋があったんですけど、子供のころ、そこの鶏に追いかけられたんです。それからもう鳥を見るんも嫌で」

 いってから、加奈は、しまったと後悔した。初日からいきなり姑との関係を険悪にする嫁があるか。とっさに謝ろうとすると、

「わたしもねえ、南瓜(かぼちゃ)はだめなんよ。戦時中にね、食べるものがないけん南瓜のうらなりとか食べさせられてね、南瓜見たら戦争思い出すけん」

 義母はそれから、戦争中に疎開した今治(いまばり)の東洋レーヨンで勤労奉仕として特攻隊員の飛行服修繕に駆り出されていたこと、当時は義務感から従事していたが今思えば都合よくただ働きさせられただけだったこと、今治大空襲のときは五十八番札所の仙遊寺のある山にみんなで避難して、火の雨のような焼夷弾と燃え盛る学校や市街が夜空によく映えて、とても美しかったことなどを笑い混じりに語り、それから思い出したように、

「今の時代、これだけ食べものがあるんやけん、食べたいものだけ食べたんでかまんのよ」

 ほかに嫌いなものはあるか、アレルギーはあるかと気遣ってくれた。加奈は、この笑顔のかわいらしい義母をいっぺんに好きになった。一九八四年一月十六日のことだった。

 

 氷屋は得てして冬は燃料を(ひさ)ぐものだが、創業者である義父は手が炭や灯油で汚れるのを嫌がって氷しか扱わなかった。だがかえって幸いした。

 というのは、そもそも加奈は氷屋が一年で最も繁盛するのは夏だろうと思いこんでいた。たしかに七月から八月は銀天街と大街道で毎週土曜に開かれる土曜夜市やあちこちの夏祭りで、かき氷とトロ舟に浮かべる冷やし用の氷が飛ぶように売れるが、伊吹氷商店として最も売れ行きが伸びるのは、むしろ真冬のはずの十一月から十二月の忘年会シーズンだった。ときあたかも史上空前の地価高騰に日本中が沸いていた。歓楽街は毎夜酔客で溢れ返った。一番町から三番町にかけては、つねにどこかのビルで新装開店を祝う花輪が繚乱と咲き誇っていた。店を出せばかならず大入りとなった。高い洋酒ほど好まれた。それでロック用の氷も真夏以上に売り上げを伸ばした。

 あまりに忙しいので、どこの得意先も一度納品しただけではまず足りず、まして金曜土曜の夜ともなれば電話が追加注文でひっきりなしに泣き叫んだ。タクシーと代行運転で渋滞もひどく、慎二郎も義父も家にいちいち戻るいとまがないほどで、軽トラに氷を山と積んでおいて、配達の合間に注文が来ていないか公衆電話から確かめた(義父は公衆電話のかけ方をついぞ覚えなかったので家と盛り場との往復を繰り返した)。戦争のような電話の嵐がやむのはおおむね深夜一時を回ったころで、魚臭くなるまで働いて帰ってきた慎二郎と義父の額は汗で光っているのが常であった。このうえ炭など売る余裕はなかった。

 たいていの得意先は掛け売りで、店に通い帳を置いておき、納品した氷の数量を記録し、それを月の末に回収して末締めで請求書を書く。その通い帳は、床に加奈の胸くらいまで積み重ねると三本の塔になった。加奈とトミのふたりで分担して、ひたすら電卓を叩き、複写の請求書に数字を書き込み、通い帳の塔をやっつけるのが月末の恒例行事となった。

 家には加奈とトミしかいなかった。慎二郎と義父は昼の配達に忙殺されていた。ただ電卓を叩く音とボールペンを走らせる音、あとは電話のベルが音のすべてだった。結婚している男女の家にあるべき騒々しさはなかった。結婚して五年が経っていた。

「あの、お義母さん。……いつまでも孫抱かせてあげられんかって、ごめんなさい」

 義母の顔が見られなかった。

 トミは、次の通い帳に手を伸ばしながら、

「そうやね、それは、いかんね」

 とため息をついた。いつまでも子を身籠らない嫁の肩身の狭さを改めて加奈が感じていると、

「わたしのためなんかに子供作らないかんいう、その考え方がね」

 トミにいわれて、はっと顔を上げた。トミの面上には微笑があった。

「子供いうもんはァね、親の勝手で生まれてくるんよ。わたしらの親世代なんか、わァ(自分ら)の仕事を手伝わすために子供作りよったんやけん。給料いらんのやけん、いくら働かしても。田んぼとか、焚き付けの松葉拾いに行かされたりね。親いうもんは子供の、親を選ぶ権利いうんかな、そういうの無視して生んでしまうんやけん。まして、子供がやね、なんでぼく生んだんわたし生んだん訊いて、おばあちゃんが孫見たかったいうだけよいわれたら、よいよかわいそうなら(それこそ可哀そうなことだ)。加奈ちゃんもね、わたしやお父さんに子供のことで気兼ねしたらいかん。できんときはできん。できたら可愛がる。それでよかろがな」

 そこまでいって、電卓を叩き間違えたらしいトミが、

「危ない危ない」

 と、つい先日テレビで公開され今や県下の流行語となっていた福田和子の肉声を真似し、それきり黙ってまた作業に没頭した。

 点けっぱなしにしていたテレビでは、ドラマが臨時の放送に切り替わり、眼鏡をかけた喪服姿のような官房長官が、すぐ脇に伏せてある額縁の向きを一瞬確かめてから立てかけた。平成という、なんとも据わりの悪そうな二文字が、墨痕も鮮やかにストロボを浴びていた。

「平成」

 と、トミはちらと画面を一瞥してから、

「なんかしっくりこんね」

 そういってふたたびボールペンを走らせた。

 

 この年、義父が高齢から氷の配達に耐えられなくなり、半引退して、代わりに慎二郎の兄である彰悟(しょうご)が会社を退職して実家でもある伊吹氷商店を手伝うことになった。カメラの趣味が嵩じて高校卒業後は大手カメラメーカーの愛媛支社に就職を懇望したため、次男の慎二郎が家業を継いだのだった。彰悟は人当たりがよく、また要領のよさと腕とを見込まれて、御巣鷹山の墜落事故で遺体の写真を大量に現像するにあたって助っ人として関東の本社に呼ばれたこともあったという。

「ほれじゃあ、兄弟でがんばろか!」

 と、話し合いの食事の席で、彰悟は腐るどころか快諾してくれたと、帰ってきた慎二郎が安堵しながらいって、加奈も胸をなで下ろした。

 とはいえ家業のために会社を辞めさせた負い目があったのか、トミは白水台(はくすいだい)に彰悟の家を建ててやった。彰悟としても、すでに妻子があって、さらに近々ふたりめが生まれる予定だった。それまで住んでいた賃貸では狭くなってきていた。

 白水台には立派な一軒家が建った。そのローンをトミが肩代わりした。相続税と贈与税対策でもあった。

 

 伊吹家も面している大通りは、桜並木となっているが、不思議と、伊吹と新村家のあいだにある桜だけは、開花こそ朋輩の木々と足並みをそろえるが、散るのは遅かった。ほかの木がどれも葉桜に装いをすっかり改めてしまっても、まだ枝々に淡い花弁がまばらにしがみついているのだった。

「またことしも散りそこなっとらい」

 店先をともに掃き掃除するとき、この辺で一本だけ春が置き去りになっているその桜に、トミは必ず微笑するのだった。

 慎二郎に昼食を食べさせて送り出したあと、電話がかかった。短大の同期だった。このたび知人が松山市駅前に音楽教室を開講するにあたって、信頼できるピアノ講師を若干名探しているというのだが、どうだ、との旨だった。返事は保留にしていったん電話を切った。

「お友だち?」

「ピアノの先生やってみんいう話でした」

「加奈ちゃん、ピアノやりよったいいよったもんね。どうするん?」

「どうしたらええですかね」

「加奈ちゃんは、どうしたいんぞね」

 加奈は返答に窮した。加奈本人の意志を訊ねるトミが信じられなかった。

「わたしが決めてええんですか?」

「ほかにだれが決めるんよ。加奈ちゃんのことやのにから」

「でも、仕事もして家事と家(商売)の手伝いは、ちょっとできるかどうか自信ないです」

「わたしもお父さんも家()おるんやけん、かまんかろがな。外で仕事しよるもんに家のことまでせぇなんてわたしはよう言わん。むごい。わたしのことは気にせられんよ。わたしのせいで加奈ちゃんがなんかあきらめないかんってなったら気の毒なけんな」

「……なんでそこまでしてくれるんですか」

「そんなん、加奈ちゃんがうちの娘やけんよ。子供のやりたいことやらしてあげるんが親よ。彰悟は呼び戻してしもたけんど」

 トミは、ここだけの話と前置きして、

「わたしはね、ほんとうは女の子が欲しかったんよ。男ふたぁりしかできんかったろ? 彰悟は結婚しても羽生(はぶ)のほうに住んどったけんお嫁さんともさいさい(ちょくちょく)は会えんし。ほやけん加奈ちゃんが来てくれて、ほんと嬉しかったんよ。娘が出来たて。お返しに加奈ちゃんのこと応援させてやね」

 と、加奈の手に長年の水仕事と商売とで節くれだった手を重ねた。

「ほれにね、加奈ちゃん、無意識なんかもしれんけど、たんまにピアノ弾きよるみたいに指動かしよるときあるよ。やるだけやっとぉみ」

 

 面接で七年ぶりに触れるグランドピアノは、座っただけで気分の高揚と安堵の両方を加奈にもたらした。十本の指は好きだったラフマニノフのピアノ協奏曲第二番ハ短調作品十八を覚えていた。多少とちったが、オーナーは、手を骨折したとは思えない、ブランクがあって第一楽章冒頭の和音の連打をこなせるなら、勘を取り戻せばまず講師は務まるだろうとその場で採用を決めてくれた。

 子供たちにピアノを教える日々が始まった。毎月の帳面づけだけでなく繁忙期もトミは加奈に教室を優先するよういった。後ろめたさがないといえばうそになるが、おかげで憧れの仕事に専念できた。

 その日は日曜だった。土日は教室が最も忙しくなるためはりきっていると、事務員が加奈宛てに電話が来ていると知らせてきた。回してもらうと、留守番をしている義父からだった。万事おっとりしている義父はいつになく慌てていた。

「加奈さんのお母さんが、亡くなったいうて、(いんま)電話がきたんよ」

 その日はどう仕事をこなしたか定かではない。母を忘れていられる日々だった。だが忘れても母の存在そのものが消えてなくなったわけではない。いつかは息を引き取るし、そうなれば加奈のもとにも訃報が届く。葬儀や諸手続きなど一人娘ゆえに果たさなければならない責任もある。当然の摂理と頭ではわかっていても、死してなお人生の邪魔をしてくる母を、加奈はこのときはっきりと憎んだ。

 帰宅すると、トミが親を亡くした加奈を慰め、

「いつ行くん? お通夜とかお葬式とかいろいろあろに」

「いえ、もうわたしの家はここですけん、ええです」

「ええですて」

「母は、わたしの人生を壊すことが生きがいの人やったんです。あの人にわたしどれだけ苦しめられたかわかりません。苦しめられとるいうこともわからんかったんです。ここ()来てやっと、あの家が普通やないいうんがわかったんです。もうあの人には関わりたないです。わたしの母は、お義母さんです」

「ほれやったら、よけい行かないかん。行かんかったら、加奈ちゃん、このままずっとお母さんのこと引きずってしまうよ」

 トミは珍しく加奈を叱った。

「ちゃんとお別れしたら気持ちも整理できよう? お葬式いうもんは、死んだもんのためにしてあげるんやなくて、こっちが区切りつけるためにするんやけん。そんなお母さんなんやったら、お葬式行って、胸のうちで“ざまあみい”ていうてやったらええんよ。なにいうてももう怒られたりせんのやけん。口答えできんようになった嫌いなもんに罵詈雑言叩きつけるんは気持ちええよ。行っとかな損よ」

 説得され、加奈は盆正月でさえ帰らなかった在所に帰郷した。一時間ほどJRバスに揺られながら眺める窓外の景色も、平成の大合併が進みつつあるという在所も、加奈が嫁入りした十五年前から時が止まっているかのようになにひとつ変わっていなかった。

 町立病院で遺体を確認した。脳溢血が死因だという母がベッドで手を組み合わせて眠っていた。いまにも目をくわっと見開いて、「親の死に目に会わんかった不孝者(ふこうもん)はわたしの娘じゃない」と呪詛を吐いてきそうで、加奈は母の死顔からすぐに目を逸らした。あらかじめ連絡してあった葬儀社に斎場まで搬送してもらった。母は交友関係も狭く、同年代の知己はすでにあらかた逝ってしまっているので密葬にした。在所では冠婚葬祭は大々的にするものと定められていた。加奈だけで葬儀をすませたら、あとで知った在所の人々はさぞ不実な家だと加奈を、そして亡母をなじるだろう。それが加奈の母への復讐だった。

 母の遺骨を骨壺に収めるとき、加奈は擂粉木で一心不乱に粉骨した。母は無抵抗のまま粉々に砕かれた。

「おかえり。どうやった?」

 松山に帰るとトミがいちばんに出迎えた。

「わたしをあれだけ苦しめとったもんが、あんな灰やったんかと思うと――すっきりしました」

 加奈がいうと、トミはそれ以上はなにも訊かず、ただ頷いて、

「疲れたろ。休んどき。もうご飯できるけん」

「わたしもやります」

「休んどぉきて」

「いえいえ、体動かしといたほうが気が楽なんで」

「ええけん、ええけん」

「きょうはなんにするんです?」

 

  ◇

 

 戦後まもなく建てられた伊吹氷商店の店舗兼住宅は、経年に大黒柱を蝕まれ、建て替えが必要になった。両隣にほとんど隙間なく家が建っていて工事車両が横付けできないだけでなく、商売の要である冷凍室は移設できないので、冷凍室のある区画と新築部分をうまく結合させなくてはならず、それらの手間は代金の数字に反映された。建て替え費用三千万円のうち二割の六百万円を頭金として義父母が拠出し、近い将来に義父に代わって世帯主になる慎二郎が三十五年のローンを組んだ。

 生まれ変わった家で新しい生活が始まった。

 その年の梅雨、二階の天井から雨垂れの音が響いた。激しい雨の夜が明けるとそこの天井には染みができていた。

 すぐに施工業者を呼んで点検させた。雨漏りだった。業者は確かに修理したといって帰った。雨は続いた。染みはできなかった。直ったのだと加奈は安心したが、まさか新築一年目から雨漏りするとは信じられないと家族で口々に言い合った。

 翌年の梅雨は、例年にない豪雨が愛媛を襲った。県南の宇和島などは床上浸水が数多報告されたという。松山では道路の冠水すらなかったが、石手川ダム放流のサイレンが真夜中でも市内に(こだま)した。

 サイレンのためではなく、階下からのトミの悲鳴のために加奈と慎二郎は飛び起きた。駆け降りていくと義父母の寝室では雨が降っていた。二階の収納から漏れた雨水がさらに真下の一階寝室に滴っていたのだった。

 翌朝早く、慎二郎が施工業者に電話をかけた。出なかった。名刺の住所に赴いて帰ってきた慎二郎は怒りを通り越して呆れていた。事務所はすでにもぬけの殻だった。

 別の業者Bを呼んだ。天井裏を調べた業者Bは、雨漏りしている屋根下に水の溜まったバケツが置いてあるといった。くだんの業者は修理するといっておいてバケツですませていたのだ。その場で補修を依頼した。工事が行なわれ、修理代金に三十万ほどかかった。保険会社に問い合わせたが、風水害ではなく住宅の欠陥に原因があるので保険金支払いの対象外とあしらわれた。梅雨の中休みが終わって久しぶりに雨が降るとまた雨漏りした。業者Bに連絡するとおそらく前回の修理箇所とは別のところから漏れているのだろう、修理しなければといわれた。一家は訝しみながらも頼んだ。こんどは五十万請求された。雨漏りは直らなかった。リビングの床までが海になっていた。四人で必死に拭いた。

 狙いすましたように電話が鳴った。業者Bからだった。雨漏りしているかどうか確認された。

「ええ加減な修理して、わざと雨漏り直さんようにして、うちを金づるにしとんやない?」

 電話をとったトミが怒鳴った。なにか言い合いをして、「もうええです」と受話器を叩きつけた。

 また別の業者Cに来てもらった。業者Cは屋根を見もせずに、雨に侵食された二階収納の天井に化粧板を貼りつけただけだった。十五万円を払えといわれた。もちろん雨漏りが止まることはなかった。

 ここまでくると、すべてのリフォーム業者が信じられなくなった。もうどこにも依頼する気が少なくとも加奈には起きなかった。雨が降るたびに発泡箱や洗面器を引っ張り出した。雨漏りする家のローンを払う慎二郎の横顔は惨めさに沈んでいた。

 加奈が伊吹氷商店の収益の妙な少なさに違和感を覚えたのは、二階の廊下まで雨漏りしはじめた月末だった。

 バブル崩壊の波が徐々にではあるが愛媛にも押し寄せていた。歓楽街に頼りきっていた氷の売り上げが月ごとに減っていくのが、講師となってからも帳面づけをなるべく手伝うようにしていた加奈には手に取るようにわかった。それにしても利益率の減少幅が尋常ではなかった。過去の帳簿と突き合わせてみると、売り上げに対する大卸からの仕入れ額が占める割合が相対的に増えていた。仕入れの伝票に不審な点はない。加奈たちは揃って首を傾げた。

 義父は、十五年前に胃がんの手術で胃を全摘してからトミの作る麺類しか受け付けなくなっていたが、あるときから水さえも飲まなくなった。入院と病状の悪化はほとんど同時だった。入院からわずか一週間後の未明に義父は息を引き取った。告別式では大島や高知の親戚まで招いた。彰悟の一家はいつの間にか買ったらしい真っ白なクラウンのロイヤルサルーンで斎場に乗り付けた。

 経営は悪化の一途を辿っていた。大卸への支払いにさえ事欠くありさまなので社内留保やトミの貯金を取り崩すほかなかった。つまり伊吹氷商店は何年も赤字続きだった。

 そんなある夜、教室が休みでたまたま家でトミとテレビを見ていた加奈は、聞き覚えのない店からの電話をとった。きょうのぶんの氷がまだ納品されていないという苦情だった。

「どこからやったん?」

「知らん店からでした。おおかた間違い電話でしょう」

 また電話が鳴った。先刻の店からだった。もういちど会社名と電話番号を確認したがやはり間違いないという。

「伊吹氷商店さんですよね?」

「そうですが……」

「うち確かにお宅に氷入れてもらいよんやけど。もろた名刺のほうにかけたら出んかったけん、タウンページで番号探してかけとるんやけど」

「……その名刺のと、いまかけてくださってるこの番号とは違うんですか」

 相手は電話番号を読み上げた。伊吹氷商店ではなかった。だが加奈も知っている番号だった。白水台にある彰悟の自宅である。

 翌日、慎二郎は彰悟を呼び出した。ゆうべ電話をかけてきた店の名を告げると知らないと白を切った。相手が名刺を持っていることを突き付けると、義兄からいつもの陽気な笑みが消えた。

 つまりこういうことだった。彰悟は会社に内緒で営業をかけ、個人的に得意先を作っていた。だがそこに納品する氷の仕入れ分まで伊吹氷商店名義で伝票をつけていたのだ。会社は彰悟の仕入れ代まで払わされていたため利益を圧迫されていたのである。

 慎二郎が、個人的な取引先とはこの一軒だけではあるまいと詰めると、観念したのか彰悟はぽつりぽつりと店の名を明かしはじめた。なかには名の通った大店もあった。彰悟が隠れて稼いでいた金額は月三十万にも上った。

「いつからぞ」

「……ちょっと前から」

「最初からか?」

 彰悟は答えなかった。肯定を意味する沈黙だった。彰悟が伊吹で働きはじめたのは平成元年だから二十二年ものあいだ横領してきたことになる。毎月三十万とすると彰悟は給料とは別にこれまで八千万円近くを稼いでおり、伊吹家はその仕入れ代約五千四百万円を押しつけられていた計算だ。

「そら赤字にもならい……」途方に暮れたようにトミが呟いた。「まさか実の息子に(ひる)みたいに生き血すすられよったとはねぇ……」

 慎二郎は声を荒らげて、彰悟に解雇と返金を求めた。

「返せん。ないもん」

「分割でもええけんなんか仕事して返せや、糞馬鹿が」

「ほんなら裁判でもなんでもしたらよかろがな。やれるもんならやってみい」

 開き直った彰悟に、加奈たちは唖然とした。なにもいえない三人を見て、言い合いに勝ったと思ったらしい彰悟が笑みを浮かべ、

「おれが横領しよったなんちゅう証拠なんか、どこにもあらすまいがな!」

 高らかに捨て台詞を吐いて帰っていった。

 彰悟のいうとおり民事裁判を起こすことも検討したが、労力と裁判費用が負担になるのみならず、身内相手に金の問題で争っていると知れたら口さがない連中に格好の噂話の種にされる。加奈らは泣き寝入りするしかなかった。

 後日、彰悟は独自に氷屋を立ち上げ、「個人的な取引先」のみならず、正規に担当していた得意先まで伊吹から奪った。周囲には、伊吹では安くこき使われ、こっちは子供もいて給料だけで住宅ローンや固定資産税を払わねばならないのに向こうは会社の経費で落とせる、あまりの不公平に耐えかねて独立したのだと吹聴した。根も葉もないでたらめだったが、彰悟の生来の感情表現の豊かさと人当たりのよさのため、だれもが頭から信じた。

 伊吹氷商店は一夜にして取引先を半分近くも失った。

 慎二郎の体調に異変が生じたのはそれからわずかも経たない初冬だった。食べても必ず半消化で嘔吐した。検査の結果は義父と同じ胃がんだった。しかもかなり進行しており、ステージⅢCと判定された。

 入院と手術のあいだ加奈が配達をしなければならないので、ピアノ教室には休職を願い出た。

 慎二郎は手術の結果、胃は三分の二を摘出したが、腹膜播種(ふくまくはしゅ)が認められた。がん細胞が腹部全体にばら撒かれていて、手術で完全に除去するのはむずかしく再発率も高い。抗がん剤を用いても余命一年程度だろうと医師は率直に告げた。加奈は教室を退職した。

 忘年会の時期に入った。得意先が減っても加奈一人で慣れない配達をこなすのは骨が折れた。とくに大変だったのが、仕入れた氷をカットする工程だった。

 氷は四貫一枚の状態で仕入れる。これを、伊吹の家にある、五百匁に線を入れられるよう回転鋸が並んだ機械で切る。仕入れてきた一枚を機械にかけるだけでも加奈の全身が悲鳴をあげた。

 もっと厄介なのが、かき氷用にカットするときだ。得意先に老舗の甘味処があって、年じゅうかき氷を売っているから、冬でも一辺二十センチの立方体に切った通称「サイコロ」が要る。サイコロにするには機械ではなく鋸を使って人力で切る。寝かせた一枚の氷に、まず縦中央に一本線を引き、それから横に三本の線を等間隔に引いて鋸を入れていく。鋸でまっすぐに線を引くのも、真下へ切っていくのも、岩のように固い氷相手では豆腐のようにはいかなず、加奈は難渋した。

 そのうえ、配達中に同じく氷を配達している彰悟と出くわすことがたびたびあり、慎二郎でなく加奈が軽トラで氷を運んでいるのを見て、慎二郎になにかあったのだとにやにやしながらじっと見られるのが、屈辱でならなかった。

 年が明け、東北の大震災で愛媛までが喪に服すような自粛ムードに包まれ、夜の店がのきなみ暇になったころ、慎二郎が退院したが、化学療法の副作用はいかんともしがたく、とても氷屋の力仕事は務まらなかった。

 慎二郎は翌年のゴールデンウィーク初日に亡くなった。筋骨隆々だったのが別人のようにやせ細っていた。

 すでに伊吹家には貯金はなかった。預金通帳は毎月底をつきかけ、入ってきた売り上げ金を右から左へ流すようにしてなんとかその月の支払いをしのぐ自転車操業に陥っていた。住宅ローンや電気ガス水道代の引き落としまでにいくら売り上げが入ってくるか、気を揉む生活が続いた。家の雨漏りは依然として進んでいて、最初に漏った二階収納の天井には穴があき、晴れた日には屋根から日光が差しこんだ。

 そんな夜、トミが四人分の夕食をつくった。

「だれか来るんですか」

「なにが?」

「四人分ありますけど」

「そりゃそうよ、加奈ちゃんとわたしと、慎二郎と、お父さんのがいろがな」

 加奈は悪い冗談だと思った。

「お義父さんも慎二郎さんも、もう亡くなってしもたでしょ」

 冗談っぽく返したが、トミは、

「なに言よんぞな! 縁起でもない! 勝手に殺さんといてや!」

 と、烈火のごとく怒り狂った。加奈は驚きのあまり声も出なかった。トミが怒鳴ったことなど今まで一度たりともなかった。

 だがトミは、ぶつぶついいながらトイレに行って帰ってくると、先ほどとは打って変わって、いつものように穏やかな表情で、

「あれ、これ加奈ちゃんが作ったん? えらい多いね」

 といって笑った。

 夕食は、料理好きなトミが作ったにしてはやけに味付けがきつく、煮物は焦げていた。

 トミがときおり別人にすり替わったようになるのが不気味で、加奈はトミが機嫌のいい日にかかりつけ医の紹介の脳神経内科へ連れて行った。医師はトミに簡単なテストをした。時計を描く問題では、トミの描いた円はいびつで始点と終点もつながっておらず、文字盤に一から十二の数字も正しく配置できなかった。ほかの設問も散々だった。医師は加奈だけ呼んでトミの病名を宣告した。

「認知症……」

 加奈は、目に映るあらゆる物体が黒い光を放っているように思えた。氷屋の仕事と認知症のトミの介護を両立などできるだろうか。治るのだろうか。治療にはいくらお金がかかるのか。

「加奈ちゃん、わたしどうなってしもたん」

 帰りしな、トミが不安げに加奈の袖をひいた。自分が尋常でない状態にあることをトミも理解していたのだ。

「大丈夫よ。大丈夫やけんね」

 加奈は自分に言い聞かせるように返した。うつろな目をしたトミを連れて、雨漏りする家に帰った。

 

 診断から一年後、配達から帰ると家にトミの姿がなかった。自転車でほうぼうを捜し回った。数時間後、かつてよく利用したスーパーが入っていた空き店舗の前で呆然としているトミを見つけた。

 以来トミはしばしば徘徊した。加奈は外出するさいに玄関のドアに外側から南京錠をかけた。帰ると家の前にパトカーが何台か停まっていた。トミが何者かに閉じ込められたと110番したのだ。トミを家に閉じ込めておくことは不可能だった。

「加奈ちゃん、わたし、怖いんよ。自分がわからんようになるときがあって。加奈ちゃん、お願い。わたしを見捨てんといて。独りにせんといて」

 幼子のように泣きじゃくるトミを、加奈は強く抱きしめた。義母をかならず守ると心に誓った。

 義母を気にかけながら加奈は必死に働いたが、毎月五万九千円の住宅ローンが重くのしかかった。銀行に赴いて月々の返済額の減額を頼んだ。協議が終わって別室から出たとき、そんなことはあるはずがないと頭ではわかっていても、銀行員やほかの利用客らに嘲笑われている妄想に囚われた。

 減額してもなお、返済日が迫るのは毎月早かった。滞納してしまう前に加奈は伊吹家の任意売却を銀行に相談した。店を家ごと売るのだから商売もできない。廃業するしかなかった。加奈は取引先の一軒一軒に頭を下げ、前もって継承を頼んでおいたほかの氷屋を紹介した。

 媒介契約期間の三か月のうちにどうにか買主が見つかったものの、店舗一体型で潰しがきかないうえに雨漏りのひどい伊吹家の売却代金では債務の完済には程遠かった。三十年住んだ家をなくした加奈に残されたのは、認知症のトミと、百七十二万円あまりの残債だった。

 家賃一万八千円の古いアパートにトミとともに引っ越した加奈は、スーパーのパートに職を見つけた。フルタイムで拘束されるピアノ教室に復職すればトミの介護ができない。だが、それでも勤務中に警察から徘徊しているトミを保護したので迎えにきてほしいという連絡が何度となく届いた。そのたびに加奈は店長や同僚に頭を下げて迎えに行った。

 アパートに移り住んでからトミの認知症は急速に悪化した。昼となく夜となく徘徊した。ときには伊吹家の近くをうろうろしているところを通報された。

「もうこらえてや、お義母さん」

 何度めかの身元引受のとき、東警察署で保護されていたトミに加奈は懇願した。シフトによく穴をあける加奈は職場で針のむしろだった。トミは迎えにきた加奈を胡乱な目で見た。まるで、顔も名前もしらない赤の他人がいきなり馴れ馴れしく話しかけてきたぞ、とでもいうような、不快そうな顔だった。

 トミはトイレに行くことも忘れた。パートに行く直前、トミが座ったまま脱糞した。浴室で汚れた下着とズボンを脱がせていると、トミは自分の糞便にまみれた尻を手でぬぐい、その手を不思議そうに見てから、おもむろに口に運んだ。

「なんしよんお義母さん!」

 手をつかんでやめさせると、トミは激昂した獣のような咆哮をあげ、大便の付着した歯をむき出しにして暴れた。両手をめちゃくちゃに振るものだから汚物が加奈の服や髪にも飛び散った。加奈はパートに遅刻した。

 しかし、トミは正気に戻るときがあった。加奈が帰ってくると「おかえり」とねぎらい、冷蔵庫の乏しい中身から心づくしのおかずを作っていた。味も慣れ親しんだ義母の味だった。受け答えも問題ない。そんなトミの姿を見るたび、ああ、治った、今までのは心に風邪をひいていたようなものだったのだ、これからは元の優しい義母と生活していける、と感動し、同時に、どうかこのままでいますようにと願い、次の日にまた何事か叫びながら部屋じゅうに糞尿をまき散らして走り回るトミに打ちのめされた。

 トミは「消えた年金問題」で納付記録に社会保険庁の転記漏れがあり、また納付の領収書もトミが保管していなかったため、未納と認定され、年金を受給できなかった。生活費と残債の支払いは加奈のパートの給料と、加奈が六十五歳になってからはその乏しい年金とでまかなわなければならなかった。自己破産も考えたが、賃貸保証会社を介した賃貸借契約ができなくなるので、今度こそ住むところがなくなってしまう。

 睡魔に襲われながらシャワーを浴びていると、焦げ臭いにおいが鼻をかすめた。トミがガスコンロの火で市の情報紙を焼いていた。「まつば、まつば」といっていた。加奈はシャワーの湯を洗面器にためてなんとか消火した。さいわい火はどこにも燃え移っていなかった。トミは幼少のころ松葉を拾っていた。情報紙を松葉だと思って焚き付けをしようとしたらしい。コンロで火をつけているのだから焚き付けなど必要ないのだが、その矛盾にも気づけない。

 加奈は全裸のままびしょ濡れのコンロを前に立ち尽くすほかなかった。ふらふらと歩くトミから派手な放屁の音がし、ズボンの尻がこんもりと膨らんだ。

 加奈は介護保険を申請した。要介護認定の審査に訪れた調査員は、嫌な顔ひとつせず聞き取り調査をしてくれ、トミの状態なら最低でも要介護3には認定されるだろうと加奈を励ました。要介護3からは安価な特別養護老人ホームに入所できる。加奈も思う存分働ける。

 だが市から届いた通知には、要介護1とあった。国の財政健全化政策による社会保障費削減のあおりを受けたかたちだった。

 それでも要介護1なら月十六万七千六百五十円までは介護保険サービスを自己負担額一割で利用できる。上限を超えたぶんは完全自己負担になるが、ケアマネジャーは、上限額を超える利用者は一%もいない、実質、自己負担が一割になったものと考えてよい、といった。加奈は期待したが、介護業界は人手不足が慢性化していて、デイサービスは週二回、ホームヘルパーの訪問介護も週三回で一時間ずつしか利用できなかった。支給額にとうてい届かない金額ぶんしかサービスを利用できないのが、上限額の超過がほぼない本当の理由なのではないかと勘繰ったりした。

 いずれにせよ、燃やせるものがあると「まつば、まつば」とコンロで燃やそうとするトミを介護し、徘徊するトミをそのつど捜し、毎日のように糞便を塗りたくられた壁や床を掃除する加奈の負担を減らすには不十分に過ぎた。加奈はシフトから抜けてばかりの職場に申し訳が立たなくなり辞職した。

 ことここに至って加奈は福祉事務所に生活保護を申請した。事務所は職員の怒号と申請希望者の泣き声が渦巻いていた。

「生活保護の相談ね。おたく何歳なん」

「……六十六です」

「あーいかんね。年金もらえるやん。年金あるんやったら申請はできんわ」

「その、義母もいて、義母は年金がないんですよ」

「そういうん今多いんよねぇ。でもみんな自分でなんとかしよるよ。なんであんたはできんの? 頑張りが足りんのやないん? コロナで仕事なくなって、保育園落ちた子供背負て親の介護しながら仕事探しよる人もおるよ。あんたまだ恵まれてるやん。余裕あるやん」

「でも、もう限界なんです」

「どうしてもていうんやったら、扶養照会するよ。あんたとかお義母さんの親類に扶養できるもんがおるかどうか調べて連絡するけん」

 加奈は青ざめた。扶養照会されればきっと義兄の彰悟のもとにも連絡がいく。加奈とトミが落ちぶれて今や生活保護を必要としていることが知られてしまうだけでなく、彰悟の扶養に入れといわれるだろう。いくらなんでも耐えがたかった。

「それは……やめてください」

「なんでな」

「義理の兄とは、お金のことで揉めて、没交渉になっとりまして……」

「そういうんを甘えっていうんよ。知られたない言うんはあんたのわがままやろ? わがままで税金に頼るんかな」

 そういって相談係は申請書すら渡さなかった。

 だがここで引き下がればもうあとがない。加奈は椅子からまろび落ちるようにして床に額をこすりつけた。

「お願いです。生活保護を受けさせてください。これしかないんです。お願いします……」

 相談係の長い溜息が後頭部に降り注いだ。

「土下座なんかされてもナ、こっちは善良な国民の税金を預かっとる身ぃやけん、はいそうですかなんて言えんのよ。さっさと帰って。かーえーれ。かーえーれ」

 手拍子を始めた相談係に、加奈は心底から希望を砕かれ、とぼとぼと家路に就いた。

 

 加奈の月当たり四万六千円ほどの年金だけでは、家賃と住宅ローンの亡霊を払ってしまうと何も残らず、いくら自己負担が一割といえど介護サービスに頼れない。電気代も払えないので冷蔵庫が使えなくなった。もやしすら買えず、加奈はトミを連れてほうぼうの店へ行脚し、試供品で命を繋いだ。パンの耳や一口のソーセージのために何キロも歩いた。買いもしないのに試供品に刺さった爪楊枝に手を伸ばすとき、加奈は店員にただただ申し訳なかった。

 百貨店の北海道展で、試供品のあるブースを巡っていると、それを見たトミが、

「これもお食べや」

 と、幼児のような清らかな笑みで、加奈にスルメイカの塩辛の試供品を刺した爪楊枝を差し出した。もうトミは自分がだれかさえわからなくなっている。それでも、試供品を漁る加奈を見て、なにかしてあげたいとトミなりに思ったのだろう。加奈は、これ以上この優しい義母を苦しめるわけにはいかないと決意した。

 年の明けた二〇二二年一月十六日、加奈はアパートの部屋をすみずみまで掃除した。トイレや換気扇に至るまでぴかぴかに磨いたのち、テーブルに、次回更新料と火災保険料が払えない旨と今まで世話になった礼をしたためた大家宛ての手紙とともに、今月分の家賃を置いて、トミとともにアパートを出た。

 

 そうしていまトミを背負った加奈は道後温泉と石手寺前を通り過ぎて石手川に架かる橋の上にいる。信号機の赤い光に小雪が舞った。松山では年に一度か二度、雪のちらつく日がある。そんな日と、先週から続いていた季節外れの長雨で、普段は川底の砂礫がむき出しになって雑草が生え放題になっている石手川が荒れ狂う濁流となる日が重なるのは、天祐といえた。

「お義母さん、ごめんねえ。もう駄目(いかん)

「ほうな。苦労かけたねえ」

 返事など期待していなかったが、トミの口調はいつになく明瞭だった。

「こんな家に来んかったらよかったねえ、ごめんよ」

「お義母さんのせいじゃないです」

「わたしなんかほっぽって家出とったらよかったんよねえ。それ引き留めてしもたんやけん」

「ああ、それは確かにそうかもしれんですね」

「ほうよ」

 ふたりはしばし笑いあった。

「彰悟やのうて、加奈ちゃんがうちの子やったらよかったのに」

「わたしも、お義母さんがほんとうの母親やったらよかった思うてます」

「もし、つぎ生まれ変わったら、わたしの子供()なってくれる?」

 加奈は、いましがた星に託そうとした願いも忘れて、ただひらすら何度も頷き、

「お母さん」

 と、清々しい心持ちで呼んだ。

 そして、トミをおぶったまま欄干を飛び越え、闇に逆巻く激流へと身を躍らせた。氷のような冷たさが一瞬にして全身の感覚を奪った。きっと命も奪ってくれるはずだった。

 

  ◇

 

 水底から浮かび上がるように目を醒ますと、病室のベッドだった。看護師が医師を呼び、医師が刑事を呼んだ。たまたま投身を目撃した通行人が通報して救助されたのだという。

「母は……」

「救出時にはすでに心肺が停止しており……お気の毒です」

 加奈はなにも考えられなくなった。トミの笑顔が加奈の脳裏に浮かび、それが粉々に砕け散った。一緒に親子として死のうとしたのに、自分だけが助かってしまった。心中という一世一代の大仕事すらしくじった自分が、なんとも愚図で、情けなかった。

 回復を待って逮捕されたが、加奈はほとんど抜け殻のようだった。訊かれたことには答える。だが終始、心ここにあらずといった状態だった。取り調べで、トミから心中を持ちかけたのか、それとも加奈がトミに殺害を申し出てトミがこれを了承したのか、どちらなのかを問われると、

「どっちのほうが罪が重くなるんですか。重くなるほうを選びます」

 訊き返し、取調官をむしろ困惑させた。さらに加奈はいつも、

「わたしを死刑にしてください。義母の娘に生まれ変わらせてください」

 と、容疑者ながら極刑を望んだ。

 取調官は、ひたすら辛抱強く加奈から真相を引き出そうとした。加奈の半生をまとめた身上調書の厚さは電話帳に比肩した。

 三月一日、裁判員裁判として初公判が松山地方裁判所で開かれた。同意殺人で起訴された加奈は公訴事実を認めた。ばかりか、

「わたしが義母を計画性を持って殺しました」

 と、わざわざ付け加えた。

 検察側は、身上調書をもとに、いかに加奈がトミを献身的に介護し、ふたりで生きようと懸命に努めたものの経済的に追い詰められ、困窮していくなかでトミとの心中に至ったか、事件の経緯を詳述した。

「被告人に同情の余地はあるが、殺人という行為は決して許されるものではない」

 とはいったが、検察の役割が、被告人の悪逆非道ぶりを熱弁し、厳罰を求めることを踏まえれば、むしろ裁判員らの同情を誘うようなこの冒頭陳述は異例といえた。着席する検事の目は赤くなっていた。

 二回めの公判における被告人質問で、加奈は、

「人の命を奪った罪は、命でしか償えないと思っています。どうか死刑にしてください。あの世に行って義母(はは)に謝らせてください……」

 と蚊の鳴くような声で語った。

 論告求刑で検察は懲役五年を求刑した。「認知症で正誤の判断が困難になっているうえに抵抗できない被害者を道連れにしようとした刑事責任は重い」と断罪したものの、求刑が上限の懲役七年でないところに、検察側のせめてもの慈悲と呼ぶべきものがあった。

 弁護側はもはや長々とは語らず、加奈の置かれた極限状況ともいえる立場を考えるとその選択を一概には批判できないと述べるにとどめた。

 裁判官と裁判員らが評議し、三月四日、判決公判で、裁判長は判決を下した。

「主文。被告人を懲役二年六か月に処する。この裁判が確定した日から五年間、上記刑の執行を猶予する」

 裁判長は加奈の生い立ちからトミとの出会いを振り返り、認知症をわずらったトミをなお実母のように慕い、肉親相手でも難しいであろうほどにその介護にたったひとりで励み、しかし最低限の食費すら捻出できない厳しい経済的事情から将来を悲観し、トミを独りにするわけにもいかず、同意を得たうえで犯行に至った経緯と心情は痛察するにあまりあり、加奈には情状酌量の余地がじゅうぶんにあるとして、検察側求刑の五年を刑法六十六条に基づいて二分の一の二年六か月に減軽したと述べた。判決文朗読のあいだ、裁判員らのいる法壇や傍聴席からはすすり泣く声や嗚咽がきこえた。

 さらに裁判長は、

「本件において裁かれるべきは、被告人だけではない。支援の手を差し伸べるべきだった行政、そして社会福祉のありかたも同時に問われている。すべての国民に与えられている、健康で文化的な生活を送る権利を、自己責任の美名のもとにないがしろにした行政のずさんともいうべき対応が、被告人を追い詰め、以て本件を惹起する要因のひとつとなったことは客観的に見て明らかである」

 と、名指しで激越に批判した。

「また、被告人は、これまで社会人として真面目に暮らしてきており、被害者も厳罰を望んでいないと推察される。自力での更生が妥当と判断し、被告人に対しては、酌量減軽した上で、主文掲記の刑を定め、五年間刑の執行を猶予するのが相当と判断した」

 判決文を読み上げた裁判長は、謹厳な司直の顔から、ひとりの人間の顔になって加奈を見つめた。

「あなたにとっては、生きることはなによりつらいのかもしれません。けれど、あなたにはやらなければならないことがあります。お義母さんのお墓を守ることです。それは、あなたにしかできません。あなたを愛してくれたお義母さんのためにも、絶対に、絶対に自分の命を粗末にすることのないように。いいですね」

 裁判長の血の通った説諭に、加奈は、ほほを熱が伝っていることに気づいた。空っぽになったはずの心に急速に感情が戻ってきて、それが次々と熱い涙となってあふれていた。加奈は証言台で泣き崩れた。そのまま、生まれてきたばかりの赤子のように号泣し続けた。

 

 晴れて自由の身となった加奈は、弁護士に礼を述べたあと、松山地裁の庁舎をあとにした。

 地裁前の歩道には街路樹が等間隔に植栽されていた。うっすらと苔むした樹皮にかけられたプレートには、ソメイヨシノとあった。来るべき春に備えているその裸木を仰いでいると、かつて伊吹家の前に佇んでいた、花の散るのがやけに遅い桜を思い出した。散り損ないの桜。まさに加奈は散り損なった桜だった。

 どうせ散りそこなったなら、とことんまで咲き続けよう。どんなにみっともなくとも、いずれは散るのだから、そのときまでしがみついていよう。トミに会うのはそれからだ。

 涙をぬぐい、加奈は新たな一歩を踏み出す。


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