離れたり近付いたり。
いつも儘ならないけれど。
迷うココロも、真剣さの証だから。
一緒にいられるだけで幸福で、その先なんて考えられる訳がない。俺は余りにも、千夏先輩を好き過ぎるから。
だから、そう。
まさか、あんな。
先輩からバレンタインにチョコを貰えるなんて、身に余る光栄過ぎて死にかけたくらいだ。
と言うか、このままだと本当に死んでしまいそう。
あれから一ヶ月近く、ホワイトデーを目前にして尚、俺はどうしていいか分からないまま悶々としているんだから。
「市販品をそのままくれただけだろ、気負いすぎだバカ野郎」
溜め息を吐きつつ、メガネ越しに冷たい視線をくれる匡。いくら本当の事だって、言って良い事と悪いことがあるだろ性悪メガネめ。
市販品だって一大事に代わりはないんだ、去年エルボーパスの練習中ボールぶつけてきた時貰ったキットカットだって、一年経ってもまだ大事に取ってあるんだぞ。さすがに冷凍庫に入れてるけど。
それに、だ。俺が知る限り、先輩がチョコを渡したのは俺一人。そこに何か、「意味」を感じたくなってしまうのは人情というものだろうに。
まあ、特に何の雰囲気も無かったけれど。学校から帰って、部屋へ上がろうとした時に「ん。バレンタイン」と突き出されただけだ。先輩はそのまま自分の部屋に入ってしまったし、なにも言えないまま俺は取り残されて。
結局俺は、どう受け止めれば良いんだろう。
これは先輩から俺への好意的な感情だとして、でもそれが「どういう」好意なのだろうか。ライクでしかないんだろうけど、何処かで期待している。これが、ラブに繋がる好意なのだと。
まったく俺は、浅ましいな。こんなんばっかりで、嫌になる。
「それよりお前、雛にもちゃんと返しとけよ。貰ったんだろ?」
「ん、あー……そう言えば」
言われて思い出したけど、雛もくれたんだっけ。忘れてた。手作りって言えば手作りだけど、なんか失敗作を押し付けられたようなルックスだったな。どっかに本命がいるんだろう、そっちにはちゃんとした方をあげたんだろうな。何処の誰かは知らないけど、身近な人だったら応援してやらないといけないか。それこそ俺だって、雛に助けてもらってるし。あーでも、伊藤が泣くかな……。
まあ俺たちの仲だ、気張る必要もない。
「今度適当に、なんか奢ってやるさ。それで十分だろ」
「…………そうだな、うん。お前がそれで良いなら、俺は何も言わんよ」
なんか匡の奴、信じられないバカを見るような目をしてないか。なんなんだ。
それはとりあえず良いか、もうホワイトデーまで間がないんだ。余計なことを考えてられるか。
さて、だ。本当にどうしようかな。
金曜の夜、昔は花金とか言ってみんな遊び歩いていたらしい。でも俺は考えが纏まらないまま、ベッドに転がっている。
猶予はもう土日だけ、月曜日にはホワイトデーが来てしまう。手持ちが寂しいし、あまり金はかけられない。……プレゼントは金額じゃないしな、うん。三倍返しとか言うのは昭和の遺産だ、そんなのに拘るもんじゃない。
でも先輩、好き嫌いが基本的に無いからな。どんなもんでも嫌がらないだろうけど、そこまで喜んでもくれなそうだ。スゴく難しい、本当に。
アクセサリーとか服なんかは、やっぱり重すぎるかな。消えものの方が、後に残らない分逆に良いんだろうか。
キャンディは「あなたが好きです」、クッキーだと「友達でいましょう」とか色々意味があるとか前に女子連中が言ってた気はするけど、先輩にそんな女子女子した感性は無さそうなんだよな。と言うか下手したら、単なるおやつだと思われてしまう。先輩食いしん坊だし、喜ぶだろうけどホワイトデーって感じじゃないな。
そうなると、本とかはどうだろうか。でも先輩マンガくらいしか読まないし、あんまり貰って嬉しいもんでもなさそう。そういうのはやっぱり、候補からはずして良いかな。そんなホワイトデー、なんか雰囲気出ないや。
後は、……商品券とか? いやいや、お中元や付け届けじゃないんだから。
いっそ頭にリボン巻いて「俺がプレゼントです!」とかやったら、……さすがにドン引きするだろうな。やらないけどさ、絶対に。多分。…………うん。
先輩に喜んでほしい、それが一番優先だ。俺は千夏先輩が好きだけど、好きだからこそ気持ちを押し付けたくない。
確かに匡の言う通り、気負うような事じゃないんだ。優しい先輩に、日頃の感謝を返すってだけじゃないか。
明日は休みだし、何が良いか考えながら街をブラブラしてみようかな。頭を切り替えたら、良いアイデアも浮かぶだろうし。
落ち着いて行こう、きっと大丈夫だ。
――と。
コツン、と壁越しに聞こえた音に、ふと我に返る俺。
千夏先輩、まだ起きてるのかな。寒くなってからは早寝モードだから、こんな時間に物音がするのは珍しい気がする。
同居が始まって、もうすぐ一年。今の千夏先輩にとって猪股家は、どんな場所になっているんだろうか。
あれ以来ケープ君が飛んでくることも、相談を受けたこともない。でも千夏先輩にとってここは「他所の家」なんだよな。
そんな中で、どういう気持ちで俺にチョコを渡したんだろう。
いつか、聞けるだろうか。千夏先輩と俺がもっと近づいたら、教えてくれるんだろうか。
家族くらいに近くて、でもまだ友達でさえ無い。俺たちの関係は、これからどうなるんだろう。あと一年、長いようで短い時間だ。その先がどうなるかなんて分からないけど、でも区切りが付くのは確実なんだ。
「考えたって、仕方ない……かな」
とにかく頑張ろう。俺に出来るのは、真っ直ぐに突っ走ることだけだ。頼りない不肖の後輩だけど、せめてそれだけは貫こう。
俺は千夏先輩が、好きだから。