「塩?」
目の前にいるブライト・ノア艦長代行がきょとんとした顔をした。
艦橋に朝食を届けたついでに注意を喚起したら、この顔ですよ。若き艦長代行どのは。
「先日の戦闘で一撃をもらったでしょう?」
「ああ。でもあれは倉庫に当たっただけで損害は軽微だったはずではないですか? タムラさん」
丁寧な口調なのは、俺の方が年長でしかも階級が上だからだ。
主計課に属する人間が形式的とはいえ高い階級を持つというのは、西暦の時代でも宇宙世紀でも変わらない。
そうしておかないと、給料の前借りをさせろとか食事を良くしろとか階級をかさに言ってくる輩がいるから。
まあ、ホワイトベースの場合は戦闘員の半分以上がこないだまで民間人だったって少年少女たちだから、地位も階級もへったくれもないけどね。
カイ・シデンみたいに噛みついてくるやつもいるし。
「軽微ですが深刻でした。ビームで塩をごっそり焼かれてしまいまして、使い物になりません。どんなに節約しても数日で枯渇するでしょうな」
「ふむ?」
ブライトの顔には、それがなにか問題なのか、と、でかでかと書いてある。
きっと、食事の味付けが薄くなる、くらいにしか思ってないんだろうね。
「途中をぜんぶ省いて言いますとね」
「はい。タムラさん」
「塩がないと戦力に影響するぞ」
「は?」
「ぶっちゃけ、みんな死んじゃうぞ」
ふんす、と、俺は鼻を鳴らした。
なんで俺が宇宙戦艦の艦橋で、艦長を相手に塩談義をしているのか。
じつは自分でもよく判らない。
コック長って立場だから、というのが唯一無二の正解ではあるんだけど、なんで俺がコック長なんかやってるのかって話さ。
俺は宇宙世紀の人間じゃないし、『機動戦士ガンダム』の世界の人間じゃない。
令和に生きる普通のオッサンだ。
趣味はツーリングとかサバイバルゲームとかキャンプとか、まあ野外活動一般だ。釣りとかも好きだよ。
で、余暇を利用してソロキャンプに出かけ、ふと気づいたらタムラになっていた。
意味が判らないだろ。
けど、意味がわからーんって喚いている余裕は与えられなかった。
なんとこの
多くの難民や非戦闘員を抱えて、民間人がモビルスーツに乗って戦ってるようなありさまだもの。
ちょっとでも戦える人間は戦うしかなかった。
給料計算や物資の配給なんかが仕事の主計課でもね。
そして気がついたら、俺しか残っていないって状況だったのさ。
俺一人で、乗組員全員の食事を作り、服や小物などの管理もして、給料も計算する。
ある程度まで機械がやってくれるとはいえ、そりゃもう大変だったさ。
タムラなんていうよくわからんキャラに転生してしまったことを嘆くひまも、原因を探る余裕もなかったよ。
ともあれ、人間が生きるには塩が不可欠だ。
もちろん摂りすぎたら健康を害するけど、それはどんな食べ物でも薬でも同じ。加減が大事なのである。
塩分を摂らないとやばいってのは、熱中症なんかを思い浮かべるとわかりやすいかな。暑いーって水ばっかり飲んでいても熱中症になってしまうのは、汗と一緒に塩分も流れ出しちゃってるから。
その他、塩分不足で起きる症状は山ほどある。
で、一日に六グラムくらいは必要なんだよね。一人当たり。
たったそのくらいって思うかもしれないけど、ホワイトベースには老若男女二百人もの人間が乗っている。普通に毎日一.二キロの塩を消費するんだ。
我慢するといっても限界があるし、しかも大半の民間人は軍人のような粗食には慣れてない。
あっという間に体調不良になってしまう。
「まさか塩の袋が全滅するとは思わなかったもんなぁ。ついてなかった」
居住ブロックを直撃するのに比べたらはるかにマシだし、生活物資の倉庫が外壁近くにるのも当然だ。
当然なんだけど、痛いものは痛いのである。
「とうすっかなぁ」
ブライトは善処する旨を約束してくれたが、彼にも塩を手に入れるアイデアがあるわけではないだろう。
どこかの町に降りて調達するというのが最も現実的だが、ここはジオンの勢力圏だ。
迂闊な行動は敵の攻勢を誘発してしまう。
「あ、戻ってきた。どうだった? タムラさん」
主計課に帰ると、なぜかジョブ・ジョンが待っていた。
少しだけ浅黒い肌と金の髪を持つなかにかのイケメンなのだが、元々の俺はこいつのことを知らない。
というより『ガンダム』のことはほとんど知らないんだよな。
人気作品だから主役級の名前くらいは知ってるけど、世界観とかはさっぱりさ。
若い頃、ジオンが悪なのかと訊ねたら、そんなに単純な戦争があってたまるかと先輩に笑われたくらいだよ。
そんな俺だから、タムラもジョブ・ジョンも知らない。認識としては、ぎりぎり名前があるキャラ、という感じかな。
「話してはきたけど、ブライトも困っていたな」
「まあ、最新鋭の戦艦が塩不足にあえぐとか、笑うしかない事態だしね」
「笑えないだろが……」
どうにもこのジョブ・ジョンという男は、物事を楽しみすぎるきらいがある。
それがこうじて、ホワイトベース内の業務のほとんどをこなせるようになってしまった。モビルスーツや戦闘機の操縦から、備品の修理や新作、果ては艦橋オペレーションまで。
どんだけあちこちに首を突っ込んでるんだって話である。
「まあまあタムラさん。こんなこともあろうかと、塩の生成装置を作ってみたよ。体液から塩分を分離できるスグレモノさ」
なんか、べつのアニメのキャラみたいなことを言いながら、ジョブ・ジョンが変な機械を取り出す。
体液からて……。
サウナ室やノーマルスーツの中の汗を集めて、そこから塩を作るってことか。
「そんな気色の悪い塩、誰が使うんだよ……」
「セイラさんの塩とか、ミライさんの塩とか、ありがたがる人いると思うよ!」
「どんな特殊性癖だよ!」
「ちなみにボクはフラウ・ボウの塩をなめたい!」
「変態か!」
「キッカはまだちょっと。あと五年くらいしたら!」
「いまのうちにジョブ・ジョンを殺しておいた方が良いような気がしてきたぞ。俺は」
やばいよこいつ。
格好いい顔してなに言ってんだよ。
塩の重要さが判ってない艦長に、変態チックな便利屋。バカばっかりだ。
大丈夫なのか? この艦。
結論から言えば、塩は手に入った。
ブライトが艦の進路を
あ、鹹湖ってのはようするに塩水湖ね。
途中、ジオン軍の攻撃はあったけど、なんとか到着することはできた。
ただ、手に入ったのはあくまでも塩水で、そのままじゃ使い物にならない。
濾過して製塩しないと。
けど、なんかうちの艦には、体液から塩を抽出する装置を作った変態が乗ってるんだわ。
つまり、塩水さえ手に入れば塩はいくらでも作れるってことだ。
変態もたまには役に立つのである。
「こうなることを見越して、精製装置を作ったんですよ」
ちなみにその変態は、ものすげーキメ顔で女性クルーたちに自分の功績を語っていたので、インディアンデスロックで沈めてやった。
さー、ジャブローを目指すぞー。