転生したらタムラだった……って、誰それ?   作:南野 雪花

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第2話 塩味の飲み物

 ほとんどの避難民はおろしたものの、ホワイトベースの陣容はあんまり変わってない。

 スレッガー・ロウ中尉が加わったくらいかな?

 

 相変わらずモビルスーツき元民間人たちが動かしてるし、艦橋スタッフも今まで通りだ。

 

 セイラが前戦で戦うことが増えたんで、フラウが通信オペに入るようになったって程度かな。変化としては。

 どっちも不正規兵だってのが笑えるよね。

 

 連邦軍の台所も火の車だってのはたしかなんだけど、この補充人員の少なさはおかしい。

 つーかあきらかに作為的だよな。

 

 お偉方はホワイトベースに人材を回すつもりがないんだ。

 理由は簡単で、この(ふね)の役割が囮だから。

 

 無駄に戦果をあげちゃってるから狙われやすいし、それだけ撃沈される可能性も高いってこと。

 そんなところに有為の人材を送り込んだりしないよね。

 

 人を育てるって大変だから。

 

 一人の兵士を一人前にするのには、ジムを一機作るくらいの金がかかる。それ以上に時間はもっとかかる。

 人間は機械の部品じゃないからさ、壊れたからって簡単に取り替えることはできない。

 

 徴兵なり募集なりして集まった連中を教育して、研修を受けさせて、実践訓練をして、よーやっと半人前くらいだからね。

 金と時間をかけて育てた人材を、いつ墜ちるか判らない囮役の艦に配属するなんていう無駄なことはしないって話さ。

 

「だからまあ、スレッガーさんもいらない子なわけだよね。かわいそうに」

 

 きししし、と下品な笑い方をしているのはジョブ・ジョン。

 相変わらず主計課に入り浸っている。

 

「それを言い出したら、俺もお前も同じだろうが」

 

 俺は肩をすくめてみせた。

 

 まあ、降りろといわれたって未成年者ばっかりのホワイトベースを見捨てて降りることなんてできない。

 コックの俺が子供たちにしてやれることなんて、美味い飯を作ってやるくらいしかないけどな。

 

 むしろジョブ・ジョンの方が問題だよ。

 

「ジムの一機でもまわしてくれれば、お前さんだって活躍できるだろうにな」

「しかたないねー。うちの艦はどの機も専属パイロットいるし」

 

 予備パイロットの悲哀だーとまったく悲壮感なく嘆いている。

 

 つーか、Gファイターのパイロットってジョブ・ジョンで良かったんちゃう? なんでセイラにしたんだろう?

 やっぱあれかな? あのきっつい性格で艦橋にいられるとブライトの胃が溶けちゃうからかな。

 

「でもボクが遊びに来ないと、タムラさん寂しいじゃん」

 

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

 

 孤独を愛するとまではいわないけど、群れてるより一人でいる方がラクなんだけどな、俺的には。

 

 でも、主計課はにはたいてい誰か遊びにきてるんで、あんまり一人になる時間はない。

 なぜなら、ここにはお菓子や酒があるからさ。

 

 本来、決められた量を決められた時間に食べるのが軍隊ってやつなんだけど、必要と判断されるときは俺の裁量で供与することはできる。

 たとえばストレスで不眠症になりかかってるブライトに、一杯のブランデーを寝酒として飲ませてやるとかね。

 

 そのときに愚痴を聴いてやったりしてるんだ。

 

 なにしろあいつってまだ十九歳だからさ。ひとつの艦の指揮を任されるって年齢じゃないだろ。常識的に考えて。

 よく焼き切れないもんだと、むしろ感心しちゃうね。

 

「そうやってタムラさんはみんなの悩みとかきいてあげてるじゃん。癒やしってやつ? おっさんだけど」

「おいジョブ・ジョン。褒めるつもりならちゃんと褒めろ」

 

「ていうか、なんでボクのことをみんなフルネームで呼ぶんだろ?」

「呼びやすいからじゃね?」

 

「くっそくっそ! なんでこんな語呂の良い名前をつけたんだよ! ボクの親は!」

 

 子供の名前をつけるのは親の大いなる特権だからなぁ。

 元の俺がいた時代でも、キラキラした名前が溢れていたよ。

 

「ともかく、ボクがタムラさんの癒しになってあげようと思ってさ」

「いらんいらん」

「あ、キッカの方が良かった?」

「よし、ケンカだ。表に出ろジョブ・ジョン」

 

 通報事案じゃねーか。

 つーか保護者役のフラウだってまだ十六だぞ。どうなってんだよ。この艦。

 

「いやあ、一緒に買い物に行ってたし、仲が良いかなと」

「カツとレツも一緒だったし、なんならアムロちゃんも一緒だったぞ」

 

 サイド6で食料の買い付けをおこなったのである。

 人員はまわしてくれなかったけど、連坊軍も鬼ではないようで、金と補給物資だけはたっぷり持たせてくれた。

 

 それでも食べ物は多いに越したことはないし、どうしても嗜好品は外に求めるしかないからね。

 携帯食料(レーション)だけかじってるってわけにはいかないもの。

 

 でもって、エレカが一杯になるほどの食材を買ったわけさ。

 これで子供たちに、普段とは違うモノを食わせてやれる。

 

「でも、そのアムロは帰り一緒じゃなかったよね?」

「ああ。なんかすぐ戻るとか言って走って行ったな。元カノでも見かけたんじゃね?」

 

「彼女なんかいる柄じゃないでしょ? あいつ。フラウにも手を出してないっぽいし」

「朝起こしに来てくれる幼なじみなんて、全男性の憧れなのにな」

 

「じゃあタムラさんは、ボクが毎朝起こしにきてあげるよ」

「やめて。なにその地獄」

 

 馬鹿話をしていると警報が鳴りひびいた。

 

 んん?

 このあたりって中立の宙域で、戦闘行為はできないんじゃなかったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 圧倒的だった。

 ジオン軍はリック・ドムを十二機くらい出してたけど、とくに見せ場もなくあっという間に全滅。

 

 逆にこちらは非戦闘宙域内に入らないように気を遣って戦うゆとりすらあったよ。

 で、アムロが乗るガンダムの戦果は九機撃墜って華々しいものだった。

 

「けど、なんか戦い方が変わったな」

 

 もともと彼はすごいパイロットで、ジョブ・ジョンなんかはシミュレーションで戦っても十回に一回勝てれば良い方だってぼやいていたくらいなんだけど、今日の戦闘はそんなレベルじゃない。

 

 先の先を読んでるっていうのかな。

 何秒か先の未来が見えているみたいな、そんな戦い方だった。

 なんつーか、天才っているもんなんだねぇ。

 

「タムラさん。今日はすみませんでした。勝手にいなくなってしまって」

 

 そして夜半、主計課にアムロがやってきた。

 気にしていたらしい。

 

「良いってことさ。アムロちゃん。元カノでもいたんだろ?」

 

 俺は手振りで椅子を勧める。

 なんとなーく、なんか話したいことでもあるのかなーと思ったから。

 

 思っただけだよ?

 確証なんてない。

 

「彼女なんていませんよ。あと、なんでいつもちゃんをつけるんです?」

「そりゃあ、日本人にとってアムロはちゃん付けで呼ぶのが礼儀だからな」

「僕はイタリア系らしいですけどね」

 

 くすりとアムロが笑う。

 名前は、自分のご先祖さんがどこの出身なのかを示す程度のものでしかなくなってるが、これはまあ会話のエッセンスみたいなものだ。

 

「親父に会いました」

「ほう? 元気だったかい?」

「酸素欠乏症ですね。日常生活は送れているみたいでしたが、もう研究者には戻れないでしょうね」

 

 ため息。

 なんだか話が噛み合わなかったと、少しだけ苦い表情で。

 

「そんなもんさ。俺だって高校を卒業する頃には、すっかり父親とは話が合わなくなっていたよ」

「そんなもんですかね」

 

「アムロちゃんは、俺より一、二年はやく親離れしたってことだろ」

「僕にとって親父ってすごく大きな存在だったんですよ。いつか自分も技術者になるんだろうって漠然と思っていたくらいで」

 

 語りながら、ずずと鼻をすする。

 

 父親ってのは、最初の山だったりする。怖いからね。子供から見たら体もでかいし力も強いし。

 成長するにしたがって、体格で並び体力で並び、言い負かせるだけの知識を身につけて超えていくんだ。

 

 親父なんかたいしたことなかったな、とね。

 これからは俺が守ってやるさ、とね。

 

 それが親離れの瞬間だ。

 少し寂しいような気もするけど、いつまでも父親の背中に隠れてるガキのままじゃいられない。

 

 アムロの様子には言及せず、俺は戸棚からグラスとボトルを取り出してキッチンに立った。

 

 グラスの縁をくるりとレモンで濡らして塩をつけスノースタイルにする。

 そしてウォッカとグレープフルーツジュースを注いで軽くステア。

 

「親離れしたってことは、アムロちゃんももう一人前だ。一杯くらい楽しむ資格を得たってことだな」

 

 とんと、若きエースパイロットの前にソルティドッグを置いた。

 

「……しょっぱいですね」

「大人の味ってやつだな」

 

 男はさ、涙を見せるわけにはいかないからね。

 涙の味かカクテルの味か、判らないくらいでちょうどいい。

 

「美味しいです。タムラさん」

「また戦果をあげたらおごってやるさ」

「それは……がんばらなきゃ」

「生きて帰る理由ができただろ」

 

 にやりと笑った俺につられたように、アムロが笑みを浮かべる。

 ちょっと無理をした感じだったけど。

 

 グラスの中で、氷がからんと音を立てた。

 

 

 


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