世界から音楽が消えたなら、私はきっとギターの弦で首を締めて命を絶つだろう。
世界からロックンロールが消えたなら、私はきっと何も喉を通さずに命を絶つだろう。
世界からPoppin' Partyが消えたなら、私はただ死を待つだけの人間になるだろう。
私にとって、音楽、ロックンロール、Poppin' Partyというのは命と対等…いや、それ以上の存在なのだ。
今もこうして、私は階段の踊り場で腰を下ろしてギターの弦を弄っている。
夏休みになれば学校に来る生徒なんて部活生か指導生に限られる。
それでも、私は学校に来たかったのだ。
夜、網戸にして開け放っていた窓。風が肌を撫でる。涼しくて爽快感のある風は心と髪を揺らす。
ベッドの上で胡座をかいて、100円ショップで購入したメモ帳に散文的な言葉を書き記していく。
これが私流の作詞方法だ。有咲ちゃんからは理解不能。沙綾ちゃんからは天才のそれと言われた。
そんな中、誰かが乗っているオートバイクのエンジン音が轟いた。
こんな時間なのに、容赦無く音を鳴らす。
そのエンジン音が耳に入って、入り乱れている管を通じて、心臓に届いた時。
ふと学校の廊下を景色が思い浮かんだ。写真ではなく、ダリが描いたような絵画調で。
朝になって、私は制服に着替えた。まだクリーニングに出してなくてよかった、と言葉に呟かずに思った。
ラクロスのラケットを持つ生徒、野球のバットとグローブを持つ生徒、柔道着を纏めて帯を持ち手にして肩にかけている生徒。みんなが共通の目的地に向かって歩いていた。
みんな話し合っていて、ギターケースを背負って歩く私なんかは気にかけない。
その方が歩きやすいし落ち着くからいいのだけど。
みんなの邪魔にならないように、屋上へと通じる階段の踊り場で、こうしてギターを片手に物思いに耽っている。
耳にイヤホンを差す。スマートフォンのマイミュージックから流れるのはTHE BLUE HEARTSの″人にやさしく″。
マーシーのギターが脳内で軽快に鳴り響く。ヒロトの歌声と歌詞が胸に染みて、水の中に垂らした血のようにジワジワと染み入る。
幕末にも似た激動の私のバンド生活は一旦の落ち着きを得た。まあ、相変わらずみんなに振り回されがちではあるけど。それでも楽しいから気にはしてないけど。
静かな日々を生きている私は、ふとした時にギターが弾きたくなる。休み時間とかにはその場でギターを持って適当にメロディーを奏でる。それだけで少し客が出来るのは少し困るけれど。
授業中の場合は、ギターを弾くことはできないので、トイレと偽って屋上に行って、スマートフォンのマイミュージックでロックソングを聴いて衝動を落ち着かせる。
そのクスリのような中毒性に、しかし私は拒まずにずっとそう対応している。
この衝動を止めれば、私は壊れてしまうと思ったからだ。
有咲ちゃんにビートルズとキッスを聞かされたあの日から、私はロックの奴隷となった。
この衝動の快感を、止めてはならない。
ギター依存症となっている私は、1日1回でもギターに触れないと禁断症状が出てしまう。冗談かと思うかもしれないが、本当だ。
曲が変わる。
シャッフル再生になってると、アーティストの順番が不規則になって面白い。
次にかかったのはシーナ&ロケッツの″You May Dream″。
同じ女性ボーカリストとして、シーナさんの歌唱力とパフォーマンスは尊敬する。
私にとってのロックヒーローだ。
1、2、3、4…。部活動生たちの掛け声が聞こえる。
さすがに暑さに応えた私は、屋上の扉を開ける。因みにだが、この屋上の鍵は壊れている。というか、たえちゃんが壊した。
扉を開けると、風が身体を押す。陽が瞳に刺さる。部活動生たちの掛け声も、さっきよりも鮮明に、クリアに聞こえる。
景色は最高だ。
遥か先までも広がる青空。遠くに見える住宅街。小さく動き回る部活生たち。
ここが世界の中心だと思ってしまう。
ふと、ここでライブをやったら、エクスタシーを感じれるんじゃないかと思った。
かつて、ミッシェルガンエレファントがフジロックのステージで巻き起こした人の波みたいに。QUEENがライヴ・エイドで見渡した人々みたいに。
衝動が私を駆り立てる。ロックンロールが私に鎖をつける。足に手に、首輪もつける。
ああ、私は奴隷になった。ロックがこれから私を犯すのだ。
気がついた時には、スマートフォンでメールを送っていた。
既読がついたのは、それから間も無くだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
程なくしてメンバーは集まった。
たえちゃんは公園で子供たち相手に弾き語りをしていたらしく、1番最初に来てくれた。
有咲ちゃんはキーボードが入ったケースを背に、自転車でやって来た。有咲ちゃんの家から学校までは坂が多いためか、着いた頃には汗だくで息を切らしていた。
りみちゃんはなぜか制服で来た。私服を持っていないのだろうか。
沙綾ちゃんはちょうどお店のピークが終わったところ、とメールで返信してくれた。準備もあったのだろう、着いたのは1番最後になった。
ちなみにだが、私とりみちゃん以外は私服だ。
「なにすんのよ」
汗拭きシートで汗を拭く有咲ちゃんは横目で聞く。
「ライブ」
「ここで?」
「そう」
「うっそまじで?」
仰け反って驚く。
ちょっと大げさな気がする反応だ。
「まあいいんじゃない?私もやりたかったし」
「回る回る…」
沙綾ちゃんがスティックを回しながら言う。りみちゃんは回るスティックをトンボのように眺めている。
「ジブンもありだと思います。ロックンロール!って感じで」
「多数決だと私たちの勝ちということでね、有咲ちゃん」
沙綾ちゃんは意地悪そうな顔を浮かべる。有咲ちゃんはバツの悪い顔をしていたが、やがて降参するようにため息を吐いた。
「わかったわかった。やるよ、やればいいんでしょ。でも問題になっても知らないわよ!」
「問題あってこそロックンロール!」
「おたえちゃん主犯に仕立て上げてやる」
「それはやめてください!」
ロックンロールと自分の罪の天秤は、どうやら自分の罪の方に重りが行ったらしい。
「回った…ウチも…」
目をぐるぐるにしたりみちゃんは倒れ込んだ。
そんなこんなで、緊急ライブの準備は始まった。
もともと軽音楽部があったらしいこの学校には、アンプやエフェクターボードといった機材はあらかた揃っている。
パソコン室にひっそりと置かれていた延長コードを拝借して、アンプを設置。足元にエフェクターボードを設置。マイクを設置。ドラムを設置。ベースを持ち、ギターを持ち。
こうした準備はもう慣れた。まだ覚束ないところもあるが、始めた頃に比べればかなりスムーズになったと思う。
屋上の扉の前に廃棄される予定の本棚を置いた。これで内側からは暫く開けられないはずだ。
さあ、準備は出来た。
ロックの衝動に駆り立てられた、屋上ライブの開演だ。
青空も、気がつけばオレンジ色になっていた。
カラスの流れ星のように空を往く。住宅街からは微かな明かりが見える。
終わった部活も多いのだろう、談笑声がグラウンドに響いている。
アンプのボリュームを最大にする。そしてGコードを押さえて、思いっきりのストロークをブチかます。
放たれる爆音に、至近距離で聞いていたりみちゃんとたえちゃんは思わず耳を塞ぐ。
「すごい音!」
まだ余韻響く中で、りみちゃんが叫ぶ。しかし、私には鯉のように口をパクパクとしているようにしか見えない。
静寂が忍び足でやって来た頃には、屋上の下で生徒たちが私たちを見上げていた。ある人は口を押さえて驚いて、ある人はまだ耳を押さえていて、ある人は私たちに向けて指を指して飛び跳ねていた。
『Poppin' Partyでーす!』
MCなんて考えてないから、とりあえず思いついた単語を言う。
出迎えてくれる歓声は少なかった。どよめきの方が多い気もする。
『えー、気分が乗ったのでライブします。あ、部活お疲れ様です』
ロックンロールにメチャクチャにされことと、ギターを持ったことによる興奮で、いつもよりも饒舌になる。
『ライブなんだけど、えーっと、音量の方、大丈夫ですかー?』
1弦を押さえて鳴らす。何人かの生徒は腕をクロスにしてばつ印を作ってくれた。
もう少しボリュームを下げて音を鳴らす。何人かの生徒は丸を作ってくれた。
次は先程と同じく、ストロークで音を鳴らす。すると、先ほどは控えめだった歓声が少し多くなった。
『よしっ、じゃあ、2曲やります!やったら撤収します!』
マイクの位置を少し左にずらす。
『あ、曲は2つともカバーですっ』
口笛が鳴る。なんだか本物のライブのようだ。ライブなのだけど。
沙綾ちゃんのカウント。
1、2…1、2、3、4!
パンクなギターサウンド。グルーブを生むベースとドラム。それを包み込むキーボード。
曲はHi-STANDRDの″Stay Gold″。
シンプルなコード進行に、疾走感のあるドラムス。随所で存在感を見せるベース。キーボードのサウンドは控えめになっているが、この存在によりポップにも仕上がっている。
忘れはしないよ。
君が「輝き続けろ」って言ったこと。
忘れはしないよ。
その言葉は今でも心の中にあるよ。
2分弱のその曲は、まさに風のようにすぐに終わった。
演奏が終わると、私たちを拍手と歓声が迎えてくれた。最初とは正反対の反応だ。
すると、背後からドンドン、とツーバスのような音が聞こえてくる。次いで、少し低めの女性の声が篭り気味に聞こえてきた。何を言っているかはサッパリだ。
「始めちゃおっか」
「逃げ道どうすんの」
「クライミング装備は用意してあるぞ、ベンケー殿」
「出来るかぁ!」
有咲ちゃんは声を荒げる。
「私たちへの抵抗をやめたのが運の尽きですね、先輩」
「くっ…無理だって、これ…」
「屋上から地上なんて4階分なんだから大したことないぞ」
「ニンジャは黙ってて…」
まあ確かに、怖いけど。
「捕まるよりはマシじゃない?」
「かすみん頭おかしくなった?」
有咲ちゃんから強烈なツッコミをもらう。確かにおかしくなったかもしれない。ロックンロールにメチャクチャにされたのだ、おかしくはなるか。
「さ、ラストやろっ」
「もーっ、どーにでもなれー!」
腹を括ったらしい有咲ちゃんは、無茶苦茶に鍵盤に手を叩きつける。音色もヘッタクレも無いデタラメな音だった。
デタラメなサウンドに合わせて、沙綾ちゃんがドラムを叩く。
有咲ちゃんの綺麗な旋律が前面に出されてるこの曲は、THE BLUE HEARTSの″1000のバイオリン″。
ヒマラヤほどの消しゴム1つ––––––なんていう、変だけれどキュートでポップな歌詞を歌い上げる。
ヒロトじゃなくて、マーシーが書いたその詩は、ヒロトに比べて優しくて包容感のある暖かい詩だ。
私はヒロトよりもマーシーの書く歌詞の方が好きだ。沙綾ちゃんはヒロトの方が好きらしい。
王道で、ストレートで、けれどお日さまの香りがするタオルのように温かな世界が溢れていた。
屋上の上で爆音を掻き鳴らし、先生からの怒号を背にして、滴り流れる汗を気にせずに全力で疾走して、集合場所でコーラを交わし合って飲む。
昔の私じゃ考えられない、派手でロックでゼンリョクな生き方。
「––––––最高じゃん、全部!」
気持ちと語彙がぶつかり合ってぐちゃぐちゃに混ざって、結局陳腐な言葉しか出てこなかった。
でも、最高なんだ。
全部が最高で、楽しい。
たえちゃんが開放弦でストローク、りみちゃんはめちゃくちゃなスラップで低音を撒き散らす。有咲ちゃんは不協和音関係なしに思い思いの音をサッカーボールみたいに蹴り上げて、沙綾ちゃんが収束へとナビゲートする。
最期のドラムの音を聴き終えた部活生は暫く呆気に取られていたけど、やがて盛大な拍車と歓声を上げてくれた。
『ありがとうございます!』
それぞれ一礼をした後、急いで楽器をケースにしまう。特に沙綾ちゃんのドラムは収納が大変なので、私たち3人の竿部隊とキーボードの収納が終わり次第、急いで沙綾の手伝いを始める。
アンプや延長コードをまとめてスッと屋上の踊り場へと置いて、私と沙綾ちゃんは、普段は先生しか使っちゃいけないエレベーターを使って台車に乗せたドラムセットを運ぶ。と、そこで1階の廊下で騒動の対策を話し合っていた先生たちと遭遇。台車をフルスピードで動かして、うまいこと先生たちを掻い潜って校門に出る。すると軽トラックの運転席から手を振る女性が一人。
「お姉ちゃん!」
「助太刀参上!それ乗っけて!」
「ありがと!」
私とお姉ちゃん2人が沙綾ちゃんのドラムを荷物台に乗せて、ワイヤーで固定する。ブルーシートをかけて、本日何度目かわからないありがとうを口にしてお姉ちゃんたちは蔵へと向かって行った。
「ギター、乗っけなくてよかったの?」
「荷台に置いてたら落っこちちゃいそうだし、これ背負って走っても大丈夫だから」
「置いてっちゃうぞ?」
「大丈夫」
背後からは先生達の怒号と、生徒達の歓声。
そして––––––
「りみ先輩はやいっす!」
「瞬足!快速!ニンジャな韋駄天、略してニンイダ!」
「語呂悪いっすね!?」
「アンタらっ……マジで…ストップ……」
ベースと有咲ちゃんのキーボードを背にしたニンイダりみちゃんと、りみちゃんと漫才をしつつも息を全く切らしてないたえちゃん、そして何処かで買ったらしいミネラルウォーターを飲む有咲ちゃん。
「いや死ぬわ……三途の川見えたわ…エルギオスが手振ってたわ……」
「蔵べんけー殿、この者、口を割る前に息の根を止めるべきでは?」
「慈悲ねーなこのニンジャ…」
軽い仲間割れが起きそうになっていたけど、沙綾ちゃんとたえちゃんが諌める。
「よし、じゃあ準備できたことだし」
沙綾ちゃんは屈伸を始めて、背後を一瞥する。
たえちゃんは靴紐をギュッと絞めて。
りみちゃんは器用にクラウチングスタートの姿勢をとる。
有咲ちゃんはSuicaを手元に。
私もギターケースの肩紐をギュッと握って、体勢を整える。
「じゃあ––––––逃げよっ!」
「うん!」
「了解っす!」
「御意に!」
「ヘイタクシー!」
背後には先生の怒号。
この後、逃げ切れたとしても呼び出されて怒られるのは確定だろう。
でも、それでもよかった。
いつの時代も、ロックは怒られるものだ。
そしていつの時代も、ロックは楽しいものだ。
二手に分かれた私は、私だけが知っているシルクロードを通って、集合場所へと駆け抜ける。
始まりはそこだった。
終わりだって、そこがいい。
肩紐を握った拳に力を入れて、私はさらに速度を上げた。