獄炎爺がシバいてくる   作:矢マン元

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 ワールドクラスの実力者。これは各陣営においても、相当に希少な存在だ。

 そしてそれが、人間ともなれば更に話題を呼ぶ。

 

「いや、熱烈」

 

 学園の屋上でフェンスに凭れかかりながら、ひらひらと手を振ってカードを握り潰す寛治。

 和平会談の折から、こうして昼夜問わずに彼の元には熱烈なラブコールが後を絶たない。

 無理矢理連れて行こうとしない辺り、まだ救いはあるのかもしれない、がそれでも割と迷惑している事は確か。

 だがしかし、今の寛治を悩ませるのはこのラブコールではなかったりもする。

 

「…………ハァ……」

 

 思い出すのは、件の会談。より正確に言うのなら、ヴァーリ戦。

 

 あの瞬間、火加減などはしていなかった。いや、周囲に必要以上に被害が出ないように、焼却範囲に関してだけ制限を掛けたが、火力自体は鎧ごとヴァーリを焼き尽して余りあるものだった。

 だがあの瞬間、炎の揺らめきの中で、寛治は確かに見た。

 

 ヴァーリの背後。空間が砕けて、そこから薄い青い壁の様なモノが現れ、ヴァーリを保護。その覇龍と化した巨体を砕けた空間の中へと引きずり込んで、加え炎を阻んでみせた。

 全てを焼き尽すような業火の竜巻が目晦ましとなり、その一連の出来事に気が付いた者は、あの場において状況を冷静に俯瞰していた寛治にしか分からなかっただろう。

 

(流刃若火を解放した状態で防がれる、か……爺ならともかく、アレは……)

 

 寛治の脳裏にこびりつく、薄く青い壁。

 傍から見れば、薄紙同然だろう。だが、事実としてその壁は流刃若火の炎を阻んだ。簡単だったかどうかは、この際問題ではない。

 問題なのは、寛治の攻撃を防げるだけの存在が敵方に居るという点。ここで、生き残ったであろうヴァーリの事が出てこない辺り、彼の中での警戒心のレベルの差が分かる。

 

 考え込む寛治。ただ、その内心は本人も気づいていない、小さな高ぶりの種火が灯っていたりする。

 というのも、明確な“敵”と言う存在と彼は相対した事が無かったから。

 オカ研に入る契機となった堕天使も、ライザー・フェニックスも、コカビエルも、ヴァーリも、等しく彼の敵足りえたことは無い。

 そんな中での、刀剣解放状態の自分の攻撃を防いだ相手。

 警戒心だけでなく、純粋な戦う者としての好奇心も刺激されつつあった。

 

「……ん?」

 

 どんな相手なのか。そもそも禍の団に所属しているのか、それともヴァーリ自身の個人的な伝手なのか。

 どうであれ、自分と知らない誰かは戦う事になるだろうと妙な確信を得ていると、不意に彼の耳が金属の擦れる音を拾い上げた。

 顔を上げれば、美しい紅の髪が風に揺れる。

 

「ここに居たのね、カンジ。少し探しちゃったわよ」

「どうも、グレモリー先輩。俺に何か用ですかね」

 

 片手を挙げて挨拶してくる寛治の隣へとリアスは進むと、彼と同じようにフェンスへと背中を預けた。

 そして取り出すのは、一通の封筒。

 

「今回は私は、メッセンジャーよ。送れないことは無いんでしょうけど、確実性を考慮したみたいね」

「誰からです?」

「それは、読んでみてから、ね。送り主は貴方も知ってる相手よ」

 

 それ以上は語る気は無いのか、リアスは封筒を突きつけるばかり。

 大人しく受け取った寛治は、その紙の質感から上等な代物であると判断。ついでに、先程握り潰したカードと似た様な雰囲気を察して、眉根を寄せた。

 が、しかし、隣に封筒を渡してきた相手がいる為に無視するわけにもいかない。

 仕方なしに封筒を開き、中に納まっていた手紙を抜き出す。

 

「……こいつは……」

「夏休みに、ちょうど私たちも冥界へと向かうつもりなの。この話を受けるのなら、貴方も一緒にどうかしら?」

「うーん……」

 

 リアスの申し出に、しかし寛治の反応は芳しくない。

 手紙の差出人に関してろくに知っている訳では無いが、しかし悪意を持ってこういう事をするタイプではない事は知っていた。無論、寛治の主観が多分に含まれている為、ソレが幻想である可能性も否定する事は出来ないが。

 渋るのは、それら可能性を加味しているから、()()()()

 別に相手が想定以上の悪人であろうと、自分を呼びつけて罠に嵌め倒そうとしているとしても、それら一切合切を踏み越えられるだけの力を、寛治は有しているし、その自負もある。

 問題は、相手が()()()()()()()()()()()()()

 

「何でまあ、ライザー・フェニックスが出てくるんだっての」

「今の彼は、あの時とは違うみたいよ。レーティングゲームもアレから何度か勝ってるみたいだもの。ライザー自身の昇格はまだだけど、眷属は何人か昇進の打診が出てたはずだわ」

「……そのお礼参り、っすかねぇ」

「そう書いてあったの?」

「いや?こいつは招待状でした。それから、一度見てもらいたいものもある、とか」

 

 ヒラリと手に持った手紙を振る寛治。

 スカウト(ラブコール)ではない。ないが、しかし現地に赴けば()()()()()にもなるだろう。

 面倒だと思う。思うが、夏休み暇している事もまた事実。

 それに、冥界自体にも興味があったり。情動が平坦であろうとも、それでも彼は高校生。未知に対する好奇心まで死滅してはいなかった。

 

「……いざとなったら、先輩のご実家に行きますね」

「フフッ、勿論歓迎するわよ」

 

 肩を竦める後輩に、リアスは笑う。

 会談の際に見た光景には、心の底から震えた。しかし、それと同時に彼は自身の後輩であるのだ。これに関しては覆しようがない。

 彼女は、無意識の内ではあったが、正解を選び取ったのだ。

 

 腫物の様に扱うのでもなく、手籠めにしようと勧誘するのでもなく、危険であると排斥しようとするでもなく。

 今まで通りに、いつもの様に、あるがままを受け入れる。

 即ち、山本寛治という一個人を見て、ソレを受け入れる。

 

 重要な事はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。この日もまた、グレモリー眷属一同は、揃って訓練、訓練。

 一応、悪魔家業の方で席を外すものも居るが、存外彼らは勤勉だったりする。

 

「うっ、ぐっ……!」

「背筋を曲げるな、伸ばせ。腕は確りと振り切れ。得物の性能に頼り切ってんじゃねぇぞ」

 

 淡々と指摘しながら、白刃を振るう寛治を前にゼノヴィアは苦悶の声を漏らすしかない。

 二人の手には、それぞれの己の得物、つまりは寛治の手には未解放の斬魄刀、ゼノヴィアの手には聖剣デュランダルがそれぞれ握られている。

 発端は、というかゼノヴィアが望んだことだ。

 彼女は現在進行形で、デュランダルを扱い切れていない。元々じゃじゃ馬であることも理由の一つではあるが、根本的な部分は彼女自身の未熟さにある。

 

「意識を研ぎ澄ませ。でもな、考える事を止めろって意味じゃねぇんだぞ?」

「どういう事だ!?」

「そのままだ。お前は、戦いに対して無駄に頭を回してる。ぶっちゃけ、ゼノヴィア。お前に知的な戦いは、無理だ。兵藤先輩と同じく」

「私がイッセーと同じか!?」

「同じ……いや、少なくとも才能とかその辺りはお前が上じゃねぇかな。あの人本当に、才能ねぇから」

 

 振り下ろされた聖剣を真正面から切り上げて弾き、がら空きとなった胴体へと掌底を入れて寛治はそう評する。

 実際の所、ゼノヴィアは才能があるだろう。聖剣に選ばれる事もまた才能、もとい生まれながらの素質が多分に影響している事もあり。

 

 咳き込みながら立ち上がるゼノヴィア。

 木刀を使った勝負ですら完敗だったが、本来の得物を持った目の前の男は、最早力を測る事すらも馬鹿らしいと思えるほどの差があった。

 

「……どう、すれば良い……」

「あ?」

「私には、コレ(聖剣)しかない。お前を見ていると痛烈に思う。私の持ち合わせた剣技は、児戯に等しいと。だが、悠長にはしていられない」

 

 お前ははるか先を行くのだから、とその言葉を口に出す事無く呑み込んでゼノヴィアは手元の聖剣へと視線を落とした。

 天然物の聖剣使いにして、同時に新たな所有者として見染められた彼女は、相応の鍛錬を積んできたつもりだ。目の前の相手は、鍛錬の密度が違ったが。

 聖剣にしても、神器に劣ることは無い。寧ろ、並大抵のモノならば一太刀で切り伏せる。

 

 しかし、それでは足りなかった。いや、グレモリー眷属となって、自分よりもはるかに強い剣士と刃を交えて、その思いは芽生え、育っていた。

 それを明確に自覚したのは、会談の折。

 彼女は別の露払いへと向かったため、見たのは最後の火焔だったのだが。それでも、その力の波動は感じ取って余りある。

 だが、置いて行かれる事だけを是とすればそれは、単なる寄生、或いは利用でしかない。

 

 苦悶の表情を浮かべるゼノヴィアに、寛治は眉を上げる。

 別段、彼は答えを提示できるわけではない。語るのは、あくまでも彼自身の理であり、それ以上でも以下でもないのだから。

 

「お前の振るってるモノは何だ、ゼノヴィア」

「え?」

「その手に、握ってるモノだ」

「そ、れは……聖剣(デュランダル)だが……」

「違うな。まず、その認識の時点で()()()()()

「は……?」

 

 思わぬ言葉に、ゼノヴィアの目が点となる。いや、そもそも彼女は何を言われたのかを理解できていない。

 しかし、そんな事は彼には関係ないらしい。

 

「お前の握っているものは、剣。つまりは、武器、道具だ。総じてそれらは、担い手が居てこそ初めて効力を発揮する。どんなに名刀だろうと使い手が居なくて床の間に飾られれば、それは単なる置物だ。それが、銃だろうと、ミサイルだろうと、何だろうと。使い手が明確な意思をもって扱うからこそ、武器は初めて武器として機能する。忘れんな、ゼノヴィア。どれだけその剣が特別で、意思を持っていようが、振るうのはお前だ。お前の、武器だ、得物だ。人が剣を振るう事があっても、剣に人が振るわれるのはあっちゃならねぇ」

「武器……」

「まあ、偉そうな事言っちまったが、俺もまだまだ半人前だ。斬魄刀(こいつ)の真価を発揮できてるか聞かれれば、否定する他ねぇからな」

「ッ、アレでもか?」

「おう。やろうと思えば、この街一つ消し炭にだって出来るだろうさ。だが、()()()()じゃねぇんだよ。この刀は、な」

 

 驚愕するゼノヴィアだが、寛治の脳裏を過るのは獄炎を携えた老人の姿。

 自分はまだあの領域に立ててはいないと、寛治は考えている。そしてその考えは、毎夜の鍛錬(地獄)が証明してしまっていた。

 だからこその、半人前。まだまだ道半ばどころか、三分の一も進めてはいないかもしれない。

 

 寛治の言葉を受けて、ゼノヴィアは改めて手元の聖剣を見下ろした。

 彼女自身の信教などからも考えて、その手にある剣は、ただの剣以上に宗教的な象徴としての役割も有していた。

 だが、改めて考える。

 

「聖剣……剣は、剣……」

 

 象徴であろうとも、何だろうと結局のところ振るわれなければ、剣は剣としての役目を果たせず、その本来の価値は死んだも同然のモノとなるだろう。

 彼女は岐路に立っている。その先に至れるかどうかは、その選択次第だった。


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