図書庫の城邦と異哲の女史   作:小沼高希

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異哲

「評価が必要です」

 

歴史思考分析の専門家は歴史研究者の目を見据えて言う。

 

「俺は歴史に対する審判はやらないぞ?」

 

「ええ、歴史を扱うならそのような態度は必要です。しかし私の専門はそうではありません。過去を分析し、評価し、時にはそこに罪を見出さなければならないのです」

 

「……面倒な仕事だな」

 

「そういう職場ですからね」

 

異哲派の時代から続く情報収集・分析・行動組織。新帝国の中で最大の裏側組織。そこに名前はなく、あるのはただ人々のみ。

 

「まあ薄々感づいてはいたけどな。そもそもあの会議にいた人間の半数は俺とは異なる場所にいる」

 

「ええ。ひとまず、私の分析結果を共有します。……彼女は、混乱が起こることを自覚していたはずです」

 

「……まあ、新帝国の設立は俺の祖父の代にまで響いていたが」

 

「ああその、すみません」

 

「構わない。ちょっと外から入ってきた商品に負けただけだ」

 

「……ええ、そういう混乱が異哲派の時代、当時の頭領とその甥によって引き起こされました。その背景にはキイがもたらした知識があったのは間違いありません」

 

「だろうな。当時の様々な経済指標はあの時を境に大きく変化している」

 

「そうです。また、彼女の思想……つまり、問題をどのように捉えるかというものについても大きな影響を与えています。文字版印刷と組み合わさって、行き交う情報量が増加しました」

 

「これはキイが生み出したものを説明する代替的通説にもなっているな」

 

「そう。キイがやっていたのは、基盤の整備だったんですよ。進歩……という言い方を使ってもいいですか?」

 

「うーむ」

 

歴史研究者は専門家の言葉を聞いて少し悩んだような声を出す。様々な文化があり、それぞれに異なる価値観や技術を持っていた。今日ではそれらは少しずつ統一され、各所で持ち込まれたものが組み合わされて数十年単位の変化をもたらしてはいるが、それは必ずしも一直線上に進むようなものではない。

 

「発展、ならいい」

 

「ではそれで。発展を支えるものを情報として考えると、その基本的な考え方はキイが作っているんです」

 

「……それは、誰かの意思が介在したと思うか?」

 

「最終的な決定や支援は多方面から行われています。しかしながら、そのような考え方自体がそれ以前には見られないことを考えると……」

 

「最初の発案者はキイであったと考えるのが妥当、か」

 

「つまり、彼女にはそれだけの責任があるんですよ」

 

「……一般的に、そういう考え方は避けるべきだというのは理解しているか?」

 

「ええ。しかし彼女は何が起こるのか予想できたはずです。それなのに実行した以上、そこに責任を見出すことができるわけですよ」

 

「……むしろ、思考分析と言うならなぜキイがそのような行動をしたかを考えるべきでは?」

 

「そちらに話を変えましょうか。これ以降は記録や統計にきちんと基づいたものではなく、私の勘によるものになりますが」

 

そう言って、歴史思考分析の専門家は視線を落とす。

 

「まあ、公表しないものならいいだろう。そういう萌芽的なものは否定されるべきではない」

 

「……そこにいるのは、おそらく怯えている一人の女性なんですよ。私と同じぐらいの年齢で、どこまでやっていいのかわからない、ただの、人間に思えるんです」

 

「……不釣り合いな知識を持ってしまった、か」

 

「むしろ、不釣り合いに無知な人々の集団に放り込まれた、と言うべきでしょう。彼女の思考は、知識は、技術は、本当に進歩的なものだったのですから」

 

進歩という言葉を聞いて歴史研究者は一瞬だけ顔を歪めるが、すぐに真剣な表情に戻す。

 

「そこまで、か」

 

「ええ。しかし、彼女はおそらく責任を果たしました。印刷物管理局をご存知ですか?」

 

「ああ、あいつの報告にあった組織か」

 

同僚でもある文字読み取りと文章分析の専門家の書いた文章を思い出しながら歴史研究者は言う。

 

「ええ。他の地域では印刷冊子の導入は少なくない混乱をもたらしましたが、当時の『図書庫の城邦』におけるものはそれに比べれば小さい。それは今までの本の概念をひっくり返すものだったにもかかわらず、ですよ?」

 

「生み出したものに対して責任があった、か」

 

「ええ。おそらく、他の分野に対してもそうでしょう。暴走しかねない分野、長期的に予想不能な影響を与える分野は避けていたと私は考えています」

 

「根拠は他にあるか?」

 

「いえ、消極的なものがいくつかあるだけです。キイが何を知っていたかは知ることができても、何を知らなかったのかはわかりませんから」

 

申し訳無さそうに歴史思考分析の専門家は言う。

 

「……そうか」

 

「ただ、異哲派がそういった責任を取る考え方を継いでいたと考えるのは妥当だと思います。そういう意味で、あの新帝国を作った頭領は異哲派と呼ぶべきではないかもしれませんがね」

 

「意図的に混乱を見逃し、勢力拡大に用いたからか……」

 

「ただ、より長期的に見れば大規模な混乱を避けられたと言ってもいいでしょう。古帝国の崩壊を見ればわかるように、手段のある状態での混乱は戦火を引き起こすので」

 

「……最善、だったというのか?」

 

「歴史において、意図的に破滅をもたらそうとした人はまずいません。ほとんどの人が全力を尽くし、それでも問題は生まれ、人は死に、それでも進んでいくのです」

 

「……わかっていても、飲み込みにくいものだな」

 

「仕方がないですよ。私だって本当に理解しているかといえば怪しいところです」

 

二人は改めて机の上に散らばった資料を見る。キイという人物の情報をまとめた紙束の一番上には、最初に撮られた人物銀絵の印刷があった。




活動報告にあとがきというか今まで書いて思ったこととかをメモみたいにしておいたので気になった方はどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=294701&uid=373609
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