「早速だが、これが現在の国境線付近の映像だ」
テクトが指したモニターに映っていたのは戦車だった。二千台に上る一団が帝国領からジュラの大森林方面へと進軍してきている。
事前情報から、進軍中の敵は帝国の三大軍団の一つである機甲軍団。その戦車部隊である魔導戦車師団である。
シンジ達の話では、戦車の動力は魔素を利用した内炎機関であり、大気を循環させることで放熱と魔素供給を同時に行うことができるらしい。そのほかに魔導制御動力炉を改良したものを搭載しており、魔石を使用して出力を上げることも出来るという。
最高時速は時速百キロを超え、悪路も問題としない。果ては、エネルギーの消耗こそ激しいものの、浮き上がることも出来るらしい。
さらに、別のモニターには船が飛んでいた。まさしく飛行船と呼ぶべきその物体はどうやら砲台も積んでいるらしく、制空権の奪取がこの戦争の一つの決め手であると考えられた。
そんな帝国軍の総数は百万。それぞれが軍事兵器で武装し整然と行進する様は壮観といって差し支えなかった。
だがしかし、すでに敵の戦力を理解し、それに合わせて戦略を立てている魔国連邦の優位が崩れるような数ではない。
なにせ帝国軍についてはガドラから可能な限り聞き出しており、すでにその装備、構成、上位将校の性格に至るまで把握しているのだ。
ガドラが転生を繰り返しているのは帝国でも知る者が多いため逃亡後も生きているとは思われているだろうが、肉体を変えることなく生還しているとは思ってもいないだろう。
そのため、万が一の漏洩に備えて多少の作戦変更はあれど、大筋では変わらないとみていた。
また、作戦の実行においては参謀が主導であったとはいえ、戦車部隊を従える機甲軍団の軍団長であるカリギュリオはガドラの撒いた餌に食いついていたのは間違いないらしく、地下迷宮の資源や宝の利権という皮算用を企んでいるのは間違いないらしい。
実際に戦車部隊に随伴する兵士と同様の装備を身に着けた兵士達が林道をかき分けて移動している。これも作戦変更の幅が大きくないと考えられている要因だった。
最初の説明が終わるなりゴブタが手を挙げる。
「あのう、宿場町に待機させている自分の軍団っすけど、あの戦車ってのと戦う事になるっすか?」
そう聞いたゴブタは不安そうにしている。戦車について詳しい説明はしていないが、銃を持っているゴブタからすれば砲身から何かが飛んでくるのは想像に難くない。その口径の大きさから自分達では耐えきれない攻撃が飛んでくるのは明らかであり、それに相対するなど自殺行為である。故にゴブタの心境は穏やかではなかった。
そんなゴブタの心情を読み取りつつも、テクトはきょとんとした様子で返す。
「何を言ってるんだ?」
「そうっすよね! いくら何でも」
「お前の第一軍団であれを潰すに決まっているだろう」
テクトの答えに一瞬安心したゴブタだったが、平然と続いた言葉に絶望的な表情になる。その様子に苦笑しつつテクトは言葉を続ける。
「安心しろ宿場町を守るわけじゃない。今あそこに第一軍団を待機させているのは住民の避難の護衛だ」
「へ?」
「すでに住民の避難は発布済みで残っている人数も少ない。護衛が終わり次第、第一軍団にはドワルゴンに向かってもらう」
軍団長に就任したものの戦術に明るいわけではないゴブタは首をひねる。その様子に頷きながらテクトは説明を重ねる。
帝国の戦車部隊だが、カナート山脈の麓に沿って樹木の影響を避けながら移動している。ガドラの話からドワルゴンを狙っていることはわかっているため、ドワーフ軍と共闘し、ドワルゴンの防衛を行うのが第一軍団の役目となる。
このことはガゼルとも協議している。ガゼルとしても再三の進軍許可を断ったことで帝国が痺れを切らす可能性を考えており、魔国連邦からの共闘の提案は渡りに船だった。
帝国が戦車部隊を堂々と走らせているのは示威行為であると同時にドワルゴンと魔国連邦の動きを窺う事が目的と考えられる。下手に手を出せばそれを理由に開戦に踏み切るつもりなのだろう。
このまま進軍するとすれば、帝国軍はアメルド大河を超えてドワルゴンの正面入り口を俯瞰する平原に展開することになる。
自国の正面に軍を展開されてはドワルゴンとしても黙っていられず、向かい合わせる形で軍を展開させて交渉に入る事となる。
ドワルゴンと魔国連邦の境界線上に軍を展開されている以上魔国連邦としても対応するわけにはいかないのだが、奇襲を警戒し森を抜けた先の平原に展開した軍相手に打って出るわけにはいかない。
故に最初からドワルゴンで迎え撃つ形を取るのである。
そして、ドワルゴンに向かうのは第一軍団だけではない。
第三軍団もまた避難の最終確認を終えた後に合流する手はずとなっている。
開戦の目安としては二十日後。しかしこれはあくまでガドラ達の情報を基にした、帝国の行軍が休憩を挟みながら万全の体制で戦うことを前提とした速度での計算であり、帝国が強行軍を仕掛ける可能性もある。
そのため予定が早まる可能性はあるが、いざとなれば転送で送り込むのであまり不安視はされていない。
そして、帝国軍の本命部隊が迫っている魔国連邦だが、正直なところ危機感はないのが本音である。
なにせ、既に帝国軍は地下迷宮へと誘引出来ることが確定的であり、その動向もソウエイとモスによる監視網で常に把握できている。この監視網はモスの分身体を主としており、倒されても問題のない極小のモスの分身体がジュラの大森林全体を監視している。
現在の帝国軍は小隊規模で別れて森を進行中であり、やろうと思えば各個撃破も可能な状況である。しかし、後続の本隊を相手にする際に無用な警戒を生むだけであり、誘引して大部分を始末する当初の作戦が活かせないため無為な戦闘は避けている。
「帝国軍の目的が地下迷宮ならば、誘い込んだ上で始末する。地上に残った部隊がいれば、ゲルドの第二軍団と俺の本隊で叩く! 以上だ!」
テクトの説明から引き継いだベニマルの檄を受け、僅かに管制室は静かになる。しかしすぐにやる気に満ちた声が埋め尽くした。
「わかったっすよ! ガビルさんも来てくれるなら安心ってものっす。これで勝利はオイラ達のものっすね!」
「そう言ってくれると嬉しいものである! 必ずや、ゴブタ殿に負けぬ戦いぶりをお見せしよう!」
「出番がないかと心配したが、流石はテクト様と総大将ベニマル殿だ。本国の守りという、最大の栄誉を残しておいてくれるとはな。この力、存分に奮わせてもらうとしよう!」
軍団長三人の言葉を皮切りに全員が活発に意見を交わしていく。文官までもがそれに混ざっているのを見てテクトは満足そうに頷くと、一つ手を打って注目を集めた。
「さて、ここまでで何か不明な点はあるか?」
テクトの確認に管制室は水を打ったように静かになる。誰も声を上げないのを確認すると、テクトはテスタロッサ達へと視線を向けた。
「テスタロッサ、ウルティマ、カレラ」
「「「ハッ!」」」
「お前達には各軍団長の補佐を命じる。不測の事態への対処は任せるぞ」
「承知しましたわ、テクト様。評議会の方はシエンに任せております。この戦争が終結するまでは、私も戦いに参加させて頂きますわね」
「やっとボクの出番だね! お任せ下さいテクト様!」
「ふふふ、期待してくれよ我が君。私の力、その全てをお見せしようじゃないか!」
テクトに命令に三人ともが意気揚々と応じる。
それぞれテスタロッサを第一軍団に、カレラを第二軍団に、ウルティマを第三軍団につけることにする。
「大丈夫っすか? テクト様が任命したんで“四天王”の時は何も言わなかったっすけど、戦ったこともないような女性には、第一軍団は務まらないっすよ?」
ゴブタの言葉に部屋の気温がわずかに下がった。
「あら、頼もしいこと」
そう言ったテスタロッサの表情こそ微笑みといった具合だが、その目は欠片も笑っていない。リムルをはじめ数人が視線を逸らすが、当のゴブタは何も気づいていない様子だった。見かけで侮るゴブタもまだまだだと判断してテクトも正体に関しては伏せることにした。
その横で自戒を心がけていたガビルと普段から堅い態度のゲルドは問題なく挨拶を交わしていた。
ちなみに、彼女達が原初の悪魔であることは魔国連邦では悪魔達を除くとテクトとリムル、シュナ、ヴェルドラ、ラミリス、ベスター、ディーノの七人しか知らない。無用な不安を抱えさせないために緘口令が敷かれており、それがゴブタのテスタロッサを疑う言動の理由となっていた。
「さて、これで議題については以上だ。他に何かあるか?」
この場で話せることはなくなったテクトが全体を眺めながら確認すると、マサユキが勢いよく挙手した。
「あの、ちょっといいですか?」
「どうした?」
「ええとですね、疑問なんですけど」
「言ってみたまえ」
「どうして僕が軍団長なのかってのは措いておいてもですよ、僕に預けられた軍団-義勇兵団の出番というか、まったく説明がなかったみたいなんですけど……?」
「そりゃぁ、出番はないからな」
「へ?」
平然と答えられ、マサユキが間の抜けた声をあげる。その様子に取り合うことなく説明が始まる。
そもそも、義勇兵団は戦線に送る予定ではない。彼らは言い方は悪いが軍行動の訓練を積んでいない烏合の衆であり、練度の面でも装備の面でも帝国軍相手では役に立たない。そのため戦場に送っても無駄死にになる可能性が高いのだ。
ならばなぜ義勇兵団を作ったのかと言えば、気がはやった連中が勝手をして変に犠牲が出るのをリムルが嫌ったため、纏めやすい場所を作ったに過ぎないである。
義勇兵団-というよりもマサユキの役割は避難の円滑化と戦争時に迷宮へと格納された町の治安維持であり、「英雄覇道」の恩恵でそれはほぼ完了している。
なので、義勇兵団の役割はないと言っていいのだった。
「は、はぁ……」
説明を聞き、マサユキは難しそうな顔になる。
「ラミリスの権能で町を迷宮内に隔離する予定だから、被害はほとんどゼロと言っていい。マサユキは見回りでもして不安になっている住民を安心させてくれればいいのさ」
「な、なるほど。それぐらいならボクでも出来そうですね」
「いざって時が起きても、ヒナタと相談して聖騎士団から補佐官を派遣してもらう予定だ。子供達も護衛-じゃなかった預けるから……えっと、大丈夫だ」
「わっはっは! 勇者様に守っていただけるなら、あの子達も安全というものですな!」
「も、勿論ですとも」
マサユキの実力を認識できていないミョルマイルが笑って言うのにマサユキは脂汗を垂らしながら頷いた。マサユキも子供達の実力を知っているので、どちらが守られる側になるかは理解している。
この日の会議はこれを最後に終結となり、解散した。
マサユキによる説得はいつも通りうまくいき、「魔王を説き伏せて町を守ることを確約させた」という話が広がることとなった。
そもそも魔王の領土なのに勇者が守らせることを進言するのもおかしな話だが、誰も気にしていないようだ。それを認識しているマサユキは複雑そうな顔をしていたが、それも現状に甘んじず憂慮する勇者像に変換され、マサユキの評価を上げることになった。
そうして、避難民も含め住人達が穏やかに過ごしている内に、遂にその日がやって来た。
帝国軍がその姿を現したのだ。
平和な時は終わり、戦が始まる。
夕暮れの帝国。
「えぇっと、ガドラは逃がしたし、ヴェガは魔獣軍団に送り込んだ。「
たった一人の自室にて参謀は頭を抱える。
「……バーニィに転移用の装備でも持たせれば、追撃に出たディアブロが発動前に破壊してくれる……よね? それを解析して帝都まで転移する術式は整えてくれるはず……トップ同士での会談は望むところってセリフがあった……あったっけ? ……まぁ、妖死冥産の補助をする
誰に聞かせるわけでもない独り言だが、徐々に語調弱くなっていく。
「うぅ……不安だぁ……。ユウキが死んだのが大きすぎるよぉ」
本来であれば、彼女は表舞台に立つつもりはなかった。転生しているであろうかの人を探し出し、戦線から離れた地域に保護する予定だったのだ。にも拘わらずテクトなる謎の存在に
「激しい『喜び』はいらない……そのかわり、深い『絶望』もない……『植物の心』のような人生を……そんな『平穏な生活』こそ、わたしの目標だったのに……。前回で失敗してからどうしてこうも頭を抱えるようなトラブルばかり……」
参謀は深くため息を吐く。しばらくそのまま項垂れていたが、やがて頭を振ると顔を上げた。
「まぁ、ここさえ超えればあとは最終決戦付近まで追加でやるべきことはないし、しばらくはあの人を探すのに集中できるかな。やっぱり最初はイングラシアあたりから……」
ゆったりと背もたれに身体を預け、天井を見上げながら思考にふけるのだった。
次回「」
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