-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る   作:ジェイソン13

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今回、話の区切りの関係で普段の1.5倍くらいあります。


あいつがら死んだのは戦場でだが、殺したのはこの国だ。

 

 

 あいつがら死んだのは戦場でだが、殺したのはこの国だ。

 

――星歴二一四八年 エリオス高等学校 建国祭 首席演説

 

 ガキの頃、夢中になっていたロボットアニメを思い出した。

 

 主人公は普通の学生だったが、偶然にも新型ロボットへ乗り込み襲来した敵を撃退。その後は仲間達と共に巨大な敵との戦争に身を投じていく――って感じの作品で、俺はそのヒロイックさに目を輝かせていた。

 

 それを現実の世界で、共和国軍が誇る欠陥兵器でやる馬鹿がいるとは思わなかった。

 

『学生まで駆り出すのかよ!! 終ってんなあ!! 共和国!!』

『うわ。末期もいいとこじゃん』

白系種(アルバ)の中から()()()()()()()()()()が出来たのか? 』

有色種(コロラータ)だけじゃ足りなかったんだろうよ。よくもまあ飽きねえな』

 

 ダスティンとか言ったか、両手を挙げた白系種(アルバ)の学生はジュンナ、ランカ、ライオ、マクサから嘲笑を浴びせられる。それに釣られて新入り達もわざとらしく嗤う。

 知覚同調(パラレイド)で繋がっているからこそ分かる。皆、本当は腸が煮えくり返っている。白豚が俺達と同じ場所に立とうとしている。俺達から故郷と家族と人権を奪っておきながら、今度は()()()()奪おうとしている。皆、今にも主砲のトリガーを引いて、この学生を血の霧に変えてしまおうかという憤りを嘲笑で誤魔化している。

 俺はシートの背後に置いていたアサルトライフルを手に取り、薬室に弾が入っていないこと、セレクターがSAFEになっていることを確認する。

 

「<ブラッドヘッド>。後は頼んだ。作戦はお前らで詰めてくれ」

『面倒くせえ仕事押し付けやがって。さっさと済ませろよ』

 

 ライオはため息を吐きながらも承諾してくれた。

<アルファウリス>の足を進め、主砲先端がダスティン機と交差する距離まで接近する。

 俺はキャノピーのハッチを開け、肉眼で白系種(アルバ)の少年を見る。睨むように、こっちが()であると分からせるように、「今お前をブチ殺したい欲求で爆発寸前だ」と理解してもらうために()()()

 俺は<アルファウリス>から跳躍、ダスティンのジャガーノートへ飛び移ると彼の頬を銃床で殴打、更に鳩尾を蹴って無理やりシートの上へ押し戻す。

 痛がっている隙に俺はアサルトライフルの銃口を向けた。至近距離で月明かりがあるとはいえ夜、弾が入っていないことも安全装置がはたらいていることも彼は知らない。だがダスティンは慄くこと無く、その視線を俺と銃口に向ける。「覚悟は出来ている。処刑したいならやれと」言われている気がしてきた。

 

「ダスティンとか言ったか。軍の命令か?」

「軍には……何も言われていない。乗ったのは自分の意志だ」

「生き残るためか?」

「分からない……」

 

 ダスティンは俯いた。傍目から見ても分かるくらい全身がこわばり、歯噛みしてこみ上げる感情を抑えつける。

 

「分からないんだ……これで何が出来るのか、俺は何がやりたいのか、考えが纏まらないままここまで来た。すまない……こんな……こんな……」

 

 涙を見せまいと俯いたのだろうが、柔らかそうな生地のボトムスに滲み跡が出来る。

 

「俺の友達は人の形をした豚(エイティシックス)として連行された。俺はそれを座視していた側だった。『この国はおかしい』とずっと思っていた。でも言葉にしなかった。行動しなかった。学校で首席になって尊敬を集めれば人や社会を動かせると思っていた。今日の首席演説で、大勢の前で言ってやったよ。『こんなことは間違っている』『いつまで続けるんだ』って。でも駄目だった。誰も付いて来なかった。遅すぎたんだ。何もかもが」

 

 俺は正直なところ、こいつの泣き言に興味は無い。時間の無駄だし、さっさとジャガーノートから降ろして、ご退散願いたかった。一応、俺達のことを想ってくれているので穏便に済ませてやろうと思った(もう何回か殴ったけど)。

 

「それで、ヤケクソになって自分だけでも戦おうとしたって訳か」

 

 ダスティンは一間置いて首肯した。俺はわざとらしく大きく溜息を吐き、分厚い軍用ブーツの底でダスティンを踏み付ける。彼の口からぐっという声と共に空気が漏れ出る。

 

「自惚れるな。お前が乗っているそれは機甲兵器なんて名ばかりのアルミの棺桶だ。何百万人のエイティシックスがそのシートの上で死んだ。何も出来ずに死んだ奴だって大勢いる。お前一人が加わったところで何も変わらない。何も変えられない。ただ死体が一つ増えるだけだ」

 

 これは()()が今までに経験した地獄

 そして、これからダスティンが経験するであろう地獄

 

「降りろ。そんでさっさと家に帰って、家族や恋人と最期の時を過ごすんだな」

 

 俺としてはせめてもの慈悲だった。俺達が戦ったところで共和国なんてもって数日だ。残り短い人生、わざわざ地獄を覗きに行く必要なんて無い。

 

「だったら貴方は……エイティシックスは何故()()戦うんだ?」ダスティンが問う。「 大要塞壁群(グラン・ミュール)は突破された。エイティシックスに依存した共和国に対抗できる戦力なんて残っちゃいない。君達を()()()()()()はもう無くなったんだ。レギオンなんか素通りさせて『今までのツケだ。ざまみろ白豚共』って泣き喚いて虐殺される俺達を嗤えばいい」

 

 俺の中で血が沸き上がった。ライフルの銃口をダスティンの喉元に突き立て、彼の気道を締め上げる。もう演技ではなくなった。これは俺の純粋な怒りだ。

 ダスティンは喉の空気を吐き出しならが両手でライフルを掴み、必死の抵抗を試みるが兵士と学生だ。まるで勝負にならない。

 

「下衆の尺度で測ってんじゃねえ。俺達が戦うのは、それが存在証明(誇り)だからだ。それしか無いからだ。ジャガーノートが壊れても、肉体が欠片になって飛び散っても、屈しなければ、最後の瞬間まで生きて戦えば、それは俺達の“勝ち”だ。このクソな世界に対する()()の勝利だ」

 

 俺はライフルを押し当てる力を弱め、ダスティンの力に任せてライフルを彼の喉元から離す。腹を押さえていた軍用ブーツも上げ、半歩下がる。

 

「人間の勝利か……。なら、俺は負け犬だな。この十年間ずっと負け続けている。今日のことだって嗤われて、馬鹿にされて、教師に怒られて、逃げるように学校を出た。俺の背中、どう映っていたんだろうな」

 

 ダスティンは額の前で両手の指を絡め、俯く。数秒静止した後、考えがまとまったのか大きく息を吐く。

 

「分かった。決めたよ……。俺は降りない」

「そうか。暗いから気を付けて――――お前、今何て言った?」

「『降りない』と言ったんだ」

 

 怒りを秘めたきつい眼差しが向けられる。俺に、いや俺を通して欺瞞と虚飾に溺れた世界とそこに甘んじた自分自身に。

 

「この十年、俺は負け続けていた。その無様は受け入れるしかない。でもまだ数日残っているなら、俺は間違っているものから目を背けたくない。負けたまま死にたくはない」

 

 ダスティンは深々と、それこそペダルに舌が届きそうなほど頭を下げる。

 

「お願いします。俺に、こいつ(ジャガーノート)の使い方を教えてください」

 

 俺が焚きつけてしまったのか、それともこいつはあまりにも頑固なのか。

 これだから白系種(アルバ)ってのはよく分からない。どうしたものかと俺は思案する。

 個人的に白系種(アルバ)の協力者はいずれ必要になると思っていた。俺達は八十五区のことを何も知らない。街も地形も情勢もだ。鮮血の女王(ブラッディレジーナ)は必要な情報を与えてくれるだろうが、全部隊を一人で指揮する多忙な女王陛下にあれやこれやと催促は出来ない。俺の()()()()()()のためにも専属のガイドは必要だった。

 レイドデバイスが起動、ライオと繋がる。

 

『<アルファウリス>。こっちの準備は終わったぞ。駄々こねるなら俺がぶん殴ろうか?』

「いや、いい。すぐ済ませる」

 

 デバイスを切り、ダスティンに目を向ける。そして内心、頭を抱えた。早々に白系種(アルバ)の協力者が得られるのは嬉しい。学生というのが心許ないが首席なのでそこには目を瞑ろう。問題はダスティンの()では俺達に追い付けないこと、そして他の戦隊員たちは彼のことを受け入れ難いことだ。

 

 ――ああっ。クソッ。

 

 俺は自分の頭を叩き、()()()()()()のことを隅においやる。俺はエイティシックスで、鮮血の女王(ブラッディレジーナ)の麾下に入った駒だ。作戦の障害になるものを抱える訳にはいかない。そう理屈を並べて不本意な決断をする。

「ダスティン」と声をかけ、彼に頭を上げさせる。

 

「俺達は作戦行動に入る。悪いがお前の教官をやる時間は無い。だから手短に言う。『マニュアルは捨てろ。操作は動かしながら覚えろ。六十キロ巡行が出来るようになったら<アルファウリス>を探せ』以上だ。死ぬなよ。学生」

 

 唖然とするダスティンを後目に俺はそそくさと<アルファウリス>のシートに腰を落とし、ハッチを閉じる。ガンカメラでダスティンが何か叫んでいるのが見えるが、マイクがオフになっているので聞こえない。

『で、説得は出来たのか?』とライオが繋いでくる。

 

「ありゃとんでもねえ頑固者だ。お前の拳でも動かねえぜ」

『面白そうだな。一発ぶん殴ってみたくなった』

「やめとけ。時間の無駄だ」

 

 格納庫からオレンジ色の直方体――スカベンジャーが列を為して騎兵隊の後方に並ぶ。話では百四十機だったか。非武装とはいえ数トンの機体が揃うと圧巻の光景だ。まるで自分が将軍にでもなったかのような気分になる。

 

「これより八十五区北部への補給物資輸送任務を開始する。お前ら、つまみ食いすんなよ」

『『『了解』』』

 

 

 

 *

 

 

 

 七日後 サンマグノリア共和国・行政第五十区(行政第一区から東へ百八十キロ)

 

「滅んじまったな。共和国」

「ざまあみろ」

 

 俺は戦場で拾った共和国軍の無線機のチャンネルを回す。もうどの周波数でも人の声は聞こえてこない。マクサが空き事務所にお邪魔してテレビやラジオを拝借したが、結果は同じだった。軍民問わず通信手段は完全に途絶えた。政府も「非常事態宣言」という録画をテレビで流してから音沙汰が無い。

 北部の大要塞壁群(グラン・ミュール)が陥落してから七日間。ジョスラン騎兵隊は鮮血の女王(ブラッディレジーナ)の駒として戦場を駆け抜けた。スカベンジャーを北部の前線に送り届けた後は発電プラント・生産プラントの掌握、崩壊した戦線の応援、レギオンとの砲撃戦、砲撃戦、撤退、砲撃戦、撤退、撤退……と散々な戦闘だった。空前絶後のレギオン軍団が侵攻して来たというのに足元はウロチョロする逃げ遅れた白豚が邪魔をし、正規軍はろくな機甲兵器も持ち出さず、かと言って肉の盾にもならず、兵士は軍服を脱ぎ捨てて逃げようとするわ、それを上官が射殺するわ、俺達のスカベンジャーを足止めして物資を盗もうとするわで酷い有様だった。正直、いない方がマシだった。

 こんな最悪の状況の中で七日間()戦えたのは鮮血の女王(ブラッディレジーナ)の的確な判断、積み上げた実績と信頼、強固な統率力によって作られた「女王と兵隊」というシンプルな指揮系統によるものだ。エイティシックスだけだったら二日ももたなかっただろう。

 

 そして、レギオンの大軍勢に欠陥兵器で立ち向かった<女王陛下とゆかいな兵隊たち>は犠牲を出しながら後退に後退を重ね、東部の端、行政第五十区にある巨大倉庫街に身を寄せた。

 

 風が吹き、街路樹の葉が擦れ合う。囀っていた小鳥がどこかへと飛び立っていく。時折、悲鳴や砲撃の音が聞こえるが、かなり遠い。七日七晩続いた首都防衛戦が嘘のような静けさだ。

 俺達が第五十区に()()してからレギオンの侵攻は緩やかになった。第一区を奪取したことによる政治的な勝利に酔い痴れているのか、人口密集地の()()()で忙しいのか、それとも俺達が思っている以上に向こうも戦力を消耗しているのか、理由は分からないし、理由なんてもうどうでも良かった。

 所詮は嵐の前の静けさだ。攻勢が緩やかになっても戦隊を立て直すだけの人員も資源もこちらには残されていない。せいぜい出来る事と言えば、死んだ仲間の墓を作ることぐらいだった。

 

「とりあえず、こんなもんか? 」

 

 付近の軍需倉庫から拝借した小銃を地面に付きたて、これまた軍需倉庫から拝借したブーツを支え代わりに置く。ナイフの刃先を銃床に突き立て、その下に眠る者の名を刻む。

「それ、誰の墓だ?」数丁の小銃を担いだライオが尋ねる。

 

「ジュンナ。ついでに<ペルーダ>って彫ってやるか」

 

 パーソナルネーム<ペルーダ>ジュンナ・ヒマチは四日前、大攻勢の中で戦死した。「レギオンにビビる白豚の顔が見たい」と言っていた彼女だったが逃げ惑う白豚を嘲笑うことは無く、激戦の中、プロセッサーとしての役目を全うした。そして柄にもなく、逃げ遅れた白系種(アルバ)の子供を守ろうとして命を落とした。

 戦場のど真ん中だ。彼女の遺骸や遺品を回収する余裕など無く、この墓の下には何も埋まっていない。地表に立てた小銃とブーツですら無縁のものだ。それでも俺はこれがジュンナ・ヒマチの墓だ、彼女が生きた証だと言い張る。

 

 ――そういや、ダスティンどうなったかな。さすがに死んだか?

 

 七日前に見たジャガーノートに乗った学生のことをふと思い出す。ジョスラン騎兵隊が新入り全員とジュンナを失い、残り五人にまで削られた地獄の七日間だ。騎兵隊に限らず、鮮血の女王(ブラッディレジーナ)の下に馳せ参じたエイティシックスの六割がこの七日間で散ったのだ。さすがに死んでいるだろう。

 可哀想だからついでに立ててやろうと思いブーツを並べ、小銃を突き立て、銃床にナイフで名前を刻む。綴りってこれで大丈夫だっけ?

 

「今度は誰の墓だ?」

「ダスティン・イェーガー」

「あの学生か。死体を見たのか?」

「いや。でもあのクソみたいな戦場に首突っ込んだんだぜ。さすがに死んでるだろ」

 

 遠くで金属が擦れ、軋む音が聞こえた。俺とライオはレギオンかと思い咄嗟に身構える。

 そこに居たのは一体のジャガーノートだった。右後肢が破損しているが、それを補うよう三本脚で時速四十キロも出してこちらに近付いて来る。熟練のエイティシックスだろうか。しかしパーソナルマークは無く、機体全体は戦火に塗れて無数の傷と焦げ跡に覆われている。装甲の一部が剥離し、内部では回路がショートしているのか火花を散らしている。

 

『やっと見つけた。<アルファウリス>』

 

 俺達の目の前で静止したジャガーノートから発せられた音声で、俺とライオはまさかと目を見開く。

 キャノピーが開き、プロセッサーが顔を出した。逆立てられた白系種(アルバ)特有の白い髪、割れたレンズで覆われた銀色の双眸、俺達とそう変わらない年齢の青年――七日前にジャガーノートを持ち出した学生ダスティン・イェーガーだった。

 

「巡航速度()()()()、達成しました」

 

 何の事か分からない俺は餌を持った飼い主を前にした魚のように目を見開いて口をパクパクさせている。間抜けみたいな姿だがどうか見逃して欲しい。だって生き残ると思っていなかったんだもん。マニュアル捨てろとか動かしながら覚えろとか巡航速度がどーのこーのとか、とりあえずテキトーに言っただけでまさか真に受けて実践してあの大攻勢を生き残るとは思っていなかったんだもん。ってか、巡航速度()()キロって言ったよな。なに二十キロもオーバーしてんだよ。そんな速度出してるから脚ぶっ壊れるんだよ。

 唖然とする俺達にダスティンも困惑しているのか、会話の糸口を探そうと俺の周囲を見回し、俺の傍にある()()()()()()()()()()()()()()()()を指さす。

 

「あの……それって?」

「あ? これ? えーっと……その……お前の墓」

 

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