-86-外伝 最後の騎兵は白銀の棺に眠る 作:ジェイソン13
あいつがら死んだのは戦場でだが、殺したのはこの国だ。
ガキの頃、夢中になっていたロボットアニメを思い出した。
主人公は普通の学生だったが、偶然にも新型ロボットへ乗り込み襲来した敵を撃退。その後は仲間達と共に巨大な敵との戦争に身を投じていく――って感じの作品で、俺はそのヒロイックさに目を輝かせていた。
それを現実の世界で、共和国軍が誇る欠陥兵器でやる馬鹿がいるとは思わなかった。
『学生まで駆り出すのかよ!! 終ってんなあ!! 共和国!!』
『うわ。末期もいいとこじゃん』
『
『
ダスティンとか言ったか、両手を挙げた
俺はシートの背後に置いていたアサルトライフルを手に取り、薬室に弾が入っていないこと、セレクターがSAFEになっていることを確認する。
「<ブラッドヘッド>。後は頼んだ。作戦はお前らで詰めてくれ」
『面倒くせえ仕事押し付けやがって。さっさと済ませろよ』
ライオはため息を吐きながらも承諾してくれた。
<アルファウリス>の足を進め、主砲先端がダスティン機と交差する距離まで接近する。
俺はキャノピーのハッチを開け、肉眼で
俺は<アルファウリス>から跳躍、ダスティンのジャガーノートへ飛び移ると彼の頬を銃床で殴打、更に鳩尾を蹴って無理やりシートの上へ押し戻す。
痛がっている隙に俺はアサルトライフルの銃口を向けた。至近距離で月明かりがあるとはいえ夜、弾が入っていないことも安全装置がはたらいていることも彼は知らない。だがダスティンは慄くこと無く、その視線を俺と銃口に向ける。「覚悟は出来ている。処刑したいならやれと」言われている気がしてきた。
「ダスティンとか言ったか。軍の命令か?」
「軍には……何も言われていない。乗ったのは自分の意志だ」
「生き残るためか?」
「分からない……」
ダスティンは俯いた。傍目から見ても分かるくらい全身がこわばり、歯噛みしてこみ上げる感情を抑えつける。
「分からないんだ……これで何が出来るのか、俺は何がやりたいのか、考えが纏まらないままここまで来た。すまない……こんな……こんな……」
涙を見せまいと俯いたのだろうが、柔らかそうな生地のボトムスに滲み跡が出来る。
「俺の友達は
俺は正直なところ、こいつの泣き言に興味は無い。時間の無駄だし、さっさとジャガーノートから降ろして、ご退散願いたかった。一応、俺達のことを想ってくれているので穏便に済ませてやろうと思った(もう何回か殴ったけど)。
「それで、ヤケクソになって自分だけでも戦おうとしたって訳か」
ダスティンは一間置いて首肯した。俺はわざとらしく大きく溜息を吐き、分厚い軍用ブーツの底でダスティンを踏み付ける。彼の口からぐっという声と共に空気が漏れ出る。
「自惚れるな。お前が乗っているそれは機甲兵器なんて名ばかりのアルミの棺桶だ。何百万人のエイティシックスがそのシートの上で死んだ。何も出来ずに死んだ奴だって大勢いる。お前一人が加わったところで何も変わらない。何も変えられない。ただ死体が一つ増えるだけだ」
これは
そして、これからダスティンが経験するであろう地獄
「降りろ。そんでさっさと家に帰って、家族や恋人と最期の時を過ごすんだな」
俺としてはせめてもの慈悲だった。俺達が戦ったところで共和国なんてもって数日だ。残り短い人生、わざわざ地獄を覗きに行く必要なんて無い。
「だったら貴方は……エイティシックスは何故
俺の中で血が沸き上がった。ライフルの銃口をダスティンの喉元に突き立て、彼の気道を締め上げる。もう演技ではなくなった。これは俺の純粋な怒りだ。
ダスティンは喉の空気を吐き出しならが両手でライフルを掴み、必死の抵抗を試みるが兵士と学生だ。まるで勝負にならない。
「下衆の尺度で測ってんじゃねえ。俺達が戦うのは、それが
俺はライフルを押し当てる力を弱め、ダスティンの力に任せてライフルを彼の喉元から離す。腹を押さえていた軍用ブーツも上げ、半歩下がる。
「人間の勝利か……。なら、俺は負け犬だな。この十年間ずっと負け続けている。今日のことだって嗤われて、馬鹿にされて、教師に怒られて、逃げるように学校を出た。俺の背中、どう映っていたんだろうな」
ダスティンは額の前で両手の指を絡め、俯く。数秒静止した後、考えがまとまったのか大きく息を吐く。
「分かった。決めたよ……。俺は降りない」
「そうか。暗いから気を付けて――――お前、今何て言った?」
「『降りない』と言ったんだ」
怒りを秘めたきつい眼差しが向けられる。俺に、いや俺を通して欺瞞と虚飾に溺れた世界とそこに甘んじた自分自身に。
「この十年、俺は負け続けていた。その無様は受け入れるしかない。でもまだ数日残っているなら、俺は間違っているものから目を背けたくない。負けたまま死にたくはない」
ダスティンは深々と、それこそペダルに舌が届きそうなほど頭を下げる。
「お願いします。俺に、
俺が焚きつけてしまったのか、それともこいつはあまりにも頑固なのか。
これだから
個人的に
レイドデバイスが起動、ライオと繋がる。
『<アルファウリス>。こっちの準備は終わったぞ。駄々こねるなら俺がぶん殴ろうか?』
「いや、いい。すぐ済ませる」
デバイスを切り、ダスティンに目を向ける。そして内心、頭を抱えた。早々に
――ああっ。クソッ。
俺は自分の頭を叩き、
「ダスティン」と声をかけ、彼に頭を上げさせる。
「俺達は作戦行動に入る。悪いがお前の教官をやる時間は無い。だから手短に言う。『マニュアルは捨てろ。操作は動かしながら覚えろ。六十キロ巡行が出来るようになったら<アルファウリス>を探せ』以上だ。死ぬなよ。学生」
唖然とするダスティンを後目に俺はそそくさと<アルファウリス>のシートに腰を落とし、ハッチを閉じる。ガンカメラでダスティンが何か叫んでいるのが見えるが、マイクがオフになっているので聞こえない。
『で、説得は出来たのか?』とライオが繋いでくる。
「ありゃとんでもねえ頑固者だ。お前の拳でも動かねえぜ」
『面白そうだな。一発ぶん殴ってみたくなった』
「やめとけ。時間の無駄だ」
格納庫からオレンジ色の直方体――スカベンジャーが列を為して騎兵隊の後方に並ぶ。話では百四十機だったか。非武装とはいえ数トンの機体が揃うと圧巻の光景だ。まるで自分が将軍にでもなったかのような気分になる。
「これより八十五区北部への補給物資輸送任務を開始する。お前ら、つまみ食いすんなよ」
『『『了解』』』
*
七日後 サンマグノリア共和国・行政第五十区(行政第一区から東へ百八十キロ)
「滅んじまったな。共和国」
「ざまあみろ」
俺は戦場で拾った共和国軍の無線機のチャンネルを回す。もうどの周波数でも人の声は聞こえてこない。マクサが空き事務所にお邪魔してテレビやラジオを拝借したが、結果は同じだった。軍民問わず通信手段は完全に途絶えた。政府も「非常事態宣言」という録画をテレビで流してから音沙汰が無い。
北部の
こんな最悪の状況の中で七日間
そして、レギオンの大軍勢に欠陥兵器で立ち向かった<女王陛下とゆかいな兵隊たち>は犠牲を出しながら後退に後退を重ね、東部の端、行政第五十区にある巨大倉庫街に身を寄せた。
風が吹き、街路樹の葉が擦れ合う。囀っていた小鳥がどこかへと飛び立っていく。時折、悲鳴や砲撃の音が聞こえるが、かなり遠い。七日七晩続いた首都防衛戦が嘘のような静けさだ。
俺達が第五十区に
所詮は嵐の前の静けさだ。攻勢が緩やかになっても戦隊を立て直すだけの人員も資源もこちらには残されていない。せいぜい出来る事と言えば、死んだ仲間の墓を作ることぐらいだった。
「とりあえず、こんなもんか? 」
付近の軍需倉庫から拝借した小銃を地面に付きたて、これまた軍需倉庫から拝借したブーツを支え代わりに置く。ナイフの刃先を銃床に突き立て、その下に眠る者の名を刻む。
「それ、誰の墓だ?」数丁の小銃を担いだライオが尋ねる。
「ジュンナ。ついでに<ペルーダ>って彫ってやるか」
パーソナルネーム<ペルーダ>ジュンナ・ヒマチは四日前、大攻勢の中で戦死した。「レギオンにビビる白豚の顔が見たい」と言っていた彼女だったが逃げ惑う白豚を嘲笑うことは無く、激戦の中、プロセッサーとしての役目を全うした。そして柄にもなく、逃げ遅れた
戦場のど真ん中だ。彼女の遺骸や遺品を回収する余裕など無く、この墓の下には何も埋まっていない。地表に立てた小銃とブーツですら無縁のものだ。それでも俺はこれがジュンナ・ヒマチの墓だ、彼女が生きた証だと言い張る。
――そういや、ダスティンどうなったかな。さすがに死んだか?
七日前に見たジャガーノートに乗った学生のことをふと思い出す。ジョスラン騎兵隊が新入り全員とジュンナを失い、残り五人にまで削られた地獄の七日間だ。騎兵隊に限らず、
可哀想だからついでに立ててやろうと思いブーツを並べ、小銃を突き立て、銃床にナイフで名前を刻む。綴りってこれで大丈夫だっけ?
「今度は誰の墓だ?」
「ダスティン・イェーガー」
「あの学生か。死体を見たのか?」
「いや。でもあのクソみたいな戦場に首突っ込んだんだぜ。さすがに死んでるだろ」
遠くで金属が擦れ、軋む音が聞こえた。俺とライオはレギオンかと思い咄嗟に身構える。
そこに居たのは一体のジャガーノートだった。右後肢が破損しているが、それを補うよう三本脚で時速四十キロも出してこちらに近付いて来る。熟練のエイティシックスだろうか。しかしパーソナルマークは無く、機体全体は戦火に塗れて無数の傷と焦げ跡に覆われている。装甲の一部が剥離し、内部では回路がショートしているのか火花を散らしている。
『やっと見つけた。<アルファウリス>』
俺達の目の前で静止したジャガーノートから発せられた音声で、俺とライオはまさかと目を見開く。
キャノピーが開き、プロセッサーが顔を出した。逆立てられた
「巡航速度
何の事か分からない俺は餌を持った飼い主を前にした魚のように目を見開いて口をパクパクさせている。間抜けみたいな姿だがどうか見逃して欲しい。だって生き残ると思っていなかったんだもん。マニュアル捨てろとか動かしながら覚えろとか巡航速度がどーのこーのとか、とりあえずテキトーに言っただけでまさか真に受けて実践してあの大攻勢を生き残るとは思っていなかったんだもん。ってか、巡航速度
唖然とする俺達にダスティンも困惑しているのか、会話の糸口を探そうと俺の周囲を見回し、俺の傍にある
「あの……それって?」
「あ? これ? えーっと……その……お前の墓」