親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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プロローグ

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

定型的な挨拶に迎えられ、昴は聴き慣れた電子音を耳にしながらコンビニの自動ドアを潜り抜けた。

 

家から約十五分と、近くもなく遠くもない道のりは、夜食を何にするか頭の中でちょっとした議論をしているうちに到着するもの。少し、歩く速度が遅くなった気がするのは運動不足が原因だろうか。

 

 

 ーーまぁ、なんでもいいや

 

 

頭の片隅で生じた運動不足の懸念をその一言で振り落とし、昴は足を進める。必要以上に気にしたところでだからなんだという話になるし、考え事をして買い物客とぶつかったら面倒だ。

 

くだらない考えを断ち、昴は雑誌コーナーへと向かう。目的が夜食ではあるが、時期的にちょっと気になっていた漫画の続きが読める頃合い。どうせなら読んで帰ろう。

 

本棚に並べられた雑誌の中から一つ。少年アベックスの名が表記されたものを手に取り、慣れた手つきでページをめくりながら気になるタイトルを探し当てる。

 

そこから約五分間、昴は本の世界に没頭した。店内に流れる流行りの曲をBGMにしながら気になる続き目を通し、「ここでそうくるか」なんて呟きながら一ページ一ページを順当にめくり、

 

 

「あー、なるほど。ここで引きね。はいはい」

 

 

続きが気になり始めたところで、読書タイムは幕引きとなった。展開が盛り上がり出したところで次週に続くのはよくあることだ、今に始まったことじゃない。

 

なら、この時間は終わりだ。続きはまた気が向いた時にでも読むことにしよう——そんな風に思いながら本から視線を逸らしてなんとなく外を見ると、視界に映ったのは一組の男女。

 

学校帰りだろうか。学生服を着た二人は仲良く並びなら楽しげな表情で会話をしている。流石に会話までは聞こえなかったけど、表情から察せるものは多い。

 

カップル、だろうか。意図しなかった一組に昴は視線が勝手に引きつけられて、数秒と経たずに視野から抜けられると、今度はガラスに反射して映った死んだ魚のような目をした自分と強制睨めっこ。

 

 

「……はぁ」

 

 

ため息の意味は、一つだけではない。

 

学生服、笑顔、友人、学校、彼女、その他諸々の事が頭の中で不意に爆発し、どうしようもなく虚無になりかける。変に焦燥感に駆られて、胸が痛くなる。

 

それから目を逸らすように昴は雑誌を棚に戻し、商品棚に陳列されている商品を横目にしながら今日の夜食——議論の末に結論として出たカップラーメンの下へと一直線。弁当という意見も出たが、今日は麺類の気分なのだ。

 

となると。問題は何味にするか、だ。普段は『とんこつ醤油味』に手を伸ばしているが、今回は趣を変えて他の味にするものまた一興。いや、変に冒険するよりも安定択を選んだ方がいいかも。

 

 

 ーー安定択にしよう

 

 

数秒の議論を越え、昴は『とんこつ醤油味』に手を伸ばす。いつもと同じ味を、いつもと同じように買う。変に冒険はしない。買うものを買ってさっさと部屋に戻ろう。

 

商品を手にした昴は早い。下ろした腰を重そう上げると最短コースでレジへ。久々に家から出たせいか、僅か十五分程度の外出だというのにもう部屋が恋しく感じてしまう。

 

飲み物でも買おうかと一瞬だけ立ち止まり、いや要らないと断ち切って歩き出す。スナック菓子コーナーの前を通り過ぎるついでにアニメ鑑賞のお供としてコーンポタージュ味のスナックを一つ手に取り、レジに並んだ。

 

 

「363円でーす」

 

 

男性店員のゆるい声で言われた金額に財布を開き、なるべく釣り銭を減らそうと10円玉を取り出したところ『ギザ10』を発見、最終的に500円玉一枚で済ませてコンビニを出た。

 

外は、少しだけ寒い。上着を着てきた方がよかったかもしれない。否、帰り道に考えてどうする。家を出た瞬間に考えるべきことだろう。

 

自分の考えに自分でツッコミを叩き込み、昴は僅かに苦笑。家を出た瞬間に考えられなかったのは、それ以上の事が頭の中にあったことに他ならず。

 

 

 ーーいってらっしゃい。

 

 

「………言えばよかったな」

 

 

記憶の中から優しく響いてきた母親に声に、昴はその苦笑が内側に引っ込む。代わりに出てきたのは形容し難い罪悪感と、なんとも言えない寂しさだった。

 

なんで、こんな感情が湧いてくるのだろう。全部、自分のせいなのに。自分が全部悪いのに。自分でやって自分で後悔して、また繰り返すの無限ループ。

 

そうやって怠惰な日々をずるずる引きずって、この感情が湧いたのはこれで何度目だ。ちゃんと親と正面から向き合えなくなったのは、一体いつからだ。

 

 自分は、どこから間違えた。

 

 

「取り返しがつかないくらい前、か」

 

 

帰ったら「ただいま」を言おう。小さくてもいいから、それは言おう。ただの自己満足で、救いようのない理由からだけど、それでこの感情が治るのなら、言おう。

 

つくづく自分という人間に嫌気がさす。そうやって自分のしたことを後になって後悔して、それでまた繰り返す自分に。いつか、そうしていれば誰かが自分を咎めて、自分に自分を諦めさせてくれると思っていることが。

 

 

「……帰ろ」

 

 

 考えすぎた。

 

いつの間にか立ち止まっていた足を動かして、昴は足音を重ね始める。虫の居所が悪かったのが治った今なら「おかえり」を言われるのも憂鬱に思わないから、ちょっとは家に帰る足も軽く感じた。

 

「いってきます」を言えなかったから「ただいま」は言おう。そんな風に昴は思いながら、ふと空を見上げる。星が点々とする夜空に、お月様が眩く煌めいているのが見えた。そして、

 

 そして——、

 

 

「今夜は満月一歩手前だな」

 

 

 そう呟いたのを最後に、『菜月・昴』は世界から忽然と姿を消した。

 誰にも知られず、跡形もなく、たった一人で。

 

 

 「ただいま」は、言えなかった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

客車でハヤトとエミリアが、御者台でテンとラムが談笑している間にも竜車は着々と王都の中を進み、無事に目的地である衛兵の詰所前に到着していた。

 

ほのぼのな空気に身を委ねていれば、ラムが予想した到着時間の十分は体感的に一瞬。くだらな面白いやりとりを無限に繰り返していれば、いつの間にか詰所は目の前。

 

 

「向こうの従者は……まだ来てないようね」

 

「そうみたいだね」

 

 

通行の妨げにならない道の端っこに竜車を止めたラムにテンが同意。話では詰所の入り口前が従者との合流地点になっているが、二人が見つめる場所に従者らしき姿はなかった。

 

こちらが早かったか、あるいは向こうが遅いか。否、前者だ。テンが予定の時刻よりも早く到着したいと言って少し早めにロズワール邸を出発したのだから、逆に待たれている方があり得ない。

 

 

「どうする? 向こうの従者が来るまで一緒に待っててあげなくもないけど」

 

「いいよ。肩の力は抜けたし」

 

 

揶揄い半分のラムに短く返し、一度だけ彼女に笑いかけるとテンは御者台からひょいと飛び降りる。肉体的な面に関しては既に万全に近く、特に危なげのない着地を見せた。

 

一ヶ月前と比較するとその差は歴然。歩くことすらままならなかったあの頃とは見違えるほどに回復し、今こうしてラムの前で元気に立ってくれている。

 

立ってくれている事実一つで安心してしまう自分から察するに、彼は本当に危険な状態だったのだろうとラムはふと思う。目の前で笑いかけてくる彼は、死んでいてもおかしくなかったのだと。

 

 

「ラムとお話して気が楽になった。ありがとうね」

 

「当然ね。美少女であるラムに、ほぼゼロ距離で優しくされたんだもの。単純な男の気が緩むのは仕方のないことだわ。今の自分の立ち位置……ラムと親しい友人という立ち位置を光栄に思いなさい」

 

 

身体的な機能の殆どが回復。あとは、ゲートさえ回復すれば完全復活なテン。ひょっとしたら二度と戦えなくなっていたかもしれない彼に向けられるのはラムの笑み。

 

御者台から飛び降りた都合上、斜め上を見上げるテンと斜め下を見下ろすラムの構図が完成。その状態でラムが口元を緩ませると側から見れば完全にラムがテンに嘲笑しているとしか見えないが、決してそうではないことをテンは感じている。

 

四ヶ月もラムと過ごしてきたのだ、流石にそれくらいは分かる。周りには嘲笑にしか見えなくても、親しい関係にある友人にはその笑みが好意的な感情だけで作られたものであると感覚的に理解できる。

 

 

「……いやらしい目ね。轢き殺そうかしら」

 

「お前、ほんとにブレないね。尊敬するよ」

 

 

微笑み合うテンとラム。その均衡を崩したのは今回はラムだった。このやりとりにむず痒いものを感じた彼女の視線の温度が少しばかり低下すると緩んだ唇が引き締まり、眼下の友人を正しく見下す。

 

切り替えの早さには定評のあるテンも、彼女の切り替えの早さには毎度のように振り回されてしまう。数秒前までの雰囲気はどこへ行ってしまったのだろうか、優しい目が鋭く尖ったことに苦笑した。

 

尤も。こうして壁なく接してくれる姿勢が、素の自分を見せてくれている実感があって、テンにとっては嬉しいことだったりする。

 

 ともかく、

 

 

「あとは俺一人でも大丈夫だから、ラムはこのままエミリアの予定に付き合ってあげて。なんの予定かは知らんけど、迷子になられても困るし」

 

「そう。ならそうさせてもらう。この場に長居しても時間の無駄だし。……なるべく、早く帰って来てね」

 

「なんで?」

 

「テンテンがいないとラムの仕事が増える」

 

「可愛らしい理由を刹那でも期待した俺が間違えでした。じゃ、また数日後」

 

 

そのやりとりが、二人の最後のやりとり。

 

自分たちに友人関係以上のやりとりは似合わないと両者が同じことを考えた瞬間が、テンとラムの別れの瞬間。しんみりした別れの挨拶を不必要とする二人はそうして視線を互いに外し合う。

 

可愛らしい理由を期待してしまうテンも、期待させてしまうラムも、どっちもどっちだ。

 

ラムがそんなことを言うなど絶対にないのに。テンはラムの優しい部分にたくさん助けられてきたから、触れてきたから、こうした場面ではいつも調子を狂わされて振り回される。

 

振り回されることに対して一切の不快感を覚えていない自分が大きな原因だろうとテンは考えるけども、やはりラムという友人は本当にずるい奴だと思う。

 

それに、自分はきっと女の子に振り回される性格なのだろう。

 

 現に、

 

 

「テン……、もう行っちゃうの?」

 

 

現に、自分のことを容赦なくぶんぶん振り回す女の子が客車の扉を開けて顔をひょっこり出していた。多分、これから振り回してくるであろうエミリアが不満そうな顔でこちらをじっと見つめていた。

 

ラムとの会話を聞いていたのだろう。それか、竜車の停車が長すぎることに違和感を覚えて扉を開けたか。なんにせよ、目的地に到着したことは分かったらしい。

 

朝の出来事で損ねた機嫌を取り戻せずに、その不満感を彼女に引きずらせてしまったテン。昼食を挟んだ以降からひとまず距離を置いたエミリアに彼は「うん。そんな感じ」と頷くと、

 

 

「待って待って! まだ行っちゃダメ!」

 

 

はっとし、紫紺の瞳を見開いたエミリアが突然に焦り出しながら客車から飛び降りる。テンが別れの挨拶もせずに自分から勝手に離れていくと勘違いし、引き止める両手が彼の右手をぎゅっと握った。

 

勢いに任せた感のあるエミリア。感情に従ってテンを引き留めた彼女は事後になって己の行動に気づいたのか、はっとした状態から更にはっとし、けれども握った手は絶対に離さないまま、

 

 

「まだ私、テンに怒ってるの。このまま逃げちゃダメなんだから。逃げるなんて、絶対に許さないんだからね」

 

 

はっとしたかと思えば、そう言った途端に拗ねた幼い顔で表情を彩る。頬を可愛らしくぷくっと膨らませて、唇をつーんと尖らせ、紫根の瞳でテンを一直線に見つめる、ムッとした表情である。

 

勢いに身を委ねたものではあったものの、引き止める予定だったことに変わりはない。ハヤトに自分の納得のいく別れ方をすればいいと言われて決心がついたのだ。

 

故に彼女はテンが御者台に移動してから、否、朝からずっともやもやしていた不満を態度に色濃く露出させた。それは、テンを非常に困らせる様子。

 

当たり前だ。エミリアはテンを困らせに来ているのだから。困らせるつもりで、こんな態度をとっているのだ。そうでなくても、この態度をとるつもりではあったが。

 

そんな彼女に、テンは宙ぶらりんになる左手の人差し指で頸を掻きながら、

 

 

「別に、逃げようなんて思ってないよ。俺が拗ねるお前を置いてどっかに行くと思うの?」

 

「客車からいなくなったくせに」

 

「いやそれは……まぁ、そうだけど」

 

 

刹那で返された言葉にテンは抵抗の声を紡ぐことはできない。「ほら、やっぱり」と強く言いながら距離をぐっと縮められ、背筋が伸びた胸に彼女の頭突きが繰り出されれば尚更。

 

ラムが一人だと嫌だからという私情込みではあったものの実際にそうであることに変わりはないし、確かにエミリアと少しだけ距離を置いた感も否定しきれないからだ。

 

だって、何をしても彼女の機嫌は治らなかった。何を言っても彼女の態度は拗ねたままだった。拗ねている事と、その理由には気づけるようになったのに、その対処の悉くが空振ってしまう。

 

女の子の曲がった機嫌を取るのは、本当に難しい。 ハヤトを頼っても彼は「知らん」の一言で済ませてしまうし。

 

なにか、嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。

 

 

「あのね、テン」

 

 

思いつく限りを実践したが、それら全てが無意味だったテン。これ以上、今の自分が彼女になにをしてあげられるのかと密かに苦心する彼の鼓膜をエミリアの声が優しく打つ。

 

ねだるような、甘えるような、そんな声だった。それまでの態度が嘘だと不本意にも考えてしまいそうな、いつもの声だった。

 

頭突きを繰り返していた行為を止め、額を擦り付けるように胸元からテンを見上げるエミリア。握っていた右手から手を離す彼女はテンの両肩を弱く握り、目の鼻の先にある彼の眼をじっと見つめる。

 

それは、レムがテンに擦り寄りながら甘える仕草と重なるものがあり、

 

 

「私も、一緒に行く、ってわがまま言ったら……なんでも一つだけ言うこと聞いてくれる?」

 

 

正しく、レムと約束した事をエミリアはこのタイミングで口にした。ちょっとだけ彼に自分の体重を支えてもらいながら、彼女はずっと心の中に残っていたもやもやの根元を解き放つ。

 

だっておかしいじゃないか。自分だってレムと同じでテンがいなくなって寂しくて、あんな風に感情を解き放ってしまいたくなったのにそれを我慢して。我慢できそうかと聞かれたから、頷くしかなかったのに。

 

でも、レムは我慢してなくて。それどころかあんな風に抱きついて。泣きついて、あんな言葉をかけてもらって。いつもいつもいつも自分がどんな目で見ているかなんて知らないで。テンはテンで自分を見てくれなくて。でもテンは言った。自分が髪をレムのように短くしようとした時に言ってくれた。

 

頑張ってる最中だから、と。レムだけ見てエミリアを見ないとかないから、と。エミリアの代わりはエミリアしかいない、と。何を頑張るのかは理解できないけど、彼なりに頑張ってくれていると知れたから。だから自分は自分でいようと思えて。その自分のこともちゃんと見てくれると期待して、同時にとても安心できたから。

 

 できたから、

 

 

「レムばっかりずるい」

 

 

それが、最高級の決め手となった。

 

胸の中、テンのみに届く声で一言。レムに向ける良くない感情色に染まった言葉が走り抜け、己の落ち度が招いた彼女の幼い想いが、彼の心を一直線に貫く。

 

この言葉を聞いたのは、これで二度目。一度目はお酒に酔って意識が曖昧になり、堰き止めていた本音が容易く溢れ出たとき。レムと一緒にふわふわしながら擦り寄ってきた夜。

 

酔っていることが本音である証明だろう。彼女は酔うと自制が無力化されてしまい、一時的に本音しか言えなくなる女の子なのだから。レムに可愛らしく嫉妬する女の子の、切なる想いなのだから。

 

拒む選択肢など、今のテンには無い。

 

 

「分かった。いいよ。……約束する」

 

「ほんとに?」

 

「ほんとに。嘘は言わない。俺が一度でも、お前との約束を破ったことがあったかよ」

 

 

小さく吐息し、テンはエミリアとも約束。疲労感を思わせる吐息ではあったけれど、そこに含まれる感情は決して悪いものではなかった。

 

過去に酔ったレムとエミリアを同時に相手にしたとき。片方に意識を向ければもう片方が嫉妬し、両方意識を向けようとすれば自分だけに意識を引き寄せようとする現象が起こったが、今回はまさにそれ。

 

レムの暴走が一時的にテンの視野からエミリアを除外させ、結果として不満に思ったエミリアもまた軽く暴走。拗ねに拗ねた果てに「自分も自分も」と、レムと同じ扱いを望んだと。

 

要するに、遠慮知らずなわがままお嬢様——初期の頃は割と冗談のつもりで言っていたものが、いつの間にか現実味を帯びて本気(マジ)な話になってきたということになる。

 

 

「ほんとよ? ほんとのほんと、だからね? 約束はちゃんと守ってよ? 帰って来たら、ちゃんと私の言うこと聞いてね?」

 

「聞きます聞きます。念押ししてこなくていいよ」

 

 

必要以上に迫るエミリアにテンは顔が引き攣る。疑問符を連続して叩きつけてくる彼女にはその場を取り繕う笑みしか浮かばず、無理やり釣り上げた頬が小さく震えていた。

 

しかし、拗ねていた大本が取り除かれてご満悦なエミリアは全く気づかない。彼女は今、取り付けた約束を確実なものにしようと奮闘中。

 

いよいよ、事の収拾をつけるのが大変になってきたテン。二人の想いを頑張って受け止めると誓った日から彼は頑張り続けているが、その頑張りを軽く飛び越えてくる彼女たちには振り回され続きだ。

 

少しずつ——本当に少しずつではあれど、一人分から二人分に成長しつつある器。そこに注がれる想いが器に全く収まり切らないせいで、色々と目が回りそうになる。

 

 

「……それで納得してくれる?」

 

「ん。納得してあげる」

 

 

上機嫌なエミリアが満足そうに笑みを一つ。拗ねた理由が綺麗に取り除かれた彼女は、尖っていた唇が綻ぶと表情を純粋無垢な恋色で彩った。

 

どうにか許してくれた。そんなことを思うテンは「ん。ならよかった」と空を仰ぎながら一息。それから胸元に感じた小さな衝撃に右手を動かし、さらさらした銀髪を撫で下ろす。

 

今の衝撃は多分、撫でりこのご要望。額にコツンと頭突きして己の意思を伝えてきた。ここのところ口ではなく態度で意思を示し始める傾向が薄く見え始めた気がするが、なにか意味があるのだろうか。

 

いや、今はなんだっていい。ご機嫌斜めなエミリアの気が静まってくれたのなら重畳。レムのときみたく暴走される前に事の収拾がつけられたことを喜んでおくテンだった。

 

 そんなとき、

 

 

『娘の気持ちも受け止めてくれてありがとう、テン』

 

 

不意に、パックの声が届く。

 

空気を伝って外から響いてきたのではなく体の内側から響く声はきっと、パックという大精霊が保有する能力——心の声のみで会話を成立させる念話に違いない。

 

心と心を繋がれた確信はない。けど、これがもし彼が口で発した言葉ならばエミリアが何かしらの反応を見せるはず。が、彼女は今、撫でられる感覚に眼を瞑りながら喉を鳴らしている真っ最中。

 

つまりは、この声はテンにしか聞こえていないことになる。話に決着がついたタイミングで依代の中でくつろぐパックが話しかけてきたのだ。

 

 

『今回の一件は君だけに非があるとは言えないから強くは否定しないけど、この子が不満に思ったのも事実だからさ。……ちゃんと、見てあげてよ?』

 

『すいませんでした。以後、気をつけます』

 

『うむ。素直でよろしい。リアを不満にさせておいて変に言い訳するようなら後で粉々にしようかと思ってたけど、青髪のメイドさんを言い訳に使うようなら消し飛ばしてたけど、自分の未熟さを自覚してるならボクが手を下すまでもないね』

 

『ほんとにやめてください』

 

 

本気で洒落にならない発言に戦慄し、背筋をひんやりとした冷気が通り抜ける感覚に身震い。声色的に冗談を言ってるつもりだと分かっていても恐ろしく、相変わらず絶対零度の冷気には一切の容赦がない。

 

五度程度、体温が低下した気がするテン。平均体温が三六度以下な体にそれをされると毎度のように小刻みに震える彼に、パックは人知れずくすくす笑い、

 

 

『言っとくけど、ボクはまだ君を娘の相手として認めたつもりはないよ。だから、ちゃんとボクに認めさせて。リアを安心して預けられる、って思わせられるような人に成ってね』

 

『はい。もっと頑張ります』

 

 

お父さん(パック)の厳しめな評価とテンの素直な返事が念話の最後となった。短いやり取りは心と心の繋がりが断たれたことで終わり、以降から声は聞こえてこない。

 

どれだけ頑張ってもまだ足りない、君は欠けすぎている、だから今よりもっと頑張れ——遠回しにそう言われたテンだった。同時に、その頑張りに期待しているとも。

 

期待がすごく重い。好きになられた女の子の父親がこんなヤバい奴とか、本当に冗談じゃない。今回はお咎めは無しにしてくれたけど、これ以降に似たような事があれば間違えなく粉々にされる。

 

そう思うと、少しだけ憂鬱に感じてしまうが、

 

 

「ーー? どーしたの?」

 

 

あどけない表情で見上げてくるエミリアを見ると、そんな思いも一瞬で四散してしまう。自分のことを見つめるテンの顔が妙に真剣なものだったことに違和感を抱いたのだろう、彼女は小首を傾げていた。

 

どうしてだろう。そんな顔を見ていると不思議と頑張れる気がしてきた。今の自分じゃとても至らないけど、いつか必ずちゃんと受け止められるようになるのだと、何度でも思える。

 

すごく単純な男だと思う。でも、嫌な気はしない。「ううん。なんでもないよ」とテンは首を僅かに横に振って、それからふっと笑いかけると、

 

 

「エミリア。そろそろ」

 

「やだ。もっと」

 

「だめです。お前だって予定があんだろ?」

 

 

「おしまいです」と。

 

言いながらテンはエミリアの肩を掴んで優しく引き剥がす。直後、温もりが遠のく感覚に抵抗の手が弱く伸びたものの、これ以上は迷惑がかかると思ったのか強く抵抗する様子は見られなかった。

 

約束したのだから、と。そうやってエミリアは自分の中で割り切ったのだ。自分にとって後悔のない別れ方はできたから、あとはテンを送り出すのに意識を回すべき。

 

本当はもっと甘えていたい自分がいないわけではない。けど、レムもそれで我慢したのだから、自分だって我慢する。いつまでも彼に甘えて困らせてはダメなのだ。

 

 今更感はあるけども。

 

 

「また数日後な。ちゃんといい子にしてるんだよ」

 

「だから、子ども扱いしないでってば!」

 

「あ、ごめん。つい、この前のノリで」

 

 

エミリアともレムと同じ約束をした事でこの一件が解決。いよいよ別れの時がやってきた気配に、テンは寂しがる彼女の心を無意識的にあやそうと動きかけて失言し、不服に思ったエミリアがプチ怒。

 

しかし、それ以上はない。約束された事が彼女の中で大きかったのか必要以上に咎めることはせず、「テンのあんぽんたん」と言うだけで許してくれた。

 

心の広さに助けられたテンに「ごめんなさい」と謝られると、エミリアは「まったくもう」と仕方なさそうに吐息し、

 

 

「私も、テンの帰り……すごーく待ってるから。早く帰ってきてね」

 

「ん。俺になにしてもらいたいか考えておいて」

 

「ん。そーする」

 

 

本格的にエミリアの口調がテンに似てきたところで二人が微笑み合う。

 

最後は笑って終わりたいという両者の意思が絡み合い、それを最後にエミリアはテンに背を向けると数日後の期待に胸を弾ませながら扉を潜って客車の中へ消えた。

 

数日後。果たして自分は一体、少女二人に何をされるのか。薄ぼんやりと想像できる絵面にテンは「ふっ」と笑む。どこか諦めを含んだそれを浮かべながらラムを見て、

 

 

「黙っててくれてありがとう。ラム」

 

 

自分とエミリアが話している間、おとなしく黙っててくれたラムに笑いかける。視線を向けられた彼女は足を組みながら「別に」と、

 

 

「テンテンとエミリア様の恋事情に首を突っ込むのは野暮だと思っただけ。長居は時間の無駄とは言ったけど、現状、拗ねたエミリア様を宥められるのはテンテンしかいないし」

 

 

その件に関して、ラムは静観を続ける姿勢だ。

 

形としてはレムと婚約したテンがエミリアの想いに気付いて、そこから二人に向けられる情熱的な想いを受け止められるように頑張る事に口を挟むつもりはない。

 

もう、自分の心は伝えたから。「がんばれ」と、あの夜にちゃんと伝えたから。今の未熟すぎる自分にはもった得ない二人分の想いを全力で正面から受け止めてみせると陰で奮闘する彼に、伝えたから。

 

レムという恋人がいながらエミリア(他の女)と親密な関係を築くことに思うところがないわけではない。姉として、自分の妹だけに愛を注いでほしいと思わなくもない。

 

でも、テンがそれで納得できるとはとても思えないのもまた事実。一人の少女の純粋でまっすぐな想いを無視してレムだけと手を繋ぐ未来——そんな未来を彼は絶対に嫌がる。だって、彼はとても優しいから。

 

それはレムも同じだとラムは思う。確かにあの子は独占欲が強くて、恋人になって一ヶ月の人を自分だけのものにしたいと考えているけど、自分さえ良ければいい、なんて思わない子だ。

 

だからラムは肯定的に静観。本格的に何も始まっていない今は、人知れず努力するテンを誰よりも近くで見守ることを続ける。

 

残念なことに客車(背中)にいるハヤトは自分とは真反対の意見を持つために、少しばかり怪しい雰囲気はあるが、

 

 

「——また数日後な、テン」

 

 

ラムとテンの間をハヤトの声が通り抜け、引き寄せられた視線の先にいるのは声の主。

 

流石のハヤトも、今回は場の空気を読んだらしい。二人の話がひと段落するまで黙ってあげた彼は窓から顔を出し、別れの挨拶をテンに投げかけている。

 

色々と言いたい言葉を無理やり飲み込んだような表情。頑張って平然とした真顔を保っているようだが、僅かに眉間に寄った皺だけは隠し通せていない。

 

気づけたのはラムだけだ。ハーレム(優柔不断)な構図を嫌うハヤトを知る彼女だけが彼の不満な心を密かに察して、憂鬱そうに「はぁ」と小さくため息。

 

テンはその違和感を感じ取りはしたが、理由までは見抜けていなかった。彼は窓から顔を出すハヤトの正面へと歩き、

 

 

「また数日後ね。この挨拶、今日で何回目よ」

 

「知らん」

 

 

届いた言葉に対して軽く頷き、テンは言葉を返す。目の前の顔を見ながら違和感の正体を探り、結果として意味不明だったから深くは気にしないとして、彼はハヤトの目を至極真剣な顔で見た。

 

真剣な顔には真剣な顔で返すのがハヤト。無言でこちらを見てくる顔にふっと真剣な表情を表に出す彼は、テンと同じように無言で目の前の目を見た。

 

一秒、二秒、三秒と静寂が過ぎる。言葉ではなく目で会話しているようにも見える光景は、年単位の親友関係でしか成立しない——ある種の以心伝心にも近い意思疎通であり、

 

 

「任せたよ」

 

「任せとけ」

 

 

 それ以上は、不要だった。

 

側から見ると何を任せるのかも、任されたのかも全く分からないやりとり。しかし互いに伸ばした拳を強くぶつけ合う二人には心の全てが伝って。

 

余計な言葉は要らない。それだけで十分。誰よりも簡単で短い別れ方で、誰よりも濃い別れ方。拳が離れたあとは互いに視線を外し、

 

 

フェルト(推し)の前だからって気合い入りすぎんなよ? ベアトリスが嫉妬すんぞ」

 

「うっせ。余計なお世話だ」

 

 

作られた緊張をそうやって解し合いながら言葉を閉じた。テンが背を向け、顔を出したハヤトが窓から引っ込み、以降から互いの姿を見ようとはしない。

 

真剣な雰囲気の中で茶化し合うのはいつも通りに仲が良い証拠で、たった一言だけで全てが通じるのは互いに全幅の信頼を預けていることに他ならず。

 

故に、多くを語ることはなかった。

 

 

「じゃ、あとはコッチで適当にやるから。ソッチで適当にやって。時間を取らせて悪かったね」

 

「自覚があるなら、また今度ラムに甘いものでも奢りなさい」

「あ。ラムだけずるい。私にも食べさせて!」

「リアがそう言うなら、ここはボクも便乗しておこうかにゃ」

「じゃあ俺にも奢れ。ロズワール邸の住民全員で外食にでも行ったときでいいぜ」

 

「お前ら、俺の財布をなんだと思ってんの?」

 

 

ラムを始まりとした軽口にエミリアとハヤト、更には依代の中から姿を表したパックが便乗。地竜の手綱を携えたラムと、窓からひょこっと顔を出してきた三人に、思わずテンが振り返って苦笑い。

 

その締まりのない会話がテンにとって最後の別れとなった。「そのうちね」と手をひらひら振るテンに四人が各々の感情が混ざった笑みを見せると数秒してラムが地竜に発進を促し、竜車が緩く動き出す。

 

 そして、

 

 

「………じゃぁな」

 

 

 数十秒後。

 

竜車が見えなくなるまで黙って見つめていたテンがそう呟く頃には、四人を乗せた竜車は曲がり角を曲がって見えなくなっていた。

 

ずっと一緒に過ごしてきた人たちは、もう見えない。一分前はすぐそこにいたのに、気がつけばいなくなっている。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ため息。

 

街の忙しい音を聞きながらテンは胸の中に湧いてきた感情を吐き出す。ラムに悟られた寂しく思う自分をそれ一つで心の中から追い出し、「んー!」と両手を大空に突き上げて思いっきり背筋を伸ばした。

 

それから思いっきり脱力。強張った緊張が一気に解かれる感覚に肩にあった余計な力が抜け、不思議と心にある余計な力も抜けていく爽快感を得て。

 

「今日はお洗濯日和だなぁ」なんて呑気に思って、

 

 

「やっほー、テンきゅん」

 

 

 ぽん、と。

 

肩を優しく叩かれる衝撃と、一度聞けば二度と忘れない声帯に背筋を正しながら回れ右。そのうち来るだろうと思っていた存在の唐突な登場に、彼はとても冷静だった。

 

振り返って見えるのは想像した通りのネコミミ。愛想を振り撒きながら「にゃは」と笑いかけてくる少女かと思える美少年、フェリックス・アーガイル。

 

原作の知識が無ければ、間違えなく美少女だと勘違いしてしまいそうな危険性を孕んだ彼はニコッと笑いかけたまま、

 

 

「数日ぶりだネ。フェリちゃん会いたかったよんっ」

 

「僕は会いたくありませんでした」

 

「にゃにゃ!?」

 

 

誰にでも見せる業務的な笑顔をその一言でぶち壊されて目を見開いて驚く。まさかテンが真顔で淡々と言ってくるとは思わなかったのだろう、物理的な衝撃を受けたように肩を跳ねさせた。

 

その隙に使用人としての仮面を被るテン。他人に対しては一歩引いた接し方しかできない彼はフェリックスとの間に視認不可な薄い壁を一枚だけ隔てると「冗談ですよ」と愛想笑い。

 

初っ端から割と辛辣な態度をされたものの、フェリックスも本気で受け取ることはない。冗談と言われた彼は「もー」と頬を膨らませながら腰に手を当て、

 

 

「再会直後にその反応はひどくにゃい? フェリちゃんはテンきゅんに会えるの楽しみにしてたのに。テンきゅんってば辛辣にゃんだから」

 

 

と、テンの肩をつんつんと突いた。

 

突かれたテンは「すいませんね」と適当に笑みを浮かべるだけで、それ以上の反応は見せない。内心、「めんどくせぇ……」と思いつつも表情には出さない。

 

さりげないボディータッチ。誰にでも愛想を振り撒く営業スマイル。通常時に浮かべるニッコリ笑顔。反応に困る発言。ぶりっ子を彷彿とさせる態度。

 

完全にテンが苦手とする性格に寸分の狂いもなく当てはまるフェリックス・アーガイル。これから数日間、この人と一緒にいると思うと今から気が重くなる彼は「さて」と突く手を優しく払い、

 

 

「じゃあ、今日から数日間、よろしくお願いします。フェリックス様」

 

「そんなお硬い呼び方しにゃいでよー。ほらほら、肩の力抜いて抜いて。テンきゅんが言ったように、これから数日間、テンきゅんとフェリちゃんは癒して癒されての関係になるんだから。フェリックス、じゃなくて、フェリス、って呼んでよね。愛を込めて、フェリちゃん、でもいいよ」

 

「はい。分かりました。フェリックス様」

 

 

この場面、今ここにいるのが陽キャ(ハヤト)ならば「おう! よろしくな、フェリス」とでも馴れ馴れしく接するのだろうが、テンは生憎と真反対な性格。

 

必要以上に近づけさせず、近づかない彼はそう言うと礼儀正しく腰を九十度折りながら頭を下げる。数秒前、エミリア達と話していた態度を心に閉じ込める彼は隔てた壁を常に意識した。

 

そして、その態度に納得いかないのがフェリックスという人間。下げた頭を上げた使用人モードなテンに笑顔が崩れた彼は「むむっ」と眉間に皺を寄せると口を尖らせ、

 

 

「テンきゅんってばノリ悪ぅー。ヴィル爺みたい」

 

「あのようなお方と一緒しないでください。ヴィルヘルム様に失礼です」

 

「唐突な自虐!? テンきゅんってば、もしかして、そーゆー人だったりするの!?」

 

「違いますよ」

 

 

 ーーこいつ、マジ面倒くせぇ

 

 

平然とした顔で端的に否定する裏でテンはため息。心の中で思わず本心が漏れた。なにか、自分という人間的にこの人を好きなれない予感の訪れを彼は察している。

 

このテンション感が好きになそうにない。もう少し落ち着いてくれればいいものを、残念なことにこの人はそのような性格だった。

 

否、そうだと決めつけるにはまだ早い。まだ再会してから数秒しか話していないのだ、もっと話してるうちに慣れるものあるはず。苦手意識を持つのは良くない。

 

 

「そのようなお話は歩きながらにしましょう、フェリックス様。立ち話もあれですし、まずはお屋敷の方に行きませんか? クルシュ様にも、ご挨拶をしなければですし」

 

「それもそーだネ。ここだとテンきゅんに手取り足取り治癒魔法を掛けることもできにゃいし。クルシュ様へのご挨拶もしなくちゃだし。ロズワール辺境伯のお客様ってことでクルシュ様も興味ありげなご様子だったし。フェリちゃんも早く帰りたいし」

 

 

「行こっか?」と手招きしながら歩き出すフェリックスにテンは「はい」と短く返事。苦手意識をリセットする彼は素直に従うと歩く隣に並ぶ。最後の方に私情が含まれた気がしなくもないが、気にしない。

 

集合場所で再会を果たした二人は、そうしてクルシュ邸へと歩き始めた。

 

 

「ねーねー、テンきゅん。ちょっと聞いてもいい?」

 

「なんですか?」

 

 

歩き始めて数秒で、フェリックスはテンに話を投げかける。

 

初めて隣を歩く人と歩幅を合わせる彼が自分の足元を見ていることには気付かず、フェリックスは何かを思い出すように空を仰ぎ、

 

 

「テンきゅんとエミリア様ってデキてたりするの?」

 

「なに言ってんスか」

 

 

予想外な質問に、足元に下げたテンの視線が跳ね上がる。歩幅の把握を中断された彼が顔を上げると、ニヤリとイタズラに笑う猫の顔が視界に飛び込んできた。完全に揶揄っている顔だ。

 

反射的に口に出た言葉に、フェリックスはその笑みを更に深めながら、

 

 

「だってだってだって、あんな風にしてたらそう思うしかなくにゃい? ナデナデされてたエミリア様のご様子とか、完全に恋する女の子のそれだったしぃ? 距離感が恋人のそれ以外にないよネ?」

 

「ネ? じゃないですよ。僕とあの子はそんな関係ではないです」

 

 

 ーー今のところは

 

 

心の中で言葉を閉じ、テンは呆れたような笑みを一つ。後ろ手に手を組みながらこちらを小さく覗き込んでくるフェリックスに「勘弁してください」とその場を取り繕う。

 

多分、あのやりとりを見られていたのだろう。でなければ今の発言はまずあり得ない。逆にそうでないのなら、なぜそう思ったのか聞いてみたいところ。

 

少し、ドキっとしたテン。半笑いで本心を隠せた自分を密かに褒める彼にフェリックスは「えぇ?」と、頭部に生えた栗色の猫耳をピコピコ揺らしながら、半歩、テンに寄り、

 

 

「じゃあじゃあ、どーゆーカンケイ?」

 

 

他人の恋事情に容赦なく首を突っ込む面倒なやつ感満載な態度を見せながら、目を興味津々に光らせる。相手方が王選候補者ということもあってその興味は惹かれるばかり。

 

これは、面倒な輩に覗き見されてしまったものだとテンは思う。彼としては面白そうだから聞いているだけだと思う——思いたいが、テンとしては全然面白くない。聞かれてほしくない内容。

 

しかし、ここで変に態度を変えたら相手のペースに呑まれる気がするテン。彼は「そうですねぇ」とポケットに手を突っ込み、

 

 

「どーゆーカンケイだと思います?」

 

「婚約者」

 

「恋人をすっ飛ばしましたね」

 

 

相手の雰囲気には呑まれない気概で話に付き合うテンは予想を越える回答に一瞬苦笑。それから「違いますよ」と首を横に振ってから「ただの友人です」と訂正を入れる。

 

エミリアが聞いたら「テンは私の騎士様なの!」と意地を張りそうな訂正を入れられたフェリックス。自分の意見を簡単に曲げられた彼は「ふぅーん」と喉を鳴らし、

 

 

「ホントかなぁ? フェリちゃんには、とてもそうは見えないけど。フェリちゃんじゃなくても、そうは見えないと思うけどさ」

 

「眼科に行くことをオススメします」

 

「治癒術師に病院をオオスメするって、中々にいい度胸してるね」

 

「その予想は違う、ってことですよ。僕とエミリアはそこまでの仲じゃありません」

 

 

流石にその一言で済ませるには無理がある場面だとは自分で思いつつも、テンはなんとかして嘘で飾る。事実として恋人関係ではないし、言っていることは嘘ではないけれど、飾り続ける。

 

それを信じるか否かはフェリックス次第。できれば信じてほしいと淡い期待を抱くも、今だに瞳の色を『興味』の二文字に輝かせる様子から察するに、全然信じていないらしい。

 

「へぇー。そーなんだぁー」とニヤニヤしながら見てくる。悪いことを考えてそうな笑み——そう表現するのが適切な笑み。

 

 正しく、イタズラ好きな猫。

 

 

「つか、いつから見ていたんですか」

 

「んー? フェリちゃんが到着した頃にテンきゅんがエミリア様に愛撫してただけだから、形としてはテンきゅんがフェリちゃんに見せつけてきたカンジ?」

 

「カンジ? じゃないですって。来てたんなら言ってくださいよ。いい趣味とは思えませんよ」

 

 

「愛撫、って……」と、テンは少しばかり突飛な表現に顔が引き攣る。自分とエミリアの二人を、存在を殺しながら覗き見ていたと思うと冗談抜きで笑えない。

 

横目で冷ややかな視線を送るテン。下手したら今回の出来事を誰かに話す危険性が一番高い人間に見られた彼は僅かに真横のフェリックスを睨むも、本人は全く気にしない様子で、

 

 

「そんなのつまんなーい。それに、あの状況を無視して、やっほー! なんて言いながら近寄る方が難しいと思うけど。テンきゅんはできるの?」

 

「無理っスね。はい。無理です」

 

「でしょ? だーかーら、フェリちゃんの判断は適切で、テンきゅんはエミリア様とのイチャイチャをフェリちゃんに見られる運命なのでした」

 

「ちゃんちゃん、ってやめてください。本当にやめてください。完結しないでください。そのまま終わると誤解を招きかねません。いや、マジで」

 

 

冷静な自分を装うテンがいよいよ本気(マジ)な声で訂正を掛けにかかり、「にゃはは」と笑うフェリックスは全く相手にせず。

 

二人はその会話を続けたまま、クルシュ邸に歩みを進めていったのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 ——青空の下に、一人の人間がいた。

 

 

地平線から顔を出した太陽が天辺を過ぎ、昼食を終えた人々や竜車が忙しなく行き交う王都に一人。周囲から得体の知れないものを見るような視線を集める、異様な服を纏った人間がいた。

 

やや細身ではあるものの適度な運動はしていると分かる一般的な体型の童顔。高身長でもなく低身長でもない平均的な身長は、鋭い三白眼である事実を除けば『平凡』という言葉が似合いそうで。

 

人混みに紛れてしまえば簡単に見失ってしまいそうな姿形。実際に、この世界に住むほとんどの存在はその人間を見たとしても一瞬で忘れてしまうだろう。

 

にも関わらず、その人間には視線が集まっていた。完全なる平々凡々なその人間には今、困惑の色が強く混じる目が通りすがる存在たちから次々と向けられている。

 

原因は、その人間の髪色。そして、服装にあった。その二点だけがその人間の奇妙さをひどく際立たせ、周囲と比較したときの差異を目立たせている。

 

 ——黒髪だ。

 

周囲から目を向ける彼らは金髪や銀髪、赤髪や青髪などと色とりどりだが、その人間はこの世界では珍しい黒髪であった。人間を見つめる全員の髪色が黒髪に該当しない中、その人間一人だけが異色となる黒髪。

 

偶然にも王都には今現在、他に二人の黒髪がいるが。なんにせよ、この空間に黒髪がその人間だけな以上、周りから目を向けられるのも当然。

 

 ——ジャージ姿だ。

 

その人間が目を向ける存在のほとんどが鎧やローブなどの、この世界では一般的な服で身を包んでいるのに対し、人間はこの世界では使用されているはずのない素材で製造された灰色の伸縮性の高い服で身を包んでいる。

 

偶然にも王都には今現在、その服装を知る存在が二人ほどいるが。なんにせよ、この空間にそれを知る存在が一人もいない以上、周りから目を向けられるのも当然。

 

 

「……ちょっと待て」

 

 

そんな視線を受けながら、その人間は動じない。というよりも、周囲の目など意識下に入ってきていない。たった今、己の身に起こった現象が衝撃的すぎて。

 

 

「つまりこれは」

 

 

周囲を確認し、数秒前まで自分がいた場所と今の場所が明らかに違うことを把握。頬を抓って、感じた痛みで今の光景が夢ではないことを理解。

 

 

「ひょっとして」

 

 

目に映る光景が、肌を撫でる冷たい風が、足裏に跳ね返る地面の感触が、鼓膜を叩く騒音が。感覚をこれでもかと刺激する全ての事柄が現実である事実に鼓動が激しく高鳴る。

 

その人間——『ナツキ・スバル』は、抑えきれない感情が心の奥底から噴火する勢いで噴き上がるのを感じ、澄み渡った青空を仰ぐ。感情を声にしようと息を吸った。

 

轟き渡る一言は、テンとハヤトの知らないところで全てが始まったことを意味するもので——。

 

 

 

 

「異世界召喚ってヤツーーぅ!?」

 

 

 

 

 ——そして、物語の幕は上がった。

 

 

 

 

 







締めるのド下手&中途半端&急展開ですが、ここが一区切りですので正道です。

原作主人公が世界に来たことで【親友とリゼロの世界に飛ばされたお話】はこれにて完結。長かったプロローグも終わり、ついに原作突入。

『スバルくん』なのか『スバルちゃん』なのか、このお話で明らかにしても良さそうな気はしましたが、それだと次回作から読んでくださる新規の方が混乱する気がするので、性別が明らかになるのは次回作ということに。それに、そうするとタグを増やす必要がありますから。

次回以降は、また新しく枠を設けて更新していきますので、気長に待っててください。予告しますと、一番はじめに投稿するものは新規の方のための『設定資料』と『0章のあらすじ』となりますので、そのつもりでよろしくです。

その次からはW主人公ながらにテンが主軸になりつつあった物語が、ハヤトが主軸となる物語に変更。しばらくの間テンはお休みして、王道系主人公であるハヤトに色々と頑張ってもらいます。

では、改めて。読んでくださった方、お気に入りをしてくださった方、評価をつけてくださった方、感想を書いてくださった方、推薦してくださった方、ぜーんぶまとめてこの小説に関わってくださった方。

本当にありがとうございましたーー!

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