「BanG Dream! ガールズバンドチャレンジ」から数日後、戸山明日香は後夜祭企画として、ライブ成功の立役者の一人である月島まりなを取材することになるが……。

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まっさらな紙に淡い色彩を

 一体どうしてバンド活動をやっていない自分が、彼女に色々と()かねばならぬのだろう。適任者は他にもいたはずなのでは。

 

 灰色のブレザーと緑色のチェックスカートを乱れなく着こなす生真面目そうな少女――戸山(とやま)明日香(あすか)はスクールバッグを片手に、ライブハウス“CiRCLE(サークル)”の前で立ち尽くしていた。用件はCiRCLEの主力スタッフである月島(つきしま)まりなのインタビュー、数日前に行われた大きいライブイベントの時にインタビュー記事を作成したことがあるため、緊張している訳ではない。ただバンド活動をした経験がある人の方が、共感やより詳しい話ができるのではないかと思ってしまう。

 

 そもそも学生の自分が彼女を取材する人間として適任だと思われたのだろうか。確かに彼女が中心に動いた大型イベントの際は、ボランティアスタッフとして出演するバンドにインタビューして記事にしたことはあるが、あくまで同世代な上に姉や姉の友人らがいたのが大きかったようなもの。けれどその記事が評判があったと口にする他の大人が自分に期待の眼差しを向け、きっと君なら月島さんからいい話を引き出せるよとライブ終了後の企画としてのインタビューアーとして抜擢されたのだ。

 

 正直、期待されることは苦手ではない。中学まで水泳に打ち込んで、先輩や先生に期待されて何度も応えようと力にした自信はあるから。しかし大人かまりなと顔をよく合わせている人の方が話がしやすいはずだと、何度も逡巡(しゅんじゅん)してしまう。

 だがいつまでも突っ立っている訳にもいかない。軽く一呼吸したら、先程まで思い悩んでいたとは思えない軽々とした足取りで、ライブハウスの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 探す人物はすぐ見つかった――が、大型イベントが終わった後も忙しない様子で店内を歩き回っており、とてもではないが気安く話しかけられる状況ではない。近くにいた他のスタッフにインタビューをしに来たことを伝え、彼女の手が空くまではロビーに設置してある椅子に腰かけて待つことに。どんな人物に対しても優しく明るい笑顔で接し、時としてはウチでライブしてよと気さくに言う姿に、親しみを覚えないはずがないと目の前の女性を緩やかに目で追いながら簡単な所感を覚える。

 

 何となくどれぐらい年が離れているのだろうかと疑問が立つ。失礼なのは承知の上だが、いくつの差分でどれだけの経験をしたのか、少しばかり好奇心が湧いてしまった。今まで大人と接する機会はあったものの、真正面から人の話を聞く機会はなかった――思いがけず貴重な体験をさせてもらっているのかもしれないと、ほんの少しだけ緊張が混ざった前向きな気持ちが芽生えていく。

 

 時計の針の角度がやや変わるぐらいの頃合い、ようやく取材対象者は明日香の元へやって来る。首元まで切り揃えた黒髪、大人らしい整った目鼻立ち、青と白のボーダーシャツの上に黒いジャケットを羽織ってジーンズでまとめるというラフな格好――月島まりなという人物の外見を一目で認める情報量にしてはあまりにも簡潔だった。

 大人の女性にしては派手さがないが、だからといって地味という訳でもない。むしろシンプルな髪型や服装だからこそ、学生らにない垢抜(あかぬ)けた魅力を引き立てているのだろうか。

 

 待たせて、ごめんねと笑うまりなは人懐っこく、さして年が離れているように見えない。何なら姉らと混ざってもあまり違和感がないように思える。

 いえ、大丈夫です。生真面目に明日香は答えて、こちらこそ急にお邪魔してすみませんと軽く頭を下げた。前もって連絡をしていたとはいえ、先程の忙しい姿を見ると申し訳なさが先に立つ。けれど笑みを崩すことなくまりなは、こっちも大丈夫だよと首を横に振る。

 

 お互いの謝罪が終わった後、改めて本題を切り出す。大型イベントを終えた感想、どうしてその企画を考案したのか、CiRCLEというライブハウスのスタッフになったきっかけは何かなど差し当たりのない質問を重ね、その度にまりなは相応の感情を見せて返答する。

 彼女が言っていた言葉をメモ帳に書きながら、明日香は表情の変化を一つ一つ認める。少しだけ眉間に(しわ)を寄せて思案する姿、弾けたような勢いで楽しそうに話す姿、眉尻を下げて苦笑いしつつ苦労を語る姿。子供のように様々な情緒(じょうちょ)を表す彼女が何故か同い年のように思えて、心なしか相好(そうごう)が柔らかくなる。

 

 ああ、こんなに真剣に打ち込んでいて、笑いも泣きもする人ならちょっとだけ信頼を寄せたくなる気持ちが分かるかも。バンド活動をしていない自分ですら彼女のことを好意的に思うのだから、CiRCLEに通い詰めているバンドガールズたちはもっと信頼しているだろう。まっさらな自分だからこそ得られる所感も書き留め、インタビューを続けていく。

 

 流石に年齢のことは胸の奥にしまったが、代わりに今まで見てきたバンドや彼女が活動していたバンドの思い出話を聞かせてもらうことに。どれを取っても切り落とす箇所の判断が難しいほどに興味深く、彼女の人となりを伝える材料にしたい話ばかり。メモの量も思いの外増えていき、この後まとめる際に苦労しそうだなと軽く未来を想像しつつ明日香はペンを走らせる。

 

 きっと彼女と親しい人ならば、もっと突っ込んだ話が聞けたかもしれない。バンド活動の経験がある人なら、バンド関連で共感できたところがたくさんあったかもしれない。けど多彩な話が聞けるのは自分だけなはず――色々と転がる思い出の色をメモに残しているのだから。

 

 インタビューが終わる頃には、明日香も笑っていた。緊張は最初からなかったかのように立ち消え、友人と親しく話していると変わらない明るい調子で会話を交わす。満タンとなったメモ帳を少し見返すと、まりなから今日ライブをするバンドが一組だけあるから見に行かないかと誘われる。

 迷惑にならないようにすぐに帰宅しようと思っていたが、ライブ中のまりなの動きを見られるチャンスだと(うち)から(ささや)く声が聞こえた。それでもやはり遠慮するという選択肢を取り、メモを鞄の中にしまう。けれどインタビューだけじゃ伝わらないところも見れるよとまりな本人からいたずらっぽく言われれば引く気も失せてしまい、結局明日香はノーという答えを保ち切れずに見ていくことに――チケット代もきちんと支払って。

 

 

 

 

 

 ライブ会場に入れば、人の熱気で自分が溶けてしまいそうな錯覚を覚える。何度も姉が所属するバンドのライブを見に行っているが、いつも会場の熱さに慣れず驚くばかり。しかし今日はライブを楽しみにきた訳ではない。

 観客の(かたわ)らで機材の操作をして、雰囲気作りをしているまりなたちの姿を目にし、もう今から本番なのだと呑気(のんき)な感想を抱く。曲が始まると同時に照明がステージに向けられ、バンドメンバーを照らす。音量は彼女らが思った通りに調整が取れているのかは不明だが、少なくてもどの音も強すぎることも弱すぎることもない。

 

 ついつい演奏の方に意識が傾いてしまうが、今日はあくまで取材をしに来たのだと自制し、時折まりなたちの方へ一瞥(いちべつ)を投げかける。曲を楽しみつつも熱誠(ねっせい)な眼差しでステージの様子を気にしていた。スタッフ側でも何か一つミスをすれば演奏を止めて、熱気を冷ましてしまう。だから手際には淀みがなく、ライブが終わる瞬間まで演出が円滑に表現されていた。

 

 改めてライブにはまりなたちのような縁の下の力持ちが必要なのが理解できるし、その上でバンドを応援する人がいて、かつバンドが気持ちよく演奏している。今回の取材者として抜擢された理由は分からないままだが、ただ今は学生である自分が見て聞いて感じてきたものを記事にしようと、明日香は満足そうに笑顔を浮かべるまりなを見て思う。そして自分も姉のようにバンド活動をしている人たちを支える職種に()いても悪くないかもしれないと緩やかな淡い希望を胸に笑みを(こぼ)した。


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