楽しいから、大変。
青春ですから、若いですから。
まあ、それでこそですよ。
人を好きになるのは、意外と大変だ。千夏先輩と同居して、俺はそう思うばかり。
好きな人と暮らすなんて、嬉しすぎて身が持たない。この一ヶ月で、だいぶ俺は窶れた気がする。結婚したい、なんてよく思えたな俺。学校以外殆どの時間を至近距離で過ごしている現状でさえ、俺は死にそうなのに。これで気持ちまで通じてしまったら、
でもこの幸せは、今のままでは期限つきなんだ。俺が手をこまねいていたら、俺たちはあと二年もしないで赤の他人に戻ってしまう。どうにかしなければ、でもどうやって。
俺の無い頭をどう捻ったって、どうにもならない。インターハイ目指して地区予選に勝ち残らないといけないのに、心は乱れまくっている。
「大喜くん、ジャンプ借りるね」
部屋に入ってきた先輩の姿に、今日も今日とて胸が高鳴る。いつかは馴れるんだろうか、自信がない。
とりあえず先輩について分かった事、この人意外と漫画好き。こうしてジャンプを貸す一方で、実家から持ってきた漫画を貸してくれたりもするし。先輩の部屋にはまだ入ったこと無いけど、色々並べてるんだろう。
……ただ結構片寄ってるんだよな、ジャンルとか色々と。
でもこうやってると、多少でも仲良くなれている気がしてくる。先輩がどう思っているかは分からないけど。
そしてジャンプ片手に先輩が立ち去って、残されたのは僅かな甘い香り。女子の匂い。
何て言うか、幸せだ。でもここで立ち止まってはいけない、それは重々承知している。でもなあ……。
「どうしたら、良いのかな……」
隣に聞こえないように小さく呟き、天井を仰ぐ。
誰かを好きになったのは、初めてじゃない。うんと小さい頃にも確か、あったはずだ。とは言えあれはただ、俺の朧気な気持ちってだけ。何もないまま、いつの間にか忘れてしまった。
でも今は、そうじゃない。確信をもって俺は千夏先輩が好きだ、もっと知りたいし近付きたい。これが恋心だと、胸を張って言える。
だからこそ、動き方が分からない。相談の仕方さえ分からない。
ああ、大変だな。
もし、もしも俺が、ここで気持ちを伝えたら。先輩は俺を、受け入れてくれるだろうか。
――まあ、有り得ないな。少しの間困った顔をして、そしてやんわりと断るんだろう。派手に怒られるとか殴られるとかは、……無いと思いたい。そこまで嫌がられたら、さすがに傷付く。
俺は先輩の事をなにも知らないし、先輩だって俺を殆ど知らない筈だ。でも今告白したってダメなのは、考えるまでもない程よく分かっている。好意的だとは思いたいけど、それが直に好意なわけじゃないんだ。
でも告白って、どういうタイミングですれば良いんだろう。完全に気持ちが通じあった後、ってそれはもう告白するまでもなく付き合っている状態だよな。でもまだ友達かどうかさえ曖昧な所で告白したって、お互い気まずくなるだけだ。
……あれ、じゃあどうすれば良いんだ? いつ頃するもんなんだ、告白って。
時期としてはお互いインターハイがあるから秋以降か、いやでもバスケはウインターカップがあるし。そうなると年明け……いやいやそれだと先輩は進路を考える時期なんじゃないか。三年になってからじゃ遅いんだろうし。あーそれに先輩、三年になったら部活で後輩の指導なんかも結構しなきゃいけない筈だよな。俺だって去年はあれこれやったし。
いや、待て。詰んでないか、俺。
人を好きになるのは、難しすぎる。
考えなくても良いことを
「あ、大喜くんおはよう」
先輩の顔を見ると、一気に眠気が吹き飛んでしまうのだけれど。
俺からも挨拶を返して洗面所で隣合う、朝の一時。少し寝坊してしまうと先輩は先に身支度を終えてしまうから、最近は頑張って起きる時間を守るようにしているのだ。
こうして見ていると、しみじみ思う。女子の朝って忙しいんだな、と。化粧というわけじゃないみたいだけど、色々する事が多いようだ。
「……あんまりジロジロ見るんじゃありませんっ」
ペチリと指先で叩かれてようやく、自分の身支度もせずに先輩を見つめていた事に気が付く俺。朝から何やってんだよ、まったく。
「結構恥ずかしいんだよ、素顔見られるのって」
「え、でもそんな変わらな……痛っ!?」
飛んできた握り拳が肩にヒットし、俺は思わず踞る。だって大して変化がないというか、先輩はそもそも美人だって誉めたつもりなのに。とりあえず謝りはしたけど、なんだか釈然としないまま楽しい時間は終わってしまった。
女子ってどうしてこう、難しいんだろう。
まあ、簡単な女子もいるわけだけど。昼休みにお菓子一つで釣られた雛のアホを見ていると、性別で人を分けるというのが随分乱暴な話だと思ってしまう。コイツも一応、女子なんだけどな。
……先輩との事、相談してみようかな。でもなあ、雛じゃ無駄だろうな。応援してくれてはいるけど、コイツだって別に恋愛強者ってわけじゃないんだしさ。
考えてみたら俺、雛とも近い距離にいるんだよな。もしここで雛に――告白したら、どうなるんだろう。まあそんな感情はないけど、さ。もししたら、という仮定で考えてみようか。多分ゲラゲラ笑って俺を小馬鹿にして、それで終わりだな。そんなもんだろう、他にイメージ出来ない。もし雛が俺を好きだったりしたら、また違うんだろうけど。そんなの、それこそ有り得ないか。俺と匡と雛、男友達みたいな感じだし。いやでも今はジェンダーレスの時代だし、そういうのも……?
「何よ、なんか失礼なこと考えてる顔だけど」
う。こいつはたまに勘が良いから困る、雛の癖に。
まったく余計なことを考えてしまったせいで、なんだか気まずいじゃないか。
「いや、別に。ただ、雛はアホだなーって思ってた」
「100%失礼なこと考えてたんじゃないのよ!!」
ゴスンと食い込んできた拳は、先輩のよりだいぶ痛かった。
「大喜くん、今帰り?」
「あ、はい。部活長引いて」
私もそんな感じだよ、と笑う先輩と並んだ帰り道。普段は同居バレを防ぐためにもあまり外では一緒に行動しないけど、たまには良いよな。もう日も落ちてるし。
家までの短い時間だけど、どうでもいい話をしながら歩くのは楽しいし嬉しい。これがずっと続いてくれたら、とさえ思う。やっぱり俺は、千夏先輩が好きだ。
――言ってしまいたい。好きです、と。
この和やかな空気を壊してしまう、先輩を酷く傷付けるかもしれない、それでも。
俺は――。
「……もう一ヶ月、だね。大喜くんちに住まわせて貰って、さ」
その鈴の音みたいな声に、ふと我に返る。先輩は足を止め、夜の空を見上げてそして。
「ありがとう、大喜くん。大喜くんがいてくれて、良かった」
これからも宜しくね、と微笑んでくれたのだ。
ああ――、なんてタイミングだろう。こんな顔をされたら、言えないじゃないか。この笑顔を見ていたら、それだけで幸せになってしまうじゃないか。
「こちらこそ、です。千夏先輩と一緒にいられて、俺は――みんなも嬉しいですよ」
日和った言い方になってしまったけど、良いや。
今はまだ、言わなくて良い。鮮やかに大好きと、心は叫んでいるけど。
この先俺たちはどうなっていくんだろう、でも多分大丈夫。悪くなんかならない、きっと上手くいく。
例え思いが伝わらなくても、受けいれて貰えなくても、それも全て大切な思い出になる。誇らしい片想いだった、と胸を張れる。もしも気持ちが通じあったなら、俺はそれだけで一生幸せに生きていける。いや生まれ変わっても、それが続くかもしれない。
人を好きになるのは、難しくて大変で、でも――楽しくて仕方がない。こんなに楽しいことが、これからずっと続くんだ。
幸せすぎて、死にそう。ああ、幸せだな。
扇町さんは片想いのプロですからね、するだけですが。
された事無いですが。
だって長年片想いしてきましたから。
まあとっくにお相手は結婚しましたがね!末永く爆発するがいいんですよ…。