幼馴染と平和な学校生活を謳歌したい   作:外崎 赫一

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 前回の投稿からあっという間に2ヶ月が経ってしまいました。構想は練り上がっていたのですが、考査に追われて書く時間が全くなかったんです。
 2ヶ月の間、毎日空いた時間で少しずつ文字に起こしていきました。ノロマな作者をどうかお許し下さい。


7.「アサガオの花言葉」

 

 

 

 氷知澄春の独白

 

 

 

 氷知澄春と椎名ひよりは交際しているのか?

 

 そう聞かれた場合、僕も彼女もNOと答えるだろう。

 

 何故なら、()()()()()()()()()()()()()()からである。

 

 彼女の両親に反対されたわけではない。むしろ、喜ばれたくらいだ。

 

 ならば、どうしてそんなことになっているのかというと、『結婚を前提に考えているか?』という問題が発生したからである。

 

 相思相愛であることは問題ないのだが、一生を共に過ごせるパートナーとして互いにふさわしいのか?と問われたのだ。

 

 僕達は迷いなく肯定した。

 

 しかし、親は『ここで認めて良いのだろうか』と悩んだ。

 

 その結果、『二人で高度育成高等学校に合格し、3年間を共に過ごしても互いの気持ちが変わらないのであれば交際を正式に認める』と告げられたのだ。

 

 言い換えると、その試練さえ共に乗り越えられれば大丈夫、ということらしい。

 

 親はその高度育成高等学校の卒業生らしく、そこで知り合って恋仲に発展し今に至るという話も聞かされたのだが、曰く、『あの場所で3年間を無事に過ごすのは難しい』らしい。いくつもの試練が待ち構えており、それを共に乗り越えて行けるのならば、もう何も言うことはないそうだ。

 

 それを聞いた僕達は、親に交際を認めてもらえるよう、互いに助け合ってこの3年間を乗り越えようと入学式前夜に誓い合った。

 

 どんな困難が待ち構えていようとも、幸せな結末を迎えるために。

 

 

 

―――しかし、その時はまだ知らなかったのだ。これが波乱に満ちた濃密な3年間になるということを。

 

 

 


 

 

 

 放課後の教室で、僕達Cクラスは勉強会をしていた。

 

 今日が記念すべき勉強会初日なのだが、驚くべきことに全員が出席している。部活をしている生徒は、退学と部活を天秤にかけてこっちの方が重要だと判断したのだろう。いずれにせよ、幸先の良いスタートだ―――

 

「これ、どうやって解くんだ?」

 

「俺もそこ、わかんねぇや」

 

「Don't understand...」

 

 ……とは言い難いかもしれない。

 

「どこの部分がわからないんだい?」

 

「……ここの所なんだけどよ」

 

 そう言うと石崎君はわからないという問題を指でトントンと叩いた。

 

「連立方程式の所だね」

 

「これの解き方がイマイチわからねぇんだ」

 

 

 次の連立方程式を解け。

 

 5x-2y=56…①

 3x+6y=30 …②

 

 

「どの数字を当てはめても、もう片方の解が合ってねぇんだよ……」

 

 泣き縋るように石崎君は声を溢す。

 

 これの解は分数と2桁の整数なのだから、丁寧に数字を一つ一つ当てはめていっても正解には簡単に辿り着けない。しっかりと式を連立させなければ解けないようになっている。これを自力で解くことが出来れば、石崎君の計算力は向上するだろう。

 

 僕がしてあげられることは、答えまで導く手助け。あくまでも本人自身が解き方を理解して答えを導き出せるようにしなければ意味がない。

 

「じゃあ、まずはxを消してyの解を求めようか」

 

 そのためには、答えを教えるよりも解き方を覚えてもらう方が効率的だと僕は考える。

 

「そうは言ってもよ、引き算してもxの方も残っちまうぞ?」

 

「うん。だからまずはxを同じ係数に揃えるんだ」

 

「スマン……係数って、何だ?」

 

「……まずはそこからしっかりと覚えようか」

 

「はい……」

 

 これは、教えるのが結構大変になりそうだ。少し離れた席では龍園君が悪い顔をしながらこちらを見ている。こら、ちゃんと勉強に集中しなさい。主催者は君だろう。

 

 ちなみにだが、小テストで70点以上だったのは10人だ。よって、教える側と教えられる側が1:3の割合で、小グループが10個形成されている。

 

 僕が担当するのは石崎君、山脇君、アルベルト君の3名。中々に教え甲斐のある個性的な(?)メンバー達だ。山脇君はこれが初対面なのでよく知らないけど。彼らを担当しろと龍園君に言われ、なし崩し的に承諾しちゃったけど、マズったかなぁ……。これから先が厳しそうだ。

 

 とにかく、今は石崎君に数学の基礎を叩き込まなければ先に進むことすら出来ないので、係数について簡単に説明をした。

 

「なるほど……じゃあ、係数ってのは、xやyの前に付いてる数字のことなんだな!」

 

「よし、わかったならさっきの続きだよ」

 

「おう!」

 

 勉強に意欲はあるようなので、後はこの状態がどのくらい続いてくれるかだ。

 

「最初にxかyの係数を揃えよう」

 

「……こうか?」

 

 ①×3…15x-6y=168

 ②×5…15x+30y=150

 

「そう、それで合ってるよ。次は筆算で引き算をして」

 

「わかったぜ」

 

  15x- 6y=168

ー)15x+30y=150

  ―――――― 

    -36y=18

 

「そしたら、yの係数が1になるように両辺を割って……」

 

「今度は割り算かよ! ……よし、出来たぜ。y=-18/36だな」

 

「約分忘れてるよ?」

 

「あっ、そうだったぜ。……y=-1/2か」

 

「次からは約分を忘れないようにね。最後は求めたyの解をどちらかの式に代入してxの解を求めればおしまいだよ」

 

「もう終わりなのか? 意外と簡単に出来るもんだな」

 

 3x-3=30

   3x=33

   x=11

 

「後は練習あるのみだよ。慣れれば計算する時間も減ってきて、もっとスムーズに出来るようになるから」

 

「そうか……! 俺、龍園さんの役に立てるように勉強頑張るぜ」

 

「うん……(理由はともかく)その調子で頑張ってね」

 

 取り敢えず、石崎君の方は一段落だ。これから山脇君とアルベルト君の勉強も見なくちゃいけない。2時間耐えられるだろうか、僕の精神力は。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「あ〜やっと終わったぁ……」

 

 この2時間で少しゲッソリした気がする。

 

 時刻は夜の7時を回り、一日目の勉強会は誰一人途中で音を上げるなんてこともなく無事に終了した。金田君が担当していたグループが一番大変だったに違いない。何せ、犬猿の仲である龍園君と時任君が一緒だったのだ、いざこざが起きなかっただけでも奇跡だ。代わりに金田君ともう1人の男子生徒が終始ブルブル震えながら勉強する羽目になってしまったのだが。今日の被害者MVPはその二人だろう。

 

「お疲れさまです」

 

「そっちもね。伊吹さんたちはどうだった?」

 

 帰りの夜道をひよりちゃんと二人で歩きながら、彼女が担当していたグループはどんな調子だったかを聞いた。

 

「伊吹さんはこのままでも大丈夫そうでしたが、真鍋さんと西野さんはあまり学力が高くないようでした」

 

「それは……平均より下って意味で?」

 

「はい。正直に言ってしまうと、二人は小テストで赤点ギリギリの点数を取っていたようなので、もう少し頑張って欲しいところです」

 

「……大変だったんだね、そっちも」

 

「金田くんの担当していたグループほどではありませんが、伊吹さんと真鍋さんがギスギスしていたので、私も少し精神的に疲れました……」

 

 その時のことを思い出したのか、ひよりちゃんの目のハイライトが少し曇っている。僕は小さく「お疲れ様」と言って、彼女の頭をそっと撫でた。シルクのように柔らかくて滑らかな髪は、掌から逃げることなくされるがままに自然と揺れ動いている。

 

 それを続けていると、ひよりちゃんの足が止まった。下を向いており、どんな表情なのかはわからない。僕もその横で立ち止まり、撫でていた手を退けた。何となく、そうした方が良いような気がしたからだ。

 

 向かい合った状態で立ち止まること数秒。その数秒が、何分にも感じられるほど静かで、ひどく寂しかった。未だに顔を上げない彼女のことが心配で心配で仕方なく、心の中が言葉に表せないような不安一色に染まる。

 

「ねぇ、ひよりちゃん―――」

 

 この悲しげな静寂を打ち破ろうと話し掛けるが、反応はない。慣れない環境下での集団行動は、予想以上に彼女の精神を削っていたのかもしれない。

 

 以前の――小学生の頃の彼女は周りから見れば無愛想、無表情で、話し掛ける相手もほとんどおらず、クラスからは孤立している状態だった。出会ったばかりの時は僕に対しても同じような対応で、他人に無関心な子だったのだ。

 

 年月を重ねるにつれて、僕とひよりちゃんとの距離は物理的にも、精神的にも随分と縮まっていった。些細なことで喧嘩したり、すれ違ったりもしたが、それでも最後はなんだかんだで仲直りしていた。

 

 そんな日々を過ごした中で一番の変化は、彼女が徐々に感情を表に出せるようになっていったことだろう。笑う様子は天使のように綺麗で愛嬌があり、怒る時は冷ややかな目で静かに怒る。感極まれば涙を流し、楽しいことがあれば自然と表情に出る。それ自体はとても喜ばしいことだが、その反面でメンタルが昔よりも弱くなっていた。

 

 以前の状態のままの彼女ならば、悪感情に晒されている環境の中でも図太くやっていけただろうが、他人と接する協調性がないせいで相手との関係性は良くも悪くも進展しないだろう。しかし、今の彼女は他人の感情に揺さぶられることもあるが、真摯に向き合う姿勢を見せていることで周囲からは好印象に映っているはずだ。

 

 伊吹さんと真鍋さんの仲は良くない。二人が言い争うところを廊下なんかで見かけることもしばしばある。これまでの一ヶ月間を省みるに、Cクラスは全体の人間関係が複雑で、全員仲良し!なんて絶対に言えないクラスだ。極端な話、僕にとっては魔境のような場所だと感じている。それでも中学よりは全然マシなのに違いはないが。

 

 慣れない環境で他人と過ごすのは自然とストレスが溜まっていく。自覚していなくても、それは時間が経つにつれて蓄積され、膨れ上がる。彼女も決して例外ではない。例え自分に向けられていない悪感情でも、それを発している人の近くに居続けなければならないというのは、かなり精神に負担をかけてしまうことになる。

 

「一人で抱え込まないでね」

 

 今の彼女には、その疲弊した心を癒せる存在が必要なのだ。

 

「昨日の夜、ひよりちゃんが言ったように、僕の傍には君が居てくれている。その逆も同じなんだ」

 

 そう言うと、微動だにしていなかった彼女の肩が少しだけ揺れ動いた気がした。

 

「辛くなったら、幾らでも僕を頼ってよ。今まで僕は、ひよりちゃんに何度も助けられてきた。だから、今くらいは僕に甘えてくれ」

 

「……本当、ですか?」

 

「好きな子に嘘つけるほどクズみたいな脳はしてないよ。……あの時の僕みたいに、今のひよりちゃんは不安定なんだから、出来れば今日くらいは離れずに居たい」

 

 どうしようもなく、僕は彼女が愛おしいから、こんな気障な台詞が吐けるのだろう。それに何よりも、落ち込んでいる彼女を見るのはもう辛かった。

 

「―――今日は……」

 

 僕が見つめる少女の口が動く。

 

「今日は、ずっと一緒に居ても良いんですか?」

 

「うん」

 

 顔を上げた彼女の瞳からは涙がこぼれ落ちていた。

 

 それを見た瞬間、胸の辺りに衝撃が走った。心が痛いとか、そういう類のものではない。抱きつかれていた。僕の方からしたのではなく、ひよりちゃんの方からだ。

 

 僕の胸に顔を埋めている彼女からは、嗚咽の入り混じった啜り泣く声が聞こえてくる。

 

 しばらく抱擁を続けていると、泣き止んだひよりちゃんは胸に埋めていた顔を戻した。

 

「本当は、ずっとあの場所に居るのが心苦しくて、辛くて……早くあなたと二人きりになりたかったんです」

 

 抱擁を解いて目線を合わせると、彼女の目元は涙で赤く腫れていて、いつもとは違った気弱な顔になっている。普段のお淑やかで物怖じしない面影は鳴りを潜めており、今にも倒れてしまいそうなほどに弱々しくなっていた。

 

 僕は彼女の頬を伝って落ちていく涙を、右手に持ったハンカチでそっと拭き取って仕舞うと、左手を差し出す。

 

「―――帰ろう」

 

 ひよりちゃんは無言で噛み締めるように大きく、ゆっくりと頷くと、僕の左手を華奢な右手で握った。白い陶器のように綺麗な手から、確かな熱が伝わってくる。

 

 離さないようにしっかりと包み込み、再び歩き出した。先程とは打って変わって、僕も彼女も、足取りはとても軽かった。隣で上機嫌に手を繋ぎながら歩いている彼女の屈託のない笑顔を見て、僕の心は温かいもので満たされていった。

 

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 

 

『ねぇ、――はる』

 

 

 

 何だかとても懐かしい声だ。でも、何も思い出せない。

 

 

 

『私―――、ずっと―――ないで―――』

 

 

 

―――きみはだれ? 返事をしてよ―――

 

 

 

 

 

「――て――さい」

 

 

 

 

 

「――はるくん」

 

 

 

 

 

「起きてください、澄春くん」

 

 

 

 

 

「んぅ……?」

 

 目が覚めると、パチパチと瞼を開閉させて、まだぼんやりとしか見えない視界のまま、上半身を起き上がらせる。

 

 

 

―――さっきの夢は一体何だったのだろうか。

 

 

 

「やっと起きましたね。おはようございます」

 

 視界が回復すると、目と鼻のすぐ先にひよりちゃんの顔が見えた。そういえば一緒に寝てたんだっけ。それにしても、とても満足そうで笑顔がいつもよりも明るく見える。

 

 昨日は確か、泣き止んだ彼女と一緒に部屋に戻って、夕飯一緒に食べて、お風呂…………どうしたんだっけ。ヤバイ、そこからの記憶があやふやで思い出せないんだけど。一緒には入ってない……はず。

 

「おはよう……っていうか、何でひよりちゃんは僕の腰の上に跨がってるの? この状態はかなり誤解を招きそうな……」

 

 起こしてくれたのはありがたかった。けど、布団越しといえどもその位置はマズイよ! 特に寝起きは気付かれたら本当に恥ずかしい。

 

「っ!? ……この体勢が、一番起こしやすかったので」

 

 パジャマ姿の彼女は僕の言っている意味がわかったのか、顔を真っ赤に染めた。上気した頬は即座に両手で隠し、顔を見せないように横を向いている。初心なところは愛らしくて可愛いのだが、魅力的過ぎて早く降りてくれないと困ったことになりそうだ。下半身に意識が行かないようにするのもそろそろ限界なんだよ。

 

「とっ、とにかく、このままだと僕がベッドから降りれないから、先に降りてもらえるかな?」

 

「あっ、ご、ごめんなさい! すぐに降ります!」

 

 焦った口調で促すと、ひよりちゃんは急いでベッドから降りる。

 

 その後、気不味さと恥ずかしさで、僕達は学校に行くまでまともに顔を合わせられなかった。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 放課後。今日の勉強会は休みで、羽目を外せる貴重な時間になっている。Cクラスの面々はショッピングモールやカラオケに我先にと繰り出していっていた。たまにはストレスを発散させてやらねぇとな、という龍園君の珍しく優しい発案だ。本音は「アメとムチを上手く使い分けねぇと、いざという時に使い物にならなくなるだろ?」ということらしいが。

 

 そういうわけで、ひよりちゃんとに前から行こうと誘われていた、ケヤキモールにあるカフェのパレットに共に赴いた。本当は伊吹さんも誘おうとしていたみたいだけれど、「ごめん、私やることあるから。また今度な」とやんわりと断られてしまったらしい。

 

 店内は女子だらけ、というか僕を除いて女子しか居ないような気がする。店員さんの中にすら男性は見当たらない。こんな時は女子っぽい見た目で良かったと都合の良いありがたみを感じてしまうあたり、僕の性格は悪いのだろう。

 

 注文した飲み物を受け取り、座れる席を探す。

 

「どこに座りましょうか」

 

 ほぼ満席の状況、席の確保は困難だ。不自然に思われないよう、ゆっくりと首を左右に振って空きを探すが、どこのテーブルも満席のようだ。

 

「そこの二人、ここの席が空いているぞ」

 

 さて、どうしたものかと悩んでいると、後ろから声が掛かった。振り向いた先には、長い銀色の髪をたなびかせた気の強そうな女性?ともう一人の女子生徒が座っている。

 

「他には空いてる席もなさそうなんだし、ほら、座って座って」

 

 もう一方の黒髪の女子生徒に促され、言われるがままに僕達は席に座った。

 

「いや〜さっきまで相席してた二人が帰っちゃってねぇ、すこーし寂しかったのよ。あ、そうだ、お二人さんのお名前聞かせてくれない?」

 

「僕は氷知澄春といいます」

 

「私は椎名ひよりと申します」

 

「ボクっ娘の氷知ちゃんとゆるふわ美少女の椎名ちゃんね、うんうん、お姉さんバッチリ覚えたよ! お返しに私達の自己紹介しちゃうね。私は葉月玲奈、こっちの銀髪ロング強気系唯我独尊麗人風美女は鬼龍院楓花ちゃん、どっちも2年Bクラスでーす」

 

 相方の紹介の仕方が独特過ぎる。黒髪の女子生徒――葉月先輩はニコニコとした笑みを浮かべながら言っているが、紹介された銀髪の麗人――鬼龍院先輩は眉をしかめ、納得の行かなそうな表情で彼女を見ている。

 

「おい玲奈、私をそんな風に紹介するのはやめろと言っただろう」

 

「え〜、だって楓花ちゃん、自分から自己紹介する時はいつも『鬼龍院楓花だ(キリッ)』って感じで素っ気ないじゃん! 折角楓花ちゃんの魅力を一言で表現したのにぃ」

 

「……それでは私が変な奴に思われるだろうが」

 

「ダイジョブダイジョブ! そんな楓花ちゃんでも好きになってくれる人は絶対居るから! 世の中広いんだから性癖ドストレートの人も居るって」

 

「それが私とつり合う男とは限らないだろう」

 

「もぉ〜いつもそれじゃん。高望みのし過ぎは良くないよ?」

 

 目の前で突如始まった温度差の大きいコント。以前に相席していた二人が帰ってしまったのも納得出来そうだ。それよりも、物申したいことがあるのだが―――

 

「葉月先輩、澄春くんは男の子ですよ」

 

―――ひよりちゃんに先に言われてしまった。

 

「……え?」

 

「当たり前だろう、玲奈。制服にリボンではなくネクタイがついているのに女子のはずがないだろう」

 

 ポカンと口を開けたまま固まる葉月先輩に呆れている様子の鬼龍院先輩。この二人は性格も雰囲気も正反対のようだ。

 

「あ、そ、そうなんだ〜。ごめんね、勘違いしちゃって」

 

「悪い奴ではないのだが、玲奈はせっかちなところがあるんだ。まぁ、こんな奴でも仲良くしてやってくれ」

 

「「あ、はい」」

 

 買ったアイスコーヒーを飲み、一息ついた。冷たい感触が乾いた喉を潤して充足感をもたらしてくれる。

 

「今月末は中間テストだね〜。二人はちゃんとテスト勉強してる?」

 

「放課後に教室で勉強会をしています。小テストで成績が良かった人が教える役に回る感じですね。今日はお休みですけど」

 

「それで折角のお休みだからここに来たってわけね」

 

「はい。でも、こういう場所に来るのは慣れてないです」

 

「男子禁制って感じするもんね。実際に男子が来ることはあんまりないよ。一部の生徒を除けば、だけどね」

 

「一部の生徒、ですか?」

 

「一番有名なのが、南雲雅っていう2年Aクラスの男子。金髪で見た目はチャラいけど、この学校の生徒会副会長をやってるよ。……黒い噂が絶えないけどね」

 

 黒い噂と聞いて、少し悪寒が走った。南雲先輩はヤバイ人物かもしれない。

 

「聞きたい?」

 

 聞いたら後には戻れないような気がする。……しかし好奇心の方が勝ってしまった。

 

「……聞きます」

 

「度胸あるねぇ。あ、椎名ちゃんは耳塞いでおいた方が良いかもよ? 女の子にとってはショッキングな内容だと思うから」

 

「ご心配どうもありがとうございます。……ですが、私もその話を聞いておこうかと思います」

 

「今年の1年生は肝が座ってるねぇ。じゃあ、忠告はしたし、話すよ」

 

 ゴクリ。その固唾を呑む音は僕と彼女、どちらから聞こえたのだろうか。葉月先輩は真剣な表情で喋り始めた。

 

「その黒い噂っていうのは、南雲君は自分の部屋に複数の女子を連れ込んでるらしいんだよね」

 

 何か拍子抜けした気分だ。先輩は真剣な表情で下世話な内容を淡々と話し続ける。

 

「要はプレイボーイなんじゃないかっていう噂なの。あっ、プレイボーイの意味わかる? 意味は沢山の女性を次々に誘惑してもてあそ「もうその話はなしでお願いします。不愉快な内容でしたので」……そっか」

 

『誘惑』という言葉辺りでひよりちゃんの怒気を感じたので話はやめにしてもらった。かくいう僕も、『プレイボーイ』を体現している奴が中学の時にも居たことを思い出して殺気が滲み出てしまった。奴は何股もしているばかりか、ひよりちゃんにまで手を出そうとしてきたから鉄拳制裁を加えたんだったか。マジであの時は殺意が湧いたよ。

 

「自分から話すように先輩にお願いしておいて、失礼なことまで言ってすみません」

 

「いいよいいよ、気にしないで。逆に最後まで聞かせてこれ以上気分を悪くさせちゃったら申し訳ないから。……そうだ、連絡先を交換しておかない? 何か困った時はおねーさんが力になってあげられるかもしれないし」

 

 なんとありがたい話だろうか。こちらとしては願ったり叶ったりなことだ。上級生とのパイプがあれば何かと有用な情報が得られるかもしれないし、クラスにとってもメリットの大きい内容だ。

 

 ひよりちゃんと顔を見合わせ、『良いかな?』という意味合いを込めた視線を送ると、彼女はニコリと微笑みながら「良いんじゃないですか」と小声で答えてくれた。

 

「是非ともお願いします」

 

「オッケー♪ じゃあ、二人共おねーさんに携帯を預けてくれる? すぐに終わるから」

 

 携帯のロックを解除して葉月先輩に渡すと、手慣れた手付きで画面を操作し始める。指の動きに無駄がなく、とても素早い。数十秒すると作業が終わったようで携帯を返された。画面を見れば、新しい連絡先が2()()追加されている。

 

「……鬼龍院先輩の連絡先も登録されていますが、大丈夫なのでしょうか?」

 

 不思議そうに画面をまじまじと見つめながらひよりちゃんが尋ねると、鬼龍院先輩はフッと小さく笑い、こちらを見て言う。

 

「構わんよ。君達二人には個人的に興味が湧いた。何かあったら連絡するといいさ」

 

「ありがとうございます」

 

 ということで、僕達は上級生二人の連絡先を手に入れたのだった。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「それでは、僕達はそろそろ帰ります。親切にしていただいて、どうもありがとうございました」

 

「こちらこそ、また今度暇があったらお茶しようね〜」

 

 氷知と椎名の二人が席を立ち、パレットから去っていく。

 

 葉月と鬼龍院は、二人が見えなくなるまで何も喋らず静かにそれを見ていた。

 

「あの二人、とてもお似合いだね。付き合ってるのかな?」

 

「傍から見ればそう映るんじゃないか? 私は彼らが()()交際していないと見ているが」

 

「その心は?」

 

「距離感が近いように見えるが、どこかしら線引きしている節がある。まるでそれを踏み越えるのを互いが酷く恐れているように、だ。実際、退席する時も寄り添い過ぎず、離れ過ぎず、絶妙な距離感を保っていただろう?」

 

「……興味を持った相手のことは本当によく見てるねぇ。私以外が聞いたらドン引きしちゃうくらい」

 

「私がストーカーとでも言いたいのか?」

 

「う〜ん、そのレベルまではギリギリ行ってないかな」

 

 ミルクティーを口に含むと、「なら、別に問題はないだろう」と鬼龍院は言う。それを見て、「他には二人のどんな所が気になったの?」と葉月は来週のアニメの続きが早く観たい純粋な子供のような表情で訊いた。

 

「君が南雲の噂について話した時、二人からは負の感情が出ていた。椎名からは怒り、氷知からは殺気が滲み出ていたことから、以前に()()()()()からの被害に遭っていたと推測出来る」

 

「その、私が言ったプレイボーイっていうタイプの?」

 

「そうだ。……恐らくだが、椎名が被害に遭いそうになったのを氷知が食い止めた、という筋書きだろうな」

 

「へぇ、もしそれが本当なら、椎名ちゃんにとって氷知ちゃん――じゃなかった、氷知君はお姫様を守ってくれる騎士様(ナイト)ってわけだね」

 

「そう簡単に言い表せる関係であれば、私は彼らに興味を持っていないぞ」

 

「お? 違うの?」

 

 さも知りたげに顔をニヤけさせる葉月につられてか、鬼龍院の強気な赤い眼がギラリと輝いている。まるで面白いものを見つけたと言わんばかりに。

 

「共依存、という言葉があるだろう? 互いを求め過ぎるがあまりに、その人なしでは居られなくなり、いずれは―――」

 

「―――自分自身を見失うってこと?」

 

「その通りだ。相手との関係性にしか自分の価値を見出すことが出来なくなり、最終的にはどちらにとっても良い終わり方をするとは限らない。悪化すればすぐに身を滅ぼすかもしれんな。そうなれば、今までの関係を維持するのはほぼ不可能になる。椎名と氷知はそれを本能的に理解しているのさ」

 

「二人が付き合ってないって言える根拠はそこにあるんだね。今の関係が最良であり、それがもう一歩踏み込んだ関係へ行くのを躊躇わせてるわけか」

 

「交際とはあくまでも好意の形を具現化したものに過ぎない。愛のカタチは人それぞれなのだから、比翼連理ならば問題ないだろう。わざわざ交際という形で縛るのも良くない」

 

「愛するが故に、ってやつかぁ。ロマンチックじゃないの」

 

 葉月はレモンティーを啜ると、「良いなぁ、青春してるね」と呟いた。

 

「相思相愛は互いを想い、愛し合っていることを指す。一般的に、学生時代は熱い愛情を互いに向け合っていても、夫婦になってそれが続く家庭は多いとは言えない。何故だと思う?」

 

「理想とは違った現実や、ストレスによるすれ違いかな?」

 

「大体は合っている。だが、最大の理由は『相手が自分のことを全て理解してくれている』と誤認しているからだと思うのだ」

 

「……今更だけどこれ、高校生がする内容の会話じゃなくない?」

 

「私にとってはとても重要な話だぞ?」

 

 今更何を言っている、と鬼龍院は少し呆れた様子だ。

 

「……愛って、難しいね」

 

「だから、こうして将来について私なりに一生懸命考えているのさ」

 

「楓花ちゃんに見合う人がそういう人かはわかんないけどね」

 

「余計なお世話だ」

 

 周りから見れば完全に婚活に必死な大人の会話のようになっていることに二人は気付かない。

 

「……さて、話の内容が逸れてしまったな」

 

「そういえば、椎名ちゃんと氷知君の関係性について聞いてたはずなのに、いつの間にか夫婦の話になってる」

 

「共依存の話から踏み込み過ぎてしまったが、肝心なのは、今の彼らは交際に踏み切るまでの過程にいるということだ」

 

「親友以上、恋人未満の関係?」

 

「表現するならそれが一番正しいだろう。私は家族のような関係ではないかと考えているがな」

 

「不気味なくらい、歩調ピッタリだったもんね。ありゃ相当長い時間を一緒に過ごしてないと到底無理な芸当だよ」

 

「……君もよく観察しているじゃないか」

 

 鬼龍院は小さく笑った。君も私と同じではないか、と。

 

「……で、それだけじゃないよね? あの二人に興味が湧いた理由は」

 

「ああ。……その前に玲奈、君にはあの二人がどう見えた?」

 

「そうだねぇ……椎名ちゃんは天然っぽいけどその実観察眼に優れてそうで、氷知君は―――」

 

 葉月は愉快そうに口を歪ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――深い闇を抱えた悲劇の主人公、かな♪」

 

 それを聞いた鬼龍院は少しばかり眉を動かし、嗤った。対する葉月の瞳には仄かに闇が垣間見えている。

 

「やはり君は面白い奴だ。普通は見た目などを気にするだろうに、君は常に相手の本質を見ている」

 

「あれだけ濃密な殺気が出てたら、普通なら相当凄惨な過去を送ってきたってわかると思うんだけどなぁ」

 

「確かにそうかもしれないな。幾度の修羅場を潜り抜けているのも、身体の動きを見ればわかることだ」

 

「重心がブレてない人なんて、今まで堀北生徒会長くらいしか見たことないけどね」

 

 先程までとは違うどこか異質さを感じさせる口調に変化しているが、鬼龍院が意に介した様子はない。

 

「彼の肉体には、まるで女性の身体を極限まで鍛え上げたような歪さがあっただろう? 細い腕なのにもかかわらず、かなり引き締まっている。あれは並の鍛錬では身に付かない体格だ」

 

「どんな生活送ってきたんだか気になるなぁ。結構エグそうだけど」

 

 その後も彼女達の話題は尽きなかった。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 鬼龍院先輩達と別れた後、本屋までやって来ていた。今日が彼女のお目当ての本の入荷日らしく、僕も興味の惹かれる本がないかと、この機会に久しぶりに探求することにしたのだ。そもそも「一緒に行きましょうか」と彼女から言われていたので確定事項だったのだが。

 

 時間は有限だ。彼女と二人で居られる時間が唯一の癒やしの時間だから、この貴重な時間を大切にしたいものだ。

 

「この沢山の本に囲まれている感覚……心地良くて落ち着きますね」

 

「もはや実家のような安心感だよ」

 

 本屋特有の空気感とでも言えようか。ふと、中学の頃に書斎で伝記を読み漁っていた時のことを思い出した。

 

 過去の出来事を回想していたら、あの頃持っていた未知への好奇心が蘇ってきた気がして、自然と気分が更に軽くなった気がしてくる。

 

「今日は一応、デートのつもりだったのですが、楽しいですか?」

 

 店内をゆっくりとした足取りで回っていると、ひよりちゃんが訊いてきた。

 

「こうしてひよりちゃんと二人で一緒に過ごせてるだけでも楽しいし、十分に幸せだよ」

 

 

 

―――僕が望んでいる平穏な過ごし方を今、身をもって体感しているのだから。

 

 

 

 自然と口から紡ぎ出された言葉に、ひよりちゃんは目を見開く。それからすぐにいつもの表情に戻ったかと思いきや、口元は緩んでおり、こちらを見る瞳からは温かい眼差しが送られてきた。

 

「出来れば、ずっとこうしてあなたと二人で静かな時を過ごしていたいです」

 

 

 

―――それは、ずるいよ。

 

 

 

 不意に返された言葉に、今度は僕の口元が緩む番だった。自然と目の辺りに熱が集中しているのがわかる。今にも溢れそうな涙をなんとか堪えなくてはと表情筋を動かすが、緩んでしまった頬の筋肉がそれを許さなかった。

 

 鼻と口を隠すように手を添え、目元から垂れた熱い雫を何でもないように指先で取り除く。

 

 その様子を懐かしむようにしながら、彼女は優しく微笑んでいた。

 

 向けられた笑顔は咲いたばかりのアサガオのように綺麗で、僕の心に一つの想いを強く意識させる。

 

「そんな顔されたら、ますます好きになっちゃうじゃないか」

 

 もう、言わずにはいられなかった。ほとんど告白のような言葉を聞いた彼女は、刹那のような速さでぐいっと距離を近付けてくる。そして、僕の肩に捕まって背伸びをしたひよりちゃんは、僕の耳元で小さく囁いた。

 

「私も負けないくらい、あなたのことが好きですよ?」

 

 それは本当に魅惑的で、すぐにでも抱きしめたくなる衝動に駆られるほど愛らしい天使を錯覚させた。頬の辺りがとても熱くなり、心臓の鼓動が早まった。

 

「ふふっ、この前のお返しです♪」

 

 僕の心を散々に掻き乱してくれた彼女は満足したのか、いたずらっぽく笑うと軽快なステップで僕の耳元から離れ、元の位置へと戻っていた。

 

「さぁ、デートを続けましょうか♪」

 

 彼女の今日一番の笑顔を間近で見ていられる僕は、とても幸せ者だ。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「過去問、ですか?」

 

『坂上の奴は、俺達全員が赤点を回避出来ると確信めいたことを言っていた。そこで俺が思い至ったのが過去問の存在だ』

 

 龍園は中間試験においての攻略法を見つけ出していた。それを入手するために、彼は忠臣の一人となった金田に命令を下す。

 

『上級生に接触して持っている奴から手に入れろ。かかった費用の方は俺が出してやる。それでもなるべく安値で手に入れられるよう交渉しろ。上手くいけば報酬もくれてやる』

 

 必要経費を自分が負担すると言っているあたり、龍園の性格が伺える。しかも成功すれば報酬付きだ。彼から信頼を得たかった金田にとって、これは絶好の機会だった。

 

「……了解しました、龍園氏。必ずや遂行してみせます」

 

 言い切ってみせると、金田は畏敬の念を抱いている王との通話を恐る恐る切った。

 

「さて、どのようにして手に入れましょうか……」

 

 そして、遂行するための算段を必死に模索するのだった。

 

 

 




 夏休みに突入しましたが、私は受験勉強で手一杯のため、次回の更新が更に遅れるものかと思われます。
 どうか気長にお待ち頂けると幸いです。

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