何かの弾み。
それが二人の間を、埋めていくかもしれない。
想いはきっと、届くから。
狭間の話を、また一席。
もうじき夏が終わる、そんな日。
――何処かに行きたい、先輩はそう言った。
正直俺としては、どう答えたら良いか分からなかった。
千夏先輩は誕生日を迎えて、みんなに祝福されて。幸せそうに見えたのに。
どうしてあんなに、――寂しそうなんだろう。ケープ君のアイコンは、まるで先輩からのSOSにも思えてしまう。
保冷剤を山ほど突っ込んだケーキの箱を持ったまま、俺は少しだけ考えてこう言った。
「電車、乗っても良いですか?」
千夏先輩と同居して、まだ四ヶ月にもならない。初めて会ってからさえ、二年も経ってない。いまだにこの人がどんな人間なのか、俺は掴みきれてはいない。コートでは誰よりも気高く凛々しい、でも時々気が抜けてぽややんとしていたり。実は結構子供っぽい所もあったり、食いしん坊だったり。
マシュマロを焦がして落ち込んだ顔、時々見せる小悪魔的な顔。まだまだ色んな面がいっぱいあって、何処までが本気で何処までが冗談なのか全く分からない。
それでも、これだけは分かる。今の千夏先輩は、手負いの状態だ。インターハイで惜敗して以来、ずっと平静に振る舞っているけれど、内面はきっとボロボロなんだ。
でも俺たちには決して、そんな部分は見せない。帰ってきたあの日も、僅かに表情が翳っていただけ。いつものように明るく元気な、「みんなの千夏先輩」で居続けてくれていた。それが俺は、……寂しい。千夏先輩だって誰かに縋りたいだろう。声をあげて泣きたいだろう。それが出来ないから、傷口を庇って踞るしかない。
何処まで行っても俺たちは
――そして俺は、無力な子供だ。頼ってくれ、なんて言えない。言ったところで千夏先輩は多分、少しだけ困った顔をしてから「大丈夫だよ」と作り笑顔で話を終わらせてしまう。心配をかけないように、良い同居人でいる為に。
それじゃ、ダメなんだ。だから今は、なにも言わない。
俺は千夏先輩が、好きだから。
夏の残り陽を浴びながら走る列車の中、俺たちは向かい合ったまま只揺られていく。
千夏先輩が何を求めているかは分からないし、今こうやって遠出している事をどう思っているかも分からない。
それでも良い、何かの切っ掛けになれば。
向かう先は、小学生の頃によく行った海水浴場。水着もないしお盆も過ぎたし、泳ごうって訳じゃない。俺の無い頭じゃ、良い場所なんか思い付かなかったってだけだ。
彼処で何か良いことがあったとか、そういうんじゃないけど。なんとなく、気分転換になる場所だから。
俺はバカだから、プレッシャーとかそういうのとは無縁の人生だった。でも千夏先輩は、そうじゃない。家族と別れて赤の他人に囲まれて生活して、それでも結果を出さなければいけない立場だ。歯を食い縛って必死で戦って、そして――負けてしまった。
俺は遊佐くんに負けて県大会一回戦ストレート負けだけど、そもそもの地力が違いすぎた。と言うかバカ過ぎて身の程を知らなかったから、負けて当然だったし期待もされてなかった。エースとしての重責を背負う気持ちなんて、完全には理解できるはずがない。それでも。少しでも先輩の重荷を軽くしてあげられるなら、俺は何でも出来ると思う。
いつか俺が、千夏先輩の心に触れる時が来るのだろうか。そんな関係に、なれるんだろうか。余所行きの顔をせずに済む、心を許せる相手に。
俺じゃ頼りないかもしれないけど、俺なんか役には立たないかもしれないけど。それでも心の傷口を覆い、護れるくらいに。俺は――強くなろう。もっと、もっと。負けてなんか、いられない。
……なに考えてるんだろうな、先輩を励ますつもりなのに。俺が気合い入れ直してどうするんだ、こういうとこだぞ俺。
千夏先輩はこっちの考えを知ってか知らずか、何も言っては来ない。
さて、どうしたもんか。
日はまだ高いけれど、そう何時間もいられそうもないな。帰りの時間を考えると、日が落ちきる前には駅に戻らないといけない。まあ、良いか。ケーキを食べる時間くらいはあるだろう。
少しでも気を紛れさせることが出来れば、それで良いんだ。
流れていく車窓の景色と、それを見つめている千夏先輩。
なんとなく、ソワソワした気持ちのままな俺。
窓から入ってくる風に、潮の香りが混ざっていく。
なにかが起こるような、そうでもないような、よく分からない妙な高揚感をただ楽しみながら。
俺たち二人は、海へと運ばれていく。
本日3月28日は三浦の姐さん誕生日らしいです。
27歳だとか。
……完全に娘ですわ……………年齢差が…………。とはいえ孫では無い…いや…うーん。