ポツリ、ポツリと雨の降る昼下がり。
人里で買い物を済ませ、使い込まれたとわかる傘を差し、帰路についている緑髪の現人神が一人、あるいは一柱。
東風谷早苗は何か考え事をしているようだった。それゆえにあたりで何が起こっているのか気が付いていないのだ。
すぐそこでは何者かがうごめいて、ずっと様子を見られていることに。そしてその何者かが、ずっと機をうかがっていることに。
守矢神社が近くなり、道は石畳になっていた。依然として早苗は考え事をしているようだった。
だから、すぐ近くの茂みの音も、足音も、風か、参拝客かと思って意に介さなかった。
そして、ついにそのものと早苗は対峙する。
それは、早苗が曲がり角に差し掛かった時のこと。その角をまがったところにあったのは、巨大な紫色の傘、大きな一つ目と舌だった。一つ目の唐傘お化けだ。
「きゃあっ?!」
無理もない。あまりにも急な存在に早苗は悲鳴を上げた。そして、雨で滑りやすくなっていた石畳。早苗はバランスをくずしてしまった。
さすがにこれで命を落とすことはない、が、痛いことに変わりはない。早苗は一瞬、時がゆっくりと流れていくのを感じた。それは、激痛の時までに与えられた猶予であった。
……が、早苗が頭をぶつけると思う少し前。傘の下から手が伸びた。そして、その手は早苗が頭をぶつける寸前、どうにか早苗の手をつかむことに成功した。早苗は呆気にとられたまま、傘の主はその顔をあかした。
「……小傘さん?」
「うん!いいねその驚き顔!ごちそうさま」
この唐傘お化けは、人の驚いたという感情そのものが食料なのだ。ゆえに、この妖怪が早苗を驚かすのは道理にかなっているといえる。だが、道理にかなっているといっても、それですべてが許されはしない。
早苗はだまって、しばし手元の傘を見つめていた。
だいぶガタが来ていたのだろう。先ほどの動転でその傘は折れてしまっていた。
鍛冶を得意としている小傘でも、木製となれば手に負えない。
驚かしたときの笑顔は一転して、小傘の顔は不安にまみれていた。早苗をつかんでいる小傘の手には、じんわりと汗がにじんでいた。
これはとりかえしのつかないことをしてしまったのではないか。そう思いすぐにでも離れたいと思うのだが、そうもいかない。この状況に縛られている感覚が、小傘をそこから離れさせなかった。
「あの……早苗さん?……その……」
ここで戦うことになったら、小傘の勝ちの目は限りなく小さい。しかも、この状況においてはどう考えても非があるのは小傘のほうだった
小傘は謝ることを決断していた。
早苗は小傘の視線が自分の壊れた傘に向いていることに気が付いた。
「あ……いえ、いいんです。そろそろダメかなって思っていたので」
その答えには、怒りはみじんも感じられなかった。ただ、どこかさみしいような、かなしいような雰囲気がそこにはあった。
パチ、パチと雨粒が石畳を打つ音が聞こえてきた。雨は激しさを増してきたようだ。
しかし、早苗に傘はない。
「あの……せめてものお詫びとして……お送りさせてはいただけませんか?」
自らが傘となることで、ひとまず身の安全を確保できた小傘であった。
守矢神社までの参道、ぎこちない雰囲気の中、二人は歩いていた。
「ねえ、ずっと何を考えていたの?」
「え?私ですか?」
「うん。だって私が近づいても気が付いていなかったようですし……」
「あーそれはですね……」
早苗は少し考えこんでいた。
「どうやったら守矢神社に博麗神社が勝てるかな……と考えておりまして」
「この前のロープウェイとか、お正月とか、いっぱい人がきていたじゃないですか。あれなら守矢の勝ちでもいいと思うのですけど……」
「いや……それはそうなんですが……」
少し言いにくそうな感じだった。
「博麗神社についてなんですけど……」
「博麗神社がどうかしたいのです?」
「……霊夢さんは、まぎれもなく異変解決のスペシャリストです。そして、どんな異変でも、きちんと解決して見せます。同じ巫女としても、どうも私は霊夢さんに及ばないような気がしてくるんです」
「……」
小傘は黙って聞いていた。
「あれこそが巫女としての役目であるような、そんな気がするんです。神奈子様、諏訪子様には御恩があります。お二人は気にも留めていないのだろうと思いますが、それでも……私はどこか負い目を感じてしまうのです」
「……」
「博麗の巫女として、これこそが霊夢さんのあるべき姿なのでしょう。そしてだからこそ私が霊夢さんと同じ基準に立とうなど……場違いなことなのでしょう。それでも、なぜか、どうしても私は、霊夢さんに勝ちたいと、そう思って、考えてしまうのです。それが、お二人に守矢神社の巫女として、立派な姿を見せられる、恩返しができる、ということになると思うのです」
「……そっか、それであんなに考え込んでいたんですね」
「……はい」
「まあ、確かに霊夢さんは強いです。確かに異変解決のスペシャリストです」
「……はい」
「私がいうのもその……違うような気がするんですけど……早苗さん、あきらめたほうがいいと思いますよ」
「……」
今度は早苗が黙って聞いていた。
「霊夢さんはそう超えられない。それはわたしにもうすうす感じられることです。でも、あのお二人のことを考えているのなら、霊夢さんを超える必要はないって、本当は気が付いているんじゃないですか?」
「……」
「さっき言ったように、正月やロープウェイの時、あれだけ守矢神社に人が来ていたのは、間違いなく早苗さんのおかげであるはずです。そして、神様にとって巫女さんが自分の信仰をあつめるために働いてくれたのなら、これ以上にうれしいことはないはずです」
「……そうですね」
「その……さっきの傘のことは、本当に申し訳なく思ってるんですけど……傘を大切にされるのは私にとってもうれしいことなんです。私が唐傘お化けなのもあるかもしれないけど、それなら、なおさらお二人の気持ちはわかると思うんです。神様を大切にするってことは信仰するってことに他ならないですから」
「……そうですよね」
「はい!だから、その、元気出してください。早苗さんは立派に巫女としての務めを果たせてますよ。それに、また考え込んでいたら、また驚かせに行きますからね!」
小傘の明るい励ましは、早苗の心を変えたのかもしれない。
早苗は小さく笑った。
「もう、そんなことしたら、今度は私が小傘さんを退治しますから」
「えぇ~勘弁してくださいよぉ~」
「これも巫女としての務め、ですので」
「……あはっ」
「ふふっ」
二人の間で笑みがこぼれた。
ふいに、二人は雨がやんでいることに気が付いた。
「あ、雨がやみましたね。もう傘の出番は終わりかな?」
「ええ、そのようですね。その、なんだかんだありがとうございました、小傘さん」
「いやいや、こちらこそ傘の件は本当にごめんなさい」
「いいんです。もうそろそろ使えなくなるところだったし。替えはありますから」
「その……結構使い込んでたんですね」
「はい、二年ほどは使ってましたから……」
「置き傘には注意してくださいね」
「ええ」
その言葉を最後に、小傘はかえっていった。
一方早苗は日の差し込み始めた空を眺めていた。
結局のところ、自分はどうしてこんなにも霊夢に勝ちたがっていたのか。
もしかしたら、二人の恩もこのための都合のいい理由に過ぎないのではないか。
そこまで考えて、やめた。
小傘にいってもらえた、巫女としての務めを十分果たしているという評価は、結構うれしいものだった。
そうか、それならそれでいいのかもしれない。
東風谷早苗は、ひとまず前を向いてみることに決めたのだ。
いかがでしたかね?少し書き方が変わってたりするのかな?やっぱりわからないものですね。
感想などあれば、どうぞ遠慮なくお願いします!できるだけ返信はしようと思っています
それでは、また、どこかでお会いしましょう