「ねえママ。夏休みの宿題で親の思い出についての作文書くんだけど、ママの思い出ってなあに?」
そう言って、小学4年生になった私たちの一人娘である六花は、原稿用紙を持って駆け寄ってきた。
六花と言う名前は、私と同じ雪の日に生まれた彼女に、雪の結晶のように花のように美しくあって欲しいと思い、パパとつけた名前だ。
「そうね。長くなるのだけれどいいかしら」
「うん、聞かせて!」
ここからは私の昔の物語。彼がくれたものの話。
「あれは高校入学式の日のことだったわ。私が乗っていた車が事故を起こしてしまったの。あれが彼との、パパとの出会いだったわ」
♢
20年前
私はちょうど1年前の今日、彼と出会った。
出会い方は最悪だったし出会いと言っても、彼は気を失っていたから実質、私の一方的な顔見知り程度。それに、私たちは加害者、被害者の関係であり、交わることはないと思っていた。───今日までは。
帰り道の交差点で彼を見つけた時、気づいた時には彼に話しかけていた。
「ねえ、あなた比企谷くんよね?お話したいことがあるの。だから途中まで一緒に帰らない?」
「は?お前だれ?」
彼は心底不審そうに私を見ている。それもそのはず。話したことも無い知らない異性にいきなり、話があるだの一緒に帰ろうだの言われて不審に思わない方がおかしい。
それに、この状況には私自身理解が追いついていない。なぜ話しかけてしまったのかは分からないけれど、とりあえずは自分が作ってしまったこの状況に乗るしかないだろう。
「信号変わったわよ。話は歩きながらでいいかしら」
「そもそも一緒に帰るなんて言ってないぞ」
「細かいことは気にしなくていいわ。私があなたに話があるだけだもの」
そう、私は彼に話があるのだ。さっきは無意識のうちに話しかけていたけれど、この話は私自身の意思で話さなきゃと思っている。
「いや、その話が問題なんだよ。俺なんかしたか?」
「安心していいわ。なにかしたのは私の方だから。入学式の日のこと覚えてるかしら」
「覚えてるも何も、俺は事故にあって入学式出てないからな。だから入学式のことなんか知らん」
「私が言っているのはその事故のことよ。私、あの時の車に乗っていたのよ」
「あ?乗ってたからどうしたんだ?」
彼はほんとにそれがどうしたと言う顔をしている。
「つまり私とあなたは加害者と被害者。私はそのことを謝りたいの。あの日、私が車を使っていなければあなたは事故に遭うことは無かったわ。本当にごめんなさい」
「だからなんでお前が謝るんだよ。乗ってただけなんだろ?」
乗ってただけと言っても、車を出させたのは私なのだから罪を問われるのは当然だと思う。
「いえ、でも」
「バスが事故起こしても乗客に罪は問われないだろ?それにあれは不慮の事故だ。だから気にすんな」
彼の言い回しも言い方も少し捻くれている気がするけれど、彼が言うのならいいのかもしれない。
「そう、あなたがそう言うのならそうするわ。あなた優しいのね。私は雪ノ下雪乃。よろしくね比企谷君」
「知ってるだろうけど比企谷八幡だ。もう関わることはないと思うがよろしく」
後日、ある一件で彼が私の所属する部活動に参加し、2人きりの放課後が訪れることになることを私たちはまだ知らない。
♢
私たちが、初めて会話してから早いもので、もう4ヶ月も経っていた。私には、2人で過ごす放課後の中で確かな感情が芽生えていた。短くも濃い時間だったのだし当然といえば当然かもしれない。でも、この気持ちを表す術も、伝える術も私は知らない。それに、彼も私と同じ気持ちとは限らないのだ。だからこの気持ちはその時が来るまで、そっと胸に秘めておこう。
明日のことは明日の私が、未来のことは未来の私がなんとかしてくれるだろう。以前の私なら絶対にしない考え方に少し笑えてくる。
よし、今は今のことに集中しよう。
「ここ意外とよく見えるのね。綺麗だわ」
「そうだな。潜り込んで正解だったかもしれん。にして雪ノ下になら止められると思ったんだが意外だったな」
「そうかしら?わたしも年頃なのだし少しはこういうこともしてみたくなるものよ。けれどあなたと出会ってなければこんなこと考えもしなかったでしょうけど」
私と彼は今、夜の学校に潜り込んで2人の秘密基地のような場所、奉仕部の部室に来て花火を眺めていた。
「確かに綺麗だが、ちょっとセツナイ気もするよな。夏が終わっちゃう感じがして」
「あなたも感傷に浸ることがあるのね」
彼との時間が増えてから、私の知らない彼を見ることが沢山あった。感傷に浸る彼も初めて見る彼だ。
「自分でも驚いてる。柄にもねえからな。しかしそれだけお前といるのが楽しかったんだろうな」
そう言って外に顔を向けたまま微笑む彼を見ると、私は見蕩れて何も言えないまま固まってしまった。
「なあ雪ノ下。俺ずっとお前に黙ってたことが2つある。聞いてくれるか?」
「ええ」
彼の言葉によって一瞬にして意識は現実へと引き戻された。彼の声音の深刻さにそうせざるを得なかった。
「1つ目は、俺はお前が好きだ。友達としてでは無く異性として。ずっとお前の隣に立ちたいと思ってる。返事はいい。2つ目のせいでどうせ叶わないしな」
正直驚いた。そしてとても嬉しかった。それと同時に自分に芽生えた気持ちが彼に対する好意だとわかった。でも言葉は発せない。嬉しいのに彼の放つ雰囲気が場を重くさせている。
「2つ目は、俺はこの夏が終わる前に海外に引っ越す。ずっと前から決まっていたことだ。実は俺には夢があってな。今はまだ話せないが、必ずいつか伝える。だから雪ノ下さえ良ければ待っていて欲しい。10年後の今日ここで」
一瞬にして思考が止まる。今彼はなんと言った?理解が追いつかない。しかし、そんなこととは裏腹に、いつかの交差点のように私は無意識に口を開いていた。
「私には分からないは。なぜあなたがそんな大事なことをずっと黙っていたのか。それに、未来のことは未来の私が何とかするなんて思っていたけれど、10年後なんて分からない。分からないことがとても怖い。怖くてどうしようもないの」
「黙っていたことは悪かった。でもお前といると、一緒にいればいるほど切り出すのが辛くて。この時間が壊れるのが怖くて。俺にとってはそれくらいお前との時間が大切だからどうしても言えなかった。それに怖いのは当たり前だ。俺だって怖いさ。知らないことは、分からないことは酷く怖い。だから俺たちは知ってもらうんじゃなくて互いに知ろうとして歩み寄った。でもそれゆえの信頼ならあると俺は思う。だから待っていてくれないか?」
「少し考えさせてちょうだい」
今はそう答えることしか出来ない。
今日はその言葉を最後に学校を後にした。二人の間には終始会話はない。しかし、花火の喧騒が耳にと届くことは無かった。それほどに混乱していたのだ。
気がつくと家のソファーに座っていた。時計を見ると午後10時。何時に家に着いたかは定かではないけれど、長い間ぼうっとしてたことに変わりはない。
さては私はどうすればいいのだろうか。彼を信じたい。でも自信がない。彼の居ない10年なんて永劫のように感じるだろう。きっと耐えられない。自分の気持ちに気付いたばかりなのだ。それを永劫に放り込むようなマネはしたくない。大事に育てていきたい。
ではどうすればそうできるのだろうか。
私は考えて考えて考え続けた。そして、1つの結論を出した。この答えが正解か不正解かは分からない。でもきっとぶつかればわかる。彼の本物に近づける気がする。
私が今まで本物だと思っていた関係はきっと偽物ではないにしても、不完全なものだった。それを完全にするには、例え遠くに行ってしまうのだとしてもぶつかるしかないのだ。
きっと本物よりも、本物になろうとする意志の方が価値があるのだろう。そう信じて、私は彼に私の本音をぶつける覚悟をした。
♢
夏休み終了まで残り5日。今日は彼が旅立つ日。
「ねえ比企谷君。最後にあそこに行かない?」
「そうだな。別れの場所にはちょうどいいかもしれん」
いつかの日のように、学校に潜り込み、部室までやってきた。
空は一部が暗くなり始めたが、まだ綺麗な夕焼けだ。
「ここは私たちの秘密基地のような場所になっていたわね。何度も言ったけれど、本当は行かないで欲しいわ。でも、あなたの決断だから私は応援する。私はあなたが頑張っているのを想像して、私自身の夢を見つけて実現するわ。だからまた会えた時はあなたの叶えた夢について聞かせてちょうだいね」
「ああ。もちろんだ。最後まで気使わせて悪かったな。あの交差点で会話を初めて交わした瞬間から今まですげえ楽しかったよ。最後は喧嘩しちまったけどな。でもお前がぶつかってきてくれてお前の気持ちを聞けて良かった。ありがとな雪ノ下。」
そこからしばらくは会話はない。ただお互いの存在を確認し合うように、思い出に刻み込むように時間を過ごした。
こんな沈黙さえも心地良いのは、これまでもこれからも彼だけだろう。
「もう月が出てるな。星もよく見える」
「そうね。ここで夜空を見るのは2回目だわ」
ふと彼の横顔を見た時一滴の涙が彼の頬をつたった。彼はきっと気づいていないだろう。そして私はこの涙を一生忘れないだろう。
「よし、そろそろ行くか。もう少し居たら決心が鈍っちまう」
「そう…。気をつけて行ってらっしゃい。元気でね」
「ああ。雪ノ下もな」
最後の言葉はとても簡素なもの。しかし彼と私の間には充分過ぎるほどの言葉だ。
私は溢れだしそうになる感情を押し殺し、最大限の笑顔で彼を見送った。
一瞬彼の目が見開かれたのは気のせいではないだろう。先程の彼のように、気づかずに涙が溢れたのかもしれない。
それでも私と彼は、最高の涙をこらえた笑顔でさよならと言った。
君との夏の終わり、将来を語ったあの日のこと。部室で見たセツナイ花火。出会いはふとした瞬間だったけれど、全てが最高の思い出
10年後の8月また出会えるのを信じて
♢
「それでそれで?ママはパパと再会できたの?」
「ええ、もちろんよ。そうでなければあなたはいまここにいないわよ」
「確かに!」
「パパとさよならしてから10年後のあの日に、夕方部室に忍び込んだの。そしたら、パパはもうそこに居たわ。そこからはお互い10年間の空白を埋めるように沢山話したわ。パパが外資系の出版社で翻訳家をやっていることや、私が父の建設業を継いだこととかたくさんね。そして1年半後にあなたが生まれたの。私の思い出はこんな感じね」
「ありがとママ!クラスで1番の作文書けそう!」
「それなら良かったわ」
「じゃあ書いてくるね」
そう言って六花は自室に戻っていき、入れ替わりで当時の彼、私の大切な家族の1人のパパが出てきた。
「お疲れ様。仕事は終わったのかしらパパ?」
「雪乃、2人の時は」
「そうだったわね八幡」
「六花とはなんの話をしてたんだ?」
「あら、聞こえていたの?」
「まあな」
「昔話よ。私たちの」
「そうか。俺たちの最高の思い出だな」
そう、あの短くも濃い時間の全てが楽しくも儚い、悲しくも尊い、2人の最高の思い出なのだ。
了
初めまして。ありすと申します。
ふと、ある時突然あの花のタイトルについて考えていた時、君がくれたものを思い出し、曲にできるだけそわせて書いてみました。初めて書いたので色々と変なところがあったかもしれませんが、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございす。実の所を言うと、内容をすごく濃くして、長編くらいになったらなあとか考えてたんですが、初心者の初の字もつかないような私には厳しかったです。
話は変わりますが、みなさんはあの花のタイトル『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』にはどうのような意味が込められていると思いますか?私は、あの花とは形は存在しないじんたんたちの青春のことで、形は存在しないけど、確かにそこにあるものとしてあの花と表現されているんだと思います。そしてそれこそがめんまなのではと思います。めんまは死してもなおじんたんの前に現れ、最終的には幼少期仲の良かったみんなを集めた。彼らの青春の権化のような存在ではないかと思います。そして名前まだ知らないというのは、具体的な名詞のない青春だからこそのタイトルだと私は思っています。
他にも、四月は君の嘘、神様になった日などタイトルで考察できるものが沢山あって面白いですよね。特に神様になった日は号泣ものかと。
長々とすいません。
では私はここで。ご精読ありがとうございました。