「ロクでなしの紅炎公(憑依)」
https://syosetu.org/novel/172107/
の主人公が登場します。もう大分前にエタってしまった作品ですが、こっちもよろしくお願いします。
その日は珍しく、私とリィエルがコンビとなっての任務だった。いつも彼女の面倒を任せているグレンもセラも、どうしても空かなかったのだ。
(改めて間近で見たけど、やっぱりリィエルって強いわ。真正面からのバカ正直な戦闘に関しては、特務分室で随一と言っていいわね)
その容姿と態度からは、とても想像できない剛力。私としても、二度と模擬戦であれこの娘と刃を交えるなんて真っ平御免だ。
「イヴ、どうかしたの?」
「何でもないわ。貴女がとても頼りなると、そう思っただけよ」
「そう」
私とリィエルは任務を終えて、今は帰りの汽車の個室で過ごしている。彼女を膝の上に乗せて髪を手で梳いてあげているだけで、心が凄い落ち着く。リィエルが嫌がる様子もないし、しばらくこのまま。
「ところで、その服よく似合っているわね。セラから?」
「ん」
白地に青いボーダー柄のワンピースに、紺に近い青い上着。そして今は横に置いている麦わら帽子を被れば、無表情だけどどこか爽やかな印象を受ける。
(流石セラ。いいセンスしてるわね)
どうせならセラとリィエルと一緒に買い物とかしたかったけど、そういう時間を抽出するのは本当に難しいから仕方ない。
そうやってリィエルを愛でて時間を潰していると、唐突に何かがズレるような感覚を覚えた。
「リィエル」
「ん」
彼女を膝から降ろし、僅かに腰を浮かす。いつの間にか個室にいた筈の私達は、気色悪い肉塊に覆われた向かい合わせの座席に座っていた。
(私もリィエルも気づかない内に、転移?………というか、この肉塊も気になるけどこの汽車の内装ってこんなんだっけ?)
床は板張りで座席も木材製。この状況で何故かぐっすり眠っている乗客らの服も、アルザーノ帝国では希少とさえ言える和服の人が多い。まるで、別の国に飛ばされでもしたみたいだ。
「さて、状況がよく分からないけど………」
とりあえず、乗客の安全確保にでも動こうか。手分けした方がいいかもしれないけど、既に後手に回ってしまっている。固まって動くべきだろう。
そう考えて立ち上がり、肉塊から伸びてきた触手を振り払おうとした瞬間ーーー炎のような剣閃が、それを斬り捨てた。
「鬼の血鬼術から自力で目を覚ます市民がいるとは。よもや、よもやだ」
炎を象る羽織を肩に掛け、その手に握る刀には悪鬼滅殺の四文字。派手な髪色をした男性は、どこを見ているか分かりにくい瞳を私達に向ける。
「何がどうなっているか分からず、不安になるだろう。だが、安心して欲しい!必ず俺が………俺たち鬼殺隊が、君たちを守る!!」
そう言うと男性は、目にも留まらぬ………あ、嘘。何となく目で終えたわ。とにかく、彼は凄まじい速度で駆けていった。
「………………………いや、いやいや。まさか」
仮に、そうだとして。やはり何がどうしてこうなったのか、さっぱり原因が分からない。
「ねぇ、イヴ。さっきの人、イヴと同じ技を使ってた………知り合い?」
「強いて言うなら、一方的に知ってるだけよ」
リィエルを抱え上げ、なるべく隅の方に寄る。何もしなくていいのか若干の不安があるけど、まぁ彼らがいるなら何もしなくても大丈夫だろう。
「どうするの?」
「一先ず、さっきの人に任せるわ。どうしようない様子だったら、助けてあげましょう」
「ん。分かった」
「し、死ぬかと思ったわ………」
電車やら汽車やらの脱線事故って本当に怖いんだな。空中に放り出された瞬間は、思わず心臓が竦むような感覚を覚えた。馬車はそれなりに利用するから、脱輪しないように定期的に確認するようにしよう。今、決めた。
「イヴ、大丈夫?」
「えぇ、平気よ。少し驚いただけだから」
かなり勢いのある脱線だったが、脱線の初動から予想した程ではなかった。流石というかなんというか、列車を斬らずによく相殺なんて出来たと感心する。
「リィエル、ちょっと向こうで人助けしてなさい。魔術を使っちゃ駄目よ。それから、名前を出さないこと」
「ん。イヴは?」
「私?適当に恩でも売ってくるわ」
列車を挟んだ反対側から響く戦闘音に意識を向けて、私はその方向に歩き出した。
〈竈門炭治郎〉
煉獄さんが突如として現れた上弦の参・猗窩座と対峙して、一体どれだけの時間が過ぎただろう。
戦わないといけないことが分かっているのに、体がまるで動かない。ヒノカミ神楽の反動があるせいだけど、それがなかったとしても………どれだけ、俺が煉獄さんの助けになれるのか。
片目を潰されてそれ以外にも傷があるからか、煉獄さんから漂う血の匂いは濃くなる一方。やがて煉獄さんは刀を肩に乗せるような構えをして、それに応えるように猗窩座の足元に光る羅針盤が輝きを増す。
それを見て固唾を呑むしかなかった、そんな時だった。
「この刀、貴方の?」
「え?」
俺の眼前に、俺の日輪刀が差し出された。伊之助じゃない。伊之助は俺の横にずっといたし、何より声が女性のものだった。
首を動かして、どうにか女性を視界に入れる。
真っ赤な髪に髪飾りを付けた、若い人だった。瞳の色は………なんだろう、胡蝶さんにどこか似ている気がする。異国の雰囲気がある白地に真っ赤な模様のある服を着ていて、俺の日輪刀の刃を器用に挟む方とは逆の手には、閉じたままの傘が握られている。
「あ、ありがとうございます。だけど、ここは危険だから離れて下さい」
言って差し出された日輪刀の柄を掴もうとするけど、まだヒノカミ神楽の反動から回復しきっていない。腕が思うように持ち上がらない。
「………全く」
呆れたような声が耳に届いた直後、ぐいっと体を持ち上げられた。
「ほら、そこの猪頭。お仲間なんでしょ?しっかり支えてやりなさい」
そして伊之助に俺を預けたかと思えば、俺の日輪刀の柄を片手で握った。それから傘を投げ捨て、煉獄さんの方へと歩き出す。
彼女が何をしようとしているのか、この状況で分からないほど俺は馬鹿じゃない。だから必死に女性を止めようと声を出す。
「だ、駄目だ!お願いだから、離れて下さい!!そんなことをすれば、大怪我じゃ済まない!!」
「大丈夫。私、それなりに強いから………だから」
その人は俺と視線を合わせると、こう言った。
「少しだけ、貴方の刀を借りるわね」
構えを取っていた煉獄さんと猗窩座の姿が消え、同じように女性の姿も消える寸前に、俺は確かに見たんだ。
ーーー俺の黒い日輪刀の刀身が、赫く染まるのを。
どうにか呼吸法は再現できた私だが、日輪刀の再現は出来なかった。する余裕がなかったということもあるが、それよりも日輪刀の素材やら材質やらが分からなかったからだ。
(という訳で。やってみたかったこと、幾つかまとめてやるわ)
竈門炭治郎の黒い日輪刀を、力強く握りしめる。そして普段から使う炎の呼吸から、別の呼吸に切り替える。模すのは神楽という形として遺された、最強の御業。
何となく目の前がチカチカとしているような気がするけど………まぁ、多少の問題しかない。大丈夫。
「ヒノカミ神楽、“円舞”」
円を描くように刀を振るい、煉獄杏寿郎の鳩尾を貫く筈だった猗窩座の腕を斬り飛ばす。そして刀を水平に持ち直し、腰の捻りを利用して先程に見たばかりの技を繰り出した。
「ヒノカミ神楽、“碧羅の天”」
再生中だった猗窩座の胸の傷を、上塗りするように赫刀で斬り裂いた。腕とそこの再生が、目に見えて遅くなる。
猗窩座は驚愕からかそれとも動揺したからか、表情を崩して後方へと飛び退く。当然、追い打ちをしようとしたけど………。
(………反動が、ちょっとキツイかな)
なるほど、竈門炭治郎が未だ満足に動けない理由はこれか。普段は使わない呼吸への切り替え、強過ぎる技の反動。これは仕方ない。私もこれ以上、ヒノカミ神楽を使おうとは思わない。
再び、呼吸を切り替える。ヒノカミ神楽から炎の呼吸へ。
「炎の呼吸、壱の型“不知火”」
猗窩座の懐に飛び込み、首に刀を振り抜く。
「何のつもりだ、女!俺と杏寿郎の戦いを邪魔するな!!」
「だったら、押し退ければいいじゃない。やれるなら、だけど」
炎の呼吸の型を繰り出すが、猗窩座は避けるだけで反撃してくる様子はない。そうこうしている内に夜明けが近づき、猗窩座は悔しそうに煉獄杏寿郎を一瞥し、陽光から逃げるように森の中へと姿を消した。
「………君は、列車の中にいた。鬼殺隊、だったのか?」
「うん?無理に動かない方がいいわよ、貴方。上弦の参を追撃する余裕もないんでしょう」
煉獄杏寿郎は酷い負傷をしているが、死に至る程のものはない。あれなら呼吸で止血すれば、まぁ大丈夫だろう。
「煉獄さん!」「ギョロギョロ目ン玉!!」
声のした方向を向けば、嘴平伊之助に支えられながら竈門炭治郎が煉獄杏寿郎に駆け寄っていく。
投げ捨てた傘を拾い、竈門炭治郎らに近づく。そして竈門炭治郎の日輪刀を、彼の鞘に滑り込ませた。
「さて。全員、無事ね。出血死しないように、ちゃんと止血しておくように。あと、猪頭じゃない方の貴方。刀を借りちゃって悪かったわね」
「あ、いえ。俺こそ煉獄さんを助けてくれて、ありがとうございます………俺は階級・癸、竈門炭治郎です!」
「いいのよ、別に。困ったときはお互い様っていうし。それじゃ、私はこれで」
「待ってくれ。君に、礼がしたい。すぐにでも、隠………鬼殺隊の者が到着する。ここに、いては貰えないだろうか」
リィエルを迎えに行こうとした私を、煉獄杏寿郎が呼び止める。
「必要ないわよ、礼なんて。目の前で当たり前みたいに命を投げ出されるのは、ちょっと寝覚めが悪いから」
何でこう、どいつもこいつも。命を大事にするっていう、当たり前のことが出来ない。柱としての責任感も、行き過ぎれば………いや、私が言っても仕方ない。
「さよなら。また、縁があれば会いましょう」
救助活動も一区切り付いたらしいリィエルを拾い、猗窩座が逃げた方向とは逆に駆け出した。
「次はどうするの、イヴ」
「そうねぇ」
やるべきことは幾つもある。最優先事項は、元の世界への帰還方法。最悪、向こうとの連絡手段だけでも確立しなければ。
「とりあえず、上の鴉を撒きましょうか」
「そうかい。後を追うことは、叶わなかったんだね」
膝の上に横たわる鴉を、労りの想いを込めて優しく撫でる。出来れば行方を知りたかったが、去った方角が分かっていること。それから意図的に鴉を撒いたことから、鬼殺隊の情報を少なからず持っていること。
「鬼に………鬼舞辻無惨に彼女らが捕まる前に、保護する必要がある」
その最大の理由は、先に挙げた二つのどちらでもない。
赫刀。それは鬼殺隊の歴史の中でも、たった一人の日輪刀にしか現れなかった、特別なもの。戦国時代の鬼殺隊の剣士たちに、呼吸法を授けた言わば呼吸の始祖、あるいは開祖。
その者だけの刀が、赫く染まったと言い伝えられている。
(聞き出さなければ)
勘が言っている。決して選ばれた者のみが、日輪刀を赫く染める訳ではないと。ならば。
「必ず、鬼舞辻無惨よりも先に見つけ出すんだ」
鬼殺隊を代々束ね続けてきた産屋敷家の今代当主・産屋敷輝夜は、緊急の柱合会議を開くために柱を招集した。
「………忌々しい」
赫く染まる日輪刀で振るわれた、かつて我が身を刻んだ剣技。千年前のあの化け物を彷彿とさせるそれは、確かに根絶させた筈だというのに。
「何故、その使い手が今更になって現れる」
しかも、同じ時代に二人。神など存在しないことはとうの昔に知っているが、運命めいた………などと、馬鹿げた表現が頭に浮かぶ。
「さて………」
鬼舞辻無惨は女の持っていた日輪刀が、竈門炭治郎の物であることに気づいていた。そこから、鬼舞辻無惨はある一つの事実に思い至る。
(鬼狩り共の刃は、意図的に赫く染めることが出来るのか)
あの化け物にのみ、許された色ではない。既に首の弱点など克服して久しいが、赤毛の女を放置し鬼狩りと合流させ、鬼狩りらの戦力増強という結果を招く訳にはいかない。
とはいえ、仮にも赫刀使い。並の鬼では返り討ちとなるだろう。故に鬼舞辻無惨は、戦国時代から十二鬼月最強で在り続ける鬼に命じた。
「赫い日輪刀を持つ者が現れた。見つけて、私の前に連れて来い」
ーーー御意。
胸の内にかつての憎悪を僅かながらにも呼び起こし、上弦の壱が動き出す。