宇宙(そら)に掲ぐ旗の名は   作:c.m.

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※20261/20誤字修正。
 結城藍人さま、プータさま、物数寄のほねさま、ご報告ありがとうございます!


83 逃げ場なき戦場

 引き締まった体に、ぴったりと軍服を張り付けた屈強な軍曹が怒声を上げて急かし続け、兵士は「もっとたらふく食え」とばかりに弾薬を運び、砲兵は途切れなくドラムを連打するように、砲音を響かせ続けている。

 

 戦争というものは、時間が経つと共にサバイバルの至上命令が鈍りがちだ。

 

 しかし、強大な敵が現れた時、その敵が自分達を許さないと理解できた時、莫大な資金力を教育に割ける国家の軍隊は一気に化ける。

 公国軍は無意味な戦線の伸長を避け、万全の補給と共に、制圧した大地で敵地を学び続けたが、地球という『環境』を熟知した連邦地上軍にとっても、公国軍が占領地で引き籠っているという戦況は──たとえマスドライバー攻撃の猛威が途切れない状況だったとしても──歓迎すべき事態だった。

 

連邦地上軍(わがほう)と公国の差は、国力でなく技術力に依存していたからな”

 

 そこを弁えていたからこそ、公国は『失敗しない』戦略を採り続けて来た。

 地球全土を侵略し得る、物量という名の人的資源が育ち切るか、或いは一撃で頸動脈と言わず、首そのものを切断して見せるだけの兵器が生まれるまで、資源を確保しつつ敵地で籠城を続けるしかなかったからだ。

 

“圧倒的技術優位()()()()からこそ、()()()()()()()外征軍という矛盾が生まれる”

 

 なればこそ、敵の技術を学び、追い抜くことが出来た時、連邦は勝利の日の目を見る。

 今や連邦軍は、戦前の堕落した官僚主義から脱却した。

 非常に良く組織され、統制が取れ、武器が行き渡り、サディスティックな程に容赦がなく、死を恐れぬ精強な軍隊へと転生を果たした。

 とはいえ、それだけで勝てるかと問われれば「そこまで戦争が甘い代物なら、名将・愚将など存在しない」と連邦地上軍()()、イーサン・ライヤーは断言しただろう。

 精強無比の軍隊に刷新する上で、抜本的な組織・人事改革の大鉈が振るわれた結果、大多数の将官・佐官が予備役に回るか更迭され、より実戦的な人間に昇進と権限が回ってきた。

 

 ライヤー自身、そうした人事改革の恩恵を受けた一人だ。

 

 戦前の階級は大佐の階級を帯びるに過ぎなかった──巨人とさえ称される連邦軍にあって、佐官など英雄でもなければ無名に等しい──が、今や北米奪還の大任を与えられた総司令官である。

 しかし、それだけの軍事的才幹を見出されたライヤーをして、公国軍はおよそ信じ難い軍事的成功を修めてきた強国だと認めている。

 なりふり構わず潰して良いなら、南極条約を無視して五月雨の如く核ミサイルを北米に降らせてやりたいが、それはできない。人道的措置だの順法精神などといった道義的な代物ではなく『政治的動機』がライヤーに歯止めをかけていた。

 

「HLVは何機上がったか?」

「報告では六機、全機撃墜しました」

 

 報告に対し、「見事だ」と褒め称えることも「思った以上に少なかったな」と漏らすこともしなかった。

 公国北米方面軍が知っているかは定かでないが、今や宇宙(そら)()()と化している。たとえ上に逃げ遂せたとしても、月から回収できるだけの余裕はない。

 それが解らぬまま逃げて()()()()北米の奪還自体は楽だっただろうが、それではライヤーの……より正確には連邦軍の戦略目標は達成し得ない。

 

“ガルマ・ザビだけは、捕虜にする必要があるからな”

 

 だからこそ、希望的観測など軍人には忌むべき思考だと自覚していても、ライヤーは願うのだ。HLVの全機撃墜という()()を決行し、成功させたこと。その真意に気付ける程度には、ガルシア・ロメオが噂通りの名将であってくれと。

 

 宇宙への脱出口は存在しない──そう信じさせれば、それでいい。

 

 混乱は地上に留まる。それだけで作戦は前進する。

 

「次も同様に落とせ。資源は惜しむな」

 

 非効率? 構わない。これは撃墜ではなく封鎖である。

 但し、必要としている身柄はガルマだけだ。

 呵責も逡巡も彼岸に追いやり、残る全ては殺し尽くす。

 土台、戦争──勝利と死をもたらす為に、進軍させているのだから。

 

「始め斯く在りし如く、終わりまで続けかし……」

 

 一九四四年六月一二日、ノルマンディー上陸に際し、ウィンストン・S・チャーチルがモントゴメリーの署名帳に記した文を諳んじたのは、ある種の諧謔であり、誰かの応えなど求めてはいなかった。しかし、副官は随分と学のある男だったらしい。

 

「『しかして、斯くあらん!』ですな」

 

 チャーチルの文の下に記した、スマッツ英軍大将が認めた文を間髪入れずに返して、にやりと口元に弧を描いて見せている。

 

「そうだ。戦いとは、攻勢をしかける事とは即ちそこだ」

 

 足を止めるな、突き進め。それを命じ切ってこそ、指揮官は勝利を掴めるのだから。

 

「前進を継続する。補給は追いつかせろ。止まった部隊は置いていけ」

 

 冷酷な命令だった。だが、それを下さねば勝てないという現実も、ライヤーは理解できていた。

 

“止まった瞬間、この戦争は終わる”

 

 ──少なくとも、イーサン・ライヤーの戦争は。

 

 

     ◇

 

 

(おそらくは、と頭に付くが)北米奪還を目的とした、連邦地上軍の大規模反攻作戦に対し、突撃機動軍北米方面司令部は蜂の巣を突いた騒ぎ……にはならない。

 戦争とは集合知がぶつかり合う対人戦である以上、常に出方を伺い、読み合い、いざ好機となれば、或いは『最も優位となった時』にこそ、攻勢側は自分でタイミングを決めて動く。

 故、敵の攻勢という奇襲を受けざるを得ない北米方面軍は、常に連邦地上軍の大規模反攻作戦があるものと心得、兆候を探り、これを迎え撃てるだけの準備に余念がなかった。

 それでも尚、参謀将校は慌ただしく駆け回り、通信士官はコンソールを動かして戦況を伝え、ガルシアは途切れなく指示を飛ばし続けている。

 通信は断続的で、入電は遅れ、しかも内容が食い違う。

 ある方面では「敵は中規模」と報告され、別の方面では「戦線崩壊寸前」と叫んでいる。

 どちらが正しいかは分からない。いや、おそらく両方とも部分的に正しい。

 だからこそ、判断が難しかった。

 

“控えめに言って、事態は最悪の手前だな”

 

 自分達の脱出先である筈の宇宙(そら)から、()()塗装されたHLVが複数機、予告なく降り注いだが、それは一切の通信手段が用意できなくなった時、『宇宙(そら)には上がるな』と伝えるための緊急連絡手段であり、月面もソロモンも、ア・バオア・クーさえも動けなくなっているという事を意味していた。

 それでも最悪の()()と称し、余裕を抱けるのは、HLVが白……即ち、『軍規に基づき降伏・武装解除せよ』

 もしくは黒の『本国失陥につき、残党勢力を組織せよ』のいずれでもなかった点に尽きる。

 

 この二つのいずれかがキャリフォルニア・ベースに落ちたとすれば、ギレン、イワン両名の死は確定だ。公国軍の士気崩壊は避けられない。

 たとえガルシアが己を大将軍と誇り、将兵の崇敬を勝ち得ていても、先の二名を喪った上で、連邦相手に逆転できると将兵を信じ込ませるには足りないと弁えている。

 言い換えれば、だ。

 

「案ずるな! 総帥閣下もヨーク長官も健在であらせられるッ! 各部隊は戦線に拘泥せず後退させ、敵を誘引すべく通達! 然れば我が方は敵に対して小規模包囲殲滅を図り、一掃も可能だ!」

 

 語気を強めての下知は出任せではない。各MSに配備された、ムサイ級軽巡の主砲にさえ匹敵するビーム・バズーカは、ミノフスキー博士がエネルギーCAPを完成させたことによって出力を安定させると共に、量産体制を確立させている。

 型落ち同然の高機動型ザクⅡであったとしても、武装については一級だ。たとえルナ・チタニウム製の装甲で保護されたMS(モビルスーツ)相手でも、これを防げる道理はなし。

 MS(モビルスーツ)運用についても、操縦士(パイロット)の質についても一日の長がある公国にしてみれば、この重武装で纏めて叩き潰せれば十二分に勝機はある。

 

“とはいえ、こっちがしたいことなんぞ、連邦とて百も承知だろうがな”

 

 だからこそ、と言うべきか。アジア・オーストラリア・南米から地平線まで続くほどの大規模艦隊から発艦された艦載飛行隊が雲霞の如く北米に向けて飛び立ち、航空優勢を確保すべく押し寄せている。

 ミノフスキー粒子によって戦場は一変し、既存兵器を掃討する役を負ったMS(モビルスーツ)だが、それでも重力下の空までは制するに至っていない。

 大気圏の……、宇宙(そら)より低い空で雌雄を決するのは、未だ航空機による決着でしか果たし得ない上、宇宙のように敵を一掃して制空権を確保・維持するのは難しい。

 航空()()と言う言葉が示す通り、あくまで『一時的な優位』を得られるというだけで、空という『頭上』は常に奪い合いが続いていく。

 

「各基地との回線状況は?」

「……安定しているとは言えません。第三・第七は完全断、第四二は断続接続。内容も錯綜しています」

 

 完璧な状況図は得られない。戦場の霧は何処までも濃いが、不完全なまま決断を迫られるのが指揮官だ。報告を受けたガルシアは、舌打ちを堪えた。指呼の距離に連絡将校が立っていた為、苛立ちを悟られる訳には行かなかったからである。

 

「……閣下、ご無礼」

「構わん。何用か?」

 

 コンソールを視界に収めたまま、しかし書類を手にしてきた連絡将校を無下にするでもなく続きを促す。

 状況は苦しいが、最後の手段である核を使用させてくれと各基地の司令官が泣きつくまでには至っていない筈だ。

 或いは、アプサラスを出せと嘆願してきたか? いや、あれはあくまで攻勢において真価を発揮する戦略兵器であるし、未だ全容を把握しているのは開発スタッフとガルシアぐらいの物である。

 この状況下で、北米司令長官直々の裁決を仰ぐ必要など何処に……。

 

“いや、欧州への応援要請があったか”

 

 形式に則るならば、真っ先に行うべきことに手を付けなかったのは、何もマ・クベに頭を下げるのは癪だから、という子供じみた理由でない。

 北米に反攻作戦を実施しておきながら、欧州を抑え付けない、という愚を連邦が侵すことは有り得ない。

 公国軍参謀本部の兵棋演習でも、連邦側が地上戦で勝ちを得るなら、欧州の援軍を阻みつつ北米に主力を向けて……というのが、公国・連邦双方で演習を行った際の必勝である。

 逆に北米を抑えて欧州に……ということとなると、南極条約違を行わない──核・化学兵器を使用しない──限り、連邦地上軍は敗退ないし全滅した。

 ガルシア、マ・クべを筆頭に、この結果は演習に参加した突撃機動軍の将官・佐官全員が講評に入り、喧々諤々の議論を交わしながら行ったものである。

 つまり、援軍要請など求めるまでもなく、マ・クベは機を見て欧州から北米に援軍を派遣するだろうし──認めるのは癪だが──何にも増してマ・クベは生粋の実利主義(プラグマティスト)であり、有能な軍官僚だ。

 ガルシアの側から乞わずとも、状況を推移させて兵を寄こすことは確信している。

 敢えて危険を冒してまで兵を割いて嘆願書を運ばせる意味は見いだせなかったが、そうした上の視点と、下の視点は違うという事は、らしくもなく北米で勤勉であっただけに理解できるようになってもいた。

 自分達は見捨てられない。窮地に必ず戦友は来てくれるし、上官はその為に動いてくれている筈だという『安心感』を欲する心理の重要性というものは、ガルシアも納得できるものだったからだ。

 

 相分かった、と、本当ならば一兵とて無駄にしたくないという本音を飲み下しながら、サインをしようとして、手を止めた。

 応援要請の嘆願どころか、軍務にまつわる代物ですらない。何であれば、今この場で破り捨ててしまいたくなる衝動に駆られつつ、部下の手前、声を押し殺して問うた。

 

「……こいつら、状況を理解しておるのか?」

 

 或いは、こちらの伝令の説明が足りなかったのか? という疑念を隠しもせず表情に張り付けたガルシアに対し、連絡将校は苦虫を噛むような表情であったし、応えの声にも忸怩たる思いが籠っていた。

 

「……北米有力者らは、リスクを承知の上で戦地から抜け出したいと」

 

 だから宇宙港まで護衛をつけろ。HLVも回し、その為の人員も割け。

 最初からそう言う『契約』だったのだから、文句は言わせないという北米人の要求は尤もだ。だが、純軍事的に見てのことばかりでなく、現時点での脱出そのものが自殺同然の要求だと承知しているのなら、阿呆以外の何物でもない。

 北米方面軍は──そのような義理はないにも拘らず──懇切丁寧に現状を伝えてやった筈で、その上で宇宙に上げろと?

 

“……頭が痛いが、馬鹿共のせいで無用な時間を取るのも煩わしいな”

 

 いっそ北米人共は問答無用で詰め込んでから、打ち上げてしまうのが手っ取り早そうだという悪魔の囁きが脳裏に響く。

 ガルシアでなくとも、人道を実利が上回る手合いならば容赦なく実行しただろうが、同時に怪物(イワン)ならどうするか? という計算が、怪物の(きざはし)に足をかけたと自負するガルシアの脳を動かす。

 

「……作業用に改修したMSを稼働状態でHLVに積んだ上で、六機打ち上げろ。北米人に見せつけた上でな」

 

 碌な統制も取れず、合流もまばらな避難民を詰めて打ち上げるぐらいなら、廃棄寸前の作業機をデコイにして敵の出方を伺う。仮に一機でも撃墜された日には、シェルターなりなんなりに籠もる方を選択するだろうし、キャリフォルニア・ベースが戦前から維持していた、核戦争用のシェルターに誘導するとでも告げれば北米人に恩も売れる。

 宇宙港に行列を作らせるより、最初から防衛に詰めている軍人達と同じ場所にいた方が生存率も高まるだろう。

 

“北米人自体はどうでも良いが、『戦後』を見据えるのは重要であるし、何よりそちらの方が負担は少ないからな”

 

 かくして命令を出した後、出方を窺うこと数刻。HLVの発進と、全機撃墜の報が間を置かずして届いたことに、ガルシアは微かに目を見開いた。

 

“航空優勢を取られた訳でもなく、HLVが全機撃墜?”

 

 防空要員が無能だった訳でも、各種システムや機材が不調だったのでもない。圧倒的な、それこそ空を覆わんばかりの無誘導ミサイルによってHLVが残さず墜とされたという事実。

 正しく波涛と称すべき連邦軍の物量戦による暴力を受けた訳だが、「ちょっと待て」と惜しげもなく残り少ない本国産の葉巻に火を点けた。

 赤のHLVが届いた(おちた)時点で、宇宙港の価値は著しく下がったことから、半数以上の防衛戦力を他に回したのはガルシア自身の決定だ。

 脱出用のHLVが墜とされること自体は織り込み済みだったし、わざとらしくデコイになるだけの細工もした。

 だとしても、連邦軍が大規模攻勢をかけて間を置かない内から、採算を度外視してまで躍起になってHLVを落とす必要があるか? と問われれば否だ。

 宇宙という逃げ道を塞いだのは、他ならぬ連邦軍の筈なのだから。

 

“仮定その一、宇宙に蓋がされたのは連邦軍側によるものでなく、本国の不慮の事態を察知し、結果的に連邦が機に乗じて攻勢を仕掛けたに過ぎない”

 

 この過程は即時却下した。ミノフスキー粒子が蔓延した宇宙において、そこまで即興的な動きが取れる訳がない。

 赤のHLVは大気圏内で燃え尽きた残骸も多くあるだけに、間違いなく宇宙は宇宙で手一杯と見ていい。

 

“仮定その二、これは純軍事的な攻撃という訳でなく、連邦からの軍事的ないしは、政治的メッセージである”

 

 間違いなく正答はこちらだろう。

 宇宙へは逃がさない。連邦(こちら)は万難を排し、どれだけの資源を浪費してでも、HLVは確実に潰すという『意思表示』と『駆け引き』が見える。

 

「成程、成程成程……」

「閣下?」

 

 待て、或いは少し黙れと手で連絡将校を制し、葉巻を吹かしながら司令室をぐるぐると回る。とはいえ長考に入った訳ではない。所要時間としては、それこそ一分未満といったところだ。

 

「俺、ガルマ殿下、マーセナス家の誰か。或いは全員が()()()のだな?」

 

 だからこそ、核や化学兵器を大規模侵攻でも使用せず、お行儀の良い真っ向勝負を仕掛けたのだろう。

 

“だからこそ、北米人共は逃げ切ってこっちに要求するだけの『余裕』があった訳だ”

 

 逃げに徹する連中の中に、ガルマやマーセナス一族が紛れていては不味いから。純軍事的勝利より、政治的成果を望んでいるというのなら──。

 

「──これは、俺が勝てば良い()()の戦いという訳だ!」

 

 ガルシアは驕る。何故なら敵はルール無用の盤外試合を実行できない。

 ならば自分に勝てるものかと大声で叫び、その自信が『初の防衛戦』という事態に、焦燥と不安の二重奏を脳裏の一角に低く響かせていた司令部を鼓舞した。

 

 そうだ、自分達にはガルシア・ロメオが付いている! 綺羅星の如き将星の一角。我らが北米方面軍司令長官に、できなかったことなどなかったではないか!

 参謀らの表情は豪語の息吹によって色めき立ち、一瞬で平時の活気を取り戻していた。弁舌が虚勢と見做されず、諸将を従えて見せることができている時点で、ガルシアは既にひと角の帥たる資質を努力によって培うことができていた。

 

 ただ、現実的側面を語るなら、ガルシアの指揮は決して流麗な凱歌を作曲し得るものでも、一刀の下に乱麻を断つが如き、速さと鋭さを兼ね備えたものでもなかった。

 北米の激務で磨かれた、戦前から幕僚教育を受けてきた正規の将官と言えども、その能力自体は歴史に名を刻む類でなかったのだから当然だろう。

 

 しかしだ。純粋な能力はともかくとしても、ガルシアの側には利があった。

 北米方面軍全体の戦力は、欧州のそれと比すれば劣るものの、事前に配置された佐官級の基地司令官らは、ガルシアの能力を補って余りある程に上等な連中をイワンが用意していたこと。

 ソロモンから絶えず供給されてきた物資は、欧州と比しても遜色がないほどに潤沢であり、安定下にあった北米全土の軍事的要衝を、ミノフスキー粒子下の現代戦を想定した要塞化を既に終えていたこと。

 ガルシアが部下への点数稼ぎのために、安定下にあった北米全土を査察しており『全体の把握』に抜かりがなかったこと。

 方面軍司令長官たるガルシアの『定期的な査察・閲兵』は、安定下にある占領区という、本来なら戦争の空気が弛緩して当然の状況を、常に規律と練度を最高の状態に維持するカンフル剤として、絶大な効果を発揮していたこと。

 

 最後に駄目押しとばかり、シローらMS部隊長と中佐以上の佐官を招集しての会合を、定期的に実施していたことである。

 査察と異なり、伊達や酔狂で各地の指揮官や虎の子の将校を寄せ集めていた訳ではない。重要事項、自分の意図、その計画、全般的な戦闘実施要領を説明することは、部下達が総司令官の意図を正しく理解し得るからである。

 

 将帥の意図に密着した行動を取る将兵は、強い。

 

 部隊指揮官は機密保全に相応の配慮を払いつつも、上の意図を明瞭に伝達し、戦争遂行に尽力するばかりでなく、上官が自分達に意識を払い、勝利と栄光の帰還をもたらすべく、手を打ってくれているのだと確信できるからである。

 

 こうした積み重ねも然ることながら、ガルシアが公国軍随一の自信家であることも功を奏した。

 かの英国陸軍の至宝、モントゴメリー曰く、軍事・政治を問わず、指導者に求められるべきは『決断』である。

 モントゴメリーははっきりと決断を下せず、遅疑逡巡して成り行きに任せる態度をとる指揮官の愚を否定すると共に、軍事指導者が唯一取るべき態度は行動に際し適時適切な決断を実行し、危機のさ中にあっても冷静さを失わぬ胆力を持ち得ることであること。

 全軍を掌握し、自分の目的を指揮下に達成させることの要訣を自身の回想録たる『モントゴメリー回想録』で綴ったが、この時のガルシアは、この要訣を墨守し得る全てを備えていた。

 

 故にこそ、というべきであろう。イーサン・ライヤー率いるキャリフォルニア・ベース攻防戦に参戦した連邦軍の生存者は、北米という敵地を自領の如く巧みに動き、その中で圧倒的物量を武器とした連邦軍を跳ね除けて見せる公国軍に一角の軍人として賞賛の、或いは憎悪の念を寄せたと口々に漏らした。

 

 そして、公国軍にしても反攻作戦を実行した連邦軍に、同様の念を寄せるのである。それこそ戦前のガルシアであれば、ライヤーという戦上手相手に対し、不平不満の金切り声を上げながら頭を抱えたことだろうが、未だ倨傲(きょごう)を装う余裕は失っていない。

 尤も……内心までは泰然として居られなかったようだが。

 

“この!? 大人しくだらけた官僚のままで居れば良かったものを、こんな厄介な将軍が出て来るとはな!!”

 

 忌々しいが、敵は手強い。認めるのは癪だが、名将と言っても良い。公国軍に寝返ってくれると言うのなら、イワンが直々に饗応する類の戦争屋……少なくとも『常道では駄目だ』ということを理解できている鬼才の類に他ならない。

 

“戦線を押し上げ、確保した陣地で態勢を整えつつ圧殺する。

 物量の優位を活かし、包囲環を狭めて息の根を止める”

 

 そんな詰まらぬ(ありきたりな)将が率いてくれたなら。

 平凡な『最適解』を選択してくれる弱将なら、果たしてどれだけ楽だったか。

 敵将は無責任な軍事的冒険家故に、猛攻を仕掛けているのではない。動かすべき時機と場所を選び抜き、卓絶した指揮を以てして、息の根を止めるべく動いている。

 但し、このように他に類を見ない用兵速度は、そうせざるを得ない理由ありきの物だということにも、ガルシアは気付いていた。

 

“俺に援軍を送れぬ状況の宇宙(そら)で、何が起きているかは分からんが、敵の『無理』を見るに、恒久的に優位を確保できるもんではないらしいな”

 

 だからこその一気呵成。だからこその大攻勢。

 陣地の確保などとまだるっこしいことはせず、航空優勢を僅かにでも掴めば、その都度爆撃によって更地に変え、瓦礫の上を進軍し続ける不休の拙速。

 無謀としか形容できぬ強行軍だが、出来る出来ないで言えば出来る。出来てしまう!

 他ならぬガルシア自身が、ふた月とかけず北米をほぼ無傷で奪ったのだ。

 MS(モビルスーツ)という新兵器は、やろうと思えば義勇兵抜きの公国軍でさえ、補給を度外視していいなら地球の三分の二を占領することも叶うことは、正史で実証済みである。

 

“……直接的な戦闘能力以上にMS(モビルスーツ)が厄介なのは、その『浸透能力』にある”

 

 既存兵器の悉くを殲滅し、圧倒的武威を以て蹂躙する無敵の巨人が、用途を限定された地上戦においても覇者として君臨し得た理由はそこだ。

 空以外の全てを打ち破り、無人の野を征くが如く足を止められぬ突破力こそ、MSの最強最悪の武器なのだ。

 それが敵に回った時、どれほど恐ろしいかなど徹底的に叩き込まれていたし、準備も怠りはしなかったが……。

 

“その上で、一番して欲しくない事をしてきやがる!!”

 

 こと、この攻防戦において、時間は防衛側であるガルシアの味方をしている。

 ライヤー率いる反攻軍にとって、最も恐るべき展開は手を拱いている内に突撃機動軍の欧州方面軍が、援軍として外からライヤーを逆包囲することにある。

 

 だからこそ、ライヤーはセオリーに拘泥しない。

 

 地中深く埋没させた通信敷設線を破壊し、総司令部と前線を結ぶ通信網を分断するという作業の一つでもやってくれれば、それだけで僅かながらにも時間は稼げただろうが、反攻軍は進軍以外、一切の選択肢を捨て置いていた。

 深く深く、MS(モビルスーツ)の浸透能力を縁としてキャリフォルニア・ベースの心臓部まで連邦軍を到達させ、司令部を奪い取り、ガルマ達を手中に収めるべく動いている。

 

“百点だクソッタレ! お坊ちゃんを取られては、どう転んでも講和の席に乗らざるを得んからな!”

 

 それほどにガルマの……ザビ家の影響力は絶大だ。ジオン公国という内輪に限った話ではない。全宇宙移民(スペースノイド)の代表たる、旗手の地位を不動とした、理想の為政者一党だ。

 

“そこいらの元先進国の大統領だの国王などとは訳が違う。政治的正解の為に切り捨てるなどという判断は、絶対にできん”

 

 そこを知悉した上で、ガルマは北米に身を置いた。

 だからこそ、北米将兵の士気は第一線たる欧州と同等か、それ以上の高さを誇っているし、ガルシアも脳の血管が切れる程に頭を回すのだ。

 意気軒高たる将兵。

 潤沢な物資。

 敵地と言えどもミノフスキー粒子下の現代戦に適応・要塞化を続けて来た立地。

 数的不利は織り込み済みで、言い換えればそれ以外は揃っている。

 

“俺は勝つ……俺に勝てる者など、怪物以外に居て堪るか!!”

 

 血走った目で、勝利を掴むべく専心する。ガルシア自身が大言壮語を放った通り、勝敗の別は……、いいや、それ以上の行く末さえ、ガルシア自身にかかっているのだから。

 

 

     ◇

 

 

 北米方面軍、第四二基地司令官たるウォルター・カーティス大佐は、野戦電話に齧り付きながら事細かな戦況を総司令部に送り届けていた。

 カーティス自身はダイクン派であり、現状、ガルシアでさえ知り得ていない本国の騒乱……どころか、宇宙(そら)がどのような事態にあるかさえ弁えていた、数少ない人間の一人である。

 

“……恨みますぞ、ロメオ閣下”

 

 北米総司令官閣下には、いっそカーティス自身に銃殺命令を下して欲しかった。後ろめたい秘密を抱えたまま戦塵に塗れ、祖国の為に働き続ける栄誉など、相応の羞恥心を持ち合わせる手合いなら、決して容認できないものだ。

 

“勝っても負けても、生きても死んでも、祖国は私を英雄にするだろう”

 

 この期に及んで、連邦に手を貸してやる義理も道理もない。

 ダイクン派を利用し、首都と月面の双方に連邦工作員を誘導した時点で、地球侵攻に加わった旧ダイクン派の役目は終わっている。

 

“……終わってしまっているからこそ、私は見逃されたのだろうな”

 

 ガルシアがそこまで読んでいたかは分からないが、少なくともギレンはその腹積もりでカーティスを生かし続けていたし、よしんばこの攻防戦を生き延びたとしても、戦後に粛清するつもりもなかった。

 自裁されてはどうしようもないが、カーティスが生き残る道を選ぶというなら、有能な将である以上、重用し続ける。

 ランバ・ラルがそうであったように、汚名をそそぐに足るだけの能力を示すのなら、栄達の機会を与え続けるのが今のジオンだ。

 

“シュレッサー閣下、貴方もそれを承知しておいででしたな”

 

 派手に動きさえしなければ、ザビ家は見て見ぬふりを続けてくれると。

 少なくとも真実を知り、暗殺計画に関与したからと言って、カーティスらのように有能な将校を弾く真似はしない筈だと……。

 

“シュレッサー閣下、貴方は正しかった。だからこそ私は共に逝けず、ワルキューレに迎えられることもなく、こうして地を這いながら生と死の狭間に立っている”

 

『同窓会』の参加を許されなかった口惜しさを噛みしめて、現実の困難を前に、祖国の窮地を救わんと必死になって……。

 けれど、いっそ敵の手にかかれればという願いは口にできない。

 

“私が死ねば、任された一帯が空白となる”

 

 たとえそれが一時的なもので、次席指揮官が遺漏なく引き継いでくれる手筈を整えていても、時間的空白だけは埋められない。

 臨時司令部を用意し、穴を埋めるだけの時間を整えるより先に、連邦はカーティスが任された地域を踏み越え、更に奥に進むだろう。

 

「ドナヒューは! ドナヒュー中尉は健在か!?」

 

『荒野の迅雷』の異名を賜り、北米西部を守護する北米方面軍きってのエース。それこそ知名度で言えば、シロー・アマダにも比肩する虎の子だが、狼煙が上がりながら、未だ定時連絡が届かない。

 ミノフスキー粒子下の現代戦において、MS(モビルスーツ)部隊抜きで戦線を再構築するには……ましてや、連邦の大規模反攻を迎え撃つには余りに無謀で……。

 

「……そうか」

 

 観測要因からの報告に、喉元を引き裂かれたような、掠れ声で応答を示した。しかし、心と魂は折れていない。

 

「退却だ! 前線基地は爆破! 物資は重装備を優先して破壊! 無理ならそのまま投棄して下がるぞ!!」

 

 勝利を飽食し続けた公国軍が、初めて支払った痛い代価。

 それを受け入れるカーティスは、軍人らしく目的意識を損なわなかった。

 

“勝てば……いいや、負けねば良い! それこそがドナヒュー達への手向けなのだ!!”

 

 惜しむ命も名も既にないのだ。なればこそ──

 

“死ぬまで──泥塗れになりながら戦うまでだ!!”

 

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