ディストピア運営ゲーム  (圧倒的に有利な体制派が恵まれた人材と資材を使って罠で獲物を追い込む様を眺める仕様)   作:つけ麺アイス

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テラーズフォース (防衛側)

 これだけアーバシリに尽くしたのだ。

 私ほどの者がアーバシリに尽くしたのだ。

 きっと、きっとこれで決着がつく。

 そう思っていた。

 そう─────信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 信じる者は、足元をすくわれる。

 それは誰の言葉だっただろうか。

 ああ、そうだ。

 原作のトール・ネーブル()の言葉だった。

 

 

 

 クソッ、やられた。

 私の判断が甘かった。

 テロリスト共はアーバシリポリタンを暴力革命により変えようという考えは、とっくに捨てていた。

 共産革命軍(奴ら)の母体は何処だか失念しているなんて…。

 そう気が付いた時には後手に回っていた。

 

 アーバシリの新たな支配者にならなくても、奴らは元々自分達の都市の支配者だ。

 アーバシリから財を奪わなくても、彼等の価値が高まる方法はあった。

 一番単純な方法があった。

 私はそれを見落としていた…。

 目の眩むような甘露の果実たるアーバシリは、奪い、手に取り、喰らいたくなると思い込んでいた。

 銀行で起こる犯罪は銀行強盗で、宝石店で起こる犯罪は宝石泥棒で、レストランで起こる犯罪は食い逃げだと、想定を限定していた。

 テロの標的は有力者やディストピア運営に関わる者だと考えていた。

 テロリスト共も何らかの利益を上げる為に、破壊活動や略奪行為をすると考えてしまった。

 

 アーバシリポリタン程の完成した財を無為に傷付けるはずはないと、無意識に考えを固定していた。

 

 宝石を盗むのではなく、壊す者がいるなんて想像しなかった。

 理念なきテロリストの汚名を押し付けても、本当に無差別に人を殺すテロリストにまで堕ちるとは思わなかった。

 

 

 だが違った。

 銀行で放火を起こし紙幣を焼き尽くし、宝石店で爆薬を使い無差別殺人を起こし、レストランで毒物混入を行う連中もいるのだと思い知らされた。

 

 目的も関連性も軌道も無く暴れ回る。

 

 そして、それは彼らにとって意味を結ぶ。

 アーバシリポリタンの経済を、安心を徹底的に傷付ける事によって、アーバシリポリタンそのものの価値を低下させる。

 

 徹底的に警備の威信を傷付けるつもりだろう。

 全金融機関共有の自動紙幣出入装置も、引き出すまでは銀行でも顧客のものでもなく、警備室の管理下にある。

 金融の保証も警備あってのもの。

 警備保証とは、即ち金融保証。

 奴等はそれを破壊する気なのだ。

 

 

 それだけではないだろう。

 

 人に格差を作らない。

 これは彼らの理想だ。

 それは人の能力に格差があり、彼らの生み出す成果に格差があることを無視した理想だ。

 成果を生む優秀な者にも、成果を生めない無能な者にも同じ報酬を払っていれば、優秀な者は己を高く評価する場所へと逃げる。

 故にティトセーの優秀な若者は、挙ってアーバシリへと移住した。

 だがそれらの前提は、優秀な者には高額な報酬を払う場所があっての事だ。

 即ち、アーバシリ等の資本主義都市が全て破壊されれば、優秀さを評価する場所は無くなり、優秀な者を能力に見合わない平等な賃金で働かせる場所から逃がす手段が無くなる。

 故に、優秀な者も無能な者と同じ賃金を受け入れるしかない社会が到来する。

 そうすれば、その優秀な人材をもって、共産主義もいずれ成長の目を見る。

 

 

 攻略側主人公(カトル・カティーク)…。奴は己の父親(ミュティレー・カティーク)の域にまで共産革命軍として完成したのか。

 己の理念を捨ててでも、革命軍の理念を徹すとは。

 もはやアーバシリを傷付けるだけ傷付けて死ぬつもりか。

 …それでも死にそうにない奴ではあるが。

 

 何かしらを狙ってアーバシリから奪うより、手当り次第にアーバシリを壊す方が容易い。

 それで十分なのだ、彼等には。

 そうすればアーバシリの通貨価値や決済の信用も無くなり、アーバシリそのものの安寧が失われ、人と財は外の世界へと流出する。

 それはアーバシリの外が相対的に安心を得られる場合だ。

 奴らの本来の願いは、アーバシリの王に成り代わることではない。

 自分達を王と崇める国をアーバシリの上に立たせたいのだ。

 だが私はそんなことは不可能だと、想定から外してしまっていた。

 当然だろう。

 ティトセーやローポサやサンリバーには、アーバシリの百分の一の価値も感じられなかったのだから。

 それらを手札にアーバシリに勝とうとする愚か者がいるとは思えなかった。

 だが、彼等は荒唐無稽にアーバシリを荒らして、価値を落とす事で自分達の所まで引き摺り下ろそうと考えた。

 そして、それを実行した。

 

 これまでアーバシリで虐げられてきた者は、もはやアーバシリにいる意味を感じなくなり、これまでアーバシリで良い思いをした者も、アーバシリ行政への信頼が揺らぐだろう。

 

 そうして人と財が外の世界へと流出する。

 いや…仮に流出しなくても、流出しないままアーバシリの人と財が減る。

 寧ろそれこそが主目的か。

 

 

 

 

 外の世界へと攻撃しようにも、アーバシリにとって世界はアーバシリだけになり過ぎた。

 アーバシリを外から護る事、アーバシリの中の治安を護る事に特化し過ぎてしまった。

 アーバシリポリタンには、外の都市を襲う攻撃能力は無い。

 

 自動小銃も内側や外壁に取り付けられる物程度だ。

 バハムートもライトドラゴンも機械化した影響で、管制無線が届く範囲、即ちアーバシリポリタン上空付近でしか活動が出来ない。

 

 

 だって仕方ないだろう。

 それでアーバシリの中は護られてきたのだから。

 外の都市が勝手に消耗していくのを眺めるだけ。

 目的を持って動く者は、動きに法則性が生まれる。

 それを監視して処罰するだけ。

 アーバシリポリタンはそういう想定で上手くいっていたのだから。

 

 

 ああ、駄目だ。

 こう怒り狂っては原作のトール・ネーブルそのものだ。

 しかし焦りが止まらない。

 私の背後には私の護るべき物がある。私が護るべき者がいる。

 焦って狂い果てる原作の私の行動が今なら良く解る。

 管理都市も、その警備室長補佐たる私も、完全に狂気の沙汰が生んだ突発事項には弱いのだ。

 都市一つと渡り合える幸運(カトル・カティーク)には、都市機構の狗(トール・ネーブル)では勝てないというのかっ!?

 いや、落ち着くんだ私。

 それでも、世界に愛される主人公はどうやっても生き延びる。

 情報を仕入れて綿密に計画して、必要以上の人数で襲撃しても、仲間が犠牲になって助けたり、偶々留守にしていたりと、一向に倒せない。

 このままでは……、いや落ち着くのだ。

 焦ってはいけない。

 それは良くない。

 焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな────────

 

 

「…焦って、良いんだよ」

 

 背中に柔らかい感触と、最近は嗅ぎ慣れた匂いがした。

 

「焦ってもいい。

狂ってもいい。

余裕がなくなってもいいじゃないか。

…大丈夫。

どんなに理外の外であったって、相手は人間だから。

完全なプログラムでも対処出来ないテロリストでも、不完全なトールならきっと勝てる」

 

「…イヨーカ」

 

 

 そうだ。

 私は完璧なんかじゃない。

 完璧なアーバシリポリタン総合管理プログラムには、少しも及ばない。

 だが、それがどうした。

 

 相手の動きが想定出来ない?

 それが、どうした。

 

 格下の相手の動きを、わざわざ想定などする必要は無い。

 

 格下の相手の動きや思考など、わざわざ気にする必要もない。

 

 奴の差し出した選択肢など、その手ごと切って捨てろ。

 私が、そう私が選択肢を押し付けるのだ。

 

 流れに乗れるか乗れないかを考えるのは、所詮一流までの考え方だ。

 一流を超える私は─────、流れを作る。

 

 

 

 

 テロリストが人類全てを混沌という平等に捧げるというならば、私は人類全てをアーバシリポリタンの秩序に捧げてしまえば良い。

 

 

 私は全都市民の首に爆弾付きの首輪を付けることを宣言した。

 第一号として、私が己に首輪をつける。

 アーバシリポリタンの担任プログラムが、その起動スイッチを握っている。

 総合管理プログラムは、遂に人類を支配した。

 自らを維持する電力の供給という、人類が着けた命を握る首輪を、都市の精霊は人類へと付け替えした。

 きっと笑いが止まらないだろう。

 私の母をトレースして(喰らい)、眠れる私の妹の脳を演算器にして(飲み干して)、自身の一部とする私の怨敵に、私は母の為に、妹の為に、そしてイヨーカの為に頭を垂れる。

 私の母をデータとしてでも生かす為に、私の妹を夢の中ででも幸せにするために、イヨーカと共に生きるために。

 

 管理プログラム様、貴方に従う者は幸運です────と。

 

 そして、首輪をつけているスパイや首輪を着けていない者は即殺害すると共に、全ての市民はテロリストと命懸けで戦って死ぬか、首輪が爆発して死ぬかを選ぶ事になる。

 

 もはやテロリストから逃げて後ろから撃たれて倒れる市民はいない。

 首輪により死ぬことを恐れるが余り、テロリスト共により死ぬことを恐れている暇など無くなる。

 

 

 市民の幸せも不幸も生も死も、全ては都市が握る。

 そして都市に握られた市民は、都市の剣となる。

 

 

 

 さあ、私は正気だ。

 何処までも正しく正気だ。

 狂気に狂った悪党如きでは、正気を保つ正義に勝てない事を教えてやろう。

 

 世界に愛された主人公?

 世界がお前にしてくれるのは、幸運を与えてくれる事だけだ。

 私を愛する女は、私に幸せを与えてくれる。

 

 

 私は恐怖を喰らう者。

 私は正義を執行する者。

 私は狂気を祓う者。

 私は都市に安寧と安心と安全を期待させるもの。

 私は──────アーバシリポリタン警備室長補佐、トール・ネーブルだ。


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