【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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第2節 ルドルフ最晩年の政治・社会状況

 本節では、ルドルフの治世最末期、崩御直前の政治・社会状況を概説したい。ルドルフの死因は、公式記録では心臓発作とされるが、帝国暦38年頃より、ルドルフは慢性心不全を患い、酒豪だった影響で、痛風の症状も出ていた。最晩年の数年間は、玉座と病床を往復するに等しい生活を余儀なくされ、さらに老人性鬱の傾向もあり、崩御は時間の問題と見られていた。

 

 同盟では、寵姫マグダレーナが白痴を出産した事に衝撃を受けて、心臓に過度の負担がかかった、それが死因との説が語られていたが、この件は後世の偽作である可能性が極めて高い。

 むしろ、帝国暦37年に皇后エリザベートが崩御。同38年には、青年期からの同志で、信頼する臣下でもあった元国務尚書ハーン伯爵が逝去と、ルドルフがその心を許せる存在が次々と失われており、その衝撃と寂寥感が弱った心臓へ過度な負担となったのかもしれない。

 

 絶対的権力者ルドルフと雖も、病床に伏して、政務に支障をきたした以上、政治上の実権が後継者たる皇太孫ジギスムント、その父親にして後見人たるノイエ・シュタウフェン公爵に移行する事は避けられなかったろう。帝国暦39年、朝儀中に昏倒したルドルフは一時、人事不省に陥り、長期間の療養生活を余儀なくされた。

 

 満足に政務を遂行できなくなった事を自覚したルドルフは、皇太孫ジギスムントを摂政に任命、事実上の皇帝代行とした。後見人たるノイエ・シュタウフェン公爵も軍務尚書と統帥本部総長を兼任のまま、国務尚書に就任、筆頭閣僚として、事実上の帝国宰相となった。以降、同42年のルドルフ崩御に至るまで、帝国の政治は、この2人によって担われている。

 

 銀河連邦を崩壊させ、全人類を事実上支配する皇帝専制国家を作り上げた、鋼鉄の巨人ルドルフが死に瀕しているとの情報は、辺境域で余喘を保つ敵対勢力や帝国領内の共和主義勢力を奮起させたが、それ以上のものでは決してなかった。

 

 銀河帝国の統治が始まって40年近くが経過、臣民の大多数は帝国の支配を受け入れていた。生まれた時には既に帝国が成立しており、連邦の存在は知識でしか知らない世代が30~40歳になって、社会の中堅層を構成するようになると、連邦を懐かしむ声は急速に薄れていった。

 

 貴族身分に生まれない限り、平民は政治的権利を一切認められず、劣悪遺伝子排除法に基づく相互監視や密告の奨励、また社会秩序維持局による予防拘禁など、強固な監視社会ではあったが、その反面、配給制度の施行や職業の家業化で、最低限の衣食住を与えてくれる帝国の支配は、自己責任の名の下、過度の競争を余儀なくされて、就業に失敗すれば、人としての生存さえ脅かされた連邦の政治と比較すれば、上昇志向を持たず、日々の平穏を無批判に受け入れる者、または学問や読書、スポーツなどの非生産的な行為を愛好し、没頭したい者には、むしろ歓迎された面さえある。

 

 また、同盟では激しく非難されていた社会秩序維持局の活動も、その主な対象が敵国への通謀者や共和主義者である事が周知されると、自己防衛または報償目当ての密告者が急増、進んで同局の治安維持に協力する平民も多かった。

 そして、帝国の法を遵守し、禁止されている思想活動や経済活動に手を染める事無く、あるべき臣民としての生活さえ守っていれば、社会秩序維持局や治安警察は、臣民の強力な守護者であり、また帝国の定める基準でとの前提条件はあれども、正義の執行者でもあった。

 さらに、特に高齢者層からは、連邦末期の警察機関のように、規則や前例を口実に、日常生活上のトラブルや小さな不正行為を見逃し、むしろ面倒事を持ちこんできたとばかりに、通報した者が厄介者扱いされる事も無くなった、社会秩序維持局はどんな些細な話でも聞いてくれるし、すぐ対応してくれるから嬉しいとの意見が多かった、という記録も残っている。

 それは、同局の内規によれば、些細な申立を口実にして、臣民のプライバシーに干渉、強権的に捜査を進めるための手法だったのだが、社会の中に居場所を見出しにくいが、自尊心は高い高齢者にとっては、自らのプライドを満たし、かつ社会正義の執行者だとの「名誉」も与えてくれる社会秩序維持局は、ある意味、理想的な治安維持機関だったのかもしれない。

 

 こうして、ルドルフ崩御間近の帝国暦40年前後は、連邦時代の如き自由は無くなったが、それを当然とする風潮が帝国領内に生まれ、自由が無い事に苦痛を感じる平民は年々、その数を減らしていった。勿論、共和主義や自由主義をイデオロギーとして奉じる者達は、どの世代にも一定数、存在したが、決して社会の主流ではなく、むしろ「危険思想にかぶれた世間知らず」と見なされた。

 地球時代、共産主義が地球上を思想的、また政治的にも席巻した際、共産主義革命を理想に掲げて、過激な武力闘争に邁進した若者集団がいたというが、当時の共和主義者らは、多くの臣民の目からは、そのような存在として見られていたのだろう。

 

 さらに、シリウスや攻守連合などの敵国も、前述の通り、帝国暦30年代に帝国軍に大敗、昔日の勢力は既に失われ、辺境域で辛うじて余喘を保つのみだった。同年代後半から、皇帝陛下不予につき、との理由で、敵国への出兵案が却下されている事から、ルドルフ崩御を見越し、新皇帝ジギスムントが即位後、討伐するための対象として、これら弱体化した敵国を敢えて残していた、それは「人類社会を武力統一した史上初の皇帝」となり、建国者ルドルフに匹敵する権威を得るためだった、という説がある事は紹介したが、この説の是非はさておき、当時の帝国と敵国との間には、帝国が敢えて攻撃しないという選択肢を取れるほど、圧倒的な力の差があったという事だ。

 

 以上のように、帝国内外には新皇帝ジギスムントへの権力委譲、そして、その治世を危うくする要因は極めて少なかった。晩年のルドルフは、過度の自己神格化を抑制するために、臣下の前で自作自演するなど、ジギスムントの治世を脅かしかねない要素を1つずつ処理していったが、それは見事に結実したと言えるだろう。

 

 ただ、ゴールデンバウム朝銀河帝国皇帝ルドルフとの立場を考えると、帝国の支配を揺るがしかねない、いや帝国の存続にも関わる、最大の危険要素が残っている事に気付く。それは新皇帝ジギスムントの父にして、筆頭重臣であり、かつ帝国最大の権門ともなった、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒム、という存在である。事実、後世の歴史家の中には、ジギスムント一世の御代を評して「ゴールデンバウム=ノイエ・シュタウフェン朝」と言う者さえいる。ルドルフが自身の血統と遺伝子を絶対視し、ゴールデンバウム家の権力独占に固執していたという「定説」からすれば、簒奪さえ可能な権力者を掣肘するどころか、自ら進んで高位を与え続けたルドルフの姿勢は、旧帝国・同盟ともに、歴史家の頭痛の種であり続けた。

 

 これまでの見解を総覧すると、旧帝国では、①ルドルフとノイエ・シュタウフェン公の間には麗しい信頼関係が醸成されており、簒奪などあり得なかった、②ノイエ・シュタウフェン公爵家は亡き皇后エリザベートの実家で、ルドルフは同族と見なしていた、③ジギスムントは英邁な人物だ、例えノイエ・シュタウフェン公が異心を抱いても、すぐに誅殺されると、ルドルフは安心していた、などの見方が示されていた。

 

 一方、同盟では、①簒奪の危険性を感じていたが、ノイエ・シュタウフェン公は厳然たる帝国の№2になっており、衰えたルドルフでは排除できなかった。②共和主義勢力が未だに強固で、優れた軍人政治家ノイエ・シュタウフェン公の力量を必要としていた、などの説が提唱されていた。

 

 筆者の見解はいずれでもない、後述する新史料中で、将に「ルドルフの真意」が語られていた。詳しくは、第5節「私人ルドルフの「真情」」を参照の事。

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