【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
新帝国暦元年、ルドルフ真筆の書簡が数通、見つかった。それも誰宛てでもない、敢えて言うならば、神の前で信徒が行う告解の如く、ただ自己の真情を吐露し続ける内容だった。そんな書簡がどこにあったのか、約500年もの間、何故発見されなかったのか、発見時の事情は以下の通り。
発見場所は新無憂宮の一角、ルドルフが崩御した寝室だったと伝えられる部屋。ルドルフは死に臨んで、後継者ジギスムントを始め、家族らにこう言い残している。「余は死後も、銀河帝国の行く末を見守りたい。非科学的な願いだという事は理解しているが、敢えて命じる。余が死ねば、この寝室を余の霊廟として永遠に封印せよ。この寝台を始め、あらゆる調度も動かしてはならぬ。余の静謐を妨げる事の無いよう、何人たりとも立ち入ってはならぬ。虫や微生物さえも入らぬよう厳重に封印し、常に空調設備を稼働させ、気温・湿度を一定に保て。子々孫々に至るまで遵守させよ」と。即位したジギスムントは、その遺命通りに処置、入口部分は強化ガラスで封鎖して、24時間体制で歩哨に警備させた。
以降、旧帝国滅亡まで、この霊廟の封印が解かれたとの公式記録は存在しない。無論、記録が存在しない事が封印解除されなった事の絶対的な証明にはならないが、強化ガラスを通して見える霊廟の中には寝台しかなく、財宝等の存在を窺わせる物も皆無。痴愚帝ジギスムント2世や流血帝アウグスト2世といった暴君らも、封印を解く事で、臣下から白眼視される事を考えれば、敢えて立ち入る必要を認めないだろうと思われる。
そして、開祖ラインハルト陛下が旧帝国の実権を握ると、新無憂宮はその大半が閉鎖された事は良く知られているが、この霊廟もその中に入っていた。新帝国開闢後、新無憂宮の本格的な開放と学術調査が進められる事になり、500年前の建築様式が保存されている、この霊廟も歴史的価値が高いとして、宮内省立会の下、学芸省による調査が開始された。
強化ガラスによる封印を解き、ルドルフ崩御の場所と伝えられる寝台の解体作業に着手すると、寝台の中から木製の手文庫が発見されて、その中には何通かの手紙が残っていた。中性紙は400年近く保存できる事は有名だが、温度と湿度が一定に管理され、虫や微生物の発生が抑制されていた事も良かったのだろう、一部は破損していたが、大部分は判読可能で、宮内省や各貴族家に伝来した、ルドルフ真筆の書簡と比較、筆跡鑑定した結果、間違いなくルドルフの直筆だと証明された。
その内容は、今までの暴君ルドルフ像とは大きく異なり、死に臨んだ者が自らの人生を虚しいものと感じて、敢えて名付けるなら「挫折した理想」という名の病根に苦しめられ、人間存在への無限の嫌悪と絶望感の果て、人類種の安楽死さえ夢想するようになった、孤独な一老人の姿だった。
以下、発見されたルドルフ真筆の書簡を公開したいが、紙の破損のため、文字が一部、欠落している文章は、前後の文脈から推定し、適宜補った。また、読者諸氏の理解の一助とするため、各書簡はその内容を勘案して、ルドルフの人生行路に沿って並べ替えた。なお、括弧内の日付は、書簡中に記載された作成年月日である。
これら書簡について、筆者の見解は敢えて記していない。ルドルフの「肉声」を如何に捉えるか、それは読者諸氏の御判断に委ねたいと思う。