【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

104 / 112
5-1:【帝国暦42年1月17日】

「余には日記を付ける習慣は無かったが、80年に亘る人生において、手紙だけは相当数書いてきた。もともと、電子的な書面は複製と拡散が容易だからとの理由で、機密保持のために始めた事だか、余の性にあっていたのか、そのうち、手紙を書く事自体が面白くなってきた。クロプシュトックやファルストロングら臣下達のみならず、妻のエリザベートや愛娘カタリナ達、家族にも送るようになった。余から自筆で長文の手紙を送られると、皆、馴れない手書きに四苦八苦して、返事を書いてくれたものだ。今だから言うが、彼らのその様が見たくて、故意に長々と書いたのだが。

 

 ただ、誰にも出せない手紙もよく書いた。心の中で荒れ狂う感情を何とか静めたくて、深夜、一人で無我夢中に書き綴った事もある。とは言え、翌朝に読み返すと赤面するしかない文章で、すぐに焼却したが、ごく稀に、自分でも驚くほど、その時の真情を極めて的確に表現できている事があった。そういう手紙は、どうしても処分できなかった。統治者としては、自分の本音を書面で残しておくなど、危険極まりない行為だと、理性では理解出来ているのだが、表現者(烏滸がましい自称だ)としては、己の会心の作品を捨てる事が出来なかった。

 

 いつからだろうか、誰にも見せないから良いだろうと自己弁護するようになったのは。余は密かに、小さな手文庫を作らせた。残したいと思った手紙はその中に入れて、執務室の隠し金庫に保管する事にした。この事は妻や娘にさえ言わなかった。子供じみた感覚だが、誰も知らない、自分だけの秘密を持つ事は、余に奇妙な高揚感をもたらした。そう、例えるなら、もう記憶も曖昧なのだが、幼い頃、密かに憧れた年上の女性に感じた恋情のように。自他共に認める仕事人間で、趣味らしい趣味も持たずに、飲酒と美食以外の道楽はしなかった余だが、今こうして思い返すと、この「誰にも出さない手紙を書いて、人知れず保管しておく」という一人遊びは、余の人生において、最大の娯楽だったようにも感じるのだ。

 

 現時刻は深夜1時過ぎ。家族も臣下も、余は既に就寝していると思っている。寝台脇の小さな電灯を点けて、オーバーテーブルというのか、寝台の上に渡した机に被さるようにして、今もまた、誰にも見せられない、この手紙を綴っている。統治者としての余は、今すぐ止めよ、今まで書いてきた手紙も全て破棄せよと命じてくる。

 

 だが、私人としての余は、手紙を書く手を止めようとしない。余の信頼する同志だった元国務尚書ハーンは、自らの死を悟ると、現役引退後に書き綴った日記は、全て焼却させたと聞く。余はハーンの決断力が羨ましい。本来なら余もそうすべきなのだが、感情が納得しない。もうすぐ余は死ぬ。ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムというこの人間は消えて無くなる。余は恐らく、全人類社会を専制的に統治した非民主的権力者、ゴールデンバウム朝銀河帝国の初代皇帝として歴史に名を残すだろう。令名か悪名かは知らぬがな。だが今は、そんな虚名より、理想を抱き、理想に疲れ、ただ無為に死んだルドルフという名の老人がいた事を誰かに知って欲しいのだ。

 

 だから、これは余自身への言い訳、口実でしかないが、運命の御手に委ねる事にした。余は賭け事の類は嫌いなのだが、これから生涯初のギャンブルを行おうと思う。近い将来、余はこの寝台で死ぬ。寝台の中に、余が残したい手紙を入れた手文庫を隠しておく。そして、余はこう遺言する。この寝室を余の霊廟として、永遠に封印せよと。勿論、手文庫の事は誰にも伝えない。この手文庫が将来、誰かによって発見されるかどうか、余は見つかる方に賭けてみたいのだ。

 

 嗚呼、長い間逡巡したが、こうして心を定めると、気分が晴れるものだな。さて、この手紙も隠す予定だが、もし発見されるとしたら、どのような状況だろうか?最後の楽しみとして、それを想像してみるとするか。

 

 余の遺言が無視されて、手紙が発見される状況は3つ考えられる。1つは、余の子孫たる皇帝、あるいは皇帝を傀儡とした権臣が勅命を盾に封印を解き、寝台を解体して発見する。もう1つは敵対勢力が新無憂宮を占拠し、略奪の際に発見する。最後は、ゴールデンバウム家を打倒した新勢力が余の権威を認めずに、何らかの理由で封印を解いて発見する。このくらいだろう。

 

 1番目は物理的には可能だが、ゴールデンバウム家の権威、即ち余を淵源とする権威に基づいて、臣民を支配する人物が、敢えてそれをする動機は何だろうか。例えば、有りもしない財宝目当て、との理由は考え得るが、金銭に執着するが如き人物なら、恐らく人望にも乏しいだろう。だとすれば、自己の権威を補強するため、建国者たる余の権威を持ち出す可能性が高い。

 では、霊廟を開ける事はリスクが高すぎる。余の権威を認めぬなら、それは即、その愚か者にも跳ね返ってくるだろうから。さらには、そんな人物ならば、万が一発見しても、余の真情が書かれた手紙など見て見ぬふりをして、密かに処分させるだろう。誠に馬鹿馬鹿しいが、そんな奴らは、余を神秘的存在のままにしておきたいだろうしな。

 後は、ただ権力を振り回して遊ぶ暗君、暴君が現れたなら、リスクなど考えず、ただ闇雲に封印を解いてしまう可能性はあるが、それはもう余の関知する所ではない。

 

 では2番目はどうか?よく考えてみれば、これはまず無い。我が帝国軍も散々行ったが、惑星を攻略するためには、衛星軌道上からの精密爆撃が最も効率的だ。将来、帝国を征服したいと念願して、帝都を攻撃できる軍事力を持つ敵対勢力が現れたならば、間違いなく同じ事をするだろう。皇宮たる新無憂宮など、真っ先に攻撃対象に選ばれるだろうし、その過程でこの霊廟も壊滅、余の手紙ごと灰燼に帰すだろう。

 さらには、銀河帝国を征服したいと考える勢力ならば、帝国が否定した民主主義、共和主義を国是としている可能性が高い。思想的な対立が原因の戦争は、容易に妥協点が見つからず、より凄惨になる恐れがある。かつてラグラン・グループの黒旗軍が地球に無差別爆撃を敢行したが、同じ事がこの帝都オーディンで起こらない保証は無い。だとすれば、余の手紙などチリ一つ残さず消え去ってしまうだろうな。

 

 それでは3番目だが、これが最も可能性が高い。外敵に攻められる事が無くても、帝国はいずれ滅びる。腐敗堕落した帝室を清新で活力に溢れた政治勢力が打倒するだろう。それは有力な大貴族かもしれぬし、軍閥化した帝国軍かもしれぬ。台頭した平民の集団との可能性もあろう。

 しかし、どの属性の集団であれ、共通して言える事は、破壊の後に再生を図る必要と責任がある、という事実だ。それを踏まえると、前代の権力者、即ちゴールデンバウム家の財産は出来る限り無傷で接収したいだろうし、無用の破壊は人心の荒廃と治安の悪化をもたらしかねない。新政権の指導者が賢明ならば、余の霊廟を含む新無憂宮を無意味に破壊する事はないだろう。自らの宮殿として使用するか、別の用途に転用するかは分からぬがな。

 

 新政権の長にとって、前代の権力者の始祖たる余の権威など認める必要は無いだろうし、また認めるべきではない。必ずや封印を解除するだろう。その動機は財産の没収か、単なる興味本位か、純然たる学術調査か、もしくは余の想像が及ばぬ何か、それは分からぬが、余が見える事叶わぬその者は、もし余の手紙を発見すれば、少なくとも公開する事を躊躇いはしないだろう。

 

 余がこのギャンブルに勝つためには、ゴールデンバウム家を打倒できる新勢力が帝国内部から台頭してもらわねばならぬようだな。その結果を余が知る事は決して無いのだが、いつか誰かが、余の密やかな隠し事を知るかもしれぬと想像すると、奇妙な胸の高鳴りを感じる。遠い昔、初めて書いた恋文の内容を誰かに知られるのではないかと思った時のような、甘やかでかつ気恥ずかしい。ふむ、齢80歳を超えた瀕死の老人が思春期の如き感情の高ぶりを覚える事もあるのだな。

 

 もう、目が霞む、指にも力が入らなくなってきた。この駄文も終わりにせざるを得ない。この体力では、家族や臣下に隠れて、深夜に独り手紙を綴れるのも、今回が恐らく最後だろう。まだまだ書き足りないが、何事にも終わりはやってくる。もう筆を擱こう。そして、人生も終わりとしよう。空しさのみ覚えた余の人生だったが、たった1つだけ、幸福の範疇に属すと思えるのは、あまり執着を覚えずに、己の人生を手放せそうな事だ。人生など、例えるならこの便箋と同じだ。自分にとっては大切な事が書かれているが、他人にはただの独り善がり、下らぬ妄言が縷々書かれているだけに過ぎぬ。全人類がそう考えてくれれば、余がわざわざ帝国など作らずとも良かった、人の世からも無用な争いが少なくなってくれたかもしれぬな…」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。