【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
「マグダレーナと赤子には可哀想な事をした。エリザベートやカタリナがあれほど憎悪するとは思わなかった。ジギスムントを後継者にする事は構わないのだが、万が一に備えて、帝位継承権を持つ者が複数いても良い、と思ったが故に子を作ったのだ。
そして、あれ達には話せないが、シュタウフェン家の者達に権力を与え過ぎる事も、他の臣下達の手前、あまり好ましくはなかったのだ。マグダレーナの背後に、クロプシュトックがいた事も知っていた。クロプシュトックは、余がペデルギウスで不当に逮捕された時、私財を投じて釈放運動を展開してくれた時からの腹心、同志と言って良い。だから、マグダレーナに子を作らせた面もある。彼奴の思いを無碍にするのは、流石に出来なかったのだ。それに、臣下間の勢力均衡という意味でも、クロプシュトックとシュタウフェンが対立的関係にある事は、皇帝の立場としては、ある程度は歓迎すべき事態でもあったから。
しかし、妻や娘達にとって、クロプシュトックやマグダレーナは、帝位を狙う盗人でしかなかったのだろう。全く女とは度し難い、とは言いたくない。私は妻や娘達を愛している。初孫のジギスムントも可愛くてならぬ。
私は家族達を失いたくない、家族からの愛が憎悪に変わる事に耐えられない。だから、私はマグダレーナと赤子を見殺しにした。同志、いや友情さえ感じていたクロプシュトックが失脚して、帝都から事実上の追放となっても、それを制止しなかった。
何かを得る、守るためには、何かを犠牲にしなければならない。そんな事は既に分かっていたはずだ。政治の場では、常にそうせざるを得なかった。今もそうだ、余は余の理想を達成するため、それを阻害する自由主義と民主主義を根絶しようと、それを奉じる者達を殺している。別に心が痛む訳ではない。理想実現のために必要な犠牲だと割り切っているからだ。余に異論があるならば、力を蓄え、銀河帝国を打倒すれば良い。銀河連邦に対して、余がそうしたように。
だが、これは統治者として、理性的かつ論理的に判断し、必要と信じて決断した事だ。マグダレーナの件は、それとは違う。理性的に判断した訳でも、理想達成のために必要と信じたからでもない。余の愛情、いや執着という名の欲望に起因する事だ。
分かっているのだ。いや、分かっていて目を背けてきた事だ。私もまた、欲望を行動原理とする人間に過ぎないのだと。その事を痛感させられた。また同様の事を起こすのか、そう考えると、玉座に座っていられない気分になる。余は統治者として失格だ。だが、治世の責任を放擲する訳にはいかない。もう側室に子を産ませる事は二度とせぬ。そして、ジギスムントを後継者に定めよう。皇太孫として立てれば、妻や娘も満足するだろう。余に出来る事はこの程度だ。もう眠りたいが、今夜はアルコールの力を借りねば、寝つく事は出来なさそうだ…」