【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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5-6:【帝国暦27年12月1日】

「皇帝など少しも偉くないのだ。即位当時の余は熱病に冒されていたのだ。何が「神聖にして不可侵たる」だ、どこが「全宇宙の支配者、全人類の統治者」なのだ!

 

 貴族たちが増長してきた事は感じていた。政府や軍に出仕する文官や武官は余の目を意識する故、そこまで酷くはないが、領地を下賜した領主どもは、皇帝か国王にでもなったつもりなのか!

 

 領地は領主に譲渡したのではない、あくまで帝国の領土であり、功績によって、各領主に恩賞として下賜したに過ぎない。最終的な所有権は帝国皇帝に帰属する事、貴族法にも明記している。だと言うのに、まるで先祖伝来の土地でもあるかの如く扱っておる。帝国政府が貴族領を通る新規航路の開設を計画すると、例え政府や軍の依頼でも、我が領土を勝手に横断するなど、我が家の体面に関わる一大事である、是非にと言われるのならば、皇帝陛下か尚書閣下と直接お話しさせて頂きたい、だと!何様のつもりか!

 

 本心を言えば、増長した貴族など爵位も領地も剥奪してやりたい。だが、貴族制度は始まったばかり。制度を創設した余が恣に領地の没収など繰り返せば、制度の根幹が揺らぐ。帝国のため、真摯に仕えている貴族たちも動揺するだろう。

 

 だから、領主貴族で構成される「枢密院」という組織を設けるべきですとのハーンの提言を受け入れたのだ。個別案件ごとに余が対応するのは非効率すぎる上、課題の優先度に応じて、対応の順番を決定しても、後回しにされた領主は恐らく、我が家の体面云々を言い出すだろう。それなら、貴族同士で協議させて結論を出させるべき、という主張は理解できる。

 

 だが、ハーンらは気づいているか。これは余らが否定した議会制度そのものだという事を。連邦末期の議員達は、建前上、有権者たる市民に選挙で選ばれた民意の代表者となっていたが、その実、単なる人気投票の結果か、低い投票率で相対的に強力だった組織票の力か、或いは事実上の世襲で選ばれただけの存在に過ぎなかった。

 奴らは選良と称しつつ、面子と欲望だけで動く下らぬ連中だった。有権者も自分達の欲望を満たしてさえくれれば、議員が悪徳に耽ろうが、むしろ「剛腕」などと正当化し、共に悪徳に塗れた。正義と公益を主張する議員どもも、ただそういう言説を好む、良識派とかいう有権者に媚びていたに過ぎない。実際、連中が政治力学の結果、一時的に政権を奪取しても、無能ぶりを曝け出しただけに終わったではないか。

 

 余は予言する。枢密院はその機能のみならず、悪徳と腐敗も連邦議会と同様だろう。議会議員を篭絡するために貴族制度を利用した事が仇となったか。だが、あの時点では、それが最適解だと判断したのだ。

 

 無論、全ての貴族が余の期待する通り、支配者に相応しい能力と人格の持ち主だと思っていた訳ではない。人間にそんな期待をする程、余は傲慢でも無知でもないつもりだ。しかし、領主どもの増上慢は余の予想を超えた。理性よりも面子や意地に囚われ、自分達の我欲や不満を「貴族の権利」との大義名分で言い立て、それを与えてくれと、国家に要求してきた。

 市民の権利を主張し、我欲の充足を声高に訴えた連邦市民と全く同じだ。人間など、その力量に多少の違いはあれども、本質的には皆同じという事なのだろう。余自身が、欲望を行動原理とする人間である以上、貴族達もまた同様なのだ。分かっていた事なのだ。分かっていながら、目を背けていた事だ。

 

 だが、一縷の望みを抱いてもいた。余が期待する通りの存在がいるのではないかと。だが、結局無駄だった。余が理想とする存在に、余は死ぬまで巡り合う事は無いのだろう。来世だとか、輪廻転生だとか、そういう戯言は信じていないが、もし来世とやらがあるならば、そういう存在、余が讃嘆してやまない者に会いたいものだ…

 

 嗚呼、酒が飲みたい。最近、どれ程の美酒、銘酒を飲んでも、美味いと感じる時が本当に少なくなった。理由は分かっている。余が真に心を許せて、共に酒を酌み交わしたい相手がいなくなったからだ。皇后のエリザベートはマグダレーナの一件以来、余に猜疑の目を向けるようになった。もう側室に子を産ませる事はせぬと誓い、孫のジギスムントを正式に後継者、皇太孫に定めても、余が同じ事を繰り返すのではないかと疑っているのだろう。寝室どころか、余の私室に来る事さえ稀になった。ノイエ・シュタウフェンと結婚したカタリナの邸宅に足繁く通い、政府や軍の実権をシュタウフェン家で独占する事を企図しているようだ。30年近く連れ添ったというのに、余はそれ程に信用ならんのか。余はあれを粗略に扱った覚えなどないのに。夫婦の愛情など、子への執着や権力欲の前では、陽光の前の氷と同じなのか。

 

 青年期からの同志、盟友と言える存在も本当にいなくなった。クロプシュトックがここにいてくれれば、酒の相手をさせるのだが。だが、あの者は余の愚かさから帝都を追放され、もう今生では会う事さえ叶うまい。ハーンは残っているが、彼奴は酷い下戸で、体質的に酒精を一切受け付けないのだ。余が求めれば無理にでも飲むだろうが、あれ程有能な男を急性アルコール中毒で失わせるなど、ルドルフとは何と愚かな主君かと、後世の物笑いの種になるだろう。しかし、こういう夜は痛切に思う。彼奴が余と同程度に飲める男であればなあと…

 

 絶望は死に至る病と言ったのは、地球時代のある哲学者だったか、それに倣って言えば、孤独は死を求める病なのかもしれない」

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