【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
こうして、宇宙暦308~9年の2年間、連邦市民達は、ルドルフの統治下との点では、307年以前と変わらず、むしろ平穏に過ごしていた。だが、翌310年1月、新年の祝賀ムードも冷めやらぬ時、「それ」は突然訪れた。
以下、主に旧帝国での定説に基づき、ルドルフ即位前夜の状況をまとめてみたい。
まず、帝国建国と皇帝即位に至る動きを時系列順に並べてみる(全て宇宙暦310年=帝国暦1年の出来事)。
1月5日
連邦軍退役軍人会総連合会(与党・国家革新同盟の支持団体)の新年祝賀会で、会長ヨハネス・フィッシャーが「終身執政官の没後も、今の政治状況を維持するため、何らかの制度改正が必要ではないか」と発言。総連合会の総意として、与党へ制度改正を求める請願書の提出を決議した。
1月6~31日:
総連合会の決議を受け、与党支持の各種団体が同様の請願書を提出すると発表した。1月末までに、その数は100件を超えた。
2月1日:
総連合会のフィッシャー会長が、国家革新同盟のクロプシュトック書記長に、制度改正を求める請願書を提出。クロプシュトック書記長は「党として、速やかなる対応を約束する」と回答した。
2月5日
クロプシュトック書記長は、自身が本部長を務める「党行財政組織改革推進本部」で、請願書の趣旨に基づき、公党として対応する責務があると発言。制度改正への具体的な検討を指示した。
2月29日
同本部は「政治状況の永続的安定を実現するための制度改正に関する試案」を提出。同案の趣旨は以下の通り。
「…偉大なる指導者が失われると、社会の秩序が容易に崩壊する事は、過去の歴史から見ても明らかだ。地球・シリウス戦役で活躍した、シリウスの指導者、カーレ・パルムグレンが急性肺炎で没すると、シリウスを主導していたラグラン・グループは内紛の上、崩壊した。人類社会は約100年にわたる戦乱期に突入、多くの人命と財産が失われた事は周知の事実だ。我々はシリウスの轍を踏むべきではない。残念ながら、終身執政官ルドルフ・ゴールデンバウムも、人間である以上、いつかはその生を終わらせる時が来る。その時に備え、人類社会に秩序と安寧を齎す事が出来た、現行の政治状況を永続的に安定させるため、現体制の抜本的改正を求めるものである」
① 終身執政官ルドルフ・ゴールデンバウム及びゴールデンバウム家は、国家及び人民の統合の象徴である事を認める。
② ゴールデンバウム家は、人類社会の秩序と安寧を維持するため、人民の負託を受け、議会の協賛の下、社会を統治するために必要なあらゆる業務を遂行して、かつ家業として継承する義務を負う。
③ ゴールデンバウム家は、人格識見、政治能力など、あらゆる面において、社会統治という崇高な責務を全うできる人物を育成し、当主の地位に就ける義務を負う。
④ ゴールデンバウム家がその責務を放擲したと認められた時、議会はその責任を追及する事が出来る。
同日、同党の常任幹事会に提案された本試案は、全員賛成の上、承認された。また、同日夜に開催された、同党両院議員総会で、本試案を与党提出議案として、3月定例議会に上程する方針を決定した。
3月5日
連邦議会3月定例会が開会。下院議会の開会冒頭、与党・国家革新同盟より、同党提出の制度改正案は、連邦体制の根幹に関わる問題であるため、個別の政策課題を取り扱う常任委員会への付託はそぐわない、上下院合同で、全議員による審議、採決が望ましいとの提案が出され、過半数の賛成で承認。定例会最終日に全議員による投票により、採決すると決定した。
3月31日
上下院合同会議で、全議員による投票の結果、与党提出の制度改正案は可決。票数は賛成655票、反対90票、無効・棄権55票。6ヶ月間の周知徹底期間を設けた後、制度改正の是非を問う国民投票の実施を決定した。
4月~9月
制度改正の是非を巡って、与野党によるキャンペーン合戦が行われた。野党は「独裁者が永遠に君臨する事になる」「数多の闘争と流血の果てに、人類が手に入れた民主主義という英知を投げ捨て、中世的迷妄の時代に逆行する愚行だ」と批判。
一方、与党は「日々、懸命に生活している市民が、これだけ複雑多岐になった連邦の政治全てを調べ、考え、適切な回答が出せるものだろうか、物理的に不可能なのだ。
今、我々は幸いにも、ルドルフ・ゴールデンバウムという優れた政治指導者を得た。彼は市民のために活動できる、プロの政治家だ。考えてみて欲しい。例えば、我々は病気になったらどうするだろうか?病院に行って、専門家たる医師の処置を求めるではないか。政治も同じではないか。アマチュアの手に負えない事柄だからこそ、対価を払い、プロに委ねるのが、成熟した社会のありようだと思わないか。
さらに、選挙で選ばれた政治家が悪政を行っても、議会で決定した事だからとの大義名分を振りかざし、個々の政治家に責任を問う事は事実上、不可能だったではないか。
これからは違う、ゴールデンバウム家という具体的な存在が、全ての政治責任を負うのだ。我々市民は、ゴールデンバウム家がその責務を果たしているかどうか、それだけを監視して、果たしていないと判断したら、その時こそ、議会を通じて、彼らの責任を問えるのだ。誰に悪政の責任があるのか、それさえも曖昧な状態では無くなるのだ。今までよりも、はるかに効率的で、透明性が高い政治体制を構築できるのだ」と主張した。
観念論を繰り返す事だけしか出来ない野党よりも、ルドルフへの高支持率を背景に、与党の主張は有権者の圧倒的賛同を得た。
10月1日
国民投票の結果、改正法案への賛成投票は、有効投票数の3分の2を超えた。同日、ルドルフは「人民の決定に謹んで従う」と発表。また、本決定は連邦の現体制にはそぐわないとし、連邦議会に新国家の設立を提案した。
10月5日
連邦議会は、銀河連邦の国号は「銀河帝国」に変更、政府首相と国家元首の地位を廃止して、帝国の主権者は人民の負託を受けた「神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝」とする決議を採択。ルドルフは受諾した。
12月1日
ルドルフは皇帝即位式典を挙行。宇宙暦を廃止し、宇宙暦310年を帝国暦元年に改元すると宣言。あわせて、首都星をテオリアからペデルギウスに移転する事を発表。それに伴い、ペデルギウス星系を「ヴァルハラ星系」に、惑星ペデルギウスを「帝都星オーディン」に改称するとした。
わずか一年弱で銀河帝国の建国、帝国皇帝への即位に関する手続きを成し遂げた事から、ルドルフ達が入念な事前準備をしていた事が窺える。また、世襲による権力継承を「家業」と表現した事は、ルドルフが終身執政官在任時、父から子への事業継承や就業を賞賛した事を前提としているだろう。
さらに特筆すべきは、終身執政官の設置に関する制度改正時は、与党内部からも反対・慎重論が出たが、皇帝即位時は一切の異論が出ていない事だ。
宇宙暦308~309年の間、与党政治家の中でも、ルドルフと距離がある議員達が各種スキャンダルで失脚、引退に追い込まれたほか、原因不明の事故死、突然死に見舞われており、皇帝即位に先立ち、与党内部でも粛清活動が行われていた事を推測させる。
その結果、中央政界からはルドルフ即位に抵抗できる勢力は消失したが、同時に、危機感を覚えた反ルドルフ派の政治家や軍人、企業家たちは挙って連邦辺境域の独立勢力に逃亡、彼らの参画が辺境勢力の拡大をもたらした。辺境勢力の拡大に伴い、ルドルフを支持していた星系政府内部にも、彼ら辺境勢力と結び、非民主的存在となったルドルフに対抗すべきでは、との声が高くなってきた。これら独立、半独立志向の勢力を如何に帝国の支配下に置くかが、即位後のルドルフに課題として残された。
また、特に指摘しておきたいが、即位時のルドルフは、自らを立憲君主と規定していた。帝国建国後、連邦基本法(憲法に相当)は停止されたが、ルドルフは即位時「連邦基本法の精神を踏襲しつつ、新国家に相応しい新憲法を制定したい」との意向を示して、帝国暦2年、後述する帝国議会で、帝国憲法が可決されている。
なお、帝国の議会制度は以下の通り。連邦議会の上院議員だった各星系政府代表は、帝国皇帝から総督の地位を与えられて、上院は「総督会議」に改称。そして、下院議員は民意の代表者たる地位を帝国皇帝に保障され、下院は「帝国議会」に改称された。
議会議員の役割として「本法の精神に則り、帝国皇帝の施策が民意に適うものであるか、不断に検証する責務を負う」(帝国憲法第31条)と規定されて、帝国暦2年には、第1回帝国議会議員選挙も実施されている。同選挙では、与党・立憲臣民党(国家革新同盟が改称)が全500議席のうち約9割を獲得、完全な皇帝翼賛選挙ではあったが、ルドルフ統治下で選挙が行われた事実は注目に値する。
また、半ば形骸化はしていたが、皇帝の勅令も総督会議と帝国議会で審議、可決後に施行されるとなっていた。即位直後、ルドルフが帝国議会で行った施政方針演説でも「神聖なる人民の付託を受け、不可侵なる議会の協賛の下、銀河帝国皇帝たる余は、全人類社会の秩序と安寧を守るという、この崇高な責務を全うする所存である」と述べられている。
これは、ルドルフは一貫して専制君主だと主張したい旧帝国・同盟の歴史学者達を長年を悩ませてきた難問で、両国ともにこの事実は黙殺するか、または「300年以上に及ぶ連邦議会の歴史を尊重し、皇帝の温情として、議会の存在を容認していたに過ぎない。自らの意思(劣悪遺伝子排除法の成立)に反した時、その存在意義は失われたとして、議会を永久解散した」(旧帝国)、「即位時、議会を解散したかったが、議会内の抵抗勢力を憚り、やむを得ず、立憲君主のポーズを取ってみせただけだ」(同盟)とする解釈が一般的だ。
筆者の見解は、基本的には同盟のそれと同じだが、前述した通り、ルドルフ即位時、中央政界に問題視される抵抗勢力は存在しなかった。ルドルフが憚っていたのは、議会の内部ではなく外部、すなわち辺境域の独立勢力と、半独立傾向を見せる各星系政府だったと思われる。現在の帝国史学会では、ルドルフの治世は帝国暦9年、劣悪遺伝子排除法の成立を境に、前期・後期で区分できるとするのが定説だが、次章では、辺境域の独立勢力との関係を中心に治世前期の政治状況、そして銀河帝国の統治機構と諸制度を概説したい。
なお余談ながら、ルドルフが即位時、立憲君主だった事実は、旧帝国・同盟ともに、教育現場では触れられる事は無かった。旧帝国で、この事実を声高に論じる下級貴族や平民は「大帝陛下の威信を傷つける不敬者」だとして、社会秩序維持局の拘禁対象になった。
同盟でも、大学等で帝国建国期を専門とする歴史家か、建国期の歴史研究を専攻する学生が知る程度で、同盟出身の歴史学者の証言によると、学界でも一種のタブーだったという。この事実を考察した論文を発表した研究者が勤務する大学から辞職を勧告された、この事実に触れた著作が出版拒否されたなどの事例もあった。特定のイデオロギーが学問の実証性、中立性を歪めた好例と言うべきだろう。