【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
「人間の欲望、要求とは果てが無いのか。今度は余に神になれと言ってきた。人が神になれるわけがなかろう。神になれるという奴は、例外なく狂人かペテン師だ。歴史を少しでも学べばすぐに分かるだろうに。
救い難い事に、余が認めた貴族の中にさえも、大真面目に余が神だという者がおる。お前達の頭に詰まっているのは何か、大脳などではあるまい、精々ごてごてしたケーキに使う甘ったるいクリームの類だろう。貴族どもの馬鹿さ加減には本当にうんざりする。
だが、民衆も似たり寄ったりだ。余が大神オーディンの顕現か否かなど、心の底から馬鹿馬鹿しいと思う話題を真剣に論じて、余が神ではないと主張する者を皇帝への敬意が足りない不忠者だと弾劾し、果ては社会秩序維持局に密告して、逮捕を求めるなど、もはや狂気の沙汰としか言えぬ。
結局、連邦体制を破壊し、民主主義を否定し、皇帝専制と貴族制度に基づく銀河帝国を建国した余の仕事は、連邦社会の愚劣さを再生産したとの一点において、何の意味も無かったのだろう。連邦は市民の愚かしさにより滅びた。帝国もまた、臣民の愚かしさによって滅びるのだろう。
最近、よく見る夢がある。余が黒真珠の間に入る。居並ぶ廷臣達に向かって宣言する。余は退位する、皇帝制度と貴族身分も廃止する、銀河帝国は統治をやめる、今この瞬間から、お前ら全員、好きなように生きて死ね!と。夢の中でだが、その時の余は、例えようの無い程の解放感に浸っている。そして、目覚めた後、現実との落差に常に愕然としている。
分かっているのだ。例えこの身が引き裂かれようと、そんな事は口に出来ないと。青年期から抱いていた余の理想を余自身が否定する事になるからだ。
罪無き者が理不尽に生命を奪われずに生きていける社会、それが余の理想だ。既に帝国の統治は安定化しつつある。帝国が統治の責任を放棄すれば、帝国の支配を受け入れた罪無き者達が理不尽な死を強制されるだろう。国家が崩壊する時は、常に大きな混乱が起こる。その犠牲になるのは、常に無辜の人民だ。
余は連邦を帝国に変えた時、その点を強く留意していた。だから、義父たるシュタウフェンを軍官僚にも関わらず、連邦軍中央艦隊司令官に任命し、中央軍を掌握させた。司法尚書キールマンゼクに指示して、帝国建国に異を唱える可能性がある者は、微罪を以て逮捕させ、社会から隔離した。表立って排除はできない人物は、憲兵総監ブレンターノ、当時はガルシアと言ったが、彼奴に命じて暗殺さえした。国家崩壊に伴う混乱を最小限に抑えるためには、非合法な手段さえも使うしかなかったのだ。
今、余が自身の心の弱さに負け、統治者の責任を放擲すれば、人類社会は再び混乱の坩堝と化す。それだけは出来ない。余が自身の理想追及のため、多くの人命を殺害した事が罪なら、この虚無感と孤独は罰なのだろう。だが、それで良い。罪には必ず罰がなければならない。余の母を理不尽に殺した者が罰を受けなかった連邦社会は絶対に間違っている。それが余の原点なのだから。
余の生命はもはや尽きる。帝国の建国者たる余の死は、帝国のみならず、人類社会にも影響を及ぼすだろう。後継者たるジギスムントへの権力移譲を円滑に行い、政権交代に伴う混乱を最小限にとどめる事。それが余の最後の仕事だ。余でなければ出来ない事は、後の皇帝批判につながりかねない、余の神格化を求める臣民の風潮を沈静化する事だろう。青年期からの腹心もいなくなった今、相談できる相手は限られている。冷静無比の誉れ高い財務尚書クレーフェあたりが適任かと思う。もう少し考えてみよう。
そして、余の考えを後世へと明確に伝えるため、皇帝、貴族、そして臣民一般への訓戒という形で、遺言を作成しようと思う。余を神格化したがる連中が再び現れても、余の考えはこうであると、その時の皇帝が反論できる材料にはなるだろう。
尤も、言葉の解釈などどうとでもなる、解釈する者が特定の意図を持っていれば、余の意図とは全く逆の解釈さえしてみせるだろう。だから、やらないよりはやった方がまし、その程度のものでしかないだろうが。
余がどれほど後世の者に対して配慮したとしても、余を否定する者は、ただの権力者の独善、人民が承認していない以上、その遺言を遵守する義務など無い、などと主張するだろう。別に自らの正当性云々に固執する気は無いが、余は連邦末期、国民投票の結果、正式に帝国皇帝の地位に就いたのだが。結局、人民が承認しても、その結論が自分の意に沿わないから、何かと理由を付けて否定したいだけではないのか。
この神格化云々さえ処理できれば、後事はそれほど憂慮してはいない。いや憂慮せずに済むよう、カタリナの婿、ジギスムントの父たるノイエ・シュタウフェンに、過度の権力を与えたのだ。あれは有能な男だ。敵対勢力は辛うじて余喘を保つに過ぎない。シリウスと結んだ帝国領内の共和主義勢力が一斉蜂起するという情報もあるが、帝国軍と軍務省、社会秩序維持局を掌握するノイエ・シュタウフェンなら、問題なく鎮圧するだろう。祖父の欲目かも知れぬが、ジギスムントも責任感ある立派な若者に成長してくれた。あの2人なら、余の死後に生じるだろう混乱と紛争も的確に処理できるはずだ。
その過程で、ノイエ・シュタウフェンが野心を逞しくして、帝位を望むならば、別にそれでも良いのだ。彼奴が帝位に就いても、孫ジギスムントは自身の息子、娘カタリナは自身の妻、他の娘達もノイエ・シュタウフェン公爵家の男性か、同家と縁戚関係にある有力貴族家に嫁がせたから身内となっている。あれの性格からして、仮に帝位を簒奪しても、自身の子や妻、身内の女を殺す事は無いだろう。
とは言え、権力闘争とは常に非情なものだ。親子兄弟、夫婦と家族間で対立し、殺しあう事が当たり前。ノイエ・シュタウフェンがゴールデンバウム家の血を忌み、その根絶を図ろうとしたならば、もうその時は、皇帝の家に産まれた事を恨んでくれ、余を憎んでくれと言うしかないが。別に、帝位など誰が就いても、それほど変わりはないのだがな。少なくとも、この銀河帝国では」