【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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【コラム】意外に筆まめ?ルドルフ大帝唯一の趣味

 終身執政官時代の政治史を研究する上で、ルドルフと腹心達の往復書簡が一次史料だと述べたが、500年近く前の手紙が現存するのか?と訝る読者も多いかもしれない。実は、歴代諸帝の中で、大帝ルドルフ1世が遺した手紙の件数は群を抜いている。剛毅果断の印象が強いルドルフだが、意外に筆まめな性格でもあったのだ。

 

 ルドルフは銀河連邦の政治家時代から、腹心や同僚議員、または後援者達との意見交換、連絡の手段として、紙媒体による手紙を用いる事を好んでいた。当時も今と同様に、立体映像付き音声書簡が一般的だったのだが、ルドルフは、電子媒体は複製が容易で、データを盗まれる可能性も高いと敬遠していた。

 

 対して、紙媒体の手紙なら、直接手渡せば情報漏洩の恐れもないと、周囲から向けられる奇異の視線も構わずに、手紙を愛用していた。「自分の思考を整理するには、手紙に書くのが一番良い」がルドルフの持論で、周囲の者達にも盛んに手紙書きを勧めていた。腹心達は主人の意向に背く訳にもいかず、馴れない手書きに四苦八苦したという。腹心の一人、ファルストロングはひどい悪筆で、ルドルフは度々「あいつは良い進言をしてくるのだが、それを読み取るのが大変でなあ…」と、妻のエリザベートに愚痴を零していたと言われる。

 

 また、ルドルフには几帳面な所があり、自分が書いた手紙は複写を取り、宛先別に分類、時系列順に並べて、備忘録とするのが習慣だった。この結果、ルドルフ直筆の手紙が、帝室史料の中に大量に遺される事になった。ルドルフの手紙を受け取った腹心達も、その多くが帝国貴族に列せられたため、大帝直筆の手紙は、家宝として丁重に保管された。結果、各家及び典礼省所蔵の貴族史料にも、ルドルフの手紙が相当数、含まれている。

 余談ながら、後世、美麗帝アウグスト1世、文華帝エーリッヒ1世の御代、帝国建国後に作られた美術品、また帝国史に関する遺物の市場価値が高まると、ルドルフ大帝直筆の手紙も高値で取引されるようになり、挙げ句の果てには贋作事件さえ起こっている。

 

 このルドルフの手紙愛好は、情報漏洩を防ぐためとの当初の目的を離れて、それ自体が密かな楽しみになった節がある。終身執政官時代、メディア各社との懇談会の席上、趣味の存在を問われて「無いな。敢えて言うなら政治だな」と答えたルドルフだが、結婚後は妻エリザベートに、子供が産まれた後は娘達に、プライベートでも手紙を書くようになっている。

 内容は極めて散文的で、夫また父としての訓戒や指示、生活上の注意事項など、腹心達に出す手紙と変わらないのでは、とさえ思えるが、熟読すると、随所に不器用ながらも愛情を感じさせる文章が見出される。いくつか例を挙げよう。

 

「…テオリアの冬はいつもながら寒い。風邪など引かないよう、よく注意するように。温めたミルクに蜂蜜を少々入れて飲むと、寝冷えせずに安眠できるそうだ。先日、ファルストロングが言っていた。今度試してみるとよい。視察は予定よりも一日早く帰れそうだ。日程詳細はまた連絡する。夕食は鶏肉のフリカッセが希望だ。チーズは多めに入れてくれると嬉しいが」

 

「悪阻は大丈夫か?先日よりも寛解したと聞いたが、食欲はあるのか?食べたい物があれば、家政婦のアンナにきちんと伝えるように。お前は気が強いくせに、見ていると、どうもアンナに対しては遠慮するようだ。私には遠慮しないというのにな」

 

「無事出産したと、先程、義父上から連絡を頂いた。帰れなくてすまない。お前と娘の顔を早く見たいものだ。相談されている命名の件だが、もう少し待ってくれ。ペデルギウスからテオリアへ帰るまでの間、何とか考えておく。しかし、お前の希望するカタリナという名前、私は可愛らしくて良いと思っているのだが。私も命名案を考えないといけないのか?」

 

「…エリザベートから聞いたが、算数が苦手なのか?実は儂も苦手だ。お前くらいの年だったが、数字を見ると頭痛がした程だ。だがな、分からないからと言って、勉強しないのは駄目だぞ。儂も亡き父上(お前にとってはお祖父様だな)に、足し算、引き算から教えてもらったものだ。皇帝たる儂は、仕事がとても忙しくて、お前に直接、教えてやれそうにないが、分からない事があれば、手紙に書きなさい。儂に分かる事なら答えるからな」

 

「我が愛する娘カタリナへ。12歳の誕生日おめでとう。式典での態度は実に見事だったぞ。ここだけの話だが、あのお転婆娘が立派になったと、エリザベートが涙ぐんでいたのを儂は見た。あれが涙を流す光景など、夫たる儂でさえ、片手の指で足りる程の回数しか見ていないのだよ。カタリナ殿下の偉業に敬意を表すものである、と」

 

 文中に登場する、ルドルフの長女カタリナの証言によると、ルドルフからの手紙は、多い時には週2~3回、寝ている間に、枕元に置かれていたという。カタリナ曰く「あの大柄で厳つい父が、身体を縮めて寝室に入って、私や妹達を起こさないように、枕元にそっと手紙を置いて行ったかと想像すると、誠に不敬ながら、妹達と毎回、笑い転げておりましたわ」(強堅帝ジギスムント1世の日記より引用。帝国暦52年、ルドルフ大帝没後10年を偲ぶ会での発言)

 

 娘1人に週2~3通となれば、プライベートだけでも相当数の手紙を書いていたのだろう。敢えて想像の翼を逞しくすれば、ルドルフは家族宛てに手紙を書く事自体が楽しかったのではないか?それは皇帝という激務の中で、唯一持てた「趣味の時間」だったのかもしれない。

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