【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
第1節 治世前期の政治状況~周辺諸国との関係を中心に
帝国暦元年、ルドルフは銀河帝国皇帝に即位。選挙という審判を受けない、念願の非民主的権力者となったが、その反動はやはり強烈だった。
銀河連邦だけに限っても約300年間、いや西暦年代から数えれば1000年以上、人類社会で最も正しい政治体制とされてきた民主政体、それを否定するかの如き行為は、多くの人民から反感と嫌悪を以て迎えられた。即位に至る周到な準備で、帝都オーディン(旧名ペデルギウス)、いまや副都となったテオリアを始め、銀河連邦中央部の星系は帝国支持で固められたが、帝都から離れるほど、反帝国勢力の活動が活発になっていた上、今までルドルフを支持していた星系政府の中にも、民主政体を懐かしみ、反帝国感情を露わにする者達が増えてきた。
即位後のルドルフにとり、帝国の統治機構の整備と反帝国勢力の鎮圧、この2つが大きな課題として立ちはだかっていた。本章ではこの2点について概説したい。まずは、建国時からルドルフの治世前期(帝国暦元年~9年)までの反帝国勢力の状況と、それら諸勢力への対応について述べたい。
帝国暦元年の時点で、帝国と反帝国勢力の国力比は、およそ6対4だったとされる。しかし、帝国がルドルフ支配で一本化されているのに対し、反帝国勢力は多種多様な集団が乱立、互いに抗争さえしており、個々の集団では到底、帝国の敵ではなかった。
その点では、帝国が圧倒的に有利だと言えるのだが、反帝国勢力は挙って、ルドルフを「銀河連邦を簒奪した独裁者」と批難。連邦体制の復活と民主共和制の護持を掲げ、次々と独立国家を建国、帝国支配下の共和主義者達の決起を促していった。
前述した通り、帝国支配下の星系でも、反帝国勢力の檄に応じる者たちは決して少ない数ではなく、帝国皇帝が任命した総督(星系政府代表者)を追放し、独立を宣言する星系や、帝国の治安部隊と叛乱勢力が交戦、内乱状態に陥った星系さえもあり、ルドルフはまず、帝国支配圏の引き締めを図る必要に迫られていた。
しかし、建国直後の帝国軍は、ルドルフ派の連邦軍人が率いる部隊と、同じくルドルフ派の大企業が経営する民間軍事会社(傭兵集団)の集合体に過ぎず、軍隊としての統一行動を取るのは難しい状態だった。ルドルフは強権的手法を躊躇わない権力者だったが、強権を支えるのが強大な武力である事を理解しない愚者ではなかった。よって、治世前期(帝国暦元年~9年)の対外政策は、基本的には融和を求める方向で推移する事になる。
帝国暦2年、連邦基本法に代わって帝国憲法を制定。第1回帝国議会議員選挙が実施される。建国後に憲法と議会を設けている事は、当時の帝国が立憲君主国だった事の証左に他ならない。ルドルフ自身も、帝国議会で行った施政方針演説で「神聖なる人民の付託を受け、不可侵なる議会の協賛の下、銀河帝国皇帝たる余は、全人類社会の秩序と安寧を守るという、この崇高な責務を全うする所存である」と宣言している。
筆者は、この一連の動きは、反帝国勢力、特に帝国支配下から離脱しようとする星系政府への融和のサインと解している。事実、憲法の制定と議員選挙の後、半独立傾向を見せていた星系政府の多くが、ルドルフ支持、帝国支配を容認している。
しかし、この動きは、各星系政府が立憲君主・ルドルフを信頼した結果だと断言する事はできない。もともと、帝国が支配する連邦中央部は人口密集地帯で、経済的に見れば巨大市場、金融センターでもあった。独自で経済圏を維持できる星系は少なく、政治的には半独立志向でも、経済的には中央に依存せざるを得ない星系が大多数だった。
彼ら星系政府の足元を見透かしてもいたルドルフは、連邦屈指の名門政治家の家系で、元ペデルギウス星系政府首相代行だった宮内尚書ノイラートや、元財界人の書記官長クロプシュトックと国土尚書ゲルラッハらに命じて、政財界を通じての懐柔工作を続けていた。後年、強権的な弾圧を行ったルドルフからすれば驚きと言うべきだが、この時期のルドルフは、例えば、半独立傾向のある星系人民が求める人物を総督に任命するなどして、反対派への譲歩も辞さない、宥和的手法を用いていた。
これは、当時の帝国軍が如何に弱体で烏合の衆であったかを逆説的に示すものだと言えるだろう。なお、治世前期からルドルフを支持していた星系政府代表者の多くは、貴族制成立後、その星系政府を領地とする領主貴族に封じられている。
しかし、このような宥和政策は、非民主的権力者・ルドルフにとって、やはり本意ではなかったようだ。当時のルドルフが、皇后エリザベートや重臣達に送った書簡には、民主共和主義者への強い苛立ちが綴られている。
「政治的権利とは、それほど大切なものなのか?連邦時代、選挙で選ばれた政治家の悪口を言わない有権者は、少なくとも余が知る限りでは、ほぼ皆無だったが。権利を行使し、結果に不満しか無いのならば、その権利行使は有意義なものだと言えるのか?余には理解できない」
「余を批判する者達は、余を独裁者だと言う。奴らが使っている辞書は、どうやら改訂が必要のようだな。余は連邦の法が定める選挙制度に則り、正式かつ正当に、帝国皇帝の地位に就いたのだ。奴らの論法を以てするなら、これまで選挙で選ばれた、歴代の連邦政府首相も全員、批判されるべき独裁者になるのではないか?」
「民主共和主義者という連中は、自由なき生は無意味だと主張しているらしい。奴らは揃いも揃って、健忘症に罹ったのか?連邦時代、何をするのも自由であったために、貧富の格差が拡大し、理不尽な生と死を強制された者達の如何に多かった事か。
余は、その現実が不公正だと思ったが故に、平等に生命が守られる社会を志向したのだ。その過程で、確かに自由は制限した。例えば、失業者から職業選択の自由を奪って、国家が指定する職場での労働を強制した。その結果、何が起こったか?余は、その失業者本人と、彼の家族達から、涙を流して感謝されたのだ。人民は自由などよりも、ただ生を望むのだ。別に答えてもらう必要などないが、民主共和主義者に問うてみたいものだ。人民が自由と権利よりも、一片のパンを望んだら、お前達はどう答えるのかと」
「大多数の幸福と安寧を守るために、少数の人命を犠牲にする事は、こと政治の場では当然の事だ。また、己が信じるもののために、自らの命を使う事も、余は否定しない。余自身が同様の価値観を有しているからだ。余は全人類社会の秩序と安寧を守護するためなら、それを脅かす者は躊躇わずに殺害する。同時に、余が否定する者達が余を憎悪し、余に殺意の刃を向ける事もまた、当然だと思う。
昨日もまた、帝国軍駐屯地でテロ事件が起こった。犯人は自ら称して民主共和主義者という。独裁者である余に与する者は、須く民主主義の敵なのだという。余が彼らの存在を否定し、殺害したいと望むのと同様に、彼らが余を否定し、余を殺害したいと望む事は理解できる。だが、彼らが殺そうとしたのは、余ではない。余と余に与する者を同列に論じるなど、余への侮辱である。
彼らが余を否定したいのならば、何故、余本人を殺害しようとしないのだ?兵士が殺害されたからと言って、彼ら民主共和主義者に対する手を緩めるつもりなど毛頭無い。それに余は、余に与する者達が全て、余に心酔し、忠誠を誓っていると思うほど、厚顔無恥ではないつもりだ。我が帝国に兵士として勤務し、給与を得て、自身と家族を養おうとしていた者達が大多数だったろう。彼らは、誰かにとっての息子であり、夫であり、兄であり、弟であり、恋人でもあった者達だ。そんな者達を殺害して、自らの正義を誇るなど、余には到底出来ない。殺害する必要も無いのに、自身の主義主張のためだけに、無辜の人民を殺して自らの正しさを誇る、そんな破廉恥漢にだけはなりたくないものだ」
非民主的権力者を志向して、専制君主となったルドルフらしい、驕りに満ちた文章ではあるが、自由と平等、選挙と民意、そして正義、数千年に亘って、人類が答えを出せていない難問に対し、ルドルフは独善的ながら、明確な答えを持っていたであろう事を窺わせる。
また、兵士全てが自分に忠誠を誓っているとは思っていないと、臣下に冷めた視線を向けるルドルフ、主義主張のためだけに無辜の人民を殺して、自らの正しさを誇る事を否定するルドルフの姿は、自身の正義を疑わず、自己神格化をも図ろうとしたと、同盟で強く批判されたルドルフ像とは明らかに異質だ。
実は、新史料の分析を通じて浮かび上がってきたルドルフ像は、従来のそれとは大きく異なり、自己と他者に冷ややかな視線を向けるペシミスト、人間嫌いとも評せる姿だった。新解釈のルドルフ像は、最終章で詳述する予定である。
さて、妥協的な宥和政策で、帝国支配圏の秩序は一旦回復できたが、ルドルフと帝国政府にとって、これは一時凌ぎに過ぎなかった。当時、辺境域には、明確に反帝国を掲げた独立国家が盤踞しており、彼らの存在を放置すれば、今は帝国の支配を受け入れている各星系で、彼ら独立国家に呼応した共和主義者たちが蜂起しない保証は無かった。宥和政策の陰で、統治機構の確立と、軍隊組織の再編成を急ピッチで進めていたルドルフは、帝国暦9年、いよいよ、反帝国志向を捨てない共和主義者らを根絶するための戦いを始める。
それは、辺境域で帝国打倒と連邦復活を掲げる独立国家群との、長い戦いの始まりでもあった。続いて、彼ら独立国家群の状況を解説していく。